瀬文焚流×当麻紗綾
当麻は瀬文を待っていた。 ―あの筋肉バカ、勝手に辞表なんて出してどこ行きやがったんだよ。 …でもあいつの行く先は読めてる、絶対志村家に現れるはずだ― そして、当麻の読み通り、瀬文に会うことができた。 二人でベンチに腰掛け、牛丼をあげて、励ましてやった。なのに― 「俺にはもう刑事をやる資格なんてない。」 ―ふざけんな 「俺は逃げん。卑怯者でもない。志村の敵は必ず打つ。」 ―ふざけんな 「スペックホルダーを今の法の中でどう裁けるんだ。志村を殺した奴を法で裁けるのか。 法なんてクソ食らえだ。」 「それを考えるのは私のこの頭脳です。私が必ず追い詰めてみせます。 だから私は未詳にいて、てめーの帰りを待ってんだろーがよ!!」 そう叫んで、当麻は少し息が切れていた。しかし、瀬文は当麻の顔を見ようともせず、 ただ黙っていた。 ―沈黙が怖かった。きっと瀬文さんは一人で行ってしまう。そしてきっと危険な目に会う。 そんなの絶対いやだ。 行くな、行くな、行かないで― 当麻はそう心の中で必死に祈りながら、それでも精一杯強がっているつもりで 自分も瀬文の顔を見ずに、まっすぐ前を見ていた。 しかし、瀬文はすっと立ち上がり、歩き出した。 「瀬文さん…」 そう呼びかけた当麻の声には、悲痛の色が隠せていなかった。 ―今ならまだ間に合う?今追いかけて行って、無理やり引きとめてみようか。 いや、そんなことをしても無駄だろう。あのバカは決意したのだ。 一人で行くことを。私が引きとめても、その決意が揺らぐことは決してないはずだ。 でも…― 背筋をピッと伸ばして歩いていく瀬文の後ろ姿を見ながら、当麻は心の中でぐるぐると葛藤していた。すると、数メートルも行かないうちに、瀬文が早足で戻ってきた。紙袋を忘れたらしい。つかつかと歩いてきて、ベンチに置いてあった紙袋を奪うようにさっと拾う。 ―忘れ物かよ!んな大事なもん忘れんな!でも、もう一度戻ってくるように 説得しようか…今ならまだ… と、当麻が心の中で考えていると、 ふと目の前が陰ったかと思った瞬間、瀬文がふわっと唇を重ねてきた。 「―!?」 当麻は驚いてほんの少しだけ肩をピクッと動かしたが、すぐに体の力を抜いて ゆっくりと目を閉じた。5秒か6秒、二人はそっと唇を重ねていた。 「ずるいですよ、瀬文さん…」 と、当麻が言った。心なしか、目がうるんでいる。 「…わかってる。」 瀬文は、当麻の目をじっとみていた。しかし、やがてふいっと 顔をそらすと、当麻に背を向けてゆっくりと歩き出した。 「―続きは、瀬文さんが無事に帰ってきてからしましょうね!」 当麻はそう瀬文の背中に向かって叫んだ。 瀬文はくるっと振り返ると、少しだけ笑って、 「…ああ、そうだな」と言った。 SS一覧に戻る メインページに戻る |