千秋真一×野田恵
![]() のだめは今夜もオレの部屋のフロを使っている。あいつは当たり前のような顔をしているし、 オレにとってももはやありふれた日常だ。 オレは家主の権利として先にフロに入った後、カウチでこれもまたいつものようにワインを飲み、 考えるともなく考えていた。どうもこの二、三日、何だかぎくしゃくしている。喧嘩をしたわけでもないし 何も変わったことはないが、こうやって夜に二人きりになると、妙な空気が漂う。 特に今夜は変だった。のだめの口数が、いやそれよりも、食べる量がいつもより少なかったような気がする。 バスルームのドアが開く音がして、フロから上がったのだめは部屋着のようなワンピースに着替えていた。 柔らかそうな布で、どちらかというとネグリジェに近いかもしれない。 だからって別に欲情したりはしないけど。 髪にはターバンのようにタオルを巻いている。また面倒がって乾かさずにいるのか。 「あー、いいお湯でした」 そう言いながらのだめは、オレから少し離れてカウチの端に腰掛けた。 いつもだったらじゃれるようにくっついてくるのに、やっぱり変だ。 気詰まりになってつい、帰れと言うと、 「もう少しくらい、いいじゃないですかー」 と、口を尖らせる。 「オレは静かに飲みたいんだよ」 「のだめも……ちょっとだけ飲みたいです」 「いいけど、お前すぐ酔っ払うだろうが」 「だからちょっとだけ」 「わかったよ、ほら」 珍しいこともあるもんだ。毎日のように一緒に居ても、こうやって差し向かいで飲むなんて滅多にない。 のだめはあまり酒に強くないから。 ちょっとだけと言われたのに、何だかうれしくてなみなみと注ぎ、その縁を自分のグラスで軽く掠めた。 のだめはグラスを掴むと顔を仰向かせ、まるで酒じゃないみたいに喉に流し込んでいく。グラスは瞬く間に空になった。 「コラ、一気って」 「うーん、まずい! もう一杯!」 腰に手をあてながら威張るようにグラスをオレの方に突き出した。 「青汁じゃねーっ、てゆーか不味いなら飲むなっ」 「嘘です、ウソ、ちょっと言ってみたかったんデス」 仕方なくまたグラスを満たしてやりながら顔を見るとその頬にはだいぶ赤みがさしていた。 日本から送られてきた雑誌を膝の上に開き、見るともなく眺めていると、 肩に何かがぶつかるのを感じて顔を上げた。 のだめがくたっともたれかかってきていて、あれ、と思う間もなくそのままずるずるとオレの膝の上へ 横向きで倒れ込んでくる。顔が茹ダコのように真っ赤だった。 「おい、大丈夫か?もうやめとけよ」 といっても既に遅く、テーブルに置かれたグラスは再び空になっていた。 酒に弱いやつが立て続けに二杯も一気飲みすれば酔いが回って当然だ。急性アルコール中毒になる可能性すらある。 のだめはオレの膝を枕にしたまま、焦点の定まらない目つきでオレの顔を見上げ、「だーいじょーぶでーすよー」と 間延びした何ともあやしい口調で答えた。 とりあえず意識はあるが。 ―どーすりゃいいんだ 後で具合が悪くなるかもしれないからこのまま隣の部屋に返すわけにもいかない。 かといってカウチに寝かせておくのもかわいそうだ。 だけど、一緒にベッドに寝かせるのは――困る。 ―何がって――いや、その、それは のだめが差し出した手を掴み、背中を支えて起き上がるのを助けてやる。 「しんいちくん?」 「何……わっ!」 のだめが急にしがみついてきた。 予測していなかった動きにバランスを崩し、押し倒されるような格好でカウチにひっくり返ってしまった。 「痛てっ、何すんだ」 「大好きれす、しんいちくん」 オレの上に馬乗りになって、とろんとした目つきをしながら呂律の回らない口調で言う。 「は!?何だよ急に、てゆーか、早く降りろ!」 「急じゃありません!ずっと大好きだから大好きっていってんデスよっ」 「お、お前、酔っ払いすぎ。たった二杯で……」 「しんいちくんがお酒強すぎなんデスよー。でものだめ、だいじょぶれすから」 「全然大丈夫じゃねー、ロレツ回ってねーし」 「えと、のだめ、何か暑いんですけど、何でデスかねー」 「ちょ、ちょっと待て、一体何を!?」 のだめが着ているものを脱ぎ始めたのだ。かなり酔ってるらしく、オレが目の前にいないかのように ためらいもなくボタンを外していく。 押し倒されたままのオレはそれを止めることができずにいた。というよりも、止める意思がなかったのかもしれない。 とにかくオレの声などどこ吹く風で、のだめは、オレに跨ったままキャミソール姿になってしまっていた。 「おいっ」 今までだったら突き飛ばして簀巻きにした挙句隣の部屋へ放り込んでいるところだろう。 それもできなかった。 酔って赤く染まった頬や首筋、潤んだ瞳、半開きの唇。今まで見たことがない色っぽさで、 おまけに何だかいじらしく見える。それに、体の上に乗っているのだめのヒップの感触、目の前にある胸のふくらみ。 オレは石になる魔法をかけられたみたいに動けなくなっていた――体も視線も。 そのくせ頭の中ではあたふたして、必死に自分を落ち着かせようとしてた。 ―し、下着姿くらいどうってことないだろ? そうだ。水着だって見たことがあるし。あの長野へ行った時とか、その前にもSオケの合コンとか。 大体ブラなんて洗濯するときにしょっちゅう見てる。 そう思う間にのだめはキャミソールも頭から脱いで、背中に手を回していた。 「ま、待て……」 ブラには確かD70と書いてあった。それが大きいのか小さいのかはよくわからないが、 普段服の上から見る限り小さくはないし、大きすぎもしない。まあちょうどいいというか……。 あの夜以来、その中味を見てみたい、触れてみたいと、思ってなかったと言えば嘘になる。 このまま止めなければ自分で手を下すことなくそれが現実になる。 酔っ払ってるくせに器用に留め金を外したらしい。ブラのカップが前へふわっと押し出され、 肩にかかる紐がするりと滑り落ちた。 「あっ……」 上半身だけとはいえのだめの裸を見るのは初めてだ。 理性を総動員している自分を嘲笑うように、体が反応を始めてる。 それは仕方が無い。だって刺激、強すぎるだろ、コレ。変態っていっても一応惚れた女なんだし、 変態の衣の中はこんな……、何ていうか、その、魅力的な体だったなんて――反則だ。 このふくらみは何にたとえればいいんだろう。丸い型で作ったブラマンジェ?ふわふわというかぷるぷるというか。 もちろん女の裸なんか珍しくもない。だけどこれほどまでに圧倒的な質感は初めてだ。 柔らかそうなふくらみの真ん中にある桜色の輪、そしてその頂点にちょこんと突き出している小さな蕾も何て……。 ドキドキ言ってるのはオレの心臓なのか? 触れたい。でも、こいつが酔っ払って正体を失くしてる今、触るのは何か卑怯な気がして。 無意識のうちに伸ばしていた手を危うく引っ込めた。 そんな葛藤を知ってか知らずか、のだめはオレのシャツのボタンに手をかけた。 「しんいちくんは暑くないんれすか?」 「のだめ、やめっ……ひぃぃっ」 時々ふらつくせいで、柔らかいものが腕や胸を掠める。せっかくオレが触れないと決心したっていうのに。 そんなのだめに目を奪われているうちにシャツのボタンは全部外されてしまい、 のだめはオレの裸の胸の上に手のひらをついていた。腕に挟まれたせいでふくらみは余計強調されて見える。 見とれて、いや、あっけにとられていると、のだめがゆらりと揺れ、どさりと倒れこんできた。 ―むぎゅって……やば…… 自分の胸に直接押し付けられた柔らかで弾むような感触に理性が飛びかける。 こいつ、キスだけであんな反応だからてっきり処女だと思ってたのに、もしかしたら違うのか? それとも酔っ払ってるせいで大胆なんだろうか。 ―ああ、もうダメだ 覚悟を決めて慎重に裸の背中に腕を回しながら声を掛ける。 答えがない。 「おい……?」 もう一度声を掛けながらそっと顔を見ると――、スースーと寝息を立てていた。 「この……バカ」 溜息が出た。 ほっとした反面、ちょっと残念だと思ってしまう自分がいた。 このままというわけにもいかないし、服をどうやって着せようか。また目を覚ましたら厄介だし、 やっぱりブランケットにくるんで隣の部屋に放り込んでしまおうか。 のだめの重みと肌の感触が心地よくて、このまま離れてしまうのが惜しいような気がしながら思案していた。 その時だった。 のだめが、突然起き上がって叫んだ。 「ぎゃぼっ、真一くん、のだめに何を!?」 「ばっ…違っ、お、お前が勝手に脱いだんだ!オレは何もしてねー」 「だって、先輩も脱いで……」 「これもお前がやったんだ!」 「ほへ…?」 「憶えてないのかよ」 「えと……」 「いいから、早く服着てとっとと自分の巣へ帰れ!」 のだめが脱いだものを投げつけ、目をそらしながら言った。 オレの体が少し反応してしまっていることに気がつかないことを祈りながら。 視線を戻すと、服を体にあてたままぽかんと口を開けていたのだめの顔がくしゃっとゆがんだ。 「先輩……、のだめのおっぱい、見たんですよね?」 「お……、って、いや……それは、だからお前が勝手に……」 「それはいいんデスよ、先輩になら見られたって。でも、でも、見ても何も感じなかったんですか?」 泣きべそをかいてる。今度は泣き上戸かよ。 ―ばかやろう、オレがどんだけ…… 「泣くな、てゆーか何で泣いてんだ」 「だって、先輩……。キスの後全然先に進まないし、のだめのことホントに……」 「バカだと思ってたけどホントにバカだな、お前」 「むきゃ!?」 「今夜はもう寝ろ、どっちみち……酔っ払ってるやつになんか何も……」 「……のだめ、もう酔っ払ってまセン」 「嘘だ、自分のやったこともおぼえてないくせに」 のだめが目をそらした。 「はぁ!?おぼえてんのかよ?」 「はあ……、ちょっとだけ、何となく……」 「でも、ちゃんとした判断力がないときになんて……やっぱダメだ」 一体オレは何を言ってるんだろう。手に入れたいと思っていたものが目の前にある。 腕でかばってはいるけど、むき出しの肩やウエストからヒップにかけてのラインは目の前に晒されたままで、本当はのだめを押し倒したいほどに魅了されてる。おまけにのだめが拒絶していないのに、何だってこんなに意固地になってんだろう。 それでも――。 「お酒飲んだら……言えるんじゃないかと思ったんです」 ぽつり、とうな垂れたままのだめが言った。 「って……何を?」 「もっと先にって」 「そういうコト……したいのか?」 「先輩はのだめとしたくないんですか?」 きっと顔を上げて言い返されてどう答えようか一瞬迷った。答えは決まってるのに。 ―くそっ 「……したくない……わけじゃない……」 「どっちデスか」 「……いいのか?」 「ハイ」 オレの我慢にも限界はある。本当はあれからずっと、色々理由をつけて何とか自分をごまかしてきたんだ。 「でもやっぱ……」 もう一度確かめるつもりで口を開きかけたオレをのだめが上目遣いで見てる。 ―そんな目で見んな、この小悪魔 「ホントにいいのか?」 「……しつこいデス。そんなにのだめが信用できないんですか」 「いや待て、そうじゃなくて。その、大事なことなんじゃないのか?」 「ほわ……。ありがとうございマス。でも、のだめは先輩に処女を捧げたいんデス」 うわ、はっきり言うな。てゆーかやっぱりそうだったのか。 「あの……、もしかして処女って引きますか?」 そりゃ、色々と気は遣うけど。合意の上なら男冥利につきるだろう、普通。少なくとも今のオレは、 のだめの初めての男になるのはうれしい。そのうれしさを顔に出さないようにするので必死なくらいだ。 にやけた顔を見られるくらいなら死んだほうがマシだ。 末代まで語り草にされる。おまけにパリ中、いや、地球中に言い触らされるに違いない。 だからいきなり抱きすくめた。 「あっ……」 ぎゃぼっでも、むきゃっでも、あへぇでもなく。 『あっ』って何だよ、『あっ』って。びっくりするほど可愛い声じゃねーか。そんな声出されたら……。 思わず強く抱きしめた。 腕の中の体にはこれまでのキスやハグでは感じたことのない固さがある。 いつの間にか頭に巻いていたタオルが外れ落ちていて、まだ濡れてる髪からシャンプーの香がした。 「あの」 まさか、今さらやめろなんて言うつもりじゃないよな。 「何?」 「何か言って下サイ」 「……何かって?」 「こーゆー時って、好きとか愛してるとか、フツー何か言ってくれるんじゃないんデスか」 そんな恥ずかしいことそう何回も言えるか。でも――。 やっとのことで耳元に囁くと、腕の中でのだめがオレの胸に顔を埋める。 自分で催促したくせに耳まで真っ赤になって。こいつのこんなとこ、初めて見た。 かわいーじゃねーか……、変態のくせに。 「……お前も何か、言えよ」 「のだめ、お腹がいっぱいで……」 「ぶっ……、それを言うなら胸がいっぱいだ……顔、上げろよ」 胸に顔をおしつけたまま、イヤイヤというように首を振る。 「それじゃ、キスできないだろ」 キスだけじゃなくて何も。 「ふーん、こわいのか」 ムキになったように顔を上げたところをすかさず捕まえて唇を重ねた。 「んっ……」 逃がさないように、唇をつけたまま角度を少しずつずらしながらキスを続けた。 のだめはもう抵抗もせずにキスを受け止めている。ただ、オレの腕をぎゅっと掴んだままの手から緊張が伝わってくる。 このまま唇を割ってその口の中に舌を入れるのがためらわれる。また気絶したりしないだろうか。 今でさえのだめはいっぱいいっぱいに見えた。だいいち歯を食いしばっていて、下手に舌を入れたら噛み切られそうだ。 「おい、もうちょっとリラックスできないのか」 「よ、よゆーデスよ」 目をそらしながら言う。嘘だ。 仕方が無いから首筋に唇を滑らせる。 「ムキャっ!」 「こっから先は奇声禁止だ!」 「ぎゃぼ……あ……」 つい吹き出した。 「な、何笑ってんですか。のだめが一大決心したのに」 「何が一大決心だ、バカ。お前はオレに任せてりゃいーんだ」 気づけば、オレも緊張していたのかもしれない。だから余計にのだめが固くなる。 頭をぽんぽんと軽く叩くと、しおらしくうなずいた。 片方の手のひらを合わせ指を組むように握ってやりながらもう一度唇を重ね、その唇で少し顔を仰向かせるように促すと 素直に従った。そっと舌を忍び込ませると、びくりと震えながら手をぎゅっと握り返してくる。 舌を入れられることさえほとんど経験がなかったらしく、相変わらずその感触に戸惑っているのが手に取るようにわかる。 逃れようとするのを誘うようにやさしく触れながら、深いキスを続けてやる。 軽いタッチで舌に触れるのを何度も繰り返しているうちに、そういうものだと思い始めたのかもしれない。 口の中で固く縮こまっていた舌をおずおずとこちら側に差し出してきて、オレに委ね始めた。 強く握られていた手をゆっくりとほどいて、胸のふくらみの外側を包むように手のひらをあてると、のだめが小さな声を上げた。 キスを続けながら、大丈夫と言うように背中をさすってやる。 ふくらみにそって撫でると、のだめは唇から逃れ、顔を真っ赤にして「やっ」と小さな声で言った。 「これでダメだと先に進めない」 「でも……」 「オレは、好きだけど。コレ」 「コレって」 「お前の……胸」 「ホントに?」 「うん、柔らかくて。だから……」 ほめられたのがうれしいのか、安心したような顔で目を閉じた。 ふくらみの上に手のひらを這わせながら、時々軽く掴んだり押したりしているうちにのだめの息が少し弾んでくる。 背中に回していた手を腰のあたりまで撫で下ろすと、のだめが身に着けている最後の一枚に触れた。 この紐を解いてしまえば生まれたままの姿になる。 理性は保っているつもりだったけど、裸で抱き合いたい気持ちがどんどん膨らんでくる。 たとえ全部できなくても全身でこいつを感じてみたい。 「先……輩?」 「ん?」 「あの、……何か、体が熱いっていうか、ムズムズするっていうか」 半分泣きそうな声だ。 「イヤなの?」 「そじゃなくて、でも、変なんデス。恥ずかしいのに、もっと触ってもらいたいような」 「じゃあベッドに行こう」 ちゃんと感じ始めてるんだと思うとうれしかった。 腕の中ののだめはまた少し体を固くしながら、それでもイヤとは言わなかった。だから、オレのシャツを被せて抱え上げた。 「あ、お姫様抱っこ。初めてデスね」 ―ふん、初めてじゃねー。忘れてんなら別にいいけど もちろん今とは程遠いシチュエーションだったけど、のだめが熱を出して峰の試験の伴奏ができなくなった時、 毛布にくるんだこいつを抱えて学校まで運んだことがあった。峰の番を待つ間、ずっと膝枕してやってたっけ。 あの頃のオレが今のオレ達を見たら驚くだろうな。でも、出会った時からずっと傍に居たのは確かだ。 もしかしたら自分が気づくより前からこいつの事を想ってたのかもしれない。 「電気、消して下サイ」 ベッドに横たえたのだめはいちはやく上掛けを首まで引っ張りあげていた。 「うん、ちょっと待って」 灯りを消す前にひとつだけ、まだ冷静なうちに用意しておかなきゃいけないものがあった。 買ってしまったら歯止めが利かなくなるのがこわくて、万一のためだと言訳しながら買った小さな箱。 でも、今はちょっとだけ、昨日の自分の決断をほめてやりたいような気がした。 手探りでベッドに上がり、上掛けの上から体の形を確かめるように撫でた。 のだめは、まるで気配を消していれば闇の中にまぎれられるとでもいうように息を殺してる。 思わず笑うと、何が可笑しいと問う声が不服そうだ。 「別に」と答えながら、オレもボクサーショーツ一枚になってベッドの中に潜り込んだ。 こうやって一つ一つ段階を踏みながら、後戻りできなくなってる自分が少し怖かった。 たかがセックスなのに。オレは初めてなんかじゃないのに。 その怖れは、処女だから責任取らなきゃとかそんなんじゃなく、のだめを傷つけたくないというか、 こいつに嫌われたくないというか。とにかく、セックスでここまで慎重になるのは初めてだった。 体を庇うように横向きになっているのだめの頭に手を添えながら髪に唇を落とすと、顔を上げる気配がした。 指先で位置を確かめながら唇を重ねる。 ぎこちなく突っ張ったままの腕をオレの首に回すように誘導してやりながら、 滑らかな肩や背中を撫でてやると、その度に体を小さく震わせる。 敏感なのか、触れられるのに慣れてないせいなのか。 抱いている腕に少し力をいれるとまたのだめのふくらみがオレの胸に押し付けられて、 もちっとした感触に下半身が反応する。 体を起こし、仰向けになったのだめの耳元でもう一度だけ確かめた。 だが、イヤだと言われて止められる自信はない。 「先輩は?」 と聞き返す声が知らない女のようにか細い。 「……したい」 「えと、具体的にはどうするかよくわかんないんデスけど」 「ネットとかで見てんだろ」 「でも、いまいち実感ないとゆーか」 「じゃあ、たとえばこんなコト」 「はぅ……何すっ」 ふくらみの上の小さなピンク色の蕾をついばんだ。押しのけようとする腕を押さえ込みながら、口の中で転がしてやる。 「ふっ……やっ……ぁっ」 手に吸い付くようにしっとりしているふくらみを手のひらで優しくほぐすようにつかみながら、蕾を舌で弄る。 泣きそうな声が耳に甘い。それがまた下半身を直撃する。 そこから先、のだめはどこに触っても息を飲んでは体を震わせ、情けないような困ったような声を上げた。 時折オレの手から逃れようとするように身を捩るのを押さえつけながら愛撫し続ける。 慣れないのだめを気遣う気持ちが消えたわけじゃないけど、本能みたいなものにつき動かされて、容赦なくのだめを味わった。 手で、唇で、肌で、耳で。 堪えるような声にオレの少し荒くなった呼吸が重なる。 「声とか……我慢しなくていいから」 暗さに慣れてきた目に、のだめが口を真一文字に結びながら首を横に振るのが見える。 「聞かせて」 耳元で囁くとぎゅっとしがみつきながら顔をのけぞらせた。耳も感じやすいらしい。 戸惑いながらものだめの体はだいぶ快感に慣れてきていた。 腰にかかる紐に手をかける。 「あのっ……」 ほとんど裸で抱き合って体中触られていても、この一枚があるのとないのとでは違うらしい。 一気に脱がせてしまいたいのを我慢して手前から布の中に指を滑り込ませる。 「ス、スケベ……」 「そういうこと、するんだろ?」 あきらめの混ざった吐息が聞こえた。 指先で探ると小さなスリットはすぐに見つかって、そこをなぞるとのだめがオレの腕を掴む。 よほど恥ずかしいのか声すらなく、ただ必死な気配だけを感じる。 構わずにもう少し奥へと指を進めると押し殺した声が聞こえてきた。 「せ……ぱい……?」 「大丈夫だから」 「ゃっ……」 襞の内側はシャワーを浴びた名残か、それとも快感がもたらしたのか、わずかながら濡れていた。 「ちゃんと……濡れてる」 「や…らし……」 「うん」 誰も触れたことのない秘密の場所だと思うと妙にドキドキしてくる。 柔らかくて弾力のある襞を二本の指で軽く挟むと、のだめが呻くような声を上げた。まだ痛いはずはないんだけど。 もう少し奥へ。 入口をくすぐるように撫でる。 「ふぁ……、んっ、そんな……トコ」 指先で押す力をちょっとずつ強くしていく。 そう、ここだ。 「どんな感じ?」 「気持ち…………悪いデス」 「む……、……お前、自分でしたことないの?」 「そんな……」 「あるけど指はない?」 暗くてわからないけど、のだめはたぶん真っ赤になってる。 「ゴメン、でも悪いってワケじゃなくて……、オレだって自分でするし」 「先輩も……?」 「そりゃオレだって男だから」 「知ってマス、女だったらビックリです」 「バカ言ってないで……もう一回、触るぞ」 指先をほんの少しだけ沈めてみる。 「んっ……んんっ」 のだめの体が硬直する。 ゆっくりと、関節の中ほどまで埋める。 「あっ、……んんっ」 「どう……した。痛い?」 「いえ……お腹の奥から、何か、きゅっきゅって、苦しいような、でもそれだけじゃなくて……あの?」 「指、入ってる」 「先輩の、ゆ……び……?」 自分の中の感触を確かめるようにつぶやく声は熱っぽかった。 たった指一本でさえもきつい。初めてってこんななのか。 ほぐすようにそっと指を動かす。 水音がするほどじゃないけど確かに潤んでる。 「ふっ……ぁ、んっ……」 「まだ、気持ち悪い?」 のだめは眉根を寄せて恥ずかしくて仕方がないというように小さくかぶりを振った。 ゆっくりと指を引いてまた中へ挿し込む。 「っ……、せ…んぱ…い…っ」 「これ、邪魔」 腰の紐を引いてももう抵抗はなかった。 本当は全てを見たいけど、暗くてぼんやりとしか見えない代わりに手のひらと唇でなぞって体中を確かめる。 なめらかな曲線、柔らかいふくらみ、わずかに汗ばんだ肌。 のだめは微かに身をくねらせた。 静かに指を引いて、もう一本、その中へ沈めていく。 「んくっ、……あ、は……ぁんっ」 指の腹を上に向けてわずかに関節を曲げて刺激してやると、のだめはひくひくと体を震わせた。 何度も繰り返すうちにのだめの胸が波うちだして、息が弾んでいく。 いつの間にか中からの滴が指の根元まで濡らしていた。 もう、理性で何とかするのは限界だった。男と女になりたくてどうしようもない。 「中、入ってもいい?少し痛いかもしれないけど」 「だいじょぶデス」 「じゃあちょっと待って」 「えと……ヒニン、ですか?」 「うん」 のだめはぎゅっと目を閉じたままだった。 いつものこいつならきっと興味津々でオレの手元を見ているだろうに。 だけどその後は、まるでのだめを苛めてるみたいで気がひけた。 顰めた眉がかわいそうで何度もあきらめようと思った。 さっきまで指を受け入れていた場所は、オレ自身に対してはまるでそこに入口なんかないとでも言うように跳ね返してくる。 たぶん痛いんだろうに口をへの字に結んだままひとことも弱音を漏らすまいとしてるのがわかる。 そんな顔を見てるとこっちの方が参ってくる。そりゃ最後までしたいけど、いじめるためにしてるわけじゃないから。 「ダメならダメでいいんだぞ」 と声をかける。 でも、顔を歪ませたまま首を横に振った。 「お前、緊張し過ぎなんだよ。ちょっと深呼吸でもしてみろ」 闇の中で素直に息を吸って吐く音が聞こえ、オレの下でふわふわのふくらみが数回大きく上下した。 ふと思いついて、のだめの脇の下をくすぐってみた。 両手で体の側面に沿って細かく指を動かすと、のだめは妙な声をあげながら オレの手から逃れようともがいて体をくねらせた。 「ひゃっ!?せんぱ……、何すっ……、やめっ、いやン!」 手を止め、息を切らしているのだめの頬に頬に軽くキスをしながら、ごめん、と謝ると 涙目で口を尖らせてみせたけど、眉間の皺も消えていつもの表情に戻ったように見えた。 「まだ挑戦する?」 「当たり前じゃないデスか」 こちらを真っ直ぐ見つめながら力強くうなずく。 おいおい、出陣式じゃないんだから、そんな勇ましい顔で鼻息荒くされてもな。 まあ、泣いてるお前なんか見たくないから、それでいいんだけど。 「とにかく、力抜け。それから脚……もうちょっと開いて、膝も曲げて」 「う……恥ずかし……デス」 「そうしないと、入んないから」 額にキスをして、そこを確かめてからそっと張りつめたものをあてがう。 こんなもどかしいやり取りをしてるのにオレ自身は一向に落ち着く気配がなかった。 むしろ勢いを増してるような。そう、欲しいんだ。ホントに欲しいんだ。 のだめの中へ向かって押し進める。 のだめがオレの腕にしがみつき、声も立てずに喉をのけぞらせた。 今、確かに手応えがあった。突破したというかめり込んだというか……。 辛そうに歪ませた顔は、愛情とかロマンチックとかいうイメージには程遠い。 でも、ここまで来たら心を鬼にして一気に沈めていく。 もう一度押し込むと、のだめが腹にパンチを受けたような変な声で呻いた。 胸が痛むのと同時に、ほっとして、それから強い刺激。 無理やり押し広げているのだから当たり前だけどとにかくきつい。締め付けられるなんてもんじゃない。 全部おさまってしまうと、のだめがひとつ息をついた。肩で息をして、いや、息をするのも辛そうだ。 背中をかかえるように抱きしめた。 「痛い……よな?」 目を閉じたまま、一瞬うなずいて、すぐに首を横に振る。 「ゴメン……でも、やっと、お前の中……」 ゆっくりと目を開いたのだめが浅くうなずいた。 「どんな感じ?」 「やっぱり……おなかがいっぱいな感じです」 それはわかる気がする。こっちがこれだけキツいってことは、のだめの方は中から圧迫されてる感じなんだろう。 てゆーか、ホントにキツい……。 「キス、していい?」 答えを聞く前に、額に。うなずいた後に鼻の頭、頬、耳たぶ、そして唇へ。 頬はもう疾うに酒の火照りも消えて冷えていた。 灯りがないからわからないけれど少し青ざめているのかもしれない。 のだめがどれほど痛い思いをしたのかがしのばれる。 溢れてくるような想いには愛おしさも欲望もごっちゃになってて、もう自分でも何がなんだかよくわからない。 だけど、のだめと繋がってる、そのことが無性にうれしい気がした。 「つながってんの、わかる?」 「……ハイ、……セックスって」 目を閉じながらのだめがつぶやいた。一体何を言い出す気だろう。 「……こゆことなんですね」 「……うん」 それでなぜか通じていた。 オレ達ってこんなにわかり合えてたっけ、と不思議な気もしたけど、 『こういうこと』だと感じたのは実は初めてだったけど……、たぶん、わかるんじゃなくて感じてるんだ。 「動いてもいい?」 「……動くと、どうなるんですか?」 「オレは気持ちいい……。でも……痛かったら言えよ」 「だいじょぶ、デス」 しばらくの間は深く包まれたまま静かに腰を揺らしてやる。 「……、ぁう、んっ」 そっと引き抜こうとしたのに締め付けられていたせいでつい強い動きになって、のだめが眉をしかめながら呻く。 ゴメン、と言いかけると、「へーきですから」と先に言われてしまった。 できるだけゆっくりと慎重に動いて、のだめの中へ深く沈んでは引く。 堪えるように漏らす声と痛みなのか別の感覚なのかよくわからない表情に、わずかに罪悪感を覚える。 いつの間にかのだめはオレの首にしがみついていた。 「くふっ……は…、ぁ…」 「大丈夫か?」 「あの、体の中、きゅぅって……あっ、また、んんっ」 「もしかして、ちょっと気持ちいい?」 一瞬間があったけど、のだめは小さくうなずいた。 その答えに安心して、少しだけ動きを速めた。 遅いとか早いとか意識したことはなかったけど、これまでの経験では相手が満足するまでは保っていたから、 早い方だとは思っていなかった。 でも、今日は、もう――。 激しく動いているわけじゃない。 むしろのだめを気遣ってソロソロとまだるっこしいくらいの速度で動いているのに、早くも限界が迫ってきてた。 オレにとっても久しぶりのセックスだし、初めてだったのだめの入口が狭いせいもあるかもしれない。 だけどたぶんそれだけじゃない。 どこがどうとは言えないけど、桁外れに気持ちがよくて。 それに、普段と違うかわいらしい声、柔らかい胸のふくらみ、滑らかで温かい肌。 何もかもが容赦なく本能を攻撃して来る。 のだめは痛みよりも快感が勝ってきてるようで、体を小刻みに震わせながら、声は甘い喘ぎに変わっている。 だから頂点まで連れて行ってやりたいのに。 快感に身を任せて放ってしまいたい思いと、もっとのだめと繋がっていたいという思いの間で揺れながら、 もう止まらなくなっていた。 「っ……んっ……」 堪えきれずに声を漏らしながら、のだめの中で爆ぜた。 まだひくひくと蠢いているのだめの中で、オレの分身は何度か小さな爆発を繰り返した。 動きを止めたオレの背中に手のひらが触れる。 女にしては大きな手。ピアニストとして恵まれてるあの手だ。 ―あったかい…… 全部放ち終えたオレは、何だかほっとして、のだめの胸に顔を埋めた。 ―柔らかい…… 「……やっぱりムッツリ……だったんデスね」 「やっぱりって、何だよ」 「ずっと前に、ある人が言ってたんデス」 「……ある人って?」 「フフ、内緒です。そいえば、ネットで見たようなコトってしなかったデスね?……えと、胸で挟んだり、口で真一君の……」 「はぁ!?……そ、そーいうのは上級者向けってゆーか……」 「じゃあ、のだめも練習すればできるようになりますか?」 「そういうことでやる気出してどーすんだ、もうエロサイトなんか見んな、バカ」 「ムキャっ」 腕枕をしてやりながら髪を撫でているうちに、のだめはうつらうつらし始めた。 「のだめ、シャワーは?」 「明日の朝じゃダメですか?何かすごくダルくて」 「しょうがないな……でもこのままで寒くないか?」 「真一君があったかいからへーきデス……」 「うん……」 眠りにつく前に本当は何か言ってやりたかった。 でも、大切にする、と口にできるほど今のオレ達は安定してない。生活も感情も何もかも。 のだめは留学してきたばかりだし、オレは、腕試しのコンクールに優勝して、 幸か不幸かシュトレーゼマンの事務所と契約したものの、事実上は無職のようなものだ。 ずっと一緒にいたい、と思っても、これから先何が起こるかわからない。 それでも――。 腕の中のこの温もりが得難いものだということだけはわかる。 それを手放したくないという気持ちを今は素直に認めよう。 何てことだろう、まったく――。 「変態」は何事もなかったような顔をしてスヤスヤと眠ってる。 明日の朝、オレの胸で裸のまま目覚めた時、こいつは何を思うんだろう。 こんな関係になってもやっぱり「変態」なんだろうか? 何となく、変わらないでいてほしいと考えている自分が可笑しくて、声に出さずに小さく笑った。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |