瀬文焚流×当麻紗綾
雨の後の、水滴という重みを背負った葉、 そんな表現がぴったりだと思った。 零してしまえば良いその水滴に意図的になのか背を貸す葉は、普段のそれとはとても似つかわしくなく弱々しく、俺に小さな錯覚を覚えさせた。 肩を抱いて初めて気付いたのが、その性格や態度からは想像も出来ないほど細く、小さな存在であったということ。 (そう、俺が思っている以上に彼女は女なのだ。) 「私、あの時確かに刑事になったことを後悔しました」 それでも声だけは平然を装うように、いつものように一息で話そうとする。ここまできてまだ強がるのか。 己の異常に高い頭脳によって毒にまみれる弟、あの時彼女が覚えた感情は辞書のなかを漁ってもそう見つかるものじゃあなかったと思う。 視界が酷くぼやけるなか聞こえた叫びにも近い弟の名を呼ぶ声は確かにこの女のものだった。そして今俺の胸のなかにおさまるこの葉は懸命に、水滴を零さまいと静かに呼吸をする。馬鹿だ、どうしてこんなにも 、 「そうか」 「 はい」 「それでも俺は、体の傷が痛む度にその日を思い出し確かに思う」 最低な人間だと思った。 いつか餃子を食い逃げして刑事を名乗り俺が怒鳴りつけたあの女も、同じ目をしていたっけ。 俺はあの目に何度 、 「未詳に居たのがお前で良かった」 水滴が、零れ落ちた 漏れた嗚咽をとっさに手で抑える。俺は何故かもっと聞きたいと思い、その手を引き剥がした。そして体が少し強張ったかと思えば俺の手を振り払い、あろうことか己の手の甲に噛み付き始めた。 なお虚しくも嗚咽は漏れる。 その姿を見て湧き上がった情動に従い、当麻を鼠色が冷たい壁へと押しやる。 背中に感じたであろう痛みに手から口を離したその一瞬をみて、俺は当麻に口付けた。 瞳が大きく開かれる 「……っ…ん、」 なんとか抵抗しようと試みるその両腕を空いていた右手で彼女の頭の上で壁に押さえつける。左手で折れてしまいそうな細い腰を静かに撫でると、あからさまに分かり易く身震いをして、思わず吹き出してしまいそうになった。 俺が幾度となく助けられたその目に一杯に溜められた涙は、静かに閉じた瞼に押され、生暖かい頬を力無く伝っていく。互いの唇の隙間から、当麻の色を含んだ声が時折漏れ、その度に俺はぞくりとした。 ああ、 嗚咽する葉は、酷く綺麗だった (水滴をなくしたその葉はしゃんと背筋を伸ばし再び歩き出す) (そうして、また強い目をするんだ) SS一覧に戻る メインページに戻る |