瀬文焚流×志村美鈴
世間はお盆で東京では比較的人口密度が低くなるこの時期に家を訪れるなんて 誰だろうと疑問に思いつつ確認した扉の向こうに立つ人影が誰だか認めた瞬間、 美鈴は自分の胸が高鳴り、一瞬の後にチクリと痛むのを感じた。 扉を開くと無言のまま、いつものように深く頭を下げた瀬文は顔を上げると 軍人のように姿勢を正し抱えていた大きな箱を美鈴に向かって差し出した。 「……なんですか?随分大きな箱ですけれど」 「盆提灯。新盆だし何かと物が入用かと思ったので」 瀬文の言葉にあぁ、と納得する。つい先日、瀬文とコンビを組んでいる 一風、どころかかなり変わった当麻とかいう女性が何やら兄が昔持っていた物が 今回の捜査に必要などと言って家に押しかけてきて無理矢理線香をあげて いったのも、足りないものがないか探りに行けとの、この男の命令だったのだろう。 兄の死後、常に気を配ってきてくれた彼らしい気遣いに「どうぞ」と声をかけ、 通れるように扉を大きく開いた。 手狭な部屋にはいささか立派過ぎる盆提灯を設置作業まで黙々と手伝い、 いつものようにお供えには不似合いなたこ焼きを備えると 瀬文は位牌の前で黙って手を合わせた。 しばらく黙って手を合わせると、深く一礼して振り返る。 美鈴の方に向き直り再度深々と頭を下げる姿に、美鈴はため息を吐いた。 「……顔を上げてください。瀬文さんの坊主頭のテッペン、 何だか最近見飽きて来た気がするので」 予想していなかったらしい美鈴の言葉に驚いたように顔を上げた瀬文が苦笑する。 「兄の死は瀬文さんの所為じゃ無いって事はちゃんと分かりましたし、 それなのにこうして色々助けてもらっていることは、本当にありがたいと思ってます。 むしろ、頭を下げるなら私の方なのかも」 「そんなことは無い。志村は部下と言っても弟のような存在だった。 そんな志村のためにも、これからも何でも手伝わせてもらおうと思ってる」 「……私の兄代わりになるってことですか?」 「志村の代役なんて務まる訳が無い。それでも君が困っていて、 自分が手助けできることであれば遠慮なく言って欲しい」 真摯な眼差しってこういうことを言うのかと、黙って瀬文の目を見ていた美鈴は視線を そらし軽く頭を下げた。 「ありがとうございます。困った時は相談させてもらいます」 「良かった。大きなお世話と言われるのを覚悟していたので」 口調を和らげた瀬文が再度志村の位牌の方に顔を向ける。 「あの絵は?」 「あぁ、私が描いたんです」 「良い表情をしているな。やっぱり同僚に向ける顔とは違う」 思わずうつむいた美鈴は髪に触れる温かい手の感触に驚いて顔を上げた。 ……頭を撫でられてる? 「……すまない、つい」 「いえ、大丈夫です」 気まずげな表情で再度頭を下げ、玄関に向かう瀬文の後を黙ってついていった美鈴は ドアノブに手をかけた瀬文の背中に向かって声をかけた。 「頭を撫でるなんて、瀬文さんにとっては、私って本当に妹みたいなものなんですね」 振り向いた瀬文の視線を捉え、これまでずっと胸にしまっていた気持ちを言葉にする。 「私が欲しいのは、兄の代わりなんかじゃ無い」 目一杯背伸びして瀬文の首に腕を回し、顔を寄せる。触れるか触れないか、 軽く唇を触れ合わせるとすばやく身体を離し、瀬文を押し退けてドアを開いた。 「今日は、来て頂いてありがとうございました」 「美鈴ちゃん」 無理矢理押し出した瀬文の顔を見ずに扉を閉める。閉ざした扉に背を預けずるずると その場にしゃがみこんだ。 「……相手にされるわけ無いのに、何やってるんだろう」 頬を伝う濡れた感触に気付き、涙を手のひらで拭う。次に彼と会う機会があったら、 お盆の法要で疲れていて寂しかったから、つい誰かに頼りたくなっただけだと、 笑ってこの感情を否定しよう。仕事はできるようだが女心には鈍そうな彼なら、 きっとそれを信じてまた自分に笑いかけてくれることだろうから。 あの、位牌の前に置いた絵の中の兄とは似ても似つかない笑顔で。 恐らくまだ扉の向こう側に立ち尽くしているだろう瀬文に向かって、小さく呟いた。 「代わりで良いから、側にいてください。これからも」 SS一覧に戻る メインページに戻る |