バレンタイン(非エロ)
瀬文焚流×当麻紗綾


世間はバレンタインで浮かれていたが、ここ未詳に限ってはそんな雰囲気は微塵もない。
糖尿である野々村は雅のチョコ攻撃がいつ襲ってくるのかとビクビクしていたし、
当麻はいつも通り遅刻してきていつも通りになにやら資料を読み漁っていた。
元来バレンタインなどに興味のない瀬文も淡々と仕事を進め、そうして一日が終わっていった。

野々村が逃れられないデートに向かうため一足先に未詳を後にし、
瀬文もいつものように机の上を几帳面に片づけて帰ろうとしたその時だった。


「瀬文さん」

当麻が声を掛けてきた。

「なんだ?」
「今日ってこのあと何か予定あります?」
「特にないが、それがどうした」
「いやぁちょっと、付き合って欲しいと思って」

そう言って当麻は「ンフッ」と気持ちの悪い笑みを浮かべる。

「何にだ」
「それは行ってから話します」

さっぱり目的が見えない上、なにやら嫌な予感がする。

「……ただ飯を奢らせるつもりじゃねぇだろうな」
「どうして分かったんすか」

目を見開いてわざとらしく驚くその様に、思わずため息が出る。
未詳に居る時には何かしら口に運んでいる当麻が、
今日は大人しくハチミツコーヒーくらいで我慢していることに瀬文は気づいていた。
金欠の時はいつもそうなるのだ。

「分かっていただけたなら話は早い。んじゃ、とっとと行きますか」
「断る」
「断るの早!瀬文さんのケチ!カワイイ後輩のピンチだってのにぃ!」
「どこにかわいい後輩がいる。ただ図々しいだけじゃねーか」
「お腹が空いて頭が働かないぃ〜これじゃいざって時に事件解決できないぃ〜」

デスクに突っ伏したかと思えば身体をよじり始めた。
おそらく瀬文が折れるまで続ける気なのだろう。

「……次は奢れよ」

この場を早く収めたくてついそう言ってしまうと、当麻がガバっと顔を上げニヤっと笑った。
この時根負けしてしまったことを、瀬文はしばらくしてから後悔することになるのだった。

今日は、というか最近はずっとCBCが店を開いていないらしく、
代わりに安くて旨いと評判の居酒屋に足を運んでいた。
当麻が先程ネットで調べた店らしい。
小上がりに着くなり勝手に飲み放題を注文してしまい、瀬文は顔をしかめた。

「瀬文さん飲んでます?時間制限あるんだからちゃっちゃと注文してくださいよ」

そう言ってコップ酒をくっと飲みほし、ホッケにブスっと箸を指す姿はとても24の女とは思えない。
それに、すっかり忘れていたが今日はバレンタインデーだった。
そんな日にこんな色気のない食事会が存在していていいのか。
この場に色気が必要だとかそういう問題では断じてないが、
これはあまりにも酷いだろう。
そう余計なことぐるぐると考えていると、瀬文は普段より早く酔いがまわってきたことに気がついた。
目の前の女の食事のペースに惑わされて随分と安酒を煽ってしまったらしい。
このままでは駄目だと一旦席を立ち、トイレへ向かった。

ばしゃばしゃと手を洗って鏡を覗き、瀬文は己に気合いを入れ直した。

「おかえりなさーい」

自分がいなかった僅かな間にも当麻は更に料理を平らげたらしく、
店員が空となった大量の皿を下げていくところだった。

程なくしてラストオーダーとなり、これでやっと解放されると
瀬文が思った矢先、当麻がぼそっと言った。

「こりゃ二軒目、アリですね」
「何がアリだ。んなもんは無しに決まってんだろ」
「無しじゃねぇよ。まだ食べたりないっすあたし」
「ふざけんな、散々食っただろ。もうそんな金はない」
「あ、分かったいいこと思いついた」

絶対碌な思いつきではないと瀬文は思った。なぜなら当麻の目が据わってるからだ。
どうやら当麻は飲み始めてしばらくは顔色が変わらないが、
ピークを過ぎると突然おかしくなるタイプらしい。
以前酒を飲む機会があった時にはケロッとしていたから、
てっきりザルかと思っていた。厄介だ。

「いいから帰るぞ」

当麻に何か余計なことを聞かされる前に会計を頼み、
瀬文はコートを着込んで帰り支度を始めた。
店員が戻ってくるのを席で待っている間、当麻はにへらっと笑って
何度も瀬文を見てきた。
相当酔ってるなこいつは。早めにタクシーを呼んでさっさと帰らせるに限る。
そう思って店を出ると、2月の夜風は火照った身体を適度に冷ましてくれた。
そこでもまた、自分もある程度は酔っているのだと瀬文は自覚する。

「せぶみさん、さっき思いついたこと言ってもいいすか」
「やめろ」
「聞く前からやめろとかないでしょ。いいから聞けよ」
「聞かん」
「聞きたい?聞きたい?えっとぉ、これからぁ、瀬文さんちでぇ、飲み直します!」

当麻が声高らかに宣言した。
いちいち区切って言うものだからウザいことこの上ない。

「乗れ、ほら」

そこへようやくタクシーがやってきたので、瀬文は当麻の言葉をスルーして
無理やり後部座席に押し込み、大体の行き先だけ告げてドアを閉めようとした。
しかし。

ぱしっ。

突如手首を掴まれ、瀬文はドアを閉め損ねた。

「センパイどこいくんすか?」
「放せバカ、俺は帰る」
「放しません!」

当麻が酔いに任せて普段以上の力を出しているのか、それとも自分が酔っているからなのか、
なかなかその手を振りほどけない。

その攻防をしばらく見ていた運転手が、半分呆れたように言った。

「お客さん乗るの乗らないの。車内冷えちゃうよ」
「すみません、俺は乗らないんでこいつだけで…」
「いいから乗れ瀬文!」

ふと運転手と目が合うと、苦笑いを浮かべていた。
このままこの酔っぱらいを預けるのはさすがに気が引ける。
瀬文は仕方なくタクシーに乗り込んだ。

「お前の住所、言え」

同僚のおおよその住所は覚えていても、番地まで正確には知らない。
送り届けるにはなんとしても聞きださなければならないが、
当麻はふいっと窓の方に顔を向けたままだ。

「おい」
「嫌です」
「はぁ?」
「言いません」
「なんでだよ」
「だって言ったらあたしんちに着いちゃうでしょう。瀬文さんちで飲み直すって
言ってるじゃないすか」
「お前な」

傍から聞いたら只のバカなカップルの痴話喧嘩とでも捉えられかねない会話を、、
なぜよりによって当麻としなければならないのか。
運転手がミラー越しにこっちを見て笑っている気がする。
まったく居心地が悪い。
瀬文は仕方なく足元に置いてあった当麻のキャリーバッグのファスナーを
勢いよく下ろすと、中を探り始めた。

「ちょ、なにすんすか。瀬文さんのバカ!変態!」
「うるせぇ。何か住所書いてあるもんしまってあるだろ」
「やめろーこのクソハゲ!」
「いててて」

当麻が前かがみになっている瀬文の頭を力任せにばしばしと叩いてくる。
この女、いよいよ酒癖が悪い。

しかしそれからいくら探しても、瀬文はとうとう何も見つけられなかった。
第一、中に入っているものが多過ぎて探し物どころではない。
特にPC3台など正気の沙汰とは思えない。

当麻を見れば、なぜか勝ち誇った顔で瀬文を見下ろしていた。
瀬文はその目を睨み返したが、結局それは何の反撃にもならなかった。

そうこうしているうちに既にタクシーは当麻の家の周辺まで
来てしまっているようだが、ここで降ろしたところで
こいつは果たしてまっすぐ家に帰るのだろうか。
靴を脱ぎ捨て、プラプラと足を揺らしているこの酔っ払いを見ていると、
『警察官、道端で凍死』などという文字が躍る紙面が浮かび上がり、
瀬文は本気で頭が痛くなった。

「すみません」

瀬文はだらしなく口元を緩めて髪の毛を弄んでいる当麻を横目に見つつ、
不本意ながら運転手に自宅の住所を告げた。

一旦当麻の家の方まで行ったせいか、料金は高めになってしまった。
幸いにも財布の中身は足りたが、痛い出費だ。
自宅マンションの前でタクシーを見送ると、当麻がくふっ、と声を上げた。

「来ちゃいましたね☆」

来ちゃいましたじゃねえよバカ、と言い返したかったが、
こんな時間では近所迷惑もいいところだ。
瀬文はよたよたと歩く当麻をぐいと引っ張ってオートロックを解除した。

「案外いいとこ住んでますね。やりますなぁ、さすが元SIT」

部屋に着くなり値踏みするようにぐるりと見回す当麻を見て、
瀬文は早くも後悔していた。
なぜここまで連れて来てしまったのだろう。一旦未詳に戻って住所を調べ、
無理やりにでも返せばよかった。きっとそうすべきだったのだ。

「お、冷蔵庫発見〜」

やはり。

「勝手に見るな。触るな」
「ビールがたくさんある〜」
「人の話を聞け」
「とりあえずこれで」

当麻が冷えた250ml缶を二つ取り出すと、ひとつを瀬文にどんと押し付けてきた。

「あらためまして、カンパイ」

ぷしゅっっとプルタブを開ける音がしたかと思うと、当麻はあっという間にそれを
半分以上飲んだようだった。

「っかー、タクシーの中暑すぎるくらいだったんでビールがうまいっすね」
「暑いのはお前が酔ってるからだ」
「酔ってません。酔ってないから飲み直すんです」

もはや何を言っても無駄だと悟った瀬文は、ダイニングの椅子に腰かけて
自分もビールの缶を開けた。とにかく当麻にはこれ以上飲ませないようにして、
しばらくして酔いが醒めたらここからタクシーに乗せて返すしかない。
現金は向こうの家でなんとかしてもらう。情けないようだがそれしかない。

瀬文は一旦洗面所に行き、顔を水で洗い、歯を磨いた。
鏡の中の自分を見る。先程居酒屋で見た顔より、明らかに疲労の色が濃い。

「おいせぶみっ、どこいったー」

当麻が騒がしいので慌てて戻ってみると、テーブルの上には瓶ビールが
2本追加されていた。しかも既に1本は空である。
何処から見つけ出したのか、瀬文お気に入りの栓抜きを勝手に使用していた。

「てめえ……いい加減にしろよ」

瀬文がこめかみをぴくりとさせながら当麻に詰め寄ると、
また例のにへらとした笑みを浮かべる。

「瀬文さん。ちゅ〜」

そう言ってタコみたいな口を作って顔を近づけてくる。

「やめろ、キモイ」

その顔面を右手で全力で押し返す。

「ヒドイ」

当麻が不貞腐れた顔で睨んでくる。

「酷いのはお前の顔だ、このブス」
「瀬文さんがいじめる〜」
「どう考えても苛められてんのはこっちだろ」

散々たかられた上、自宅で酷い男呼ばわりとは。
諸悪の根源はどう考えてもこいつの方だ。
すると突然、当麻がすくっと立ちあがった。

「決めた。今日はとことん飲み明かしましょう!全ての膿を出し切りましょう!
同じ部署で働く者同士がハゲだブスだと罵り合ってちゃあ、いい成果は生まれません!」

今さらどんな膿が出てくるというのか。そんなものたまる暇がないくらい、
今までだって言いたい放題の関係だっただろうに。
瀬文が反論に口を開きかけたその途端、当麻が今度はテーブルに突っ伏した。

「ぐかぁー」

……寝たのか。寝てんのか。人を散々振り回しておいて最後はそれか。
瀬文の拳はわなわなと震えた。

「おい寝るな。起きろ当麻。酔い醒ましてさっさと帰れ」

近づいて肩を揺さぶると、突然当麻の目がぱちっと開いた。
次の瞬間、湿った感触が唇の端に押し付けられた。
瀬文は目を見開く。

「ちょろいですなぁ瀬文さん」

ばっと飛び退くと、ちゅ〜成功っすねと当麻が笑っている。
まったく可愛らしくない笑い方だ。口角が半分だけ上がっている。

「歯磨きました?歯磨き粉の匂いがする」

そう言って当麻は舌で自分の上唇をぺろりと舐めた。

こいつは男を舐めている。というか俺を相当舐めている。
ここらで少々痛い目に遭わせなければならない。
自分としては普段の冷静さを保っているつもりの瀬文は、
酔った頭でそう考えた。

当麻の右手を掴むとぐいっとこちらを向けさせた。
そのまま唇を押し付ける。
当麻は驚いて身体を固くした。さっきは自分からやってきたくせに、
押されると弱いんだなと瀬文はぼんやり考えながら、どうにか舌を入れた。
そのまま歯列をなぞる。逃げられないように左手で腰を引き寄せた。
やがて当麻の口が少し開き、瀬文の舌を受け入れた。
相手の舌に絡ませ、息する間も与えない。

ようやく唇を放すと、当麻は肩で息をしていた。
鼻で呼吸すればいいということを知らないらしい。

「酔いは醒めたか?」

意地悪く質問すると、当麻はちらっとこちらに視線を向けた。

「醒めるわけ、ないっす」

そう言って、自分のポケットに手を突っ込んだ。

「これあげます」

何かと思えば、小さなチョコレートが二つ、手のひらに置いてあった。
なんともこの女に似つかわしくない行為だった。
瀬文はパチリと部屋の電気を消した。






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