上田次郎×山田奈緒子
![]() 山田の様子がおかしい。 上田次郎がそう気づいたのは 山田奈緒子が夜、自分のマンションを訪ねてきたときだった。 例によっていかがわしい霊能力の調査を頼まれ、 解決したその日のことである。 上田がドアを開けると、奈緒子は小さく「どうも」とだけ言った。 「どうしたyou、君が訪ねてくるなんてめずらしいじゃないか。 確か午後四時三十二分十五秒にお互い家路に着いたはずだぞ。 もしや家賃が払えなくなって追い出されたのか?ん?」 からかい半分に言ったが、反応が返ってこない。 おかしい。用事があるならいつもは少し言いにくそうにはするが、 結局は言う。からかったらつっこんでくるはずなのに。 ずっと俯いたまま黙りこくっている。 「・・・まあ、入れ」 明らかに空回りした自分をちょっと情けなく思いながらも 上田は奈緒子を部屋に招きいれた。 「・・・どうしたんだよ。いつもの君らしくないぞ」 気を使って出した茶と菓子にも手をつけない。 いつもの彼女ではありえない。 奈緒子は部屋に入り、椅子に座ってもまだ視線を下の方にして黙ったままだ。 「何かあったのか?ん?言ってみろ、ほら」 彼女の正面に座り、いつもの態度で聞くが、やはり反応がない。 「・・・一体何をしに来たんだよ、youは。 黙っていたら分からないだろう」 しばらく待っていたが、やはり奈緒子は微動だにしない。 上田は小さくため息をついて、 「・・・事件で疲れたんだろ。池田荘でゆっくりできないっていうんなら 一晩だけここに泊まっていけばいい。 言っておくがな、俺は理性的な人間なんだ、 夜中に君を襲うとかそういうことはないからな」 そういって冷めてしまった茶を捨てようと台所へ席を立った。 流しへ茶を流したまさにそのとき、 「上田さん」 「おおぅっ!?」 いきなり背後で声がしたので上田は思い切り声をあげて 勢いよく振り返ってしまった。 「なんだ、やっと口を利い」 言いかけて声が出なく、いや出せなくなった。 奈緒子が上田の服の襟口を掴んで引き寄せ、強引に口をふさいだのだ。 目をつぶった山田の顔が異常に近い。口をふさぐと言う表現はちょっと違う。 そう、キス。接吻、口付け。記す。帰す。あと魚のキス―いや、そうではない。 真っ白になった後急に騒がしくなった思考を落ち着け、 両手を奈緒子の頬に添えて、とりあえず唇を離した。 「やんっ、…えださん…私」 拒むのか? 止められるわけがないじゃないか。 上田は奈緒子の服を脱がせにかかったが、うつぶせのままではどうもやりづらい。 奈緒子の体を起こし、向かい合わせになるように座らせた。 ブラウスのボタンに手をかけるが、奈緒子は未だ俯いている。 「…こっちを向け。俺を見るんだ」 左手で奈緒子の顎を少し上げさせた。 目を合わせてはくれないが、紅潮した頬と濡れた瞳に目を奪われた。 ボタンをすべて外し、ブラジャーの隙間に右手を差し入れる。 「っ…」 奈緒子の表情が変わる。 軽く突起を摘むと、奈緒子の吐息は一層色気を増した。 「は…ぁん…」 奈緒子はスカートの裾をぎゅっと握り締めた。 微かに腰が動くのを、上田は見逃さなかった。 ブラウスを半ば強引に脱がせ、ブラのホックを外す。 露になった胸は小さいが形は良い。 思わず見とれていると、奈緒子は腕でそっと胸を隠した。 「…綺麗だよ」 腕を押し退け、上田は乳首をそっと口に含んだ。 「あぁ…っ!や…あ」 少し吸ってみると、体がびくんと跳ねた。 奈緒子が声をあげるたび、上田は舌を激しく動かした。 奈緒子は上田の頭を抱え込む。 ふと気付くと、奈緒子は太ももを擦り合わせるようにして腰を動かしていた。 …そろそろいいだろうか。 上田は顔をあげ、奈緒子をぎゅっと抱き締める。 奈緒子は上田の肩に頭を預けた。 高鳴る鼓動を押さえ、上田は恐る恐るスカートの中に手を伸ばす。 ももの辺りをゆっくりと撫で、少しずつ近付けていく。 奈緒子は上田のシャツを握った。 恐怖と期待の入り交じった鼓動が、上田にも伝わる。 そして上田はとうとう、その場所に触れた。 「はっ…あぁんっ!」 しっとりと濡れた下着の上から、人差し指と中指をつかってゆっくり撫でていく。 クリトリスらしきところを見つけ、上田は少し強めにソコを擦った。 「うあんっ、いたっ…」 「!!大丈夫か?」 慌てて手を離し、奈緒子を見る。 やっと目を合わせてくれた。 恥ずかしそうに時々目線を外しながら、奈緒子はぽつぽつと語りだす。 「あ、あの…。痛いってゆーか、だから…つまり…。き、き、気持ち良すぎてっ、 …痛く、感じたんだと…思う、わけで…。だから、その…」 やっと素直に語ってくれた。 上田は安堵の表情を浮かべ、奈緒子の体を優しく倒す。 「もっとしてもいい、ということだな?」 奈緒子は無言のまま、照れたように口を尖らせた。 上田は頷き、奈緒子の足を立てて少しずつ広げさせる。 水色の下着の一部がマリンブルーに染まっていた。 顔を埋め、下着の上からキスをする。 「や…恥ずかしいだろっ」 奈緒子は両腕で顔を覆った。 上田はクリトリスを吸い上げ、舌で突つく。 「っん、ああ!」 奈緒子は体を捩った。 舌で転がされ、甘噛みされるたび、頭の奥がぽおっと熱くなる。 奈緒子は上田の頭を抑えつけ、腰を少し上げた。 「んっん…上田さん、も少し…強く」 上田は奈緒子の下着を引きずり下ろした。 とろとろした愛液がねっとりと糸を引く。 奈緒子のソコは、思っていたよりずっと綺麗だった。 薄紅色に透明な愛液が絡まり、時折ぴくんと跳ねる。 「上田、早く…」 物欲しげな眼で見つめられ、上田は我に返った。 「…俺ももう限界だ」 奈緒子の股間から顔を離す。 もうそこもだいぶ濡れてきていた。 奈緒子はというと気だるげに少し息を荒くしている。 そっと指を入れて具合を確かめた。 「・・・おい、山田」 「なんですか?」 「力抜けよ」 最初は何のことか分からなかったようで、きょとんとしたが、 次の瞬間、奈緒子の顔が赤くなった。 「あ、あの、上田さん」 「なんだ」 「・・・やっぱり痛いのか?」 「俺に聞いてもわからんだろ。やってみなけりゃな」 入り口にそっとモノをあてがう。 奈緒子の身体が緊張したのが分かった。 「お前、だから力をぬけって」 「抜けるわけないじゃないですか、そんなの!」 まあ、当たり前と言えば当たり前の事だ。 「痛くても知らないからな」 上田は腰を進める。 「!ったいっ・・・!」 シーツを握る奈緒子の手が白い。 先端を入れただけなのに、もうこれ以上先には進めそうもない締め付けだ。 しまったと上田は思った。先に指で慣らしておくべきだったのに。 露骨に痛そうな顔の奈緒子を見て思わずうろたえてしまう。 だが今一度入れてしまったものを抜くのも、果たしていいのか悪いのか、 これが初体験の上田には分からない。 そういえば、と上田は思い出す。 俺、今回が初体験だ。 今まで女性とそういう関係になりそうにはなっても、 なったことは一度もなかった。(立派過ぎるもののせいである) ということは、山田と俺、どちらも初体験か。 「ちょっと、上田さんなにぼーっとしてるんですか」 奈緒子の呼びかけで上田ははっと我にかえった。 「いや、ちょっと考え事をな」 「それは別にいいんですけど、今すっごい痛いから動かないでくださいね」 「動くなっていったってお前・・・」 中途半端に入れているのでこのままの体制でいるほうが辛い。 「一応全部入れてからの方が助かるんだが」 「上田さんはいいですよ、入れるだけなんですから。 こっちの身にもなってくださいよ」 「you、さっき自分で今日ここに何をしにきたか言ってなかったか」 「・・・」 「・・・わかった。なるべく痛くないようにするから、そう睨むな」 奈緒子もディープキスにもだいぶ慣れてきたようだ。 舌を絡ませ、吸い上げる。 膣の締め付けがきつくなるのは厄介だが、 それで挿入する痛みをちょっとは誤魔化せるらしい。 息ができないせいか、それとも別の原因かはわからないけど、 どうにもこのデーブキスっていうのは妙な気分になる。 なんていうんだろう、頭の芯がぼーっとなるというか、 それに、その、・・・入れられてる場所が 痛いだけじゃない、というか・・・。 これって、愛し合ってるっていうんだろうか。 ふと、先端に抵抗を感じる。 (これは・・・所謂処女膜というやつか) 奈緒子にも、どうやら分かるらしい。 視線が合った。 上気したさわり心地のいい肌も、潤んだ目も、いつもと違う。 「・・・山田」 奈緒子は何も言わずに上田を抱きしめる。 上田も奈緒子を抱きしめて、一気に腰を進めた。 「っ・・・!」 それこそ、めりめりと音がしそうだった。 膣の締め付けがいっそうきつくなる。 「大丈夫、大丈夫だ、もうこれ以上は痛くないはず・・・」 ふと、奈緒子がさっきよりもぎゅっと、自分を抱きしめているのに気づいた。 「?おい、痛いのか?」 「・・・なんでもないんです、なんでも・・・」 どうしてだろう、上田なのになぁ、 何で一緒にいたいんだろ。 ようやく奈緒子の最奥まで行き着いた。 先端があたった瞬間、奈緒子の体がびくんと跳ねる。 「ふあっ!?」 ただでさえ狭い内壁が急にモノを締め付けたので、上田も驚く。 「うおっ、どうした!?」 「い、いや、なんかピリッときたっていうか、じわっときたっていうか・・・」 内側に敏感な点があると聞いたことがあるが、 今のがそうなのだろうか。 痛みも少なそうだ。 上田はなるべくさっきの場所を突くようにゆっくりピストン運動をはじめた。 「ふ、あ、あっ!はっ、あっ、あああっ!!」 強い刺激に、奈緒子の内壁が上田の怒張を締め上げるようにうねる。 「!くっ・・・」 上田のそれが締め付けに反応して一層その大きさを増す。 意識しなくても、腰の動きが速くなってしまう。 結合部から濡れたぐちゅぐちゅと音がする。 肌と肌がぶつかり合う。 それがまた、上田の本能を駆り立てた。 小柄な体には、上田自慢の巨根と行為は激しすぎて、 奈緒子は半分呼吸困難だ。 「はっ、あっ!ちょっ、うえださ、ふっ、ちょっと待って・・・!」 何とか理性の端で踏みとどまって、上田は動きを止めた。 「何だ。どうした」 かくいう上田もかなり息が上がっている。 「息、させてくださいよ、くるしっ・・・」 呼吸を整えながら、頭の端で上田は少し冷静に考えていた。 もうそろそろ俺も出そうだ。だがよもや できちゃった結婚になるのは気が引ける。 というかお義母さんに申し訳がたたない。 (あのお義母さんなら許してくれるかもしれないが) いまさらだが、コンドームをつけるべきだったかもしれない。 なんだか後悔してばかりの自分に、上田は軽く自己嫌悪を覚える。 「うえださん・・・?」 上の空の上田に、まだ息の荒い奈緒子が声をかける。 我にかえって、上田は自分の下の奈緒子を見つめた。 妙に色気のある双眸が自分を見ている。 上気した肌はうっすらと桃色で少し汗をかいてしっとりとして。 綺麗だ、と素直にそう思う。 「いったん、外に出すからな」 「どうして?」 「どうしてってお前・・・その、まだできたらまずいだろ」 上田はそう言って体を離そうとしたが、 抱きついてきた奈緒子に阻まれた。 「おい、you・・・」 離れろ、と言おうとした上田の口はさっきと同じように 奈緒子の唇でふさがれた。 ―――だめだ、もう止められない 上田が奈緒子の唇を割って舌を入れて、キスは すぐに濡れた音を立て始めた。 「ああっ、んっ!ふっ、あんっ!!」 理性のたがが外れたように、上田は奈緒子に怒張を突き立てた。 奈緒子のほうも破瓜の痛みがなくなってきたらしく、 艶っぽい声が知らず知らずのうちに出てしまう。 少しでも快感を得ようと、細身な腰をくねらせる。 二人の結合部は激しい行為のせいでひどく濡れた音がする。 「くっ、山田、出るぞ、出すからなっ!」 「はあっ、あっ、上田さん、なんか、変な感じがっ、ああっ!!」 どうやら奈緒子も達しようとしているらしい。 膣の締め付けが一層きつくなる。 奈緒子の最奥―子宮の入り口にちょうど先端がぶつかったとき、 ついに限界がきた。 「・・・う、おっ!」 一滴も外に漏らさないように密着させて、白濁した液を 奈緒子の中に注ぎ込んだ。 「あっ!?ああああっ!!」 内側に熱い迸りを感じて、奈緒子もついに達した。 上田のモノから最後の一滴まで搾り取るように内壁が締め付ける。 長い、長い射精を終えて、疲労感からそのまま 奈緒子の上に覆い被さるようにして横になった。 お互い荒い息をして、火照った体をして。 普段からは想像もできない態度。 先刻まで処女だった所為か、そんな為かはわからないが、 奈緒子の膣は絶頂を迎えても上田のモノを しっかりと咥えたままだ。 それに反応してさっき精液を出したばかりの自慢の巨根は 直ぐに硬さと勢いを取り戻す。 「あ・・・」 さっきの行為が再びされることを予感したのか、 わずかに内壁がモノを締め付ける。 「・・・you、その、なんだ、さっき初めてしたばっかりなのに こんなこと要求するのは少し酷かもしれないんだが、 騎乗位というやつをやりたいんだが・・・」 「なんで洗剤つかうんですか」 「それはジョイだ。騎乗位っていうのはな、 女が上に乗るんだよ」 「上に乗ったらできないじゃないですか」 駄目だ。山田にそういう知識がないのは 火を見るより明らかだったのに、馬鹿なことをしてしまった。 「・・・つまりな、こうだ」 論より証拠だ。 繋がったまま、奈緒子の体を無理やり上にもっていく。 「う、あ!!」 ただでさえ大きい代物が嫌がおうにも全部入ってしまうので 奈緒子が思わずのけぞった。 膣の締まりも良くなる。 「わかったか?」 「い・・・きなり、やらないでくださいよ!ただでさえ 息できなくなりそうなのに!」 「youの場合、行うが安しだからな」 「何でメガネ探さなきゃいけないんだ?」 「それは横山やすしだ。まったく、 こんなときでさえ、俺たちはこうなのか・・・」 「・・・そうじゃなきゃいいんですか?」 「え?」 奈緒子が深く口付けた。 何度もしただけあって、奈緒子のディープキスも 一応それらしくはなってきている。 濡れた音をさせて、唇が離れた。 「どうすればいいんですか?」 上田はいきなりのことに驚いて半分口が開いたままだ。 ついさっきまで処女で、ディープキスも知らなかったのが、 こうも艶っぽくと言うか、色っぽくと言うか、なるものなのだろうか。 俺の知ってる、貧乳で、貧乏暮らしの 色気も何もないあの山田奈緒子は何処に行ったんだ。 「どうって、どういう」 「私何も知らないから、教えてもらわないとできませんよ」 「・・・」 知識の点で上のはずの俺が飲まれてどうするんだ。 だが・・・。 「・・・山田」 「はい?」 おかしい。今日の彼女は絶対に変だ。 一回したことで、興奮していた頭から血が抜けて、 妙に回転が良くなる。色っぽいとかそれ以前の問題で、 今までこんな風になることは一度だってなかったのに。 俺だって山田だって、別に肉体関係を求めていたわけじゃない。 いきなり、何故? ふと、不安に似た感覚が上田の頭によぎる。 何故だろう、なんだろう、この嫌な感じは。 「上田さん?」 突然、目の前の奈緒子が遠くなった気がした。 思わず手を伸ばし、腕をつかむ。 「・・・どうしたんですか?」 山田がきょとんとして尋ねる。 「え・・・あ、いや。そう、どうすればいいかだったな」 上田は腕から手を放し、奈緒子の腰をしっかりと両手で押さえる。 「別に何もしなくていい。俺がやるだけだからな」 我ながら変なことを考える。男女の中になったって 俺は俺だし、山田は山田だ。 何を不安になることがあるというんだ。 奈緒子を突き上げ始める。先程よりも深い交わりに 艶っぽい声を上げて白い裸体が仰け反った。 馬鹿げている。こんなに近くにいるのに、 何故遠い気などするんだ。 しかし行為に集中しても、その嫌な感覚は ついに消えなかった。 ―――数ヵ月後、上田はその感覚の正体を知ることになる。 結局そのあとバックからもやって、 上田は都合3回射精した。 さすがに二人とも疲れて、そのまま上田が 後ろから抱きすくめるようにして寝ていた。 「おい、you、起きてるか」 返事はない。静かに息をする音だけが聞こえる。 暗い室内で奈緒子の体だけが、白い。 上田にとっては、その方が良かった。 もし山田が起きていても、今は面と向かって口に出してうまく言える自信がない。 奈緒子の背中に話し掛ける。 「あの島で渡した紙に書いたことだがな、 youは冗談だと思っているようだが、俺は・・・その、本気だ。 こんなことやった後でなんだがな。 ・・・その、あれだ・・・結婚をさ、しないか。 ・・・これじゃあんまり熱意が伝わらないか・・・。 ジュブゼーム・・・じゃあ、また冗談だと思われるから・・・ ・・・ああくそ!こういう時どういやいいんだよ!!」 上田はがしがしと頭を掻く。 「・・・何やってるんだ俺は。さびしい独り言なんて、 似合わん!寝る!」 自分で独り言をいっていたくせに何故かはぶてて 上田は不貞寝した。 寝息を立て始めてしばらくした後、上田の腕から、 そっと奈緒子は抜け出した。 先程まではあんなに熱かった体が、 今はなんだか無性に寒い。 髪を耳にかけて、上田が起きない様に顔を近づける。 出会ってから顔をあわせることが多かったから気付かなかったが、 上田も少し老けた。40近いのだから当たり前といえば当たり前だ。 結婚したいというのも当然の願望かもしれない。 寝ている上田のぼさぼさ頭にそっと触る。 ・・・何も知らずに、馬鹿みたいに寝て。まるで子供じゃないか。 我知らず笑みがこぼれる。 それが呑気な上田を笑っているのか、 はたまた力があるのに運命を変えられない自分を笑っているのかは分からない。 「・・・ごめんなさい上田さん、私結婚できないんです。 最後の日に、せめて彼女っぽいことやってみたいな、なんて・・・。 だからなるべく色っぽくと思ったんだけど、結局いつもの調子になっちゃったし。 今日のは完璧に私の我儘だったんです。・・・すまん。 ・・・他にいい女見つけろよ。上田」 上田の頬を優しくなでた手品師の手は、名残惜しそうにもう一撫でして離れた。 その日から、山田奈緒子の姿を見たものはいない。 「あの時は、youがこんな風になるとは思ってもいなかったぞ、山田」 上田は、洞窟で奈緒子と向き合っていた。 否、向き合うというのは正しくない。 上田は膝をついて、息を切らしている。 奈緒子はそれをどうするというわけでもなく、ただ見下ろしていた。 ひどく冷たい目で、寂しそうに。 その手には上田の名を書いた紙がある。 「わかりましたか。私には本当の霊能力がある」 「・・・ふっ、youの口からそんな言葉が出るとはな」 かなり苦しそうにしているのに、妙に上田の笑い声が響く。 それは場所が洞窟だからというわけだけではなさそうだ。 「笑っている余裕なんてあるんですか?」 奈緒子は紙を握る手に力を込めた。 「ぐ・・・!」 突いていた手に力が入らず、上田の体がごつごつした岩肌に崩れ落ちる。 苦しい。 息ができない。 だが、こんなのは霊能力なんかじゃない。 いきなり肺に空気が入ってきたので上田は思い切りむせ込んだ。 何が起きたのかと見ると、地面に紙が転がっている。 うえだじろう。山田の汚い字。 離れていく足音が聞こえる。 手をついて、まだ十分にはいうことをきかない体を持ち上げる。 「どうした・・・殺すんじゃないのか、え? ふっ、できないんだろうが!」 そう言って山田を見ると、こちらに背を向けているのが目に入った。 「・・・?」 体が重い。やっと立ち上がる。 まるでそれと引き換えのように、奈緒子の体は膝をついて、倒れた。 ビックマザーの予言はあたることになる。 私は霊能力者に殺される。 きっとそいつは―――私。 マジシャン「山田奈緒子」は霊能力者「山田奈緒子」に殺される。 「・・・山田!!!?」 意志の力ってのは強いものだと上田は思った。 体の不自由が一瞬で吹っ飛ぶ。 ごつごつした地面に勢いで躓きながら、 急いで奈緒子を抱き起こす。 「おい、山田!!おいっ!!!」 奈緒子の口から一筋、血が流れている。 手に長谷千賀子が持っていたのと似た封筒があった。 急いで中身を出す。 地面に山田奈緒子と書いた紙が落ちた。 「どうして・・・!どうしてこんなことを・・・毒か?おいっ、なにをした山田!!」 「ふ・・・名前を書いただけですよ。これが、私の能力・・・」 「馬鹿なことをいうな!!この世に霊能力なんか存在しないといったのは youだろうが!!くそ、早く病院に・・・」 抱き上げようとした上田を奈緒子は止めた。 「・・・そういえばそんなことを、言った事もありましたね。 あの頃は、よかったな、まだ何も知らなかった・・・」 「遠くない未来、黒門島のやつら、私の力を使って人殺しをさせようとするんですよ。 ・・・私人を殺したりなんかしたくない。 普通の人も、黒門島のやつらでさえ・・・だからね、考えたんです。 誰も死なない方法。 やつらは私に言うことを きかせる為に 上田さんを人質にしようとするんです。 ・・・結構上田さんのこと、大事ですからね私。 そんなので言う事きかせられるの、釈由美子・・・」 「癪にさわるだ。スカイハイかよ」 「そうそれ。私がいうことを聞かなかったら 上田さん殺されちゃうから・・・。 どうやって、誰も殺さず、死なせず・・・」 「・・・これがそうだって言うのか。 だったら自分が死のうっていうのか。・・・だったら何故 今まで死のうとしなかった。結局生きたかったんだろうが」 「・・・当たり前じゃないですか、そんなの。 だから今まで逃げてきたんですよ。 上田さんからも、黒門島からも・・・。 やつら上田さんをつけてましたからね。 連絡なんか取れなかった・・・」 奈緒子の声が弱くなる。 支えている体から力が抜けてきた。 瞼が重そうにして。 「おい山田!!駄目だぞ、こんなのはな、許さんぞ俺は! これだってやつらの思う壺かも知れないじゃないか。 君を殺すことが目的で、君に霊能力があるように思わせて! これだって何か仕掛けがあるんだ。 霊能力なんて存在しないって言っていたのは、お前だろうが!! 山田奈緒子!!」 最後の方は半分叫びになった。 奈緒子が重そうに腕を上げて、弱々しく上田の襟首をつかむ。 今にも消えそうな声は、ひどく痛々しく聞こえた。 「だったら・・・教えてくださいよ。 やつらがどうやってそんなことをしたのか。 どうやってそんなことができたのか・・・トリックを・・・」 悲しそうにつぶやいて、奈緒子の手は襟首から離れた。 上田は膝に奈緒子の頭を乗せて、ただその顔を見ていた。 穏かなその目尻に一筋、涙が流れている。 「・・・馬鹿じゃないのか君は。なに泣いてるんだよ」 答えはない。もう返ってこない。 「・・・分かってるんだろうが。俺はな、君がいなけりゃ インチキだって暴けやしないんだ。 怖いと気絶しちまうし、物理学の教授なのに、 簡単な手品さえ分からない。 ・・・ビッグマザーの時だって、死ぬと予言されたのに 俺は今でもこうして生きてるじゃないか・・・。 ・・・予言だって外れるんだ。予知だって外れるかもしれないじゃないか。 生きてりゃ、youのしたことのトリックだって・・・」 上田はそう言って、ただぼんやりと、そのままでいた。 その後、上田次郎が山田奈緒子のトリックを明かせたかどうかは、 わかっていない。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |