言葉にできない思い
千秋真一×野田恵


公演が終わり、楽屋を訪れる人の波が途切れた頃。

「千秋先輩、お疲れ様デス」

軽くノックして、のだめが楽屋に顔を出した。
引っ越し前の公演を終えた千秋の目に映るのだめは、いつもと少し違って見える。

(見たことのない服を着てるからか?)

ヨーコ作なのか、のだめのワンピースはおニューらしい。…けれど、それだけでもないような気もする。

「千秋先輩、まだ着替えないんデスか?」

すでにのだめは椅子に座って千秋の様子を伺っていた。

「おまえ…着替えるから、外でまってろ!」
「見たって減るわけじゃないデスよ〜」
「…この変態、早く出ろ!」

居座ろうとするのだめを外に押し出してシャツのボタンを外す。
…その時…

「あれ、君…」

ドアの向こうで聞き覚えのある声がする。

「ああ、前に千秋くんの家で会ったよね」
「…あぁ!あの時の、トイレでズボン…ふぎゃ!」

(松田さん!?来てたのか。えっ?”ふぎゃ”?)

「……でも、君…のだめちゃんだっけ?こうして見ると可愛いね」
「こうしてって、どういう意味デスか!」
「いや、ほんとに。へぇ〜」

(あいつら、何話してるんだ?)

それから後の会話は聞き取れない。聞き耳を立てている自分に気付いて、千秋はシャツを脱ぎ捨てる。

着替えを終えてドアを開けた。
バタン!という音に驚いてのだめが振り向く。千秋は、再び視界に入るのだめを、思わずじっと見てしまう。

(何なんだ…今日は)

見慣れているはずなのに、いつもより……かわいく見えるなんてどうかしてる。そう思いつつ、千秋は松田の姿を探すが、見つからない。

「先輩、今日は着替え早かったデスね」
「え……?いや…」
「そんなにお腹すいてたんデスか?」
「はぁ?」
「違うんデスか。のだめはお腹ペコペコデス!」
「……家の近くの店でいいか?」
「むきゃっ!お外でデートの予行演習デスね」
「ただのメシだ!」

(やっぱりいつもののだめか…。それにしても、松田さんと話してなかったか?)

そう思って周りを見るが、松田の姿は見つからなかった。


一旦アパルトマンに戻り車を置いて、遅い夕食をとりに出かけた。味もなかなかで、公演が上手くいった事もあり、2本のワインをあけ、店を後にする頃には千秋は今日演奏した曲を口ずさむほど上機嫌だ。

冬の夜風が吹いて、思わず身をすくめたのだめの腰に、千秋が腕をまわす。

「せ、先輩…」

腕を組んで歩くときはいつものだめから、…たまに指をからめて手を繋ぐだけの千秋の突然の行動にのだめは驚くけれど、千秋は気にする様子もなく、のだめにもたれ掛かるようにして歩く。

「あの…先輩」
「なに…?」
「まだ真っすぐでしたか?」
「ん〜?ここは右」
「ハイ」
「あの…ここは?」
「ん…、こっち…」

家の近くとはいえ、初めて来た店だった。ほろ酔いの千秋につられて歩いていたら、いつの間にかどこに立っているのかわからなくなっていた。

「………ここは…?っくしゅん」

外は随分寒くなっている。頬を赤くしてのだめは千秋を見ていた。

「…寒い?」
「ハイ…あの、はぎゃっ!」

突然立ち止まった千秋はのだめを抱き寄せ、唇を重ねる。

長いキスが終わると、千秋の唇はのだめの首筋へと滑っていく。

「せ…ん…ぱい、こんな所で…」

のだめが慌てて抗議の声を上げると、千秋はのだめを抱き寄せたまま狭い路地へと滑り込む。

「せ、先輩…?」

壁際に背中をつけたのだめを両腕で覆うようにしながら、再び千秋の顔が近づき…さっきよりももっと、長く激しいキス…。
のだめは、絡め取られた舌から、身体の奥に甘い疼きが伝わる気がした。

「あ…ふぅ…」

執拗にのだめを貪る唇から開放されて、甘い吐息が洩れる。千秋の手は、のだめのコートの裾をわり、スカートをたくし上げようとしていた。

「あっ!だ、だめデス。ほんとに!」

千秋の手は、珍しくストッキングをはいているのだめの脚をまさぐり、ピタリと動きを止めた。

「のだめ…?」

千秋の視線を避けるようにしたのだめの視界が、路地の向こうにあるアパルトマンを捕らえていた。

ようやく部屋にもどって、ヒーターを付ける。千秋の酔いも少しは醒めたようだ。
温かい紅茶にブランデーを落として千秋がのだめに手渡した。

「コートくらい…脱げよ」

カウチの隅っこにすわっているのだめに、千秋は呆れたように声をかけた。

「あの、のだめ…今日は帰ります」
「おまえ、明日休みだろ?」
「ですけど…」
「何だよ、急に…」
「うきゅ…」

特別忙しくない時は、休みの前はいつも泊まっていく。それは二人の習慣になりつつあった。
ついっと視線を逸らしたのだめの横に千秋が座る。
のだめの手からカップを取りテーブルに置くと、千秋はすっかり冷たくなっている身体を抱き寄せた。

ボタンを止めたコートの胸元をチラリと見て、千秋が口を開く。

「そういえば…今日着てたのもヨーコが作ったのか?」
「ハイ…。新作デス」
「ふーん…」
「ふーんって、たまには”恵、綺麗だよ”とか言ってくれてもいいじゃないデスか」
「おまえ、そんなタイプじゃねーだろ」
「ムキャー!じゃあなんなんデスか!そいえば、前にここのお風呂場で会った変な人は”かわいい”って言ってくれましたヨ」
「変な人って…あの人は松田さんっていう、れっきとした指揮者だ…」

(やっぱりいたんだよな、松田さん…)

ひとつ目の疑問が解決した千秋は、さっき感じたふたつ目の疑問を解決しようと、のだめの膝に置いた手を滑らせていく。

「あっ、ダメ!ダメですよ」
「なんで…?」

千秋は、のだめの”ダメ”が半分くらい分かっていながら、滑らかな感触を楽しむように手の平を進め…再びピタリと止まった。

(やっぱり…)

千秋の手が止まった意味が分かって、のだめは再び目を逸らしている。
千秋には覚えがある。いつだったか、ターニャと買い物に行った後に白のガーターと下着のセットを付けていた事があって…けれど、あれ以来姿を消していたから、少し残念な気持ちでいたのだ。

「なんで、ダメ?」

手の平を肌と薄い生地の間を行き来させ千秋が尋ねる。

「…恥ずかしいデス……」
「前にもしてただろ」
「ち、違います!前は白かったですけど……」
「えっ…?」

千秋が顔を上げると、のだめは”しまった”とでもいいたげな顔をしていた。

「ふーん…。それは…」

千秋はカウチから立ち上がると、のだめを抱き上げる。

「せ、先輩…」
「ぜひ見せてもらわないと…」

のだめをあっという間にベッドに下ろすと、千秋はのだめのコートのボタンを外していく。

「せっかくの勝負下着なんだろ?」
「ち、違いマス!コンサトに行くのにストッキングを買いに行ったら、店員さんに捕まって…」
「うん…」

のだめの説明をききながらも、千秋の手は、のだめの服を脱がせるために動き続けている。

「それで、夫と別居する前の最後のコンサトに行くって話したら”絶対コレを着ていきなさい”って言われて……」
「おい…夫でもないし別居でもないだろ…」

思わず反論してみたが、ワンピースのファスナーを下ろして肩が露出しただけで千秋は息を飲んでいた。


(黒………)

ブラとキャミソールの肩紐が白い肩にかかっている。それは、普段ののだめにはない色だ。
引き寄せられるように、白い肩にそっと口づける。

「はぎゃっ!」

のだめは慌ててワンピースの肩を押さえている。

「のだめ……」
「ハイ…」
「もう諦めろ…」
「うきゅ…、せめて電気を…」
「おまえ、バカじゃねーの?消したら意味ないだろ」
「はぅぅ…」
「いまさらなんだよ…」

千秋は再びのだめの衣服を剥いでいく。と言っても、コートとワンピースを脱がせるだけだ…。
のだめは、あっという間に下着だけになっていた。


千秋もジャケットを脱ぎ、胸元のボタンを緩めた。
そして、ベッドに仰向けになり、目を逸らしているのだめの側に腰を下ろして、見慣れない姿に視線を落とす。
ガーターはもちろんだが、キャミソールもブラもショーツも黒だ…。シースルーのキャミソールの胸元は繊細レースで覆われている。

「なんで、これだと恥ずかしいわけ?」
「……のだめ、普通の服でも黒はあまり着ないし…嫌だったんデスけど、お店の人は”それなら尚更!安くしてあげる”って…」
「ふぅん…」

(確かに…)

と、千秋は思う。普段とのギャップと白い肌とのコントラストは…十分に千秋を楽しませていた。

「また”ふーん”って。たいしたことないないなら、早く電気消してくだサイ!」
「……いや…」
「いや…?」
「…馬子にも衣装……?」
「ムッキャー!もう、ほんとに帰ります!!」

起き上がろうとするのだめをベッドに押し付けるようにして、唇を塞ぐ。

(言えるか!)

”キレイだ…”という言葉は飲み込んで、今日三度目のキス。執拗に咥内をまさぐるうちに、のだめもそれに応えてくる。

唇から耳元、首筋から鎖骨…千秋の唇がのだめの白い肌にいくつも跡を残していく。もともと大きな膨らみを更に強調しているようなブラを、キャミソールの下から手を入れて外す。

「し、真一くん…?」

千秋は、のだめの問いかけには答えないまま。手は柔らかな腹部を滑り下りていく。

「あ、あの……あっ」

千秋の指が、腰に止まっている結び目を解いた。
するりと小さな布を引き抜くと放り投げ、キャミソールの上から透ける白い胸を手の平に収めた。

「や、こんな格好。んっ…」

長い指が動くたびに大きな膨らみが形を変え、ピンクのつぼみがシースルーの布を押し上げ主張を始めた。千秋は硬く尖った場所を唇で挟み、舌先でつついたりなぞったりする。
直接ではないのに、いつもより強い快感がのだめの身体に火を付けていく。直に触って欲しい、でも、このまま続けてほしい…。

「ふっ…ああ…んっ」

のだめは、自分でもわからない感覚にのまれながら、とぎれとぎれに甘い吐息をもらす。

「ひゃうっ…」

胸への愛撫に気をとられている間に、千秋の手は下腹部を滑り降り、その場所をなぞるように動き出した。

ぴちゃ…くちゅり…

「はっ…あ…ん」

蜜をすくいあげ、突起のまわりを指でなぞる。そしてまた、指が下降して蜜をすくう。
一定のリズムを刻むのではなく、不規則な指の動きは、さこに触れてくれるのかと思ったら脇を掠めていく。

「やっ…そんな…真一くん……」

たまらずのだめが声を上げる。

「なに?」

千秋は、敏感な入口を撫で回しながら耳元で尋ねてくる。

「あ…の……」
「うん?」
「はぅぅ……触って…下さい……ちゃんと…」
「どこを…?」
「やっ……、お願い…デス」
「………」

千秋は黙って、触れるか触れないか…ギリギリに指を滑らせた。

「はぁぁっ…」

それだけで、ぴりぴりと電流が走る気がした。…でも、全然足りない。

「や…、そんなじゃなく……もっと…」
「………」
「お願い…デス。もっと、して下サイ。………はっ、あああっ!」

千秋の指が、包皮を押し上げ蜜でぬるついた指で何度も剥き出しのそこを撫でさする。
突然の強烈な刺激に、身体中に痺れるような快感が走り、のだめはびくびくと身体を震わせていた。

荒い息をしているのだめに、千秋が尋ねる。

「もっと…欲しい?」
「え…?」
「でも、その前に…」

千秋は起き上がると、残りの衣服を脱ぎ捨て、チェストから小さな包みを取り出して自身につける。
そして、のだめの方脚を肘にかけると、自身を一気に沈めていく。

「はうぅ…」

久しぶりに感じるのだめの中は、熱くしめつけ、痺れるような快感がある。
千秋はしばらく待ってから、ゆっくりと動きを開始した。

「ふっ、ああ…」

次第に熱さが増し、きつい締め付けが少し緩むのに合わせて蜜が溢れ出す。キャミソールの下から手を入れて乳首をひねると、のだめの中が千秋をきゅっと締め付けてくるのがたまらない。

「真一…くん…あんっああっ」

身体が揺れて甘い声がもれる。

いつもなら、のだめのリズムに合わせて快感の頂点に押し上げる…でも、今日は…。
千秋は動きを止めた。

「のだめ…」
「真一くん…なんで?あっ…ん」

千秋は、繋がったままのだめを起こし、今度は自分が仰向けになるとのだめを促す。

「あ、あの…」

千秋が何をしたがっているのかは、のだめにも分かる。でも、こんな明るい部屋で…こんな格好で…?

「ほら…早く……」
「うきゅ…」

優しく促されて、のだめはきつく目を閉じたまま身体をゆっくりと揺すりはじめた……。

千秋の身体の上で、のだめが揺れる。キャミソールとストッキングをつけたままの姿で。

(なんか…別の女みたいだな…)

確かにそこにいるのはのだめなのに、普段は…口には出さないが”かわいい”部類ののだめの筈なのに。

「しん…いち……くん、はぁ…ん」

次第に動きが激しくなる。
快感がより高まる場所を探して、のだめが身体をくねらせる。
そのたびに蜜が溢れ出し、シーツに染みを作っていく。

「ふっ、ああ…。のだめ…も…う……」

千秋の胸に倒れ込むようにしているのだめを、下から何度も突き上げる。

「ひゃっ、あっ…あああっ、あんっ!やっ、もう…ああっ」

悲鳴のような声を上げ、のだめは千秋の上に崩れ落ちた。

千秋は一旦身体を離すと、のだめを俯せにして、脚を割る。

「やっ、まって………はぅ!」

細い腰を引き寄せ、奥まで一気に突き立てる。
ベッドに突っ伏したのだめの背中がしなり、キャミソールがめくれあがる。


ぐちゅっ ずちゅっ…

嫌らしい音が激しくなり、二人の荒い息遣いが部屋を満たしていく。

「真一…くん、のだ…め……また……んっ」

千秋は、今度はのだめに合わせて動きを加速させていく。自身も限界が近づきつつあった。

「ふっ、ああっ…、も…ダメ…あっ、あああああああっ…」

のだめがびくびくと千秋を締め付ける。それに促されて、千秋も上り詰めていった。



ようやく息が調うと、千秋は乱れたのだめの髪を撫で付けてやる。

「真一くん…」
「なに?」
「……真一くんは、やっぱりムッツリですね…」
「はぁ?」
「だって、今日はなんだか凄かったデスよ?のだめ、びっくりシマシタ…」
「なっ、それはおまえが…」
「のだめがなんデスか?」

のだめの瞳は挑発的だ。

「”松田さん”はカワイイねって言ってくれましたヨ?」
「…そうだ、おまえ廊下で何話してたんだよ!」
「うきゅー、聞き耳たててたんですか?いやらしか〜」
「なっ、そんなんじゃねー。おまえ、のだめの癖に生意気だ!」
「ムッキャー!真一くんの………えっ、あっ…」

千秋は再びのだめの唇を塞ぐ…

(絶対、言わねーーー)

固く誓いながら、言葉にできない思いを込めて。






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