入れ替わり
上田次郎×山田奈緒子


「上田さんっ」

遠くから聞こえる、声。

「ちょっと、聞いてるんですか!」

いつもの彼女の声。
どこにいるのだろう…

「こら上田っ!なぜベストを尽くさないのか!
素直になれ!もっと本気でぶつかってこい!」

好きだ。伝えたい。
今すぐ抱き締めたい。
でも、彼女の姿は見えない。
どこにいるんだ?

「…弱虫上田!」

声が遠くなる。
待ってくれ。行くな…

「…ッ!」

突如視界が明るくなる。

…夢か。

上田は再び目を閉じ、額の汗を拭った。
山田奈緒子がいなくなる、それは今の上田にとって一番辛い悪夢。

認めたくないけれど…。

―――なぜベストを尽くさないのか―――

夢の中での奈緒子の言葉を思い出しながら、ゆっくり目を開ける。
意識がはっきりしてくると、違和感に身体を起こした。
ここはどこだ?自分の部屋ではないが、見覚えがある。

「…山田の…。…んん?…おおおうっ!?」

奈緒子の部屋。肩にかかる長い髪。
白く細い身体。そしてこの声。

「…馬鹿な!!」

恐る恐る鏡に近づくと、散々見慣れた顔が映った。

「……。な、なんだ。待て。夢か、夢なのか!?
…はっ、裸…」

よくよく身体を見ると、なぜか全裸。
夢だ、夢に違いない。かなり破廉恥な夢だが…。
自分が山田奈緒子になるなんて、ありえない事だ。
上田はとりあえず周囲を見渡し、目についた服で身体を隠した。

「…どんと来い、超常現象」

自分に言い聞かせるように呟き、目を閉じる。
原始的な方法を試してみることにした。
よし、落ち着いて頬をつねるんだ、ほーら痛くな…

「いたたた!!」

予想外の痛みにのたうち回りながら、上田は愕然とした。

これは現実。

解明できない超常現象が、とうとう自分の身に降り掛かったのだ。

「どうする…どうしたら、あぁ…」

上田は痛みと不安で半泣きになりながら部屋を歩き回る。
なんとかこの現象を受け入れ、もとに戻る方法を探さなければ。

「…俺が山田ということは、山田の意識は俺の身体…?
そうだ…きっとそういうものだな」

よし、と頷き、上田は外に飛び出した。
一歩踏み出した瞬間に身体にかかる風に気付き、焦ってドアを閉める。

「〜…服、服を…」

近くに脱ぎ散らかしてある服を拾い集める。
だいたいなんで服を着てないんだ。
初夏とはいえ、裸で寝るのはまずいだろう…
上田は辺りを見渡した。ブラジャーが見つけられない。

「まさかつけてないのか?
いくら貧乳だからといって…」

上田は無意識のうちに胸に触れていた。
貧乳貧乳と言っていたが、思っていたよりはある。
上田の心に、妙な好奇心が沸き上がってきた。
乳房を包み込むように手で撫でてみる。
少しずつ手に力を込め、ゆっくりと揉みしだいた。

…これは…まずい。

勝手に身体を弄んで、ばれたら嫌われるかもしれない。
しかし、上田の手は動きをやめようとはしなかった。

「…うっ」

乳首を撫で、そっと摘む。
しばらくいじっていると、下腹部が少し熱くなるのを感じた。
胸を触っていた右手の指先を秘部に伸ばそうとした瞬間、
激しい音を立てて玄関のドアが開かれる。
そこには、息を切らした上田次郎の姿があった。
しばらく無言のまま見つめあう。

「…う、上田さん…ですよね」

やはり上田の身体には山田奈緒子の意識が入っていた。
上田は安堵の表情で奈緒子を見上げる。

「…山田…。…っ!!」

上田は我に返り、胸と内股に触れていた手を慌てて後ろに組んだ。

怒られる!!泣かれる!!嫌われる!!

どうしたらいいかわからず俯いていると、そっと両手で顔を包まれた。
促されて顔を上げると、奈緒子が上田の目をじっと見つめる。

「…怖かったでしょ、上田さん。
泣いてるかなと思って走ってきました」

きょとんとしたまま奈緒子を見上げていると、
ぽんぽんと頭を撫でられる。
奈緒子は立ち上がり、上田の身体に布団をかけた。

「…どうしましょう、とりあえず上田さんの家に行きますか?」

先程の行為がなかったことのように、奈緒子は真摯な態度だった。
上田は申し訳なくなり、布団をぎゅっと握り締めて口を開く。

「…山田、さっきは…」
「何も言うな!!!」

大家が怒鳴り込んできそうな大声になってしまい、奈緒子は慌てて口を塞いだ。
上田の隣に座り、声を落とす。

「…私が裸で寝てたのが悪いんですよ。
生身の女の裸が久しぶりで興奮したんだろ、許す。
私なんかの身体で悪いけど…」

「気にしないでください。
 …エヘヘヘ」

無理に作ったような笑顔を浮かべ、奈緒子は遠くを見あげた。
上田が不安になっているから、自分は頑張らなくちゃならない。
そう思っているのだろうか。

何もわからないまま身体が入れ替わったうえに勝手に身体を触られて、
いくら奈緒子とはいえ冷静でいられるわけがないのに。
上田の泣きそうな表情に気付き、奈緒子は上田の肩に手を置いた。

「ほら上田、私が来たからもう大丈夫!トリック見つけてあげますよ!」

元気な声とは裏腹に、置かれた手が震えている。
居たたまれなくなると共に情けなくなり、上田は緒子の手を払い除けた。

「…正直に言えばいい!軽蔑しただろう!?
 強がって俺を気に掛けたりするな!!
 そんなに俺は頼りないか!!」

一気にまくしたて、膝を抱えて布団に顔を埋める。

奈緒子は深くため息をつき、上田を強く見据えた。

「…私だって本当は怖いし、恥ずかしいですよ。
 でも、強がるとか気遣うとか、頼るとか頼らないとか、
 …そーゆー問題じゃないでしょう?
 二人の問題なんだから…向き合わなきゃ、何も解決しないだろ!!」

奈緒子は無理矢理布団をはがし、上田を押し倒す。
上田は奈緒子の豹変に驚き、動けなくなってしまった。

「え、やまだ…?」

「…上田さん。
 気持ち良かったですか?私の体…」

上田の耳元に息を吹き掛け、奈緒子は微笑んだ。
上田はなんとか起き上がろうと抵抗するが、なぜか力が出ない。

「…謝る、すまなかった。
 頼むから落ち着いてくれ…」

いつもと違う奈緒子。
自分に押し倒されるという状況。

感じたことのない恐怖だが、必死に意識を保つ。

「ねぇ上田さん…」

奈緒子の舌が、耳をゆっくりなぞる。
上田は必死に声を抑えた。
なんて感じやすいんだ、この体は。

…もう、どうなってもいいか…。

上田は抵抗をやめ、奈緒子に身を任せた。

「…なんだ、案外しぶといですね。
 これだけやれば気絶すると思ったのに」
「…。え?山田…」
「うん、からかったらすっきりした。
 上田さん服着てくださいよ、服」

からかわれた!?山田に?
…恥ずかしいというか、残念というか。

少し落胆しながら、上田は起き上がった。
ふと、奈緒子の動きが不自然なことに気付く。
妙に上田から体を背け、落ち着かない様子で視線が定まっていない。

「ん…?まさかYOU…」

背後からそっと股間に手を伸ばすと、指先が硬いものに触れた。

「!!んにゃー!!さっ触るな!!
 違う!!これは私の意志じゃなくて!」

奈緒子は必死に股間を隠して後ずさる。

よし、これで優位にたてる!

上田は勝ち誇ったように笑みを零した。

「…YOU、自分の裸を見て興奮したのか?
 山田奈緒子は貧乳の上にナルシスト、と…」
「違う!!何言ってるんだ!
 う…上田さんこそ、どうなんですか」

奈緒子は上田の足の間に無理矢理手を突っ込んだ。
上田はその衝撃で、仰向けに転がる態勢になる。

「こら、やっ山…」

既に濡れて愛液を滴らせるそこに、奈緒子は一気に指を突き刺した。

「っおぉあ!!…ぅくっ…」
「あ、大丈夫ですか?」

心配しているような言葉をかけるが、特に悪怯れる様子もなく
奈緒子はくちゅくちゅと中指を動かした。
乱暴すぎる指使いに痛みを覚え、上田は奈緒子の腕を掴む。

「ゆ…YOU、普通は、指とかはな、
 まず…慣らしてから、入れるものだ…っ」

奈緒子は試行錯誤しながらひとさし指をねじ込んだ。
二本の指でかき回され体が仰け反り、痛みで顔が歪む。

「知ってますよ、いきなり入れたら痛いじゃないですか」

何!?まさか…。

さらりと言ってのける奈緒子に、上田は思わず冷静になって問い掛けた。

「いつの間に。相手は誰だ?矢部さんか?」
「んなわけないだろ!!
 じ、自分で…。ときどき…」

ほっとしたと同時に、心臓が強く跳ねた。
起きたとき全裸だったのも、
自慰に励んでいる途中で寝てしまったからに違いない。

…ダメだダメだ、想像するな!

「…上田さん、顔真っ赤ですよ?」

最初は乱暴だったものの、奈緒子もコツを得たようで、
指先をねっとりといやらしく動かしだす。

「っあ…山田、やめたほうがいい!
 取り返しのつかないことになる」

奈緒子は手を止め、首を傾げて上田を見つめた。

俺のかわいい動作なんて見たくない…

と思いつつ、視線を返す。

「俺たちは、こんなことをする間柄じゃないはずだ。
 この手を離しなさい」

これは恋人同士だとか、性行為に飢えている人だとかがすることだ。
俺は山田が好きだし告白も一応したつもりだが、未だに返事はない。
山田は少なくとも俺に好意はあるだろうが、
返事がないということは恋愛対象じゃないのかもしれない。
もしくは自分の気持ちを認めたくないか、はたまた気付いていないのか。
俺ははっきりさせたかった。

答えを待っていると、奈緒子はやっと口を開いた。

「…いいじゃないですか、私の体なんだからどうしようと」

…やはり明確な返事はもらえないのだろうか。

「またわからないことを…。
 いいか、今YOUは上田次郎で…おっおぉう!」

奈緒子は再び指を動かしはじめた。
空いている左手で上田の手首を握り、切ない表情で訴えかける。

「っ上田さん!もう無理…!
 さっきからこの巨根疼くんですよ!
 どうにかしてください!」

奈緒子は上田の右手を股間に押しつけた。

「や、やまっ…うあっ、わかった、わかったから…!」

上田は反り立った巨根をズボンの上から扱いた。
お互いに激しく手を動かし、腰を揺らす。

「あっあぁん!何…すごい…!
 気持ちいい、もっとぉ…上田ぁっ」

奈緒子はこのままだと達してしまいそうだ。
この部屋に上田の服があるはずもないので、下着を汚すわけにはいかない。

「…っはぁ、う…っ
 山田、ズボン…脱げ!」

上田は一旦手を止め、ベルトを外しにかかった。
だが、奈緒子は初めての快感に酔い痴れてそこまで頭が回らない。
上田の手を掴み、再び股間に強く擦り付けて腰を振る。

「離すなぁっ!!…もっとぉ…もっと!!」
「っぐ…山田っ、出すなよ!?
 してやるから、とりあえず脱いっ…あうぁ…!」

奈緒子にかき乱されて、上田は力が入らなくなる。
…してはいけない、でもずっとこうしていたい。
混乱と快楽にうめつくされた頭の隅で、そんなことを思った瞬間。

「上田さん!!ああんっ、んやっ…なんか変…!!
 …ふっやああぁぁっ!」
「っやまだ!…うああっ!」

奈緒子の体ががくがくと揺れて崩れ落ちる。
同時に奈緒子の指が膣内の奥に突き立てられ、
上田も声を上げて果てた。

「…はぁ、はぁ…う…山田?」

倒れこんだままぴくりとも動かない奈緒子の体から、
上田はなんとか抜け出した。
まだぴくぴくと収縮する膣内から、二本の指がずるりと抜ける。
上田は荒い息を整え、ぼんやりと奈緒子を見つめた。

「…おい、山田…?」

…反応はない。
上田は奈緒子の背中を枕にして寝転んだ。

「…これが女の体…」

なんだかもやもやする。
この感覚は、イってしまえば終わるというわけじゃないようだ。

続きを…したいかもしれない。

さっきの自分の心と反している気持ち。
罪悪感でいっぱいになる。

「…とりあえず、山田を起こして…
 いや、まずこの処理を何とかしないとな」

起き上がって、奈緒子の体を起こそうと試みる。
…重い。動かない。

「ふぬぅぅ…ベストを尽くせぇー!!」

何とかひっくり返し、仰向けにさせた。
そっとズボンに手をかけ、脱がしにかかる。
下着と一緒に引き摺り下ろすと、
白濁の液体が大量にとろりと体を伝った。

「…。最近してなかったからな…。
 とりあえず洗って干して…」

無性に恥ずかしくなり、
汚れた下着とズボンを抱えてシンクに走った。
軽く洗った後、もう一度奈緒子に駆け寄る。
タオルを探し、下腹部を拭っていった

山田奈緒子の視点から見る、上田次郎の体。
身長もペニスも、なんだかやたら大きく見える。

「あと少し…起きるなよー…」
「うーん…?」

あっさり起きるか!!!!!
冷静に、冷静に…

「あれ…?あ、上田さん…」

こういう時、どんな顔をするべきなのか分からない。
不自然な笑顔のまま、タオルをそばに置いた。
奈緒子はタオルに視線を向け、下半身の異変に気付き慌てて飛び起きた。

「…!!えぇ、えっと…ごめんなさいっ!」

目をつむって両手を合わせる奈緒子が、少し可愛く見える。

何だかまたムラムラしてきた。
思い切って、続きがしたいと言ってみようか。

いや、さっきあんなに拒否したのに誘うなんて事は…

「…おーい。怒ってるんですか?」

上田の顔の前で手をひらひらさせ、奈緒子は寂しげに呟いた。

「!い、いや違う!
 …その、今後のことを考えていたんだ。
 このままもとに戻れなかったら…」

適当な言い訳のつもりだった一言だが、重要な問題だ。
大学の教授と自称天才奇術師では、立場が違いすぎる。

奈緒子はしばらく考えた後、頷きながら言った。

「…結婚するしかないですね」

…結婚?まさか山田の口からそんな言葉が出るとは…。

奈緒子は唖然としている上田を真剣な面持ちで見つめた。

「私、一生上田次郎として生きるんですよ。
 でも本を書いたり講演なんて無理だし…
 結婚すれば、一緒にいても怪しまれないでしょ」

話が飛びすぎじゃないか!?
だいたいそんな愛のない結婚なんて!
上田はあくまで冷静を装い、大人の落ち着きで奈緒子を諭すことにした。

「…そんなに簡単に決めていいことじゃないだろう?
 落ち着きなさい。
 今までだって、何だかんだで一緒にいたじゃないか」

恋人ではなくても一緒にいる。
罵りあったりするけれど、誰よりも相手を理解している。
上田は奈緒子に思いを寄せてはいたが、
そんな微妙な関係でいることがとても心地よかった。
そして、きっと奈緒子も同じ気持ちだろうと思っていた。
だからこそ素直に言い出せず、ここまで来てしまったのだ。

「…上田さん」
「ん?」
「上田さん、私のことどう思ってるんですか?」

これは…そういう意味なのだろうか?
素直に好きだというべきなのか?

「どうって…それは…」

奈緒子はうつむき、ゆっくりと息を吸って顔をあげた。

「…あの時の…黒門島の、『なぜベストを尽くさないのか』。
 意味わかってました?」

そういえば、あの時奈緒子にもらった紙にはそう書いてあった。
上田は自分のプロポーズのことでいっぱいいっぱいだったが…。

「…どんな意味だ?」

奈緒子は悔しそうに唇を噛み、上田を見つめて言い放った。

「〜あれは…私のこと好きだって、はっきり言えってことだ!」
「…え!?」
「…っ…う…」

奈緒子の瞳に涙が浮かんでいる。
自分からこんなことを言いたくなかったのだろう。

…素直に告白しておくべきだったのか。

上田は少し後悔し、おろおろと奈緒子を見ているばかりだった。
奈緒子の目尻から涙が零れ落ちる。

「…それは…いや、手紙を交換した時にプロポーズしただろ、あの紙に書いて…」
「あっ…あんな中途半端なことに返事できるわけないだろ!
 また勘違いかなって思ったから…言えなくて…!」

上田から顔を背け、奈緒子は頬を伝う涙を拭う。
奈緒子の言う「勘違い」は糸節村での暗号のことなのだが、
上田は心当たりがなく首を傾げて唸るばかりだった。
どうしたらいいかわからず奈緒子の頭を撫でていると、
不意に優しく抱き締められる。

「…好きです…上田さんが好き…!」
「…やまだ」
「好きだって、言ってください」

さっきより力を込めて抱き締めてくる。

両思いだとわかっていたのに、なぜもっと早く言わなかったのだろう。
上田次郎の体で、山田奈緒子を抱き締めてやりたかった。
その夢はもう二度と叶わないのかもしれない。

上田は奈緒子に力一杯しがみついた。

「…好きだ。好きだ、ずっと好きだった。
 君が好きだ…」

あれだけ悩んだことなのに、一度言葉にすると何度言っても足りない気がする。
何十回もの『好き』を伝えて、上田は顔をあげた。

奈緒子は恥ずかしそうに笑い、自分の手から上田を解放する。

「…エヘヘヘ」
「何照れてるんだ、今更」

奈緒子は上田をじっと見つめた。
長い髪を愛しそうに撫で、微笑む。

「私、いつか上田さんに抱かれたいって思ってました。
 上田さんの大きいから、相当痛いだろうなぁとか考えたりして」

確かに痛いだろうなぁと上田は無言で頷く。
奈緒子が抱かれたいと言ってくれたことは、上田にとってとても幸せなことだった。
今すぐにでも押し倒したいくらい愛しい。

「…するか?今から」

奈緒子は上田の言葉に一瞬きょとんと固まり、
 顔を真っ赤にして慌てふためく。

「えぇ!?い、今から…
 でも痛いのは上田さんですよ!
 大丈夫ですか?」

言われてみればそうだ。
今は奈緒子の体なのだから、入れられるのは自分。

痛い、苦しい、怖い…

遠退きかけた意識を呼び戻し、奈緒子を見やる。

期待に満ちた瞳に少し申し訳なく思いながら、
 上田はなんとか思いついた言い訳を話す。

「俺もやりたいのは山々なんだが、重大なことに気付いた。

 ここには避妊具というものがない!
 今日は諦めるしかないな。
 誤解するなよ、痛みが怖いわけじゃない。
 避妊ができないからやめるんだ」
「嘘つけ、小心者」

奈緒子の瞳が、疑いと軽蔑を帯びたものに変わる。
上田は気付かなかったことにした。

「でも確かに避妊できないから無理かぁ…。
…ん?」

奈緒子は部屋を見渡し、こっちを振り返って嬉しそうに笑った。
急に立ち上がり、部屋の棚や箱を探り出す。

「おいおい、どうした?」
「コンドーム探してるんです。私持ってました、コンドーム!」
「そんなデカい声で連呼するな!」

それより奈緒子がコンドームを持っていることが意外だった。
自分で買ったのだろうか?
いや、もしかしたらあのお母さんからプレゼントかもしれない…。

上田は狭い部屋を必死に引っ掻き回す奈緒子に問い掛けた。

「YOU、なんでそんなもの持ってるんだ?」

振り返った奈緒子はにんまり笑い、胸を張って言い切った。

「女のたてがみってやつですよ!」
「たしなみだ」
「どっちでも同じだ!」

奈緒子は昔、ジャーミー君が落としたコンドームの箱をお菓子だと思い持ち帰った。
開けてがっかりしたのだが、もしもの時のためにと取っておいたのだ。

「あった!こんな小さいのに入るのか…?
 上田さん、どうですか?入りますか?」

奈緒子は箱からコンドームを取出し、袋を破って上田の目前に見せ付けた。
上田はこれから始まるであろう行為に、色んな気持ちで胸を高鳴らせる。

…落ち着け次郎、もともと伸縮性のある器官だし子供を産むところだ!
俗に鼻からすいかを出すとかいう表現もあることだし…
 …何とかなる、たぶん入る。
それに俺は天才的な教授じゃないか!
計算で痛くない体位に持ち込むんだ!
A地点からB地点へ…角度は75度、力を抜きつつ誘導する。そしてだな…

「聞いてるか!上田!」

奈緒子は独り言を言い続ける上田の肩を揺さ振った。
上田ははっと我に返り、こくこくと頷く。

「えっと…立たせてから、入れるんでしたよね」
「あ、あぁ…そうだ」

上田がそこに手を伸ばすと、奈緒子は照れ臭そうに手を制した。

「自分でしたいのか」
「違いますよ。クチでしてください♪」
「それはできない!!」

上田は口を塞ぎ、ぶんぶんと首を横に振る。
自分の性器を口に含むなんて、容易にできることではない。
だが奈緒子はどうしてもしてほしいらしく、怯える上田ににじり寄る。

「いいじゃないですか、ちょっとだけですよ」
「そんなもの口に入れられるか!」

何度か押し問答が続き、奈緒子は諦めたように息をついた。

「わがままだな…しょうがない、今回は私がしてあげましょう」

奈緒子は上田を押し倒し、足の間に顔を埋めた。
薄い茂みを指でわけ、舌を滑り込ませる。

「えっ…うぁ、あっ…!」

突然の刺激に戸惑い、上田は奈緒子の髪を握り締めた。
何かに掴まっていないと、どこかへ飛ばされそうな気がする。

「痛いぞ上田!ぅ〜…変な味」

奈緒子は再び舌を動かしはじめた。
くちゅくちゅと、唾液と愛液の入り交じった音が耳に届く。

「んっ…ふ…はうっ…
なんだこの感覚は…!すさまじいパワーだっ…」
「変なことゆーな。
 あ、これがクリトリスってやつか…?あむっ」

小さく膨らんだそこを、奈緒子は丹念に舐め回す。

「あぁっ!…はぅ…山田ぁ…あッ」
「そんな声出さないでくださいよ、こっちが恥ずかしい…。
 あ…もういいかも…つけますね」

これまでの行為で再び大きくなったそこに、
奈緒子はゴムをかぶせようと奮闘している。

ついにこの時が来たのか…。

上田は不安が頂点に達し、起き上がって思わずペニスをつかんだ。

「わ!?何ですか…」

意を決し、上田は震える唇を近付けた。
先端を口に含み、舌をちろちろと動かす。

「…ふ、ん…」
「ふぁっ!?っう、うえだ…」

苦い、まずい。
だが痛みよりましだ!
このまま何度も口と手でイかせてやれば、力尽きてくれるかもしれない。

「…ふっ、んんー…ぶぇふとをつくふぇ〜!」
「ベ…ベストを尽くせ?」

上田は口の最奥までペニスを呑み込み、高速で頭を動かす。
体中に妙な感覚が走り、奈緒子は背中を仰け反らせた。

「っにゃ〜!…ちょっと、上田さんっ…
 ストーーーップ!」
「おおぅっ!!」

奈緒子は思い切り上田を蹴り飛ばした。
うずくまって息を荒げる上田をじっと見る。

「…上田さん、入れられるのが怖いからって時間稼ぎしてません?」

しまった、ばれたか。
上田は口元を拭い、乱れた髪を耳にかけた。
笑顔を作りそろそろと奈緒子に近付く。

「いやいや、YOUに男性の快楽というものを味わわせてやりたいんだよ」
「じゃあ、もう入れていいですか?それが一番の快楽だと思います」

正論だ。

ふふん、と鼻で笑い、奈緒子は上田の髪を一房掴んだ。
もう逃げることはできない。

次の言い訳を考えているうちに、あることに気が付いた。

「YOU、物事には順序というものがある」
「濡れてる、立ってる、だから入れる。順序どおりだろ」

指折り数えながら、奈緒子はさも当然かのように言う。
大雑把なやつだ。

「…違う、キスがまだだ。キスをしよう山田」
「あぁ…忘れてました」

奈緒子は上田の髪を引いて顔を寄せ、ちゅっと一瞬口付ける。
あまりに幼すぎるキスに、上田は呆れて苦笑した。

「はい、キスした。…何笑ってるんですか」
「今のがキスか。YOUは子供だな」

奈緒子はむっとしてまた顔を近付けた。
子供と言われたのが悔しいのか、かなり真剣な目をしている。

「…いいんですか、本気でしても」
「ど〜んと来い!」

どんなに頑張っても所詮は山田だろう。
まぁ一応努力だけは見てやろうじゃないか。

上田は静かに目を閉じた。
先程よりも少し長く、唇が触れている。

これだけで終わるのか?

油断していると、背筋にぞくっと寒気が走る。
奈緒子の指先が、耳と首の後ろを這っていた。

「…!ふ、んんっ」

声が洩れ、一瞬口が開いた隙に奈緒子は舌をねじ込んできた。
息をつく間もないほど、奈緒子は上田の口内を掻き回した。
静かな部屋に、卑猥な水音が響き渡る。


先程とは比べものにならないくらい官能的なキス。
頭の奥が溶けるように熱くなる。

「ん、ふ…あふっ」

上田は奈緒子の首に腕を回し、すがり付くようにキスをせがんだ。
自分から奈緒子の舌を追い回し、喉の奥から切なげな声をあげる。

耳、首筋、胸。
絶え間なく上田の全てを刺激するように、
奈緒子は指先を巡らせていた。

「ふ…!っん…はっ」

愛液が溢れだす秘部を、奈緒子はゆっくりと刺激する。
上田は本能のままに腰を揺らし、奈緒子の手を誘導した。
奈緒子はそれに応えるように、人指し指をそっと挿入する。
そこは指をきつく締め付け、ねだるように収縮を繰り返した。

しばらくして、ゆっくりと唇が離れた。
視界がぼんやりしたまま奈緒子を見上げる。

「…ねぇ、もっと欲しい?」

濡れた指先を舐めあげ、笑みを浮かべて尋ねる奈緒子に、
上田は朦朧としたままつい頷いていた。

奈緒子は汗だくになったシャツを脱ぎ、上田の額に軽く口付ける。

「優しくしますから、心配しないで」

奈緒子がどうにかコンドームを装着し終える頃、上田はやっと正気を取り戻した。

「…YOU、どこであんなテクを…」
「マジシャンですから♪
 ほら入れますよ、もっと足広げて」

よくわからない理屈だが、深く追求するのはやめておいた。
奈緒子の言葉に従い、おずおずと足を開く。
奈緒子は確かめるように何度か指を入れ、ペニスをあてがった。

「んんっ…焦らすな、山田」
「ちょっと待ってくださいよ。…うまく入らない…
 ここですよね、よし。ほっ!
 …上田、この手不器用すぎるぞ」
「人のせいにするな!
 もう我慢できない…上になる」

上田は両手を伸ばし、奈緒子の肩をつかんだ。
奈緒子は心配そうに上田の体を支え、上半身を起こしたまま仰向けになる。

「…大丈夫ですか?」

上田はペニスを支えて腰を落とそうとするが、
あまりにも巨大すぎるそれをなかなか銜え込めない。

試行錯誤の末に先端をなんとか入れることができたが、そこから進めなくなった。

「はぁっ、痛たたたっ…無理だ…これ以上は無理だ」

涙目で訴える上田を抱き締め、
奈緒子はなだめるように背中をぽんぽんと叩いた。

「大丈夫。怖くない、諦めるな。
 頑張れ上田、ベストを尽くせ!」

それは上田を奮い立たせる魔法の呪文。
上田は目を見開き、大きく息を吸い込んだ。

「ベスト…うぉぉ!」

もう一度勇気を出して、上田は腰を落としていった。
痛みも恐怖も忘れようと、奈緒子にぎゅっとしがみつく。

「爪が痛いぞ上田…あ、入ってますよ!
 …はっあ…もう少し!」

少しずつ浸入してはいるが、このままでは全部入りそうにない。
奈緒子は上田の腰をつかみ、思い切り突き上げた。

「おおぅ!!〜痛い、山田…っ」

痛みと圧迫感で苦しくなり、上田は涙を流して奈緒子にすがった。
結合部から流れる血と愛液を見つめ、
奈緒子ももらい泣きで瞳を潤ませる。

「頑張ったな上田。偉いぞ♪」

奈緒子は嬉しそうにぐしゃぐしゃと上田の頭を撫でた。
体が揺れ、上田は逆に苦しんでいる。

「やめっ…動くな、痛い!
 く、苦しい…俺は死ぬかもしれない…」
「はいはい、死なない死なない」

いやいやと首を振る上田の顔を押さえ、優しくキスをする。
小さな胸を揉みしだきながら、奈緒子は少しずつ腰を打ち付けた。

胸を触られているうちに痛みは薄れたが、まだ気持ちいいとは言えない。

「…あの、上田さんが動いてみてください」

上田は頷き、腰を上下させた。
上田が動くたびにペニスが締め付けられ、奈緒子は快感に悶えている。

「あ…上田さん、いい…」

目を閉じて気持ちよさそうに寝転んでいる奈緒子を見ているうちに、
段々と快楽を感じ始めた。

もっと気持ち良くなりたい、奈緒子に突いてほしい。

上田は強く速く腰を振る。
結合部からごぽっと音を立てて愛液が溢れた。

「…上田さん、気持ちいいの?」

奈緒子の問いには答えず、上田は一心不乱に腰を上下させる。
その動きに耐えられなくなり、奈緒子も強く突き上げた。

「あぁ…っ上田さん、いきそう…!」

その言葉で上田は動くのをやめ、奈緒子の胸に倒れこんだ。
奈緒子は射精寸前の苦しさに耐え、上田の背中に腕を回す。

「…どうしたんですか?大丈夫?」
「…突いてくれ。もっと深く」

奈緒子は上田を抱き締めたまま起き上がり、そっと体を倒した。
疲れてしまったのか、上田は虚ろな目をして奈緒子を黙って見つめている。

「…えーと。上田さん、正常位でいいんですか?」
「へ?あ、あぁ…任せる」

少しは知識があるようだ。
雑誌の立ち読みなどで覚えたのだろうか。

「…あんまり長くはもたないと思います…」
「何回でもすればいいじゃないか。
 今日は何も用事はないから」
「明日は?」
「明日は大学に行かなきゃならないんだ。
 まぁ俺がサポートするから心配しなくていい」
「心配するなと言われても」
「…話はこれくらいにしないか?」
「あ…はい」

繋がったまま普通に会話するとは、やっぱり俺たちはどこかずれているのかもしれない。
そんなことを呑気に考えていると、奈緒子が腰を強く打ち付け始めた。
突然の衝撃で頭がくらくらする。

「あっ…やっ、奈緒…っ」
「気持ちいいですか?」

上田はもはや頷くこともできなかった。
振動に任せて体ががくがく震える。

「…ふぁっ…あ、あ」

奈緒子が何度も体を引いては、最奥まで突いてくる。
突然頭の中が真っ白になり、体が熱くなる。

「…っあっあぁーっ!!」

体が大きくびくんと跳ねる。
秘部から愛液が溢れ、力強くペニスを銜え込んだ。
薄れる意識の中、奈緒子の体に必死にしがみついた。

「上田さん、いった?…だめ、きつぃっ…」
「…なぉ…ひゃうっ!」

絶頂を迎えて敏感になっている秘部を、奈緒子は何度も突き続ける。
結合部がぎゅっと収縮した瞬間、奈緒子も絶頂を迎えた。

「…あぁっ!!」

上田の体の中でペニスがどくどくと熱を放つ。
はぁはぁと息を荒げ、二人はぎゅっと抱き締めあった。

「…上田さん…すき」
「…奈緒子?」

奈緒子は繋がったまま離れようとしない。
上田は不安になり、そっと結合部に手を伸ばした。

「…奈緒子、まさか外れないわけじゃ…」
「違…もう少しこのままでいさせて」

離れたくないのだろう、体が震えている。
不安にさせたくない。
上田はその一心で、奈緒子を精一杯抱き寄せた。

「…結婚、しよう」

奈緒子は体を起こして、涙が溜まった目で上田を見つめた。
上田は秘部からペニスを抜き、奈緒子に向き合って笑う。

「恐いかもしれないけど、俺がいるから」

奈緒子は両手で顔を覆い、頷きながら泣いていた。

きっと大丈夫。
奈緒子と俺なら、きっと幸せになれる。


それから、俺たちはセックスをしまくった。
人間の生まれついての欲、食欲・睡眠欲を忘れて
とにかく性欲しか残っていなかった。
幸福、恐怖、不安、何もかもが性欲に変わっていった。
まるでセックスの快感を覚えたての幼いカップルのように。

「う…ん?もう朝か…」

一体何時間寝ていたのだろうか。
性欲が尽きたあと、押し寄せた多大な睡眠欲に負けたらしい。
隣では、むにゃむにゃと寝言を言いながら奈緒子が眠っている。

か細く柔らかな体を抱き寄せ、長い髪を撫でた。
なんて幸せな朝なんだ…。

…ん?
隣に眠っているのは、…奈緒子…。奈緒子!?

上田は瞬時に起き上がり、自分の股間を見つめた。
見慣れた巨根に安堵と歓喜を覚え、思わずガッツポーズをとる。

そばに置いてあった眼鏡をかけ、奈緒子の体を揺さぶり、叩き起こした。

「おい起きろ!奈緒子っ」
「うにゃ〜…ビビンバ…冷し中華」

睡眠欲の次は食欲か。
奈緒子が目を擦りながら無意識に唇を寄せてくる。
一度だけ口付け、目が完全に覚めるまで顔を押さえて待った。

「奈緒子…わかるか?俺だよ」
「……。上田さん!?」

やっと起きたか。
口をぱくぱくさせる奈緒子を、ぎゅっと強く抱き締めた。

「よかったな…奈緒子」

奈緒子は何も答えず、上田の体を押し離した。
不安そうに涙を湛え、震えた目で上田を見上げる。

「どうした?嬉しくないのか」
「戻ったから…結婚、する意味なくなっちゃいましたね…」

奈緒子は真剣に落ち込んでいるらしい。
思わず鼻で笑ってしまった。

「馬鹿だな。戻れたからこそ結婚するんだよ」
「…ほんと?」

奈緒子は安心したようにふにゃっと笑った。
溜まっていた涙が、一筋頬を伝って落ちる。
上田は奈緒子の頭を撫で、頬を流れる涙を唇で受けとめた。

「…上田さん、すき」
「結婚するのに『上田さん』はないだろ」
「う…ぇ、あう…」

俯き、困ったように髪の先を弄んでいる。
やがてちらりと目を上げ、真っ赤な顔で唇をそっと開いた。

「じ…次郎、さん…?」

これはなんだ、予想以上に…その、
…かわいいじゃないか。
何も言えず、奈緒子を抱える腕に力を込めた。
奈緒子は苦しそうに藻掻き、腕の中でくすくす笑っている。

「好き、大好き…」

寄り添って、耳元に舌を這わせてくる。
昨日も思ったが、奈緒子は意外と積極的だ。
あぁ、でも今日は…

「奈緒子、今日は大学に行くから…」
「…ちぇ」

残念そうに耳にかぷっと噛み付き、奈緒子は腕を振りほどいた。
本当は講義も学会も捨ててしまいたいくらい、奈緒子が愛しいのに…。
無言で服を探して身を包んでいく奈緒子を見ていると、忘れていたことに気が付いた。

「そうだ!服…」

シンクには、水を含んだままのズボンと下着が放置されている。

服のボタンを留めながら近寄ってきた奈緒子が、笑って言った。

「あーあ。普通、洗ったら干すでしょ」

おいおい、そもそも奈緒子が射精したから俺が洗ってやったんだろ。
…多分、服が乾くまで一緒にいられると喜んでいるんだろう。
期待に添えなくて悪いが、今日は本当に急いでいる。

「…ジャージ借りるぞ」
「はっ!?入るわけないだろ!」

それもそうか。仕方なくそばにあったタオルを拾いあげて腰に巻いた。

その格好でいいのか…という視線を感じるが、他に方法もない。
家に帰るまでに誰にも見られなければ怪しまれることはないんだ。

「YOU、ここまでどうやって来た」
「上…次郎さんの車で」

よし、それならすぐに身を隠せるな。
唯一乾いたままのシャツを身にまとっていると、奈緒子が背中にもたれかかってきた。

「…一人じゃ寂しいから、早く帰ってきてください」

昨晩と違い、恐ろしい程か弱く健気な女に見える。
一瞬騙されているのかと思ってしまうが、顔が見られなければ素直になれるのだろう。
向き直って奈緒子を見つめてみると、恥ずかしそうに顔を背けた。
おもしろい奴だ。
できることならもう少しこの反応を楽しみたい。

「…またすぐ会いに来るよ」

小さく頷く奈緒子の手を握り、ドアに向かった。
玄関前で数回キスを交わし、名残惜しそうに手を離すと、
上田は周囲を気にしながら階段を駆けおりていく。

「さよなら〜」

階段の上から、ジロー号にこそこそと乗り込んだ上田を手を振って見送ると、
奈緒子は一目散に部屋に戻って電話に向かった。

「…もしもし、奈緒子です!」

電話の相手は、奈緒子の母・山田里見だった。
いつもの穏やかな声が返ってくる。

「あら奈緒子。恋愛成就のお守り届いた?
 正式に結婚決めてほしくて作ったんだけど、よく効いたでしょう」

母の心遣いが嬉しく、奈緒子は思わず顔を綻ばせた。

「うん、すごく効い…じゃなくて!」

それどころじゃない、あの謎を説き明かしたい。
奈緒子は原因が里見にあるのではと考えていた。

「自分でも信じたくないんだけど、私たち体が入れ替わってね」
「お母さん忙しいから切るわね」
「ちょっと待って、何度考えてもトリックがわからないんだけど…ねぇお母さん」
「上田先生によろしくね〜」

喚いている奈緒子を無視し、里見は受話器を置いた。

「…販売したら、いくら取れるかしら」

にやっと笑い、いそいそとパソコンを立ち上げる。
たくさんのお札やお守りの中に、新しい画像が追加された。

「文字の力は、愛の力…」

里見は怪しげにほくそ笑んでいた。






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