21グラム
瀬文焚流×当麻紗綾


「死にましたよ、林実なら」

平然とした顔で当麻が言う。俺は思わず聞き返した。

「死んだ?」
「殺されました」

それだけ言うと、当麻は動きを再開した。
訳が分からない。

「で、それとこれと何の関係があるんだ」

俺のズボンに手をかける当麻を見下ろす。

「何って、お礼?」
「……」

紙袋でぼさぼさの頭をどついた。

「いった、それマジで痛いんすけど」
「当たり前だ」

柔らかいものだけ入れているわけじゃない。

「だいたい、何のお礼だ」
「助けられたから、じゃダメですか」
「意味がわからない」
「じゃあなんとなくです」
「もっと意味が分からない」

膝を蹴り上げてみるが、位置が悪い。ギプスが邪魔でうまく当たらない。
会話をしながらも手を止めない当麻は、とうとう俺のモノを取り出してしまった。

「どういうつもりか知らないが、お前に個人的感情は持ってない」
「そりゃそうです。私だって別にそんな感情ありません。
それに恋だの愛だの言、見えもしないものを主張されても困ります。
所詮は本能、性欲。
単に適当なところで見繕った相手に後ろめたいからきれいごと言ってごまかしてるだけじゃないですか。
そんなものがなきゃ女が抱けないってんなら、どうやって自分に最適な相手見つけるんだか。
……それができるなら、それこそスペックです」

その口のまま「私にはそんなスペックありません。瀬文さんもでしょう?」なんて抜かしやがった。

ああ、その通りだよ。
だから俺は抵抗らしい抵抗もせず、こうしてほとんどされるがままなんじゃないか。

性欲なんて、手近なところで済ませられるならそれが一番手っ取り早い。
定時が過ぎたミショウは他に人の気配もなく、ただミジンコの水槽の灯りが青白くぎらついている。
何か用事があったわけでもない。
ただ折悪しく二人居残る形になったから、昨日妙に楽しげに仕掛けていた「罠」の首尾を聞いた。
ただそれだけだった。
そうしたら、いきなり当麻が

「そういや、ほくろがエロいとかどうとかって言ってましたっけ。溜まってんすか?」

とか言い出したからだ。
あの舐めた顔で。
だからこっちだって言い返したんだ。

「おまえこそ」

たぶん、ただの売り言葉に買い言葉だ。
それが妙な方向に転がって行って、そうして俺はいつも当麻が突然書道を始めるあの場所に腰を下ろしていて。
その足の間にこの女が潜り込んでいる。

「……ちょっと小さい」
「ほっとけ」

当麻は取り出した俺のモノを手で扱こうとして、片手では満足に扱えないと思ったらしくいきなり舌を使い出した。

「膨張時の大きさと普段の大きさは関係ないって言いますもんね。
ン……硬くなってきた。なんかニンニク臭くないすか?」
「それはお前の舌の臭いだ」

いつものように鼻に皺を寄せて睨んできた。

「……噛み千切るぞ」
「……歯、立てたらその腕ギプスごと踏み砕いて、粉砕骨折にしてやる」

本気でそう言い返した。

「せぅぃはんふうひっふひょ」
「くわえたまま喋るな」
「ぷは……。
瀬文さんずるいっすよ、私からしてる一方じゃないっすか。
もうちょっとこう楽しむ努力見せたらどうすか?
もしくは優しさとかいたわりとか」
「お前相手にそんなものの持ち合わせはない」

ムカツク、と最後に付け足してまたくわえようとする女の頭を制して、タイトスカートを指した。
怪訝そうな顔を向けてきた当麻に、突き放した口調で告げる。

「俺は何もしない」
「げ。マジすか」

俺の言いたいことは理解したらしく、心底嫌そうな顔をして、それでも自由な右手をスカートの間に自分で這わせる。

「おまえ……相当スキモノだな」
「ほくろにエロス感じる人ほどじゃないと思いますけど」

カチンと来た。
当麻が俺のをくわえなおしたところで、そのぼさぼさ頭を両手で掴む。

「……じゃあ、楽しむ努力くらいはさせてもらおうか」

そう言って無理矢理に振ってやる。

「ング、ンゥ!」

苦しそうな呻き声も、喉の奥にあたる感触も、こうして自分から貪る分には心地よい。
当麻も当麻で、右手の潜り込んだ先は水音が聞こえるほどに動かしているようだ。
このまま出してやろうかと思った矢先、当麻と目が合った。

「……」

僅かに萎えた。
顔から手を放し、額を押して距離を取る。

「出さないんですか」
「やめた。お前そのまま吐き出しそうだからな」

スーツを汚されちゃたまらない。
当麻はあからさまな舌打ちをした。
立ち上がったところでタイトスカートをたくし上げてやると肩を押された。

「やられっぱなしとか、性に合わないんで」

そう言って当麻は自分のショーツから片足を抜き、人の腰の上に跨ってくる。

「ちょっと待て」
「なんっすか、ヒニンなら気にすんじゃねーよ男がこまっけーことぐちぐちぐちぐち……いたっ」

イラついた表情で怒鳴る当麻を睨みつけ、もう一度紙袋で頭をどついた。

「替えのジャージなんか置いてないんだよ、お前と違って」

紙袋の中からゴムを取り出すのを「別になくていいのに」とかなんとか言いながら当麻が見ている。

「……じろじろ見んな」

うざったい女だ。憎たらしい顔で、あっかんべ、と舌を突き出してきた。
腹立たしくなって、先端を菊座に宛がってやる。

「あ、そっち?」

妙に色のある声が返ってきた。

……慣れてやがる、こいつ。

「バックバージンでも、と思ったんだが」
「残念でした。それともあれですか、後ろの方が好みとか。男ばかりの部署で、そっちの趣味に目覚めたとか?」

妙にかわいこぶった笑顔でそう返された。

「冗談じゃない」

男色の趣味はない。だが説明するのも面倒だった俺は先端をヴァギナに向け直し、腰を浮かせる。
潜り込んだそれを待ち構えていたようにくわえこみ、当麻は自分から腰を振り始めた。

「ァ……ン、ふ、ぁっ」

普段の、女を捨ててるような態度からは想像もつかない慣れた動きに、なんとなくむかついた。

「お前、避妊は気にしなくていいと言っていたな。
……ピルでも飲んでるのか」
「そ、です。……んっ、生の方が、良かったですか」
「いや、ゴムでよかったと思ってる。……なんかの病気でもうつされたら困るからな」
「ひっど」
「ぐ……」

いー、っと鼻に皺をよせ、強く締め上げられた。
油断していた。一気に持って行かれそうになって、思わず呻きが漏れる。
このままこいつのペースでやられて、たまるか。

俺は立ち上がると当麻の腰を抱え上げ、段差に手をかけさせ、尻を向けさせた。
碁盤攻め、とかいう体位だったか。

「おまえの顔なんか見てたら、イけるものもイけなくなりそうだ」
「完っ全に同意ですね」

それ以上何かを言い出す前に、遠慮もなしに突き入れる。

「ァ……」

この姿勢がイイのか、当麻の反応は急に変わった。
元からぼさぼさの髪を振り乱すように頭を振り、だらしなく開いたままの口元からは意味のない音が漏れだす。

「や、ひ、ゃア……ッ」

時折振り返り、睨みつけ文句を言おうとしているのだが、容赦なく突かれていてはそれも難しいのだろう。
顔と違い、柔肉は文句の一つも見せずに締め付けてくる。

「スキモノが」
「こ、の……変態……っ!」

吐き捨てるように言ってやったら、そう返された。

「どっちが」

のしかかるようにして、シャツの上から強く胸を揉む。

「皺、なる……っ」
「知るか」

そのまま、自分勝手な速度で愛液滴る蜜壺を突き上げる。

「ああ、あっ、あっ、あー、あーっ、あーっ」

女の、高い、獣のような喘ぎの中に、たまに人の言葉が混じる。

「ああ……っ、ごめ、ごめんなさっ、あっ、あっ、あっ」

突然、この無意味な交合の始まりに『助けられたから、じゃダメですか』と言われたことを思い出した。
……ガソリンのことなのか、それとも、銃を突き付けられたことに対してなのか。
その甘ったるい謝罪が、何かを言いたいのか、それともただこの女の喘ぎ方なのか。
俺には判別がつかなかった。
わからないから、さらに勢いをつけて腰をたたきつける。

「イっちまえよっ……何も考えるな、本能、だろうが……!」
「ゃ、ひ、ぃあっ、んぅ、ぅあ、ああっ」

当麻の足ががくがくと震えだし、床を踏みしめるかのように強く伸ばされる。膣中は俺をきゅうと締め上げてくる。
こっちだってもう、何かを考える余裕はなかった。込み上げる射精感に、俺も所詮は獣なのだと思い知る。

「イけよ、イけ!」
「あ、あ…………〜〜〜〜〜〜っ!!」

当麻が最後に何か意味のある言葉を叫んだ、ような気がした。

床にだらしなく崩れ落ちた女のだらしない顔。
絶頂の中で意識を失ったらしく、よだれにまみれ、実に気持ちよさそうな表情で裸の尻を天井へ向けて突き出している。
こいつが起きるまで待つ義理はない。
放置して帰ろう、とゴンドラを操作しようとして、考え込む。

「……」

誰かが何かの間違いで――たとえば野々村係長が忘れ物をした、とかだろうか――この様子を見たら、
すわ庁内で事件かとなるかもしれない。そうなれば、真っ先に疑われるのは俺だろう。
そもそも職場でこういうことをするのもどうかという話だが、合意があったと釈明するのも面倒だ。
この女がそれを認めるかどうかも分からない。
重い気分を無視して当麻の服の乱れを直してやろうと、膝下で丸まったショーツに手をかける。
湿気を過分に含んだ布は冷え切っていた。
わざわざこれを穿き直させることも面倒になった俺は、それを足から引き抜くと丸めてコンビニのビニール袋に突っ込んだ。
これで紙袋に入れても破れないだろうし、どこかで捨ててしまおう。
見た目だけ適当に直してやると、端に畳まれた布団を広げ、仮眠しているように見せかけるために抱え上げた。
軽い。
見た目からして細い女なのはわかっていたが、それにしても軽すぎるだろう。
そう思いながら起こさないように横たえる。
ふと、人が死ぬとき、21グラム軽くなるとかいう話を思い出した。
それは魂の重さだと言う。
もちろんデマだ。
しかしこの軽い体からさらに21グラムも抜けてしまったら、一体どうなってしまうのか。
どこかにふわりと浮いて行ってしまいかねない。

「……」

我ながら何を馬鹿馬鹿しいことを、と思いながら、なんとなく顔を寄せる。
薄い桃色の唇は肉感的だ。
あと少しで触れる、それくらいの場所で動きを止め。

「……餃子臭っ」

白けた気分でその場を離れ、俺はゴンドラに足を向けた。

【日時未詳、事件未了】






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