シニイタルヤマイ
瀬文焚流×当麻紗綾


「……行け」

瀬文焚流の一言でニヤつきながら海野はドアに向かった。
怒りで震えそうになる手をなんとか握り締める。本当は今すぐにでも殺したかった。
海野は犯罪者だ。
里中を脅す為だけに公安の五人を死に至らしめ、その娘に死病を処方した男。
何も罪のない人たちに、自らがオペするために死病を処方したというマッドサイエンティスト。

―――いや。それでは科学者に失礼だ。
海野は多分、代理ミュンヒハウゼン症候群というやつだ。学者の探究心などでは決してない。
こいつを放置すればこれからも被害者はどんどん増えるだろう。それは分かっていた。
それでも。
梨花を救えるのは海野だけだ。

例え、瀬文が梨花をどれだけ本気で救いたいと思っていたとしても。
例え、そもそも梨花の病気を処方したのが海野自身であったとしても。
今命の危機にある梨花を救えるのは海野であって、瀬文ではない。

ぎり、と奥歯を噛みしめながら立ち去る海野の背中を睨んで見送る。
しかし海野はそのまま出て行かずに入口で足を止めた。二人の女性に目をやりうっすら笑う。
びくり、と志村美鈴が震えた。先ほどまで海野に能力を使われそうになっていたのだから当然だ。

「さっさと行け」

瀬文は拳銃を構えたが、海野はひどく冷めた目でこちらを一瞥しただけで再び美鈴に目を戻した。

「瀬文君になにかできるのかな?」

分かっていた。
もはや海野にとって瀬文の威嚇はなんのこけおどしにもならない。
海野の頭はおろか、腕、足、指の一本に至るまで傷つけてしまったら手術に影響が出かねない。
だから瀬文は決して海野を傷つけることが出来ないということを、完全に見透かされている。
瀬文はここできゃんきゃん吠えているだけなのだ。
愛用の銃火器は単なる鉄の塊、鍛えた手足は所詮はただの棒にすぎなかった。
込み上げる無力感に窒息しそうになって来た時、当麻紗綾が美鈴の前に出た。

「海野さんは根本的に勘違いされてますね」
「勘違い?」

海野はそこで初めて当麻の存在に気が付いたような顔をした。

「そう。勘違いです。例えば野球少年が皆イチローになれるわけではありません」
「言いたいことがよく分からないな」
「分かりませんかぁ?頭いいのに?お医者さんなのに?マッドサイエンティストなのに?どんだけ?」
「当麻」

話が訳の分からない方向へ行きそうだったので声を挟む。
当麻は不満そうに片眉を上げて唇を突き出した。相も変わらず変な顔だ。

「僕はこれから手術なんだ。手っ取り早く頼むよ」
「では手っ取り早く言いましょう。
イチロー選手はSPECが有るわけではありません。しかし唯一無二の才能が有りますよね。
私が野球少年だったらきっと憧れると思うんです。
ああなりたい、追いつきたいと考えると思うんですよね。けど、絶対私はイチローにはなれません」
「当たり前じゃないか。彼みたいな才能はそうそう転がっていない」

海野はため息をついた。いつの間にやら当麻のペースに巻き込まれている。

「そうなんすよ。どれだけ努力してもどれだけ望んでも、私は彼の才能を得ることが出来ません。
だったら欲しがっても意味がないんじゃないかと思うんですよ、自分のモノで満足するしかないと思うんすよね。
……それが何かの才能であってもSPECであっても」
「つまり何が言いたいんだ」
「つ、ま、り。
医者を志すにも学費が無い人も居れば、志は有るのに頭脳がついてこない人も居る、
外科医を志しても手先が不器用な人も居る、という悲しい世の中で貴方はとても恵まれていたということです。
しかし貴方はその境遇に目を向けず、SPECの世界にのみ固執した。
病を処方するSPECなんて要らなかった?なら何故使ったんですか?
目覚めたその瞬間は仕方がないのかもしれない。しかしその後何人に使いましたか?罪のない人に何人使いました?
その病気を自分で治してあげるだなんて、マッチポンプってこういう時に使う言葉なんですね勉強になります。
本当に人を助ける方向に貴方のSPECは使えなかったんですか?
公安の刑事を殺したのは大きな権力から身を守るため、でしたよね。
私はSPEC狩りのような組織が有るのかどうかは知りません。
が、貴方が要らなかったというその無駄なSPECを今までに全く使うことが無ければ
そもそも目を付けられることもないのではないかと考えたことはありませんか?
どうせなら人を救う神の手が欲しかった―――ですか?
貴方の手術の腕が欲しい外科医はこの世にどのくらい居るんでしょうね」

怒っている、と瀬文は思った。当麻がこれだけムキになるのは珍しい気もする。PS事件の時以来くらいか。

「だから、貴方は勘違いしてします。
貴方は望まぬSPECを与えられた上に社会から拒絶される不幸なマイノリティーなんかではありません。
貴方は単なるエゴイストであり無い物ねだりの殺人者です」

「なかなか言ってくれるじゃないか」

海野は目を細めた。

「お褒めいただけて光栄です」

無表情に当麻が答える。

「けど僕がSPECで殺人したという証拠はどこにもないな」
「けど先生がわざと手術でミスして梨花ちゃん死なせたら立派な証拠付きの犯罪ですよね」
「……なるほど、確かに」

海野はどこか楽しそうに笑った。

「あんたは瀬文さんの相棒ですか。『病を処方する医者』が僕だと見破ったのはあんただな」
「ええ。瀬文さんはただの体力馬鹿なんで」
「……なるほどねえ」

いつの間にか、瀬文に纏わりついていた重苦しい無力感は消えていた。
しかしそれもつかの間、ほんの数秒後に瀬文は後悔することになる。
息苦しさが消えたことに気を取られ集中が緩んだ、などと言うことは対応が遅れた理由にならない。
瀬文は気が付くべきだった。
一般人の志村美鈴と、後先考えずにSPECに対峙してしまう当麻紗綾には予測できなくても、
危険を予測する訓練を、それを避ける訓練を散々積んできた瀬文焚流だけは簡単に想像できてしかるべきだった。

海野は素早く当麻の右手を掴みあげると、自らの額にその指先を当てた。

「……ッ」

当麻がこわばった顔をして腕を引く。

「てめ……海野ぉ!」

銃を構えなおした瀬文に、海野は満面の笑みを浮かべる。

「どうぞ?良いですよ、撃っても。梨花ちゃんも死ぬけど」

撃てるわけがなかった。瀬文が唇を噛みながらやっとの思いで拳銃を下ろすと、海野は当麻に目をやった。

「僕が思いつく限り最悪の病を処方しておきました」
「どんな病を処方しやがったんだ」
「なに、わりとよくある病ですよ。ちょっと重めにしておきましたけど。
ああ大丈夫、僕の手術が要るような病気ではありません。むしろ彼女を助けられるのは瀬文さんだ」
「……また取引か」
「違いますよ。……まあそのうち分かります。瀬文さんが助けなかったら、彼女三日くらいで死ぬでしょうね。
ぜひ助けてあげてください、医者として瀬文さんに頼みます」
「ざけんな」

青白いこわばった顔をして海野の顔を凝視していると当麻と、
ニヤニヤしながら当麻と瀬文を見ている海野を見比べて、ようやく絞り出した声は無視された。
遠くで看護師の声がする。梨花が急変したようだ。もはや一刻の猶予もなさそうだ。

「さ、僕はそろそろ行きます。僕の手術を待っている患者がいる」

海野はひらひらと手を去り廊下を歩いて行った。

「待ちやがれ海野―――」
「瀬文さん」

追いかけようとする瀬文を止めたのは当麻だった。
瀬文に目をやることなく、すたすたと手術室外のベンチへ向かう。

「多分単なるブラフです。脳にも心臓にも胃袋にも何も異常を感じません。
それよりも今は梨花ちゃんの手術の無事を祈らないと」
「……胃袋には少しは異常を感じろよ」

瀬文は小さく呟いて、それでも当麻のあとに従うことにした。

「良かったですね」

全てが終わって未詳部屋に戻った時、当麻が呟いた。

「良くねえよ海野を取り逃がした」
「でも梨花ちゃんは助かりました」
「梨花ちゃんはそもそも病気になる必要がなかった。その犯人を取り逃がした。その上」

瀬文は振り向いて当麻を見た。当麻は顔を上げずに爪を眺めている。

「お前の様子がやっぱり変だ」
「……別に変じゃないっすよいつも通りです」
「もともと変なんだからいつも通りといえばいつも通りなんだろうがいつもとは違う『変』だ」
「相変わらず理屈くさいっすね瀬文さん禿げますよ」
「茶化すんじゃない」
「……別に、……大丈夫ですよ」

瀬文はかっとして当麻の胸倉を掴んだ。当麻はあくまでも目をそらしている。
いつもの当麻なら真正面から睨みつけて威嚇してくるはずだ。やはり何かが違う。

「大丈夫ということは、認めたな?何の病気かもわかってるんだな?」

当麻は口を噤んでいた。瀬文はますますいらりとして手に力を込める。

「検査をせずに病名が分かるなら特徴的な自覚症状が有るはずだ。言え、何病だ」
「言いたくありません」

(こいつは―――)

考えてみればいつもそうだ。当麻は自分のことを何も話さない。
別に興味もないので瀬文も訊かないが、そういえば左手の怪我の原因も今だに知らない。
反対に瀬文のことを当麻はほとんど知ってる。
別に隠したいような相手でもないので瀬文もあえて己のことを隠したりはしないが、
それでも当麻は勝手についてきて勝手に推理して勝手に瀬文をフォローする。
なのに自分の事は語らない。推測も拒む。フォローも受け取らない。
なんなのだ、この馬鹿は。
なんだか物凄くイライラとして、瀬文は当麻の顎を掴んで無理やり持ち上げる。

「こっち見ろおら。早く吐け」

それでも当麻は目を逸らした。

「―――三日で死ぬだあ?迷惑なんだよ勝手に死なれちゃ!」

怒り任せに大声が出る。
当麻がようやく瀬文に目をやって、一回瞬いた。
そしてまたすぐ目を逸らして、ぽつんと呟く。

「……死にませんよ、少なくともこの病気だけでは」
「何故分かるんだよ」
「私の病は、ただのシキジョウキョウです」

色情狂、という言葉を当てはめるのに数秒間掛かった。

「し……」
「色情狂。色狂いとかのが分かりやすいっすか?」

思わず緩んだ瀬文の手から、当麻がするりと逃げた。
開き直ったのか近くの椅子に腰かけてくるくると廻っている。

「み、三日で死ぬ、と」
「多分、自殺だと思います。現時点で正直頭がおかしくなりそうですし。
満たされなくて三日で狂って自殺とか、行きずりの男と寝て後悔して自殺とか、恐らくそんなところでしょう」
「なんだそりゃ……」

道理で先ほどから瀬文のことを見ないはずだ。
正直どう対応していいのか分からない。何を言えばいいのか分からない。
ただ一つ分かるのは、うら若い女性にとっての自尊心とか人権とか心とか、
そして何か大切なモノを踏みにじった最悪の病だと言うことだ。
勿論世の中にはそういう人だっているだろう。しかしそれは本人の選択だ。
やりたいからしているのであってそういうことは他人から強要される類のことではないはずだ。

「なんだそりゃ」

訳の分からない怒りがこみあげてきて瀬文はもう一度呟く。

「じゃ、もう帰りますね」

なのに当麻本人はけろりとして椅子から立ち上がり、すたすたとリフトへ向かった。

「待て」

キャリーを引く手を掴んで止める。当麻はびくりと立ち止った。

「なんすか?別にその辺の良い男襲ったりしませんよ一応刑事なんで」
「そんなことは言ってない。……じゃあ、どうするつもりだ」
「知りたいんすか?瀬文さん結構むっつりですよね」
「誤魔化すな」
「……どうにかしますよ、自分で。楽勝です」

嘘だ。
振り返らず呟く当麻と少しだけ震える手でそれを直感した。
一人でどうにか出来るような病ならばわざわざ海野が処方するはずがない。
そして金で男を買うようなタイプではない。彼氏がいるならばこの反応は多分ない。
ならば当麻は一人で耐えるつもりだ。
たった三日で気を病んで命を絶ちかねないほどの、情動に。

腹が立った。物凄く腹が立った。
頭に血が上って気を取られ、海野が当麻と美鈴に近づくのを許したのは瀬文だ。
当麻があれだけ海野に突っかかったのは当麻自身が怒っていたからなのだろうけれど、
怒っていた理由は梨花の事だけではなくて、
瀬文が海野に無様なまでにやりこめられたこともきっと無関係ではあるまい。
海野とあれだけ接触していたにもかかわらず正体を見抜くことが出来ず、
本来無関係の当麻に助力を願って巻きこんだのも瀬文だ。
どうして梨花が病にされたかといえば里中に冷泉を奪還させるためで、
その冷泉をわざわざ逮捕したのは瀬文だ。
そもそも、事の発端は全て瀬文ではないか。
なのに何故こんな訳のわからない病にされたのが瀬文ではなく当麻紗綾なのだ。
そして何故当麻はたった一人で抱え込もうとしているのだ。

―――むしろ彼女を助けられるのは瀬文さんだ。
―――瀬文さんが助けなかったら、
―――彼女三日くらいで死ぬでしょうね。

(そういうことか)

そういうことならば瀬文の取るべき行動は明白だ。

「いい加減放してくれませんか帰りたいんすけど」

当麻が振り返らぬまま嫌そうな声を出したが瀬文は手に力を込める。
自分の中に今あるのは怒りか。贖罪の気持ちか。仲間の命を失う恐怖か。
それとも全く違う何かの感情なのか。それは実に混沌としていて、瀬文の頭を混乱させた。

「放せよ瀬文。……熱いんすよ、掴まれてるとこが」

何かが込み上げてきて腕を引くと、簡単に当麻は後ろによろけた。
それを抱きとめると身体を反転させて顎に手を掛ける。

「せぶ、」

当麻が何かを言う前に唇を押しつけた。
たったそれだけで。
当麻の腰が砕けた。
危うく床にへたり込みそうになったので身体を支えてやる。そろりと床に座らせた。

(こんなにも)

この頭でっかちの馬鹿女は。

(耐えてやがったか―――)

たった、一人だけで。

何故か無性に堪らない気持ちになって瀬文は当麻の後ろ襟を掴んだ。
そのままへたり込んでいる当麻を引きずって未詳部屋の奥へ向かう。

「なにすんだ瀬文!放せよ餃子食べに行くんだから」

瀬文の手を引き離すべく当麻はじたばたと暴れている。

「大人しくしねえともう一度接吻する」

大真面目に忠告してやったのに当麻はぶ、と吹き出した。

「接吻て。接吻って。今どき時代劇でしか聞かないっすよ。瀬文さん武士ですか?昔の人ですか?」
「このやろう……」

腹が立ったので首を腕で抱え込んでそのまま引きずることにした。
当麻はますます暴れている。
拳が飛んできたので反対側の腕で弾く。
その隙に思わぬところから蹴りが跳んできたのを足でブロックする。
蹴りの軌道の先が確実に男の急所だったがそれを狙ったのなら中々いい度胸だ。
攻防を繰り広げているうちに目標物にたどり着いた。
誰かが、多分当麻が泊まる時に使っていると思われる敷布団だ。
本当は丁寧に敷きたいところだが片腕で当麻を押さえつけているので仕方がない。
適当に布団を広げると、その上に当麻を放り投げる。逃げそうになったので覆いかぶさって押さえつけた。

「痛てーななにすんだよ瀬文、てか、……大丈夫っすよ、一人で」
「何が大丈夫だ、迷惑なんだよ」

怒りが込み上げてきて当麻を押さえつける手に力が入る。

「迷惑なんだよ死なれちゃあ。何だ三日で気が狂うって。何だ自殺って。何だその変な病気は。
意味わかんね。意味分かんねえ。……これ以上変な死に方されてたまるか。自殺の後処理は面倒なんだ」

一気にまくし立てると当麻が押し黙った。
隙をついて再び唇を押しつけた。身体の下で当麻がもがいたが抑え込む。
特殊部隊で鍛えた男の本気の腕力を、この小娘は舐めているに違いない。
歯を舌でこじ開けて中へ押し入る。
逃げる当麻の舌を追いかけ捕まえて宥めていると、ようやく身体から力が抜けた。
少し苦しそうだったので唇を解放し、身体を抑え込んでいた手も外してやった。
瀬文もいつの間にか息が上がっている。
そこでようやく背広を着たままであることに気が付いて脱ぐことにした。皺になっては堪らない。

「瀬文さんて」

背広を几帳面に畳んでいると後ろから声がした。

「ちゅう下手っすね」

一応ど突くのは後回しにして、もう一度その下手な攻撃をしてやることにした。

瀬文が軽く手を這わせただけで当麻の身体は大きく震えた。
ぎゅっと目を瞑って唇を噛んでいるその顔と、すでに桜色になっている肌とを見比べて
瀬文はとても居た堪れない気持ちになった。
一体いつからこんな状態だったのだろうか。病院ですでにこうだったのだろうか。
推測しても仕方がなかった。瀬文に出来ることは一つだけしかない。
ならばせめてと、出来るだけ丁寧にその身体を労ると、その度に当麻は少し震えた。
それでも唇を噛んで声を殺している。どうやら声を出さない事に決めたらしい。
別に構わなかったが妙なところで意地を張る女だ。
意地を張ったその苦しげな顔とそれに反して桜色の肌理の細かい肌とに、何故か瀬文は煽られた。

首筋から細やかに慰めて、最後に至ったそこはすでに充分なまでに潤っていた。
念のため指で確かめると、当麻の身体がびくんと跳ね上がった。
相変わらず噛んでいる唇からは切なそうな吐息が漏れていて、当麻の限界が近いことを伝えている。
焦らしたいわけではなかったので一旦離れて準備に入る。すでに瀬文の身体も整っている。

「ゴムっすか」

後ろから声が聞こえたが無視した。
当麻の病はその情動さえ満たしてやれば少なくともすぐに自殺することは無いわけで、
ならばその為にとるべき手段は自ずと限られているわけで、
すでに瀬文としては毒を食らわば皿までの心境ではあるものの、
いつこの状況を打開できるか分からない以上いつかは大当たりする可能性もあるわけで、
……という瀬文の事情は説明してやる気は毛頭ない。

「律儀っすね」
「覗くな」
「瀬文さんのって」
「評価したらぶっ殺す」

肩越しに睨みつけると、いつの間にやら起き上がっていた当麻は唇を突き出して変な顔をした。

「てか、俺が努力してやってるのになんだその平気そうなツラは」
「瀬文さん女に演技されて満足っすか?」

きょとんと当麻に言われて言葉に詰まる。全く嬉しくない。
言い返せなかったので無視して作業をしていると、当麻が再び布団に転がった。

「けど、まあ」

ちらりと振り返ると当麻はこちらに背を向けていた。

「それなりには、……感謝してます」

とてもらしくない台詞が聞こえた気がしたので、とりあえず何も聞こえなかったことにしておいた。

当麻の中はきつかった。
そろりと動くたびに当麻が吐息を洩らす。
それでも声を出すまいと唇を噛んでいる姿に、なんだか瀬文は切なくなった。
再び口づけて、唇を噛みしめるのを妨害する。噛みしめていた歯もこじ開けて中へ入る。

「……ん、んん、ふ、」

幸い舌を噛まれることもなく、ようやく少しは素直な声が漏れるようになった。
その艶っぽい声に煽られて、瀬文は加速する。
あと少し。
ほんの少し。
と。

「んッ―――」

当麻の身体が大きく硬直して、その後完全に脱力した。
どうやら意識を喪失したようだった。

そもそもこれは当麻の病による自殺を防ぐためにしていることであり、
瀬文は他に選択肢がなかったからしぶしぶ協力しているのであって、
当麻の情動さえ満足すれば瀬文が満足しなくても問題ないのであって、
だから。
瀬文は当麻から離れた。
はっきりいってあと一歩も無いくらいなのだが、
それを気絶している当麻に叩きつける気にはなれなかった。

気持ちよさそうに寝ている当麻に掛け布団を適当に掛ける。風邪をひかれると面倒だ。
存在を主張している自分自身に煽られて変な気を起さないよう、さっさと帰ることにする。
一刻も早く神の手を見つけて当麻を治してもらわないと、
俺の方が先におかしくなるかもしれないな―――と、
込み上げる自分自身の情動と闘いながら瀬文は馬鹿げたことを考えた。






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