バカニツケルクスリ(非エロ)
瀬文焚流×当麻紗綾


当麻紗綾が目を覚ますとそこは閑散とした部屋だった。
二十畳ばかりの部屋は家具も何もなく、ただ静けさだけが漂っている。
状況がさっぱり掴めない。何故自分はこんなところに横たわっているのだろう。

「いつまで寝てんだ」

状況を把握しようと身体を起こすと声がした。
部屋の対角線上、当麻がいる位置から最も遠い場所に瀬文が胡坐を掻いていた。
腕を組んで頭を下げている。寝ていたのだろうか。

「ここ、どこすかね」
「知らん」
「何でここに居るすんかね」
「……知らん」

僅かな間が有った。多分、知っているのだろう。

「……そうっすか」

隠しているのならそれなりの事情があるのだろう。とりあえず聞かないでおくことにする。
それよりも脱出の手段を探らねば。瀬文の後ろに扉があったのでまずは試してみることにする。

「ドアは散々試した」

なのに立ち上がっただけで瀬文に言われた。相変わらずうつむいて目をつぶったままだ。

「分かんないじゃないっすか、瀬文さんがなんか見落としてるかも」
「ねえよ。舐めんな。ていうか今日はいつも以上に餃子臭せえからそれ以上近寄ったらぶっ殺す」

当麻は違和感を覚えた。
今朝は餃子七皿しか食べていないからそれほどではないはずだとか、
むしろ最高記録を樹立した一昨日に言われるのならばともかくも、今日言われるのはおかしいのではないか、

……ということはとりあえず置いておいて、瀬文の様子がおかしくはないか。
何故こんなに当麻を遠ざけようとしているのだろう。
いつもは隣にいようが至近距離に近付こうがけろりとしているはずだ。
何故ずっと俯いているのだろう。
いつもは当麻が何か言えば即睨みつけたり叩いたりしてくるはずだ。
何故。

……瀬文は、当麻のことをこんなに気にしているのだろう。
そう、瀬文は当麻の一挙手一投足をとても気にしている。
目覚めただけで声を掛けてきたのも、立ち上がっただけで目的を悟られたのも、
瀬文が異常なまでに当麻の動向を窺っているからだ。
胡坐腕組みの体勢を崩さずに、居眠りの振りまで装って、なのに瀬文の気配は張り詰めている。

おかしい。
一回気が付いてしまえば猛烈におかしい。
当麻が気絶している間、一体なにがあったのだろう。

あの時。海野と対峙していたのは覚えている。
一回逃した海野を見つけて、逮捕しようと追い詰めた。
いつものごとく言葉で追い詰めれば説得出来るのではないかと迂闊に近づいて、確か手首を掴まれた。
しかし海野の額に手が触れた記憶はない。
素早く手を導かれ、まさに海野の額に触れようかというその瞬間、瀬文が手を差し込んできたからだ。

「……おっと、誤爆ですか」

海野がにやりと笑ったのも覚えている。
その言葉で、当麻の手を包み込む瀬文の手の甲が海野の額に触ってしまっていることに気が付いて―――、
そこから記憶が無い。
後頭部を殴られたとか何かのSPECを食らったとか、多分そんなところなのだろう。
まあそんなことはどうでもいい。
つまり瀬文は、当麻の代わりに病を処方された……ということか。
今現在瀬文は何かの病気に苦しんでいて、その原因たる当麻に苛立っていて近づいて欲しくないと、

……そういうことになるのだろうか。

(そんなの不自然だ)

瀬文らしくない。
例え当麻をかばったことで病を処方されてしまったとしても。
例え当麻が不用意に海野に近づいたのが原因なのだとしても。
迂闊さを責めてくるならばともかくも、自らがとった行動の結果についてというのは瀬文らしくない。
そしてもしも怒っているのならば、直接はっきりと当麻に言ってくるはずだ。
だから、この仮定は何かが間違っている。
ならば何処から間違っているのだろう。当麻の記憶は何処まで正確だろうか。

(思い出せ、当麻紗綾)

そういえば。
海野が当麻の手首を掴んで額に引き寄せた時、まるで何かのタイミングを計っているかのように、
最後にその速度が緩んだのではなかったろうか。
当麻の手首を掴んでおきながら、海野が気にしていたのは当麻ではなく瀬文の方ではなかったろうか。
瀬文が手を挟みこんできたその瞬間、まるで悪戯が上手くいった子供のような顔をして海野は笑ったのではなかったか。
だとするならば。
海野は最初から瀬文を狙ったのではないだろうか。
あまり会ったことのない当麻に病を処方するよりも、見知った瀬文に処方した方が海野には価値があるのではないか。
そして瀬文はとても単純な男だから、その行動を読むのは多分海野にも容易いだろう。
瀬文は格闘のプロなのだから、海野がその額を近づけるのは困難だ。
しかし、誰かを庇うという形を取らせれば。瀬文は確実にその身体を盾にする。
誤爆ではない。
瀬文の性質を完全に見抜いた上での、計算づくの復讐だ。
だから、処方した病も最初から瀬文に向けての内容を考えたはずだ。
海野は一体なにを考えただろう。
多分瀬文が一番苦しむであろう病を考えたのではないか。
瀬文の様子をそっと窺う。体調に大きな異変が有るようには見えなかった。
きっと、瀬文のような男には肉体的なダメージを与えるよりも精神的なダメージの方が効く。
処方されたのはおそらく、心臓がどうの内臓がどうのというよりも、精神的に辛いような病。
けれど精神に異常をきたしているようには見えなかった。
ならば一体何の病気だ?
海野が計算通り瀬文に病を処方したとして、その後どうするだろう。
それが復讐であるならば、瀬文の病が最も重くなるような状況下に追い込むのではないか。
瀬文の病がどんどん悪化して、精神的な苦痛を与えることが出来るような状況。
(それが、今?)
こんな閑散とした部屋で、どうやって苦痛を与えると言うのだろう。
本当に何もない部屋だ。瀬文以外にこの部屋にあるモノなどほとんどない。

開かない扉と。
少し高いところに窓が一つと。
他に在るのは、ただ一つ。
―――当麻紗綾。

当麻は、瀬文焚流の病の正体を悟った。

「泣きぼくろ。着物。うなじ」

なんとなく瀬文の好きそうなキーワードを並べてみる。
狸寝入りしているはずなのに肩があからさまにびくりと反応した。やはり間違いなさそうだ。
あの海野が中途半端な病を処方するはずがないので、下手をしたら女がいるだけで辛いとか、
もしかしたらそういうレベルまで行ってしまっているのかもしれない。
面白いので少し遊んでも良かったが流石に思いとどまった。
そんなことをしている場合ではない。一刻も早くここを脱出するべきだ。

……ここに当麻と居ることが瀬文を苦しめているというならば、なおさら。
部屋を見渡す。
そういえば、左側に窓があった。充分に人が通れそうな大きさだったが少し高めだ。
女性であり左手を怪我している当麻には少し厳しい高さである。

しかし。
例えば、健康な成人男子で。
例えば、特殊な訓練を積んだような。
そういう人間ならば脱出できるような、そんな高さの窓だった。

瀬文がそれに気が付かないわけはないだろうと思う。
扉を散々試したと言う通り、当麻が気絶している間に部屋を一通り物色しているだろう。
実際、扉のノブにはカギを壊そうとした跡が見られるし、近くの壁には靴跡も見られる。
跡こそ残っていないが体当たりも散々試したのだろう。相当の努力の跡がある。
なのに、あの窓の周辺には靴跡一つない。それはそもそも瀬文が試してすらいない事を示している。
あの扉と窓の違い。何故瀬文は扉に拘っているのだろう。
窓からの脱出を試して、それで駄目だったと言うならばともかくも、扉だけに拘る必要はないはずだ。
瀬文ならばきっと容易に脱出できるに違いないだろうに。

(そうだ―――)

『瀬文ならば』脱出できるのだ。
扉と窓の違いは「高さ」だ。つまり『当麻が』脱出を出来るかどうかなのだ。瀬文が拘ったのはそこだ。
当麻は舌打ちをしたくなった。

瀬文も刑事ならば、こんなところで胡坐を掻いていないで一人で脱出し応援を頼むなどの方策を取るべきだ。
流石にそれを思いつかないほど馬鹿ではないだろうから、実行に移さないのはきっと理由がある。
多分、気を失った当麻の命が人質だったのだ。
一人で逃げるようなことが有れば当麻を殺すとでも言われたのだ。
応援が早く来れば瀬文が脱出したことを気付かれずに済むかもしれないのに、
その可能性にかけてリスクを冒すことを恐れたのだ。
だから当麻も逃がすことが出来る扉をこじ開けることにひたすら拘った。
……瀬文は、同僚の命を失うことを何よりも恐れるのだから。

つまり瀬文焚流は。
当麻を庇って海野の罠にはまり。
当麻の命を惜しんで敵の言いなりになって。
当麻が居るからここに留まり。
当麻と居るから病に苦しんでいるわけか。

筋肉馬鹿だとは思っていた。けれどここまで超ド級に馬鹿だったとは。
当麻は今度こそ舌打ちをした。

(もういい)

時計を見てみれば、かなりの時間が経っている。
それだけの時間瀬文は病に耐えていたということだ。
当麻としては正直あまり考えたくはないが、当麻が気を失っている間に
瀬文が楽になる道はいくらでも有ったのではなかったのではないかと思う。
が、何かをされた気配はない。こんなに麗しい女性が目の前に転がっていたというのに、だ。
そこまでは行かなくとも、一人で少しは楽になる道もあるのではないかと思うのだが、
そういう気配もどうやら無い。
それは、間違いなく当麻を慮ってのことだ。
一方的に欲望を叩きつけられることは女性にとって死ぬことに近い。
本当に命を絶ってしまう人だっているだろうし、精神が死んでしまう人だっているだろう。
勿論人はそれぞれだから一概には言えないに違いないけれど、
普段から命に固執する瀬文が、犯罪者でもない他人の生を脅かす行動をとれるはずがない。
一人でどうにかしているのを見たとして女性が命を絶つかと言うと多分それはなかろうが、
瀬文としてはきっと全てを隠すことで当麻を思いやったのだろうと思う。
まあ確かに、相手がそういう状態になっていると知らされて平静を保てる女は少ないだろう。
自分にいつかそれが向かないと言う保証はどこにも無いのである。
だから。
当麻を己からもっとも遠ざけて。近づかないようにと牽制して。ひたすら平静を装って。

(これだから体育会系は)

どれだけ心頭滅却しても、熱いモノは熱いと言うのに。
むかっ腹を立ててまた舌打ちをする。

「舌打ちうるせえぞ」

瀬文が苛立った声を出す。
一体誰のせいだと思っているのだ。わざとまた大きく舌打ちをしてやった。
大体瀬文は自分勝手すぎるのだ。この馬鹿は結局自分のことしか考えていない。
瀬文が他人を守りたいと思うように。
瀬文が他人を助けたいと思うように。
他人も瀬文を守りたいと思うのだ。
他人も瀬文を助けたいと思うのだ。
それを、全く理解していない。多分考えたことすらない。なにしろ筋肉馬鹿である。

当麻だって。
瀬文が苦しんでいるのならば力になりたいと。
瀬文に助けられてばかりではなく助けてあげたいと。
たまには、……ほんの少しくらいは、思うのだ。
だから、もういい。
当麻の為に苦痛を抱え込んでくれるのは、ここまでで充分だ。

一直線に瀬文のもとに近づいた。

「来んなっつったろブス」

目の前までに来ても俯いているのは当麻を視界に入れないためだろうか。

「ブスじゃねえし。ていうか瀬文さん、この状況を打開する方法について相談が有るんすけど」

凄い速さで瀬文が顔を上げた。この程度で引っかかるのは刑事としてどうかと思う。
ネクタイを掴んで引き寄せると、想定外だったのだろう、あっさり体勢を崩した。

「なにす―――」

瀬文が何か抗議していたが、唇を押しつけて黙らせた。

数秒間瀬文は硬直していたが、その後すぐに飛びのいて当麻から離れ、後頭部をド突いてきた。

「いって」
「いってじゃねえッ」

おかしい。
こんなに麗しい女性がキスしてやってんのにド突くってどうなんだとか、
もしかしてキスが下手すぎてドン引きされたのではないかとか、
むしろ、もしや当麻は女性としての魅力に若干欠けているのではないかとか、
そんなことは全く考えていないのでこれっぽちも気にならないのだが。
そんなことではなくて、瀬文の状況で相手が口づけしてくれば普通は許可と取るはずなのである。
なのにこの反応はどうだ。絶対におかしい。
しかしその疑問はすぐに氷解した。

「お前……海野に、……いや何でもねえ」

瀬文は語尾を適当に誤魔化して押し黙る。
なるほど。つまり瀬文は、多分当麻が唇を押しつけた数秒間に考えたのだ。
これは、当麻紗綾自身の意志では無いに違いない、と。
海野に瀬文と似たような病を処方されたとか、どっかのSPEC持ちに操られているとか、
いずれにせよ当麻本人がやりたくてしていることではない、と考えたのだろう。
ならば、その誘いに瀬文が乗るのは当麻本人を傷つけることになる。
そして多分、当麻が海野が他の能力者に何をされたにせよそれはきっと気絶中のことだろうから、
だとしたらそれを防ぎきれなかった瀬文に責がある……とかなんとか考えたに違いない。馬鹿だから。
だから当麻が女として残念だったとかでは決してない。
馬鹿が折角短時間に頭をフル回転させて考えたのに、前提からしてズレていてどうするのだ。

当麻は腹が立ったのか面倒くさくなったのかよく分からなくなった。
とりあえず目の前に棒立ちしている阿呆を蹴り倒してのしかかれば流石に理解するのではないかと思い、
膝を狙ってローキックをかましてみる。が、あっさり弾かれた。
右手で鳩尾を狙ってみたがそれも捕まり、もういっそ昏倒させれば手っ取り早かろうと
鈍器代わりにギブスの左手を振りまわしてみたがそれも防がれた。
その後しばらく格闘して、漸くなにか間違っていることに気が付いた。

「な……、何がしたいんだお前は」
「ほんの軽い今後の方向性の模索です」
「意味が分からねえ」

全くだ。
そもそも、か弱き女性である当麻が曲がりなりにもSITの元隊長と
素手格闘で勝とうと思うこと自体が間違いである。というか格闘で勝ちたくてやっているわけではない。
瀬文は再び腰をおろして胡坐を掻いてしまった。どうやら作戦失敗だ。
ならば、瀬文の苦手な理論攻めで行くしかない。

「瀬文さんの病気、あたし大体わかってます」

直球を投げると、瀬文は分かりやすく動揺した。単純万歳。

「……何の話だ」

すっとぼけるつもりらしい。
これだけ逃げる道を作ってやっているのだから、いい加減楽な道を選んでも良いのではないかと思うのに。

「私が海野に手を掴まれて瀬文さんが助けてくれた時、多分海野のおでこの触っちゃってますよね。
私見たんです。誤魔化せないっすよ?ついでに推測した瀬文さんの病の内容を語りましょうか?」
「―――お前には……、関係ねえ」

目を泳がせて瀬文が言う。肯定したも同然なわけだが気が付いていないようだ。ちょろい、ちょろすぎる。

「関係なくないです。例えば、私たちはこれから脱出するわけですなあ?」
「当たり前だ。こんなとこさっさと出てやる」
「すると。街中にはむっちむちでばいんばいんのお姉さんが闊歩したりしているわけですよ。
瀬文さんの今のその状態で、耐えられますか?」
「てめえ、……ざけんな」

瀬文が物凄く不機嫌な顔になった。まあ、お前は街中のお姉さんを襲うだろうと言われて喜ぶ男はいなかろう。

「怒らないでくださいよ。真面目な話です。―――いいですか?私たちは刑事です。
一般市民を襲うわけにはいかないんです。本当に、瀬文さんの理性はちゃんと持つんですか?」
「殺されてえのか」
「瀬文さんは自分の理性を信じてるんですね。けど私は疑っています。
瀬文さん、未詳に来てから何回かブチ切れてますよね。頭に血が上って理性がぶっ飛んでますよね?
あの時、瀬文さんは自分を制御できなかったわけですよね。
―――今回もそれが起こることはないと、確実に絶対に完全に、断言できますか?」

途端に瀬文の顔がうろたえた。目を彷徨わせて、……多分、今の当麻の言葉を必死に考えている。

嘘だった。詭弁だった。
瀬文が頭に血を上らせるのは、命を粗末にしようとする人間に対してや目の前の命を守ろうとする時だ。
言わばそれは他人の事を考えての結果なのであって、それが自らの欲望を満たすためであった事は一度も無い。
そして瀬文の性質上、自らが満たされる為に他人を傷つけるなど考えられない。
だから、本当はいつもの事と今回の事を同一に扱うのは間違いなのである。
しかし当麻はあえて混同した。馬鹿な瀬文はそれを見抜けていない。辛そうな顔をして考えている。
常に理性で持って自分を律しているのであろう瀬文にとって、自分の理性を疑うのはきっと相当に辛いはずだ。
当麻の言葉は、瀬文にかなりの揺さぶりを掛けている。
当麻は瀬文を信じていた。
しかし瀬文は瀬文を疑った。
どんどん瀬文の顔が苦しそうになる。多分結論が出ないのだ。
結論が出せない以上、自分に絶対の自信が持てない以上、自分より他者を上に置く瀬文は、己を疑う。
これだけ追い込んで苦しめて、そして。

「瀬文さん、刑事には自己管理が必要なんじゃないっすか?」

八方塞がりにまで追い込んで、そこで唯一の道を示してやればそれは逃げ道でもなんでもない、自然に歩むべき道だ。

「そんな状態で脱出して一般市民を脅かしてどうするんすか。刑事でしょ瀬文さん」

己が楽になるというだけではその道を進めないのならば、別の理由付けをしてやれば良い。

「いつ脱出できるか分からないんだから、刑事として体調くらい整えておかないと」

正しい道しか歩めないのならば、その付けた理由に正当性を与えてやればいい。
瀬文は目を瞬いた。揺らいでいる。―――あと、少しだ。
当麻は瀬文に近寄って、いつものように真下から顔を覗き込んだ。
そして。

「それから忘れてるかも知れませんが、私だって刑事なんで。一般市民を守るためにはなんでもするんすよ。
同僚が暴走しそうならばそれを事前に防ぐことだって立派な刑事の仕事なんです。
瀬文さん私に刑事の仕事させないつもりっすか?公務執行妨害で逮捕しますよ」

……当麻紗綾が、瀬文が思っているほどにはそれを厭うてはいないのだと。

(この馬鹿に分からせてやればいい)

瀬文は少し目を彷徨わせ、やがて深くため息をついた。
隙をついてもう一度唇を押しつける。今度は拒絶されなかった。

瀬文焚流が。
漸く落ちた。


瀬文の膝に乗って背広を脱がそうとすると腕を掴まれた。
この後に及んでまだ抵抗するか、と思えば瀬文自ら脱いで近くへ放り投げる。

「良いんすか?皺になっちゃうんじゃないっすか」

いつも持ちモノ全て几帳面に扱っている覚えがあるのでやや意外な気がする。
瀬文は一瞬背広を見て顔を顰めた。

「……お前に主導権を握られるよりマシだ」

背広に気を取られている間に、あれと思う間もなく体勢をひっくり返された。

「せぶ―――」

当麻の抗議の声は瀬文に塞がれた。

(しまった……)


完璧な計算で瀬文焚流を追い込んだ当麻紗綾は、一番大切なところで唯一にして最大の計算ミスをした。






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