瀬文焚流×当麻紗綾
星慧というサトリの少女を野々村係長に引き渡した後、未詳の部屋に瀬文さんと二人残された。 夜明けも近い時間で、でもこのまま朝までいるのもどうかと思う。 そこで提案をしてみた。 「ねぇ、瀬文さん。ご飯、食べに行きませんか?」 瀬文さんは、ものすごく、本当に怪訝そうな顔をして「今何時だと思ってる」なんて愛想のない返事をしてきた。 この人、愛想をそもそも持ってないけど、里中先輩には笑顔も見せてたってことは昔は声をあげて笑ったりもしたんだろうか。想像つかない。 「えーいいじゃないですか。だって、このまま帰るのも」 駄々をこねるように言う。すると、一瞬とても悲しそうな瞳をして 「メシはいらん。だが…、酒に付き合え」 と言い、さっさと未詳の部屋を出て行こうとする。慌ててキャリーケースを引きずってついていくと、エレベータに先に乗り込んでこちらを真っ直ぐに見ていた。 どうしたのだろう、とは思わない。 こんな夜は、このまま、気持ちを未消化のまま、一人でいたくない。それは同じだろうと感じたから。 「うわー、なんつーか、想像通り。ぷぷっ」 「うるさい。さっさと座れ」 警視庁に近い独身寮の一室。 瀬文さんの自宅は、まさに「ザ・軍人」な部屋だった。必要最低限の家具に、ミリタリーなフィギュア、プラモにモデルガン、あとは何もない。 恐ろしいことにパソコンも1冊の本も見当たらなかった。真の筋肉バカ…。 ダイニングテーブルというかただのちゃぶ台の前に、座りこむ。 瀬文さんは買ってきた酒とつまみを並べて、あとはグラスに手酌して飲み始める。乾杯もなしっすか。つかすすめろよ!私を無視するな! 数杯ずつ酒を飲んでみたが、会話はなく、美味しいとも思えず、ただぼんやり宙を見たり考え事をしていた。 そして視線がかち合う。 言葉なんていらなかった。目が合えば、分かった気がした。 多分、情の交感とでもいうのだろう。それがしたかった。私も、瀬文さんも。 私たちのスーツのポケットには、欲しかったメモがある。 これを手にしたからには、次に進まなくてはならない。否応なしに。でも、怖い。正直怖いんだ。 瀬文さんの目は欲情しているのに、時折揺れ惑うように焦点を失う。 冷泉を逃がすことは、瀬文さんにとってどれくらい大きなことだったのか。想像するしかできないけど、その意味を思うとたまらなくなる。 この人は、いつだって、結局他人のことばっかりだ。 先輩や部下のためにこんなに必死に生きられるなんて、そんな人間がちゃんといるんだって、私は初めて知った。 硬く薄いマットレスの乗ったベッドに座った。 自分でスーツとブラウスを脱いで、下着姿を晒した。 瀬文さんもパンツだけになり、その上腕二等筋や腹筋に見とれた。細マッチョってこういうことかー。なんて惚れ惚れして、自然にその腕に手が伸びた。 瀬文さんの手が私の頭を捕えて、引き寄せられる。 瀬文さんとのキスは、なんだか、あったかかった。 「…ふ、」 角度を変えながら、舌を絡めてキスに没頭する。その隙に、瀬文さんは私の体をまさぐってきた。 手つきは優しくて、誰か違う人としている気になる。 でも目を開ければそこにはいつもの坊主頭が見えて、そのギャップに笑いそうになった。 下着を簡単に取られ、胸を直に揉み込まれると、さすがにあれこれ思う余裕はなくなってくる。 絶対薄いと思う壁を気にして口を手で覆いながら、瀬文さんに翻弄されていく。 瀬文さんが自分の指を舐めて、それが挿れられる。 「んあっ」 圧迫感に眉間を寄せれば、瀬文さんは動きを止めてじっと私を見てくる。 その瞳が潤んでいるような気がして、狼狽する。背中に手を回して引き寄せた。 「続けてください…」 あんな瞳と真正面から向き合うと、自分が弱くなって、ずぶずぶと楽な方に逃げてしまいそうになる。それは、ダメだ。 瀬文さんの指は1本ずつ増やされて、今は多分、3本になっていた。 荒い呼気と、濡れた音が耳にうるさい。 「当麻」 呼ばれて、手を離して見上げれば、キスが落ちてくる。 かさかさの唇が、唾液で光ってゆく。それは、なんだかストイックな外見にはひどく――瀬文さん風に言えば――エロい。 「力、抜いとけ」 コンドームを装着したものを、宛がう。コンドームとか、普通に持ってるんだ、この人も。変に感心してしまった。 ズン、と一突きで押し込まれ、息が詰まり意識が飛びそうになる。 「しがみついていい」 と私の手を自分の背中に誘導され、ぎゅっと抱きつく。 ぴたっと肌と肌が重なると、その暖かさに目眩がする。 思わずその首筋に擦り寄ると、瀬文さんがふっ、と息を漏らした。 笑った?今瀬文さん笑った? 見れなかったけど、無性に愛しい気持ちが湧いてきて、体から緊張が溶けてゆく。 それを見極めて、瀬文さんは律動を開始した。 「あ、っ、あぁ、んっ」 ストロークの大きな動きで、体ごと揺さぶられる。 大きな声が出そうになって、瀬文さんの肩口に口を押しつける。 揺れの激しさにたまに歯が当たっても、瀬文さんは何も言わず好きなようにさせてくれた。 そんなびっくりするくらいの優しさに包まれながら、屹立した小さな突起を指で擦られると、もうだめだった。 「や、ぁーー!」 体が痙攣し、頭の中がスパークする。 絶頂に達しながら、この人が好きだ、と。多分初めてはっきり思った。 力がうまく入らず、手も背中から滑り落ちてベッドにただ寝そべっている私の腰を抱え、瀬文さんの動きはどんどん速さを増していく。 涎と汗にまみれて、私の視界はどんどん潤んでいって、ただなすがまま。 「ぅ」 と小さな声がしたかと思うと、コンドーム越しに膨張し、どくりと精液が出たのを感じた。 ああ、終わってしまう。それが淋しくて仕方なかった。 「ねぇ瀬文さん」 「なんだ」 「全部、終わったら。」 布団の中で体を起こし、まっすぐに見つめてみる。 「志村さんが元気になって、私がニノマエを逮捕したら。そしたら、またしませんか?」 「…」 瀬文さんはまた怪訝そうな表情をして、でも、その後で少し考えて 「次もマグロならごめんだ」 とか心底腹立たしいことを口にした。悔しかったから 「次は瀬文さんがマグロでいいですよ。至れり尽くせりやってやります」 と自信満々に宣言したら、虚を突かれたような顔で、バカ、と呟かれた。 そしておもむろに手がにゅっと伸びてきて、ぼさぼさがひどくなった頭をくしゃりと撫でられ、変な奴、と不器用に笑った。 この床に散らばるスーツを纏えば、また私たちは過酷な戦いを強いられる。 でもその戦いは、むしろ望むところだ。怖いし、手足が震えることもある。 でも、未来は変えられる。自分自身の力で。そうただ信じて進めば、その先にあるのは、この人との未来かもしれない。 それは何だか、とてもワクワクする未来のような気がする。そしてそんな未来が来たら、聞いてやろうと思う。 「私は瀬文さんが好きなんすけど、そっちはどうですか」 と。 SS一覧に戻る メインページに戻る |