岡田以蔵×なつ
空が白み始めて、もうすぐ夜が明けることを伝える。 「おまんは今の生活に満足しちゅうがか?」 以蔵は隣で眠っているはずの、なつに問いてみた。 「幸せですよ。」 寝ていたはずなのに、返答はすぐに返ってきた。 「以蔵さんが温かい場所で眠らはりますように。 以蔵さんが毎日美味しゅうご飯を召し上がって頂けますように。 なつは、そのお手伝いが出来て幸せどすえ。」 寝ぼけているのか?目をつぶったまま、掠れた声で呟くなつから思わず顔を背ける。 「…おまんはバカやき。」 涙が頬を伝って滑り落ちた。 「わしには親の様に慕ってるお方がおっての、そんお方だけがわしを一人前の男やち認めてくれた。」 なつが眠っているのを良い事に、普段では言えない素直な気持ちや境遇を言葉にする。 「もう、要らないち…おまんは用済みやち…何処へでも行きやち…言われたがじゃ。」 武市のことが脳裏をよぎり、心にぽっかり穴が空いたように思う。 その穴に風が吹いている様な感覚と寂しさにたまらなくなる。 「…本当にバカなのは、わしやき…。おまんに愛される資格がないのはわしやき…どういて…」 隣のなつを抱き寄せると、なつは苦しそうに咳込んだ。 「苦しい…以蔵さん、苦しい…」 「ああ…。」 申し訳なさげに、なつを離すと、以蔵はもう一度寝ようとしたが制された。 「うちはただ、以蔵さんが好きなだけやさかい…。どんな事があっても…すき。」 柔らかな指が頬を伝い、母親が子供にする様になつは自分を抱きしめてきた。 愛情表現が乏しい自分とは違い、柔らかい。優しい。 「うちを抱いてて、ずっと。」 朝が来るまで。なだれ込む様に甘くて優しい時間が、これからも続くとは、永遠だとは有り得ない。 きっと、この手を離す時も もうすぐやってくるのだろう。 以蔵はどこかで、そう思っていた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |