元彼
瀬文焚流×当麻紗綾


「なんスか。なんか言いたい事があるみたいっスね」

さっきからこっちをチラチラと見ては、信じられない、という風に首を横に振っている瀬文に、自分から話しかけた。

「当麻おまえ、彼氏いるんだってな」
「元彼です」

即答した。

係長からでも聞いたのか。「いやあ、あの当麻君にねぇ…」なんて話す係長の姿は、容易に想像できた。

「元彼がいたら悪いっスか。犯罪ですか。何罪ですか。まさか、不純異性交友なんて言いませんよね」

瀬文に口を開く隙を与えず、畳み掛けた。

「ま、瀬文さんは昭和の男みたいですから、しかたないですかねぇ。頭も筋肉みたいにガッチガチ、否、脳味噌筋肉ですもんね」
「てめえ……」
「瀬文さんこそ彼女いないんスか。てか、彼女とかいたことあるんスか。ま、さ、か、童貞? チョーウケる。その歳で? 童貞?」
「んなわけねーだろっ!」

瀬文の鉄拳が飛んできた。

「おまえこそ、マグロなんじゃねえのか。魚顔だしな、さかなちゃん。次からマグロちゃんて呼ぶか?」
「ギョギョキーーックッ!」

売り言葉に買い言葉。
お互いに「証拠を見せてやる」と後に引けなくなっていた。

左腕を吊っていた三角巾を首からはずし、上着も投げ捨てた。
同時に瀬文は、ネクタイをはずし、脱いだスーツをロッカーのハンガーに掛けていた。

布団を敷き始めた瀬文を確認し、スカートも脱ぎ捨てた。
チラリとこちらを見た瀬文の視線が、天井を向いてから布団に戻る。
ブラウスとその裾から少し覗くショーツ、白ソックス、そして左腕の包帯。
瀬文が「ちょっとエロい……」とでも考えたのではないかと思うと、この勝負、いけそうな気がした。

「瀬文さんて、思ってたより筋肉ないっスね。そんなんでSITの隊長勤まったんスか」
「筋肉はあればいいってもんじゃねぇんだよ! ボディービルダーみたいな筋肉つけちまったら、自分の筋肉が素早い行動の邪魔になる。俺のは実用的な筋肉だ」
「あーなるほど」
「無駄口叩いてないで、サッサと終わらせるぞ」
「えー、瀬文さんて、早漏なン……」

最後まで言い終える前に、瀬文に腕を捕られ、布団の上に押し倒された。

「優しくはしない。キスもしないからな」

瀬文がブラウスのボタンを外しながら言った。

「当麻。性感体はあるのか」
「え?」
「愛のない行為なんて、手っ取り早く終わらせた方がいいだろ。どこだ」
「胸……とか?」
「変人のくせに普通だな」

瀬文はブラの上から胸を揉んだ。

「なんだ、この色気ないブラジャーは」

確かに、レースもついていないスポーツブラだ。

「仕方ないです。片手じゃ普通のブラ、ホックはめられませんから」

一瞬、瀬文がハッとした顔をしたが、それに気づかない振りをして、言葉を続けた。

「でも、その分、ショーツには気を使ってるんで。今日なんて、両脇紐っスよ」

瀬文は返事をしなかった。
ブラを胸の上に押し上げ、直に触り、

「あ……」

耳たぶから首筋へと舌を這わせた。

「…んん……や……」

あたし、首筋でこんなに感じたっけ……?

瀬文の体が、下にずれていった。
舌は首筋から鎖骨、そして胸へ、

「あっ…あぁん……」

指は胸から脇腹を撫で、ショーツの紐に触れるかという所でそこを通り過ぎ、太股へ。

「や……なに…これ……」

瀬文が触れてくる箇所が、ビリビリと反応する。自分の体がこんな反応をするのを、初めて感じた。

なぜ?
これまでだって、何度もあの<左利き>に触れられていたではないか。

「……! や…あぁん!」

乳首を口に含まれ、舌で転がされた。

これって……。

太股を撫でていた手が、ショーツの上に移り、秘部を擦る。
体全体が波打ち、反応した。

おかしい。
何かがおかしい。
初めて他人から触れられたかのような、自分の体の反応。
どうしてなのかわからない。

「やっぱりマグロじゃねぇか」

随分久しぶりに瀬文の声を聞いた気がした。
何か言い返そうとしたが、言葉にならない。

ショーツの片側の紐がほどかれ、瀬文の指が割れ目へと滑り込んだ。

「あっ、あぁ……」

また初めての反応。
なぜなのか、考えなくては……。
けれど、体だけでなく、頭の中まで痺れたような感覚に侵され、思考がまとまらない。

自分の体のこの初めてと思われる反応は、<左利き>が下手で、瀬文が上手いから、という単純なものではないということには、考えが行き着いた。だが、その先までたどり着けない。

その時、思考を掻き回していた瀬文の指が離れ、指よりも太いモノがあてがわれたのを感じ、全身が硬直した。

「ちょ、瀬文さん、待って……」
「今更ビビってんじゃねぇ!」

瀬文が分け入ろうとする。

「瀬文!タンマ!」
「タンマじゃねーよ、トンマーー!!」
「ぃやあぁぁぁ!!ぃたぁぁぁ!!」

一気に貫かれた。
頭の先まで串刺しにされてしまったのではないかと、錯覚した。
目尻から流れた涙が耳に入った、その感触で、自分はまだ生きていることを確認した。

「当麻、おまえ……」

瀬文の声が、上から降ってくる。
薄く目を開け、瀬文の顔を見た。
心配そうな、どうしたらいいかわからずに戸惑っている顔。

「初めて……だったのか?」
「わかりません」
「は?」
「あたしの記憶では、とっくに経験済みの行為だったんです。でも、あたしの体は未経験の反応をした」

<左利き>に抱き締められ、キスをして、絡み合いながら愛し合った記憶はある。
でも<左利き>の指や唇や舌の感触は、全く覚えていない。匂いや体温も思い出せない。

「頭が痺れて、今は考えられません」


「ふぅーっ」

瀬文が息をつく。
体を離そうとしたのを察知し、腕を掴み止めた。

「瀬文さん。このまま最後まで続けてください」
「だが……」
「もし、仮に、万が一、本当にあたしが初めてだったのだとして、」

瀬文の目を真っ直ぐ見つめ返した。

「ここでやめられても、あたしは処女に戻れるわけではないんです」

数秒間の見つめ合いの後、瀬文はまた「ふぅーっ」と息を吐き、体を重ねてきた。
体の重みを心地よく感じる。やはり<左利き>の体の重みは思い出せない。

「当麻……」
「……はい」

瀬文が肩を抱いてきたので、右腕で相手の背中を抱き返してみた。

「優しくする」

唇と唇が触れた。
自分の今の感情を伝えるには、右腕だけでは足りない気がして、包帯巻きの左腕も、瀬文の背中に添えた。






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