マーキング
千秋真一×野田恵


激しい痙攣の後、波が引くように少しずつ高ぶりが治まってくる。
ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら千秋は、ぎゅっとその愛しい存在を抱き締めた。
その柔らかな身体を身体全体で感じていると、抱いているはずなのに、
なぜか反対に抱かれているような、そんな不思議な感覚に襲われてしまう。
汗ばんだ肌に何度も口付け、浅い呼吸を繰り返すのだめの舌を絡めとり、
心地よい余韻にしばらくまどろんでいた。

やがてゆっくり手を伸ばし、テッシュを数枚取ってから互いを繋いでいる部分に触れると、
そこは互いの蜜でぐっしょりと濡れそぼっていた。
千秋は自身が放ったものを溢さないように、ゆっくりと慎重に自身を引き抜き、
ゴムをテッシュで包んで丸め、傍のダストボックスに放りこんむ。
そしてまた数枚とって、自身とのだめの処置を素早く行った後、
再びゆっくりとのだめを抱き締めた。
いつも柔らかいのだめの肌は、情事の後はことさら甘く柔らかく感じられ、
それはフェロモンのように千秋を甘く酔わせるのだった。

のだめの肌が、こんなにも白くて柔らかいということも。
快感に震えるのだめの声が、可愛くてたまらないということも。
許しを請うのだめの表情が、嗜虐心をそそられ、
もっと攻め立てずにはいられないということも。

こんなのだめを知っているのは世界中でオレだけなんだと思うと、
幸福で胸が一杯になる。
のだめを抱けば抱くほど、知れば知るほど、
のだめが欲しくて欲しくてたまらなくなってしまう。
こんな気持ちにさせられた女は、今までにいなかった。
どうしようもないほど、おまえが愛おしい。

「……ねぇ先輩?」
「……ん?」

汗で濡れた柔らかな髪を優しく梳きながら、のだめの顔を覗き込んだ。

「のだめ、今すっごく幸せデス……」
「……うん」

オレも―――と、心の中で呟く。

「のだめ、先輩にギュッてされるのも、キスされるのも、
激しくされるのもすっごくすっごく大好きデス。
でも、こうやって終わった後に優しく髪を撫でられていると、
すっごくあったかくて幸せな気持ちになるんデスよ?
先輩はのだめのことを、すっごくすっごく大事に想ってくれてるんだなあってことが、よくわかるから」

胸の中で見上げながら嬉しそうにそう話すのだめが、あまりにも可愛くて。
でもなんだか気恥ずかしくて、思わず赤面しながら視線をそらしてしまった。

「いつもそれぐらい素直でも、のだめ全然いいんですヨ?真一くん♪」
「うっせー!」
「たまには愛の言葉なんかも囁いたりしてもいいのに〜。
“恵、愛してるよ”、とか。あへー♪」
「あーもう、うるさい!黙れ!」

言えるか!そんな鳥肌が立ちそうなセリフ!

そう心の中で呟きながら千秋はポカッと軽くのだめの頭を小突き、
ベッドの傍に落ちていた白シャツを羽織り起き上がった。
リビングの冷蔵庫からエビアンを取り出し一口飲むと、
火照った身体に清涼な水が染み込んでいく。
そのままベッドに戻り、のだめに手渡した。

「飲む?」
「あ、ありがとうございマス!」

嬉しそうにエビアンを飲むのだめの喉が小さくこくこくと動くのを、ゆっくりと眺める。
肌理の細かい柔らかな白い肌に点々と刻まれた、所有の証。
最初に抱いた頃よりあきらかに成熟し、たわわに実った白い胸。
それらが窓から差し込む碧い月の光に照らされ、
千秋は再び自身の情欲に火がつくのを感じた。

「……のだめ」
「なんですか?……ぎゃぼ!」

エビアンを取り上げて素早く蓋をし、床に置くと再びのだめに覆い被さった。

「……ダメ?」
「……先輩、ずるいデス。そんな顔で言われたら……」

“のだめ、絶対に拒めないですヨ”

腕を伸ばしてぎゅっと抱き締められ、そう耳元で囁かれる。
その心地よいくすぐったさに、千秋は益々煽られてしまう。

「覚悟、しろよ……」

そう囁きながらうなじに舌を這わせ、甘い嬌声を引き出していく。
そのまま白い胸に手を伸ばしかけ、ふっと大事なことを思い出した。

そういえば……“アレ”のストックってまだあったっけ?

さっと顔が青ざめ、慌てて身体を起こした。

「先輩?どしたんデスか?」

不思議そうに尋ねるのだめをよそに、ベッドのマットレスの間に手を伸ばす。

―――ない―――

再び白シャツと羽織って、バスルームに置いてあるガラスケースの中を探る。

―――ない―――

結局ソファの隙間、財布の中、ポケットの中思い当たる場所すべてがストック切れだった。

さっきのが最後の1個だったのか……オレとしたことが……。
完璧主義らしからぬ初めての失敗に千秋は、心の中で地団駄を踏んだ。

こうなったらしょうがない。今夜はおとなしく寝るか……。

溜息をつきながらベッドに戻ると、のだめはブランケットを身体に巻きつけ、
不思議そうな顔で見上げてきた。
その姿に、たまらなくそそられてしまう。

「先輩?どしたんですか?」
「その……ゴメン。アレがない」
「アレって、ゴムですか?」
「……うん」
「のだめ、もうすぐ始まるし、たぶん大丈夫だと思いますヨ?」

その言葉に一瞬動揺するが、きっぱり首を振った。

「今はダメ。前にも話しただろ?これはお互いのためなんだ。
だから余計な気は使わなくていいから、もう寝よう」

そう言って再びベッドに潜り込んだものの、
肌に触れる柔らかな感触にかえって目が冴えてしまう。

オレ、今夜寝られるのか……?生き地獄再び、か……。

もんもんとした思いを抱えながら、再びのだめの髪を撫でていると―――

「あ、そだ!」
「な、なんだ!?」
「先輩ちょっと待ってて下さいネ!」

急にそう言いながら跳ね起き、ベッドから飛び出して行った。

な、なんなんだ、あいつ……。

呆然としていると、のだめは嬉しそうに小さな包みを持って再び戻ってきた。

「先輩これ!引越し祝いのプレゼントです!買っておいてよかったデス〜」
「……引越し、もう1ヶ月も前だけど……?」
「そ、そでしたっけ?まあ細かいことは気にせずに〜」
「目そらししてんじゃねぇ!」

引越し祝いにゴムかよ……と呆れつつも、この状況下では一番ありがたく、
嬉しいプレゼントかもしれない。

「まあ、受け取ってやるか。ありがとな」

そう言いながら包みを開けていくと……。

「……プ、プリごろ太……?」
「この間薬局で売ってたの、見つけたんです。さすがアニメ大国フランスです〜♪
なんと12個全部キャラが違うんデスよ!すごいですね!
ということで、まずはカズオなんてどデスか?似たもの同士♪」

「ざけんなー!!!」
「ぎゃぼー!」



結局、その日は頑として使用を拒否した千秋だったが、翌日それを風船代わりにして
部屋の中で遊んでいるのだめに耐え切れず。
“早く使い切るため”という名目で、そののだめの“マーキング”を受け入れたのだった。


―――変態の森は、果てしなく広くて深い―――






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