岩瀬健×吉田礼
![]() 諦めようとした思いは、最後の最後で奇跡を起こした。 扉を開けて、追いかけてきてくれた彼女を、もう離さないと決めた。 それだけは、確かなことなのだけど。 いくら春とはいっても、砂浜を裸足で歩くには、まだ早い。 それでも、背中に確かにある温もりが、健の足を前へと進めさせる。 昔は、こんな風に軽くおんぶできなかったな。 ふと昔のことを思い出すのは重ねてきた時間の長さのせいだろうか。 「ケンゾーにおんぶされるのって何年振りだろうね?」 背中で、礼が口にしたのも、やはり昔を懐かしむ言葉だった。 「小学校6年の運動会以来だから、10年以上たってんな」 「うわーもうそんなに経つんだぁ。ケンゾーもおっきくなるはずだ。昔は私より小さかったのになあ」 「それ、小学校4年までだから」 「違うよー!小5まで私のほうが高かったってば」 「ありえねーお前、自分の都合いいように覚えてるだけじゃん」 「ケンゾーこそ嘘つかないでよ!男子と女子で並んだ時、私より前にいたの覚えてるもん」 頭の上で、礼が声のボリュームをあげる。 その拍子に、ぐらりと礼の身体がバランスを崩した。 「お前、暴れるなって!落ちるぞ!」 両腕の力をこめて、健も叫ぶ。 「ちょっと落とさないでよー!」 「お前が騒ぐからだろーが!落とすぞ、マジで!」 「それはだめー」 しがみついてきた礼の笑い声が、耳元にいっそう近づいた。 「ったく……」 思わず釣られて笑ったのは、頬に触れた彼女の吐息がくすぐったかったせいだけではない。 こうして、礼の笑顔につられて笑うことが懐かしかった。 二人で当然のように軽口を叩き合える空気を取り戻せたことが、本当に嬉しかった。 結婚式を飛び出した花嫁と、彼女を攫った男なのに、交わされる言葉に微塵の甘さもないのは、自分達の特権 なのか悪い癖なのか。 礼は、ウェディングドレスにサイズの合わないジャケットで、靴はなくして裸足。 自分は、海風になぶられたぼさぼさ頭に、びしょ濡れのこれまた裸足でドレス姿の彼女を背負っている。 映画やドラマならきれいに終わるラストシーンの続きは、結構間抜けだ。 砂浜から道路へと上がる階段に足をかけたところで、背中の礼が身じろぎをした。 とんとんと、肩が叩かれる。 「どうした?」 「階段、自分で登るよ。重いでしょ?」 流石に申し訳なさそうな礼の声が、耳元で聞こえた。 「別にいいって」 「でも……」 「男の筋力バカにすんな。つか、別に重くもねーし。伊達にお前よりでかくなってんじゃねーんだぞ?」 ちらと礼を見上げる。 視線を合わせた瞬間に、顔を伏せられてしまったが、その唇は確かに笑みの形だった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |