武市半平太×富
平井収二郎が切腹した。 土佐勤王党のNo.2であり、政治の面では勿論、精神面でも武市半平太を支えた人物である。 目に見えて全てを奪われていく夫を、妻の富は不安な気持ちで見ていた。 「何や?」 絵に集中していたと思っていた夫に振り返られて、富は少し慌てた。 「覇気のない顔をしておるのう。しっかりしいや。」 ボーッとしていたことを咎められたのだろう。 こんな時でも気丈な夫が誇らしく、少し寂しくも感じられる。 「何を書いておられるがですか?」 富は半平太の描いている絵を覗き込んだ。 「これは雀の絵じゃ。幼い頃、以蔵によく描いてやったもので、これを描くと奴は喜んだ。」 持っていた筆を置くと、半平太は心底辛そうに溜め息をついた。 「何をしておるのかのう…。」 世の中はどんどん不穏な動きを見せていて、恐らく半平太も巻き込まれているのだろう。 旦那様は本当に大丈夫なのだろうか?と富は思う。 まるで指の隙間から零れる様に、自分の掌から大切なものを次々と失くしているのだろうか…。 「そういえば、おまんにもよく絵を描いてやったな。」 どう声をかけたら良いか解らず富が黙っていると、半平太の方から話しかけられた。 「はい。」 「おまんも以蔵と同じやな。 どんなに悲しい顔をしちょっても、小さなことですぐに笑ってくれる。」 浮かない顔をしている富をよそに、半平太はもう一枚紙を取り出すと、そこに新たに筆を走らせた。 「富には蛍の絵を描いてやろう。土佐の家の庭には沢山おったき、懐かしいじゃろう。」 「…寂しいがです。」 「…は…?」 てっきり富はいつものように喜んでくれると思っていたのに 脈略もなくそんな事を言われて半平太は困惑した。 「どうして寂しいのじゃ?わしは此処におるろう?」 富は黙って下を向いたまま何も話さない。 「今までは一緒に居てやれんかったけんど、今はこうして一緒に…」 「旦那様が、ほんまの事を話して下さらんからです…。」 半平太の話を遮り、富は遠慮がちに口を開いた。 「旦那様は、いつだって本当のご自分を見せて下さらない。」 本当の自分を見せることなど、出来るわけがないと半平太は思う。 「わたくしは、そんなに頼りないがですか?」 SS一覧に戻る メインページに戻る |