声、聞きたかった
千秋真一×野田恵


「じゃあ先輩、また明日!おやすみなさーい!」

いつもののだめの陽気な声が、まだ耳に残っている。
シャワーを浴びながら、千秋は今日ののだめとの会話を思い出していた。

…あいつも変わったよな…

日本にいた頃は、今ほどピアノの勉強を熱心にしている姿は見られなかった。
ただ、楽しくピアノを弾いていたい。
そんな彼女の演奏に惹かれていた自分もまた、その頃は今のような生活を想像できなかった。

ここはイタリア。

飛行機に乗れるようになった自分は、日本にいた時の自分とはまったくと言っていいほど違う生活を送っている。
パリに来ても変わっていなかったのは、のだめがいつも側にいるということ。
でも、今はそれも少し変化した。
離れて暮らすようになって、それでもお互いなるべく時間を作って会うようにしてはいる。
そんなに遠くに住んでいるわけではないけれど。
時々とてつもなく離れて暮らしている気分になる…ということは、のだめには言えない。
イタリアに来て、当たり前だが会えない日々を過ごしている。勉強のために来ているわけではあるが、それでも
一人になると、のだめのことを考えていることは多い。

…電話で話すって、以前のアイツとの生活では考えられなかったな…

いつも明るい声で(時々奇声を発しながら)おしゃべりをして、「おやすみなさい」と毎日同じトーンで寝る前の挨拶。
「会いたい」とは、決して言わない…俺も、あいつも。
バスルームから出た時、少し肌寒く感じたのが部屋の温度のせいではないことに
千秋は気付いていた。

「せんぱ〜い!のだめデスよ!」

…のだめ?

「もう!せっかくのだめが来たのに…寝ちゃってるんデスかー」

…なんで…いま何時だ…

「早く起きないと、襲っちゃいますヨ〜」

うっすら目を開けると、のだめの顔がすぐ目の前にあった。

「うわっ!のだめ?なんでここに…」
「寝ぼけまなこの先輩…かわいいデス〜うきゅきゅっ」

嬉しそうにのだめが笑う。

「おま…なんでここに…」
「それはですね〜…」

そう言ってベッドに腰掛けると、起き上がった俺の首にすっ…と腕を回してきた。

「先輩に会いに来たんですよ」
「はぁ?おまえ学校は…」

ふいにのだめの顔が近づく。小さなキス。

「会いたかったんです、しんいちくんに…」
「…のだめ…」

ぎゅっとのだめが抱きついてくる。
まだ少し頭はぼんやりしていたが、のだめの吐息を肌で感じて、徐々に目が覚めてくる。
そっと背中に腕をまわして、ゆっくりと確かめるように抱きしめると、クスッとのだめが笑った。

「先輩…さみしかったでしょ?」
「え?」
「のだめに会えなくて…」
「…」

少し答えに迷ったが…まだ寝ぼけているふりをして、ゆっくり耳元で「うん」と答えた。

「会いたかった…」

小さく囁きながら、そっと耳朶にキスを落とす。
くすぐったそうにして、少し体を離したのだめが俺を見上げる。
真っ白なワンピース…ほんのりピンク色に染まった頬、潤んだ瞳。すべてが可愛らしく思える。
すごく久しぶりに会えたような…もう何ヶ月も会っていなかったような不思議な気分になり
普段は口にしない、でもいつも心のどこかで思っていることを、今はとても伝えたいような気がして…

「すごく…会いたかった」
「のだめもですよ」
「本当は、もっと…そばにいたい…」
「そうですね…」

…いつもは素直に言えないけど、今は…

そんなことを思っている俺の心の内を知ってか知らずか
のだめは額をくっつけてきて、少し意地悪そうに笑った。

「…もし、のだめがいなくなっちゃったら…先輩はどうしますか?」
「…」

…考えたこともない。考えたくもない。

言いようのない不安が、自分の中に小さく渦巻いた。

「…んっ」

答えをはぐらかすように…意地悪い質問をしたのだめに抗議を示すかのように
少し強引に唇を塞ぐ。
下唇を甘噛みして、そのまま舌を挿し込み絡ませる。

「んんっ…せ…んぱ…い…」

途切れ途切れに、のだめの声が聞こえてくる。
強く抱きしめながら、そのまま激しく口づけを繰り返して。
自分の中に渦巻いた不安を掻き消そうとする。

唇が離れると、のだめはうつむいて俺の胸に顔をうずめる。

「いなくなるなんて言うなよ…」
「…ごめんなさい…」

そっと頬に触れてこちらを向かせると、のだめの目には涙が光っていた。

「どうした?」
「のだめだって、先輩に会いたかったんですよ」
「うん」
「っていうか、本当はいつも一緒にいたいんです。でも…」

そう言うと、またうつむいて言葉を飲み込む。
その姿がいじらしくて…
やわらかく、大切なものを包み込むように抱きしめて…「ごめん」と素直に謝った。
勝手に家出したり引越したり、こんなふうに勉強といって会えない日が続いたり…
ふるふると、のだめが首を振る。
そしてまた、小さなキスをくれる…

「さみしいのは、のだめだけかと思ってたんです。会いたいって思ってるのも。」

でもよかった、と言って…俺にまた抱きついてきた。

のだめの体は相変わらずやわらかくてあたたかい。
バスルームから出てきた時の、あの肌寒さもすべて忘れさせてくれる。
ワンピースを脱がせて直にその肌に触れ、豊かなふくらみを撫で上げると、のだめの口から可愛らしい声が漏れる。
久しぶりに味わうその硬く尖った頂も、ゆっくりと口内で舐り、痛くないように甘噛みする。
ビクッ…とのだめが反応するたびに、自分自身も高まっていくのがわかる。

「はぁ…ん…あぁ…っ」

いつもは言わない気持ちを伝えるように、いつもよりやさしくしているつもりだけど…
時々見せる切なそうな表情に、声に、もっと応えてやりたくて。

…どうすればいいだろう。

のだめの中に自身が入った時、のだめはうっすら目を開けて俺をまっすぐに見上げた。

「し…んいち…くん?」
「…な…に?」

動きを止めずに…次の言葉を待つ。

「あっ…ん…っ…のだめの…こと…っ」

…わかってる。聞きたいんだろ。いつも言わないから。

両腕でのだめの頭を挟むようにして、耳元に唇を寄せる。
小さく…でもちゃんと聞こえるように、その言葉を囁くと
のだめの中がきゅっと反応する。
もっと、もっと…

「ん…はぁ…のだめ…もぅ…」
「…ん」

手を取って、指を絡ませる。
そして、もう何度囁いたかわからないその言葉を
もう一度…はっきりと口にした。

「…好きだ…」

「のだめも、先輩のこと大好きデスよ〜」

腕枕してくだサイと言いながら、のだめが寄り添ってくる。
頭をクシャクシャと撫でて、ぎゅっと抱き寄せると、幸せそうにのだめが微笑んだ。

…この表情、たまんねぇ…

「のだめ、今日はとても満足デス。いっぱい愛の告白を聞けましたから」
「…たまには…」
「うきゅっ、かわいいじゃないデスか〜。いつもそんなふうだといいんですけどね〜」
「うるせぇ…」

クスクスとのだめが笑ったかと思うと…すっと起き上がって俺を見た。

「先輩、電話ですよ」
「え?」

どこからか、携帯の着信音が聞こえる。すごく遠いような…

「のだめから、電話です。さっきみたいに、いっぱい聞かせてくださいね」
「のだめ?なに言って…」

…見えるのは薄暗いホテルの部屋の天井だ。

部屋は相変わらず少し肌寒く、先ほど感じた暖かさは、この部屋のどこにも微塵も残ってはいない。
携帯が鳴っていた。
夜中とわかっていても、出ずにはいられない。
早く出なくては。この電話はきっと…

「…もしもし先輩?」
「…のだめ…」
「ごめんなさい。起こしちゃいましたよネ…」

すごく申し訳なさそうに小さな声でのだめが話す。

「いいよ…どうした?」
「えっとー…その…なんだか声が聞きたくなっちゃって…」

…会いたいとか、さみしいとか。

俺たちはなぜか口にしない。
それが、きっとお互いにどこかで不安に感じているということをわかっているのに…

(いっぱい聞かせてくださいね)

「のだめ」
「はいっ…本当にごめんなさい。もう大丈夫です。先輩もお疲れだろうし…」
「俺も…」

遮るように言葉を発したけれど、やっぱりどこか恥ずかしくもあり…
少し寝ぼけたふりをして続ける。

「声、聞きたかった…」
「…ふぉぉ〜」

…すごくまぬけなのだめの声に、つい吹き出してしまいそうになる。
やっぱり「いっぱい」は無理だな。

「また電話するから」
「はい…」
「…帰る時は、ちゃんとおまえの部屋に寄るから」
「はい…先輩?」
「なに?」
「酔ってませんか?」
「…ばーか」

むきゃっといういつもの奇声を聞いて、妙な安心感でいっぱいになる。
夢にまで出てきたぞ、と言おうかと思ったけれど…思い出して急に恥ずかしくなりやめておいた。
…欲求不満とか言われそうだしな…。
夢じゃなくて、早く会いたいという気持ちを伝えることもなく、またいつものように電話を切ろうとした。

「おやすみ」
「おやすみなさい。いい夢を!」
「…のだめ」
「はい?」
「夢見るなら、俺の夢見ろよ」
「…相当寝ぼけてマスね…」

苦笑いしながら、もう一度おやすみと言って電話を切った。
また彼女が夢に出てくることを期待しながら、ベッドにもぐり込む。
肌寒く感じた部屋は、いつのまにかほんのりやわらかなあたたかさに包まれていた。






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