坂本龍馬×お龍
「…えい匂いじゃの」 今宵の、この男の覇気の無さは、この前とは別人の様だと楢崎龍は思った。 「…はい。」 どうやら龍馬は故郷の大切な友人まで投獄された様で、以前に見た強気の態度からは一変、 廃人のようだと龍は思う。 「おまん、友達はおるがか?」 不意に龍馬は尋ねてきた。 「…うちは、幼き頃から家族の為に働いて参りました。 坂本さんの様な友人はおりませんが…大切な者を失う辛さはわかります。」 「…そうじゃったな。おまんも妹を…」 龍馬は覇気の無い笑顔で振り返った。 「けんどの、まっことすまんけんど…今は一人になりたいがじゃ。放っておいてくれんかの」 龍は、先程龍馬に差し出した夕餉を片付けようと、失礼しますと一声かけると座敷の中に入る。 だけど、縁側で悲痛に耐え涙を流すこの男を、どうしても放ってはおけなかった。 「あの…嫌やと申したら、どないしやはりますか?」 消え入りそうな声で問うてみる。 ガラにもない、男に媚びる様な声に、自分で自分に吐き気がする。 「…は?」 龍馬は、相当驚いたのだろう。余裕がなく、イラついたのかもしれない。 大きな瞳を更に大きく見開き、龍を見つめている。 「あなた様が、どの様な境遇にいるのかは、今の世を見れば大体わかります。 うちも身分の低い女やし、こんな時に坂本さんを一人にしておくのは何となく…その…」 龍が自分の気持ちを、どう言葉にすれば良いか考えあぐねていると、その言葉は龍馬に一掃された。 「おまんに何がわかる!!」 あまりの剣幕に、今度は龍の方が目を見開く方だった。 「世の中が変わったち言うて、わしの仲間はどんどん殺されゆう。 どんなに尊い命でも、わしの故郷ではまるで虫けらのように…!」 「それは…!それは、あんたの国じゃなくても同じ事よ!それと同じ事が今はどこでも起こってるわ!」 こんな事が言いたいのではない。こんな事が言いたいのではないのに、 元来の性格からか、龍の口からは自分の考えとは反対の言葉が零れ出てきた。 口論する間に、いつの間にやら龍の肩は龍馬の手によって、がっしりと掴まれたようだった。 気が付くと顔が触れそうな程、近い。 龍は慌てて龍馬を振り払おうともがいたが、反対に顎を掴まれて更に顔を近付けられてしまった。 「えいか。わしは今、とんでもなく気が立っちゅう。一人にしてくれと言うたはずじゃ。 それでも聞かんのやったら、何するか解らんき。」 坂本は本気で怒ってるんだ…と龍が理解するや否や、慣れた手つきで畳に組み敷かれる。 唇が触れようとした時、龍が抵抗しようと伸ばした腕が、先程用意した夕餉の膳に触る。 皿に指が触れ、膳から落ちた時に、食器が割れる派手な音と共に料理が畳に散らばった。 「…あ」 龍馬の気が割れた皿に向いている間、龍は素早く起き上がると着物の乱れを直し、 膳を片付けるべく立ち上がった。 片付けている間、自分に背を向けてうなだれている龍馬が見える。 「…龍、すまんかっ」 「申し訳ありませんでした。」 龍馬が謝る前に、龍は自分の無礼を詫びた。 「何でじゃ?わしはおまんに酷いことを…」 「うちはただ、坂本さんの力になりたかっただけどす。 でも、不器用な女やから…悪い事をしてしまいました。」 そう言うと、頭を下げて膳を持って部屋を出た。 この後、この男が気になることになるとはまだ、龍自身、知るよしもない。 SS一覧に戻る メインページに戻る |