風邪気味
田村勝弘×住吉美寿々


「先生、なんか声おかしくありません?風邪ですか?」
「…おかしくない」

機嫌わるっ。やっぱり声変だし。
風邪気味なのは、らしくなく書類作業が遅いことからも窺える。熱で注意力散漫になっているのだろう。イライラもそのせいか。
…そんなとこまで見てとれるなんて、よっぽど俺この人に惚れてんだなあ、はあ。

「ほら田村、依頼人のとこ行くわよ」

ようやく書類との格闘を終えたらしく、彼女はコートに袖を通し扉へと向かう。
いつもカツカツと威勢のいいハイヒールに、なんだか覇気がなかった。

依頼人と別れる頃には、彼女の不調はより顕著になっていた。
明らかに顔色が良くないし、時折咳き込みもする。

「今日はもうこのまま直帰したらどうですか…?事務所には俺が戻って伝えますから」
「…そうする。このくらいなら、田村1人でもある程度まではやれるでしょ」

即了承とは少し意外だった。余程しんどいんだろう。

お先、と歩き出すその足取りが、あまりにふらふらと危なっかしい。
慌てて彼女の腕を掴むと、空いた片手で俺はタクシーをつかまえた。
ごねる彼女をなだめ、車内に押し込んだ。

「…って、なんであんたまで乗ってくるのよ?」
「送ります。もう時間も時間ですし、急ぎの件もありませんから」

お人好し…とつぶやきながら、彼女はシートにもたれかかった。やはり幾分かぐったりとしている。
ドライバーに住吉先生の家を告げてからちらりと目をやれば、浅い呼吸が彼女にか弱さを漂わせていた。


結局、俺は先生の部屋まで上がった。
タクシーから降りる際に貸した手から伝わる熱、そして焦点の定まらない目を見たら、ほっとけなくなってしまった。
車中で事務所に連絡して、住吉先生とそれから俺も、直帰の許可をもらっている。

『大先生から伝言。住吉先生襲うんじゃねえぞってさ』

電話越しの重さんの言葉を思い出した。

…善処、します…。

玄関でコートを脱がせて抱き上げる。彼女の軽さと熱さに少し驚いた。

「ちょ、歩けるから…下ろし、てよ…」

弱々しい悪態は無視してベッドまで向かった。
ふさがった両手の代わりに足で掛け布団を起こす。
蹴っ飛ばすんじゃないわよとかまた悪態つかれたけどそれも無視して、ゆっくりと彼女をベッドに横たえた。
ぴたりとしたニットの下の胸元が、浅い呼吸に合わせて微かにでも確かに上下する。
妙に…艶かしい光景だった。

…ああ、もう。寒気がするのに身体の芯は熱いし、
節々は痛いしふらふらするし頭はぼおっとするし。

「先生、体温計どこにあります?」

…顔が近いっつの。
ベッドに横たわって、起き上がるのもしんどいから、田村に拳を見舞うこともできない。

「…無いわよ、そんなもん。」
「な、いんですか…?」

あり得ないって顔してんじゃないわよ。悪かったわね…。

「田村…水、欲しい」

喉も異様に渇いてる。
いそいそと田村が水の入ったグラスを持ってきた。
ふらつく身体をなんとか起こそうとすると、田村があたしの背中に手を回して身体を支えた。
田村のくせに…その手が力強い。抱き上げられた時もそう。
身体を委ねられる、そんな安心感がある。

「飲めます?大丈夫ですか?」

なんの心配してんのよ…。
田村が、あたしの口にあてがったグラスを傾ける。
口内に流れ込む冷たい液体を嚥下しようとした…けど。

「…あ、…」

…最悪。
上手く飲み込めずに、口の端を水が伝っていった。
やがて顎まで達して、ぽたりぽたりと滴が落ちてニットを濡らした。

「ッす、すいません住吉先生!」
「…バカ田村…」

怒る気も起きない、というか気力がない。あたしは口元を指で拭った。
田村のやり方が悪かったわけじゃないのはわかってる。あたしの器官がちゃんとはたらいてくれなかったのだ。
不自由な自分の身体にイライラが募る。そして頭に響く。本当に、調子出ない。

不意に田村が、口元を拭うあたしの手を退け、代わりに自分の指で拭い始めた。
田村の親指が水の伝った部分に沿って、す、すと肌の上を滑る。
田村に…顔、触れられるなんて…こんな、優しい手つきで…。

「たむ、ら…」

なんだか恥ずかしくてくすぐったくてその顔を見やると、優しくてでも真剣な、そんな表情に出くわしてしまった。
途端に胸がきゅうっとしめつけられる。
やだ、ほんとに、熱でおかしい…。
しばらくされるがままになっていると、田村は口元から手を離し、再びグラスを取った。
今度はちゃんと飲み込まなきゃなんてぼんやりと考えてたら、視界に入ったのは自分で水を含む田村。
と、次の瞬間、

唇に同じ質感が重ねられる、感触、
次いで、冷たい液体が口内に注がれる、感触。

何をされてるのか…一瞬思考が停止したのち、やっと理解が及んだのだった。

こく、と彼女が水を飲み込む音を確かめてから、ゆっくり唇を離した。
以前奪った時より熱い唇。
そんなつもりなかったのに、舌と舌が触れてしまった。

「…すいません」

怒られるかな…今日はもう帰った方がいいか。
自分の中に昂りが生じているのがわかる。理性で抑えられるうちに、ここを離れるのが賢明だろう。

「住吉先生…俺帰ります。ゆっくり休んでくださいね」

怒らせないよう極力穏やかに語りかけ、背中に回した手を外しながら再び彼女を横たえようとした。

「なんで…っ、帰んのよ、バカ…」

離れかけた俺の腕をつかんで、彼女が俺を見つめた。
彼女にしてみれば睨んでいるのかもしれない。だがほんのり濡れ、熱を持つその瞳は、睨むというより切なげで。
また俺の劣情が煽られる。
…抑えろ、俺。

「病人を一人に、するなんて…薄情でしょ、田村のくせに…」

…可愛い。寂しいって言えばいいじゃないですかなんて普段なら言い返すだろうけど、でも。

「先生…あの俺、本気で、先生に何するかわかんないんで…」

あー…情けないことこの上ない。
実際、この状況で事に及ぶのは造作もない……彼女の意志は無視だが。
重さん、というか大先生の言葉がまた頭をかすめた。

住吉先生は俺の気持ちを解ってる。

…俺はそう確信している。

そもそも俺と彼女の関係は、ずっとグレーゾーンにあるのだ。あのキス以来。

だから、俺が言わんとすることも、彼女には理解できているはずだ。
襲えるものなら襲ってしまいたい。
時に優しく時に荒っぽく、彼女のすべてに触れたい。
でも、何より欲しいのは彼女の気持ちだったから…。


「先生…明日はお休みして、早く治してください。依頼人の方のところには俺一人で行ってき「バカっ」

怒声と同時に、彼女が俺の腕を握る手に力を加えるのがわかった。
驚いて彼女を見ると…その瞳はますます潤んでいる。頬の紅潮は…熱のせいだけではない、そう思っていいんだろうか?
下半身が熱を持っているのが自分でわかる。俺の中で、男の部分がむくむくと頭角を顕しつつある。
本能なのか愛しさなのか…そんな判断はつけられないが、とにかく目の前の女性が欲しかった。

「先生……俺の好きなようにしちゃって、いいですか…?」

もはやなけなしとなった理性を振り絞り、彼女の瞳を見て尋ねた。

「何でもいいから…ここに、いなさいよ…」

恥ずかしそうに瞳を逸らしながらも彼女が口にした、その言葉が引き金となった。

キスは段々と深みを増していった。
田村の両手があたしの顔を捕らえて離さない。
角度を変え舌を絡め、様々に攻められて、ただでさえ熱に浮かされたあたしは抵抗を諦めている。

「ん…ふん…う、んむ、んん…」

あたしの声と…粘着質の液体が混ざりあう音。
捩じ込まれた舌が口内を満遍なく撫でてからあたしの舌にまとわりつく、その感覚に頭が眩む。

ちゅぱ、という音と共に下唇を甘噛みされ、ようやく顔が離れた。
細められた目に、大人の男が持つ色気が宿っている。
田村じゃないみたい…。
しがみつくあたしの手を優しく外させると、田村は剥ぐようにブレザーを脱ぎ捨てネクタイを外した。
あたしを視線で縛ったまま布団を剥がし、ベッドの横から軋む音を立てて覆い被さってくる。
目をそらせなくて動揺していると…首に顔をうずめられ、キスを降らされた。
ちゅ、ちゅ、と甘い音がする。壊れ物になったような気分。

…病人だから?だからこんな優しく……

──チリッ

「…っ」

一点に甘美な痛みを感じて思考が遮断された。強く吸われたのだと気づく。

「っ、た、むらぁ…」

呼んだその声が、情けないほど弱々しいものになった。

「先生…?」

田村の頭が耳元に近づく。囁いたその声が、吐息が、身震いするほど色を持っている。

「ん、ゃあ…」

思わず顔を背けた。

「耳…弱いですか?可愛いですね…」

確信犯的に囁いてるのがわかる。
耳朶を食まれ、ぞくぞくと背筋を電流が駆けあがった。

「ひゃんっっ!んぁあ…」

舌で耳の穴を探られる刺激から逃れようにも、やんわりと抑えつけられた頭は動かせなくて。
唇で舌で吐息で、さんざんに攻められている。

…ちゃ、ぴちゃ、くちゅ…

全神経が耳に集中したみたいに、その水音があたしを支配した。


そんなだから、あたしを押さえつける手の一方が腰の方に伸びたことに気づいていなかった。
急に下腹部にひやりとした感覚。田村があたしのニット、さらにインナーのキャミソールの下に手を忍ばせている。

「あ…っ、や、ぁ…」

身を捩ると、またお腹が寒い。めくれあがってしまったのだろう。
田村の手が時間をかけてあたしの身体をのぼってくる。

「先生…肌、すっげ、気持ちイイ…」

そう囁くや否や、田村はニットとキャミソールを一気に脱がせた。
上半身の着衣はブラジャーだけ。いきなり無防備な姿にされ、寂しさにも似た寒気を覚えた。

手を差し入れた服の下の素肌が、滑らかででも吸い付くようで、すごく気持ちいい。
なんて魅力的なんだろう…余す所なく触りたくて、ゆっくりと手を滑らせた。
細いウエストから、形も大きさも程好い乳房をいだくバストまで、
女性らしい、美しいラインを描いているのが見なくてもわかる。

脱がせてしまうと……ああ、やっぱり白くてとびきり綺麗だ。

ぶる、と彼女が身体を震わせた。

「っあ、ごめんなさい…!」

住吉先生が病人であることも忘れて見入ってしまった。
彼女を抱き起こして腕の中に収めると、俺の身体にきゅっとしがみついてくる。
小さな身体がいとおしい。

顎にそっと指を掛け、キスへ促す。
虚ろな瞳、半開きになった唇…きりりとした普段の住吉先生とは全く違うその表情に、また惹かれていく。
優しく口付けた。性急になっちゃいけない。小さな唇の感触を、ゆっくりと味わった。

「ふぅ…ん…」

鼻から抜ける息のような声のようなそれには、甘い安心感が篭っていた。


ブラジャーのホックに手をかけた。
気づいて身を捩る彼女の口内にすかさず舌を割り入れ、意識を引き戻す。

「ん…んっ、ふ…」

ぷつ、とホックが外れた。

唇を離し、ストラップを肩から外す俺に、先生は恥じらいと困惑が入り交じった表情で、それでも自ら腕を抜いて協力してくれた。
抜き取ったブラジャーを床に落とす。
お互い言葉がなく、ぱさ、という落下音がやけに響いた。
大きすぎない、かといって小さすぎない…そのふたつの丸みは小柄な彼女の身にはぴったりと適した大きさに思えた。
先端のぷくりと尖る乳首は、触れてほしい、弄んでほしいと訴えるように主張しており、俺はすっかり見とれていた。

「あ…田村、な、「可愛い…」

沈黙を破った彼女の発語は、素直な感想を漏らして乳房にしゃぶりついた俺によって遮られた。
代わりに、悲鳴にも似た嬌声があがる。

「ひゃ、あ、やぁあっ…!」

柔らかい…ふわふわだ。なのに弾力があって、食むとやんわり押し返してくる感触がたまらなく心地好い。
普段先生はカタいスーツに身を包んで、肉感というものをほとんど感じさせない。
こんなに柔らかいカラダしてるなんて……正直、感動を覚えた。


勢いのまま押し倒した。
ちゅぱちゅぱと乳児みたいに吸いついて、彼女の胸は俺の唾液でべちゃべちゃだ。

「ああ、んん、ふ、ふああぁ…」

鳴く、と表現するのが相応しいような、か弱い喘ぎ声があがった。

乳房に唇を滑らせる。圧力に強弱をつけて。
柔らかな丸みに、硬く尖る頂がいじらしい。
滑る唇に引っ掛かるのが、何というかすごくいやらしく感じられた。

素直だなー…先生と違って。
そんなことを考えながら、俺は右の乳首を口に加えた。

「んん!やっ…やぁ…やだあっ…」

舌で押し付けたり、形に合わせてすぼめるように一舐めすると、彼女は一際高い声で鳴いた。
もう一方を右手で愛撫することも忘れない。
俺の手に収めるには少々小ぶりな丸みは、力を入れすぎると快楽よりもむしろ痛みを与えてしまうみたいだ。
弾力を確かめるようにやわやわと揉みしだいた。


夢中で愛撫を重ねていると、髪を引っ張られた。
引っ張ると言っても、俺の頭を掻き抱く住吉先生の手にほんのちょっと力が加わった程度だ。
だがそれで幾分か我に帰り、俺は顔を彼女の方に向けた。

「た、…む…ら…」

大きな瞳を潤ませ、切ない表情を浮かべている。
呼吸が浅くて苦しそうだ。



…ちょっと、おイタが過ぎたってやつかな…。

先生のおっぱいが可愛くて、構いすぎた。
髪に指をくぐらせ頭を撫でてやると、目を細めてほう、と息を漏らした。
熱い吐息が、近づけた俺の顔まで届いた。

田村はあたしを好いてるらしい。
そして不本意ながら、あたしもこのゆとりを気に掛けている自分を自覚せざるを得ない。
コイツがいつまでも補助者なせいで今でも時々同じ依頼にあたるけど……
二人きりになるたび動揺してしまうあたしに、田村は気づいてるんだろうか?
何か言われるんじゃないか、また不意討ちのキスがあるんじゃないか。
知ってか知らずか表向き普段通りの田村の態度に内心助けられる、最近はずっとそんな日々だった。


ガラにもなく弱っちゃって、田村に介抱されて。
ダメ、って思いながらも優しいその手に抗えなくて、触れられるたびに自分でも驚くくらい正直な反応をしてしまう。
熱のせいだ…。
そう考えないと、自分が自分でなくなりそうで怖い。

頭を撫でられるとひどく安心して、思わず吐いた呼気には熱がこもった。
そう言えばあたしより歳上だっけ…。
逞しいその手に恋しさを覚えて、撫でられてる上からそっと自分の手を重ねた。
そのままゆっくりと、顔の中心に向かって手を滑らせる。

───ちゅ、

「、先生…」

掌にキスして、舌を這わせた。

なんだかお返ししてる気分になった。
しつこく胸ばっか弄るから…。
掌から始まり、指の付け根、そこから沿わせて指の先まで。
キスしたり舐めたり、田村の手があたしの唾液で湿り気を帯びた。


「!…んぅ」

いきなり、強制終了させられた。
田村が自分の手をどけて唇を重ねてきたから。
掌に唇を這わせながら、ほんとは気づいていたのだけれど。
田村の表情に…情欲がくすぶってることに。
そんな風に男の顔を見せられて、あたしはぞくぞくした。

深いキスになった。
田村の息が熱い…いや、あたしの息と混ざってどっち付かずな空気が、口内に充ちてるのかな…。

「…ふ、ふぁ…は、…」

僅かな隙間ができるたび、息と共に熱を逃がした。
身体の芯でじくじくと疼くこの熱が風邪によるものだけではないことを、いい加減あたしも自覚していた。


唇が離れた。
田村は余裕無さげな忙しない顔をして、あたしのスカートに手を掛けた。
ホックを外され、ファスナーが下ろされる。

「先生…ちょっと、腰あげて…」

力が入らなくて、ほんの僅か腰を浮かせるのが精一杯だ。
それでも田村は器用に腰の下に手を滑り込ませ、あっという間にストッキングごとスカートを下ろした。

「………」

…やだ、何なのこの沈黙。
田村の目の焦点は否が応にもわかる。
あたしの身体の中心……視線を感じ、太股を擦り合わすようにそこを隠そうとした。

「…可愛い。先生、可愛いですね…」

行為が始まって何度口にされたことか。なのにあたしの身体はいちいちそれを正直に悦んでいる。
…それを決して口にはできないけれど。

「ゃ、だ…」

恥ずかしくて顔を背けた。

「ふふ…そういうのが可愛いって言ってるんです」

太股の間に指が潜り込み、ショーツのクロッチを撫でられた。

「っあぁ…!やぁぁ…っ」

身体が反射的に跳ねた。
布越しの刺激。それから、ぬるり。
濡れているのが自分でもわかってしまい、その上今のでまたじわっと溢れた。

「わ…先生、すごい感度イイ…」

田村のバカ、実況するなっ!
高まる疼きが収まらない。
熱い。もう、やだ……
違う。嫌なんじゃなくて、苦しいようなはがゆいような、
ああ、もう、ぐちゃぐちゃする……

「うぅ…ふっ…ふうぅぅ…ふぁああ…」

押し殺したつもりの嗚咽が、涙と一緒に溢れてしまった。

「住吉、先生…」

田村があたしの身体を包む。
頭やら首筋やらを撫でられ、目元への口付けで涙を拭われて、なのにあたしの目は相変わらずはらはらと涙をこぼした。


俺の下で涙を流す彼女を見て、不謹慎にも嬉しくなった。
嗜虐心じゃない(俺は普段の彼女みたいなドSな人間じゃない)。
あの住吉先生が、俺に涙を見せるなんて……
硬い殻の中の、これ以上なく柔らかでナイーヴなものを目の当たりにしたような気持ちだ。
可愛くていとおしくて仕方ない。

とは言え、泣いてる彼女を見て俺一人満足してるわけにもいかない。
頭を撫でながらそっと尋ねた。

「…だいじょぶ、ですか?苦しい…?」
「ふぅっ…うー…」

肯定も否定もせずに彼女は小さな嗚咽を漏らし、同時にすり、と太股を擦った。

この子……すごい敏感なんだ。
熱があると鈍くなるもんだと思ってたけど。あるいは、熱のせいでじれったくてしんどいのだろうか。

「先生…イキたいですか?」

質問の形式をとったが、半ば強引だった。俺は彼女のショーツに手を伸ばした。
クロッチの横から指を差し入れ、湿り気を帯びるそこを探り、潜る。
程無く、ぷくりとした存在を中指が探り当てた。

「あっ!ああぁっん!やだ、やぁ、やぁあ…っ!」

びくっと彼女の身体が震えた。アタリだ。
すぐ側の蜜壺から愛液を絡め取り、膨らみに擦り付ける。

───ぷちゅ、

「はっ、あ、あ、あ……」

聴覚を十分に刺激する水音、そして彼女の嬌声。
絶頂はあっという間だった。

「っ、…は…はぁ……」

呼吸に合わせて、先生の肩から胸が大きく上下する。
達したら…こんなカオするんだ。
甘く潤む色っぽい目付き。緩んだ表情筋、ピンク色の頬。
見とれるほどきれいだと思った。

弛緩しきって少し落ち着いた様子の彼女に気を遣りつつ、俺は上に着たものを脱ぎ捨てた。
妙に引っ掛かるもどかしさに、自分も汗をかいていたことに気づく。

上半身裸になって再び彼女に覆い被さり、誘われるように唇を重ねた。
彼女の辿々しい舌を追い回し、しつこいくらいに絡ませた。
もっと欲しい。もっと…。
粘度のある液体特有の艶かしい音を立て、蹂躙するようなキスをした。
何度も角度を変えて口付け、そのたびにお互いの口元が唾液でべたべたになった。


「…バカ。しつこい…」

わずかに離れてなお唾液の糸を引く唇を小さく動かして、彼女が毒づいた。
妙な話だが、彼女が意味のある言葉を発するのをえらく久々に聞いた気がする。
多少は、ラクになったんだろうか。

「…イッて、気持ちよかったですか?」
「っ!な、…バカ」

何なんだこの人。口を開けばバカバカって。
しかもそんな…甘い声で、表情で…。
威圧感なんてまるでない、俺を煽るだけですよ、それじゃあ。
俺は彼女の耳元に口を寄せた。

「っあ……」

ほんのちょっと息が漏れただけなのに、住吉先生は肩を震わせた。
やっぱり敏感だ…可愛い。

「住吉先生…俺も…そろそろ限界です」

たっぷりと熱を込めて、囁いた。

びしゃびしゃで用をなさなくなったショーツを脚からそっと抜いた。
先程は愛液を絡め取っただけの膣内をゆっくりと指が訪う。

「ぅわ…」

思った以上に潤むそこに、指2本が、するりと埋まった。

「痛いですか…?」

念のため尋ねると、弱々しいながらも首を横に振って否定の意思表示をされた。

中は熱くて柔らかい。まるで指がそこに呑み込まれるようだ。
少し、指を動かしてみる。
内壁を半周ほど撫でると、たっぷりと愛液がまとわりついた。

「っ、んう…」

──あ、ちょっとダメかな。

でも、その声はすぐに慣れたような穏やかな甘みを伴うものとなった。


彼女の声が、表情が、滴るような色気を醸し、俺はどこまでも煽られる。

…くちゅ、ズルッ……

引き抜いた指が糸を引く。

「ふあっ…」

うわ言のような彼女の声が響いた。
指に絡みついた愛液を舐めとると、ひどく濃厚な甘い香りがした。
男をそそる、妖しいくどさを持った香りが指に残る。
下着の中でペニスがまた一層怒張した。
余裕が、削り取られるように無くなっていくのがわかった。

鞄からコンドームを取り出すのに意外に手間取った。
そもそもがもしもの為程度の所持品であり(もちろん、長いこと世話になっていない)、
しかも依頼人との相談中にうっかりポロッと出てきたら本気でシャレにならないので、鞄の奥底に潜ませているのだ。
いつか住吉先生と…なんて妄想も抱かないではなかったが、使う機会がこうも思いがけずやってくるとは…。
感慨に耽りながら装着した。

「…先生ぇ、挿れますよ…」

うわ、ださっ…。声が上擦った。


ペニスがずぶずぶと沈むように彼女を侵していく。
蕩けそう……熱と触感からそんなことをぼんやり考えた。

「っあ、あ…ぅあ、んぁあ…」

出すまいと必死ながらも口から漏れ出てしまう、そんな彼女の喘ぎ声が可愛らしい。
苦しさによる生理的な反応なのか、瞳に涙が浮かんでいる。零れそうなその滴をキスで拭った。

まだまだ表情には苦痛の色が濃い。
挿入したばかりの辛さもあるはずだし、もともとの熱がくすぶって、身体中が火照っているみたいだ。
俺はたまらなく気持ち良いのに……申し訳なさと紙一重のいとおしさが込み上げる。

「先生…大丈夫ですか…?」

囁くと、驚くほど過敏な反応を示す。

「んっ!うっ…ふぅぅぅ…」

俺はあやすように彼女の頭を撫で、頬や額に口付けた。

田村を迎え入れた瞬間の言葉にならない圧に、あたしは息を飲んだ。
目の前が霞むような気がしたけど、意識は確かにここにある。

どれくらいの時間を要したのかわからないけど、全部挿入ったらしい。
田村がはぁ、と少し長く息を吐いたのでそれがわかった。

“こういうこと”するの、いつぶりだろう…?
ちょっと記憶を遡った程度では思い出せなかった。
じゃあもっと真剣に考えれば思い出せるのかもしれない、けど……

「んん…ふ、ぅう…」

今、まともな思考が働くわけがない。
人肌の熱や湿り気を直に感じて、これ以上ない至近距離に相手の息遣いがあって。
何より、「そこ」に、田村の存在感が十分すぎるほどあって。
身も心も落ち着かない、落ち着けないあたし。
それを田村の手や唇は、ゆっくりとほぐしていった。


そういうのは、落ち着くとかえってもどかしくなる。
戯れのようなくすぐったい愛撫。
頬にキスされるあたしの目の前には、田村の耳がある。
故意に、息を吹きかけた。
一瞬身を固くして顔をあげたその隙に、あたしから唇を重ねた。
驚いたような反応をされたけどそれも一時のことで、すぐに主導権が奪われた。
侵入してきた舌が、あたしの舌の裏側をつつ、と舐める。背筋が震えた。

「っん、んふ…ぅ」

唾液が混じりあって水音が響く。
田村の首に回した手に、力を込めた。

「先生、絞まっちゃいます…」

唇を離した田村は眉を下げて少し笑った。
腕をぽんぽんと優しく叩かれ、首のことかと気づいた。

「ぁ…ごめ…」

腕の力をあわてて弛める。田村の眉はもっと下がった。

「ふふ…」
「な、に…?」
「いえ…住吉先生が俺に謝るなんてなぁと思って」

それに、と田村は僅かに声のトーンを落とした。
あたしを震わす、低い色っぽい声だ。
勝手に肩が強張る。

「…先生からキスしてもらえると思わなかった。すっげぇ…嬉しいです…」
「ぁ…や…んっ、ぁんっ」

耳朶が食まれ、首筋を舌が伝った。
刺激が全身を流れ、田村自身を迎え入れたそこがきゅうっと締まる。

「っあ…ヤバ、せんせ、ちょっ…」

あたしの腰が無意識にゆる、と動くと、途端に田村の呼吸が荒くなった。
おっきく、なった……?
あたしの中でずくりと存在感を増すモノに、身を捩ってしまう。
するとまた刺激に襲われて、たまらず声をあげた。

「ふあっ……あ、んぁ、はぁああん…っ」
「っ、くっそ…先生、煽んない、で……」

田村の眉間に寄る皺とか、掠れてたまらなくセクシーな声とか…でも、それ以上に、つながった部分の圧迫感がぞわぞわとあたしを昂らせた。

「はぁっ……」

ゆっくりと、田村が抽送を開始する。
時折、先端の引っ掛かる感触。
ぎりぎりの浅いところまで抜いて、また奥を貫かれた。
緩急をつけられ、あたしはそれと同じタイミングで声をあげてしまう。

「ひあ、あ…、あっ……やん、や…あ、あん、あん…」

──グプ、ぢゅく、……

官能的な音というのは、きっとこういうののことを言うのだろう。
水音と共にそこから溢れ出る液体の量が尋常じゃない。
それを感じとるあたしの思考も、とても平常を保っていられない。
抽送はいつの間にか、肌の打ち鳴る音が響くほどに勢いを増していた。

「あ…ぅあっ、イ、イキそ…」

田村の口から漏れるのは独り言だろうか。
あたしだって、もう喘ぐことしかできなくて。
たぶん顔は涙と汗と唾液でぐしゃぐしゃだ。メイク崩れなんてとうに諦めてる。

「ふあ、ぅああ…やん、あっ、はっ…ん」
「っ、……すみよし、せん、せぇ…」

前髪を掻き上げられ、額に唇が落とされた。
突然の柔らかく優しい感触に、暖かい何かがじわりと込み上げてくる。

「ふ…ぅぅ…」

「ぐっ……すいませ、先生、も、限界…」

絞り出すような田村の声を遠くに聞いた気がした直後、激しく貫かれ、怖いほどの快感が身体を駆け巡った。
びくびくと全身を震わせてあたしは意識を飛ばした。

目を覚ました住吉先生にものすごい剣幕で追い出された。

「いいから帰りなさいよバカ!!家で試験勉強でもしてなさい!!」

ちょ、またバカって……言い返す間も無く扉を閉められた。

…ひどくないか?あんまりじゃないか?
意識を失った先生の身体をきれいに清めて、近くに落ちていたパジャマと思しきスウェットを(上だけだけど)着せてあげて、
着ていた服はハンガーに掛けるか脱衣カゴに入れ、シーツにできたしみは可能な限り叩いて拭き、きちんと布団も掛け直して、額に冷水で絞ったタオルまで乗せてあげたのに。
寝顔があまりにも可愛くて、添い寝したいあわよくばまた襲っちゃいたい気持ちを抑えて、隣で見てたのに…!


外は暗かった。時計を見ると、案外長いこと先生の家に居たみたいだ。
帰り道を歩きながら、目を覚ました後の彼女の様子が頭をよぎる。
うっすらと目を開けたその顔は、俺より歳下の、無防備な女の子だった。
数秒の間俺を見つめた後にみるみる頬を紅潮させて、帰れ帰れとまくし立てながら俺を玄関まで追いやったのだ。
スウェットの丈はかろうじて秘部を隠す程度、そこから伸びた脚はよたよたと覚束無い歩調だった。
熱は多少は下がったんだろうか。
まあ…あれだけ汗、かけばなぁ…。
というか…すっげえ可愛かったなぁ…。
思い出して疼きそうになる下半身に気づいてあわてて堪えた。

「っ、くしゅっ」

あれ…うつされた、か?


「あの…体調…大丈夫ですか?」

大野事務所を出てすぐ、俺は住吉先生に尋ねた。
あれから3日。病欠をとっていた彼女が今日仕事に復帰した。
そして早速、大先生から一緒に依頼に当たるよう指示され、これから依頼人のところへ向かうという時だった。
出てこないのはまだ本調子じゃないから、だよな……
そう解釈しつつも、彼女を傷つけたのではと悶々とする日々だった。恐ろしくてメールもできずにいた。
一方で仕事に追われ、そして…あれ以来どうも身体がだるい。
だがただでさえ住吉先生がおらず人手不足、しかも有資格者でもない俺に、体調不良程度で休みたいなんて弱音は許されなかった。

「…誰かさんがサカったりしなければ?もう少し早く出てこれたかしら…」

俺から目をそらして口にする、その口調はとても冷ややかだ。

「うぅ…すいません、でした…」

言い返しようがない。確かにその通りなわけで。
歩き出す彼女をあわてて追い掛けた。

「っくしゅ…ぐす…」

後ろを歩く俺のくしゃみに、先生の歩みが止まった。

「…風邪ひいたの?」

そう言う彼女の瞳に、僅かばかりの動揺が見える気がする。

「え、あ…いや…」

先生からうつされたんです、なんて言ったら蹴りが飛んできそうで、俺は返答に困った。

少しの沈黙の後、彼女が鞄から何かを取り出し俺に押しつけた。
片手に収まる、小さな軽い瓶。

「…風邪薬?」
「あげる。…使いかけだけど」

中で白い錠剤たちが、からからと音を立てる。見たところほとんど減っていない。

「…いいんですか?あんまり使った跡ないですよ?」
「買ったばっかだもの。…いいわよ、別に」
「はあ…ありがとうございます」

俺はコートのポケットに小瓶をしまった。

「タクシー代…出してもらったし…その、あたしが寝ちゃってからも、いろいろやってくれたみたいだし…」

だから許してあげる、とぶっきらぼうに、しかし頬を赤らめて彼女は口にした。

「…素直じゃないなあ、相変わらず」

次の瞬間、強烈な蹴りが入った。

「バッカじゃない!?風邪薬だって…もういらないからあげるのよ!!」
「ってえぇ…先生、俺今体調悪いんですけど…」
「はあ?悪いのは口のきき方でしょ!?ったくこれだからゆとりは嫌なのよ!!」
「先生、俺の具合悪くなったら介抱してくれますか?」

今度は鞄が飛んできた。初めてのキスの直後と同じ攻撃パターンを、まんまと喰らう俺。

「一生伏せってたらいいのよ!!」

はあ…やっぱりまだ当分、こんな関係が続くのか……。






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