上田次郎×山田奈緒子
![]() 私は恋をしている。相手は矢部さん。 誰にも言ってないし、たぶん誰にも気付かれていないはず。 …でもひとつ、困ったことが。 上田さんに告白された。紙に書かれて、そのうえ叫ばれた。 そりゃ、嬉しいとは思った。上田さんのこと…大好きだし。 でも、恋じゃないから。 大好きだから離れたくない、だけど恋人ではいられない。 私の気持ちは、誰も知らない。 だから、上田さんの告白をはぐらかして。 矢部さんへの気持ちを閉じ込めて。 前と変わらないままでいようって、私は決めた。 「…犯人はお前だっ!」 「思った通りだ」 「よし、逮捕や〜!」 今日もインチキ霊能力者のトリックを見破ってやった。 矢部さんが少しでもほめてくれたら嬉しいのに。 今日も言い合いになったり、逮捕されそうになったり… 矢部さんに触れられた右手首をじっと見つめた。 いつか手を繋いで歩けたら、なんて似合わないこと考えながら。 「…何してるんだ」 頭の上から降ってくる声。 確かめる迄もない、上田次郎だ。 振り返り、やたらでかい上田さんを見上げて右手を差し出した。 「上田さん、今日の謝礼は家賃2ヵ月分で手を打ちましょう!」 「高級ホテルのスイート宿泊、もちろん夕食つき。家賃とホテル、どちらかひとつだ!」 「…はっ?高級ホテル?」 あまりにも唐突な選択肢。 なんで私と上田さんがホテルに? …まて、ホテルってまさか、そういうつもり…だったり… 「なに変な顔してるんだ?事件解決のお礼にってな、タダで泊まれるそうだ。 矢部さんと菊池さんも今夜はそこに泊まるらしい」 高級。夕食。そして矢部さん? 家賃は惜しいけど、こんな日は滅多に無いだろう。 数分後、私と上田さんはホテルの一室を訪れていた。 「YOU,ふかふかベッドが嬉しいからといってはしゃがないように。 それからオートロックだから鍵を置いて外に出ないように」 「子供扱いしないでください!」 上田さんは慣れた様子でゆったりとソファに腰掛けている。 私はといえば、どこまで土足で入っていいのかとまごついて… いや!部屋の装飾をながめていただけだ!えへへへへ。 「…へぇ、なかなかいい部屋ですね」 今まで泊まったことのある宿なんかとは違い、高級感のある綺麗で広い部屋。 私は部屋中の扉を開けては閉めて回った。 満足してベッドに腰掛けると、ふとあることに気付く。 「あれ?ベッドがひとつしかないですよ」 「…ベッドをいくつ使う気だ?ここはYOUの部屋、俺の部屋は隣だ」 「あぁ…一人部屋なんて珍しいですね」 「ぃ、一緒に寝たいのか?」 こらこら、噛むな。何緊張してるんだ上田。 上田は落ち着こうとしたのかひとつ息をつき、眼鏡を直した。 こっちが焦って突っ込むタイミングを失ったせいで、妙な間ができている。 「…えっと…そう、夕食は何時からですか?」 「あ、あぁ、7時だ。あと2時間だな」 「そ、そうですか、楽しみです」 2時間か。夕食までどうしようかなぁ。 矢部さんに会いに行く理由でも考えて… 「YOU」 「は…い?」 ベッドの軋む感触で顔をあげると、いつの間にか上田さんが隣に座っている。 「なぜ今日は一人部屋なのかわかるか」 「おごりだから」 「…まぁ、それもある」 上田さんはぱたんと倒れ、柔らかいベッドに沈んだ。 寝転んだまま私のほうを見上げている。 …なんだろう、言葉の続き。 目と目が合ったまま、上田さんが私の手首を掴む。 熱い手のひら。 どちらのものかわからない、脈打つ振動。 「気持ちを確かめたかったからだ」 「へ?…っにゃぁっ!」 上田さんが私の体をひっぱった。 仰向けの上田さんに、私の上半身が倒れこむ。 押しつけられた、高鳴る胸。 頭を抱える大きな手。 だめだ。もう誤魔化せない。 「YOUが俺の部屋に来てくれることをな、期待してたんだよ」 言わなきゃ。 私たちは恋人同士じゃない。 上田さんは大事な人だけど、恋人にはなれない。 私は、矢部さんが好き。 「…素直になってみないか?」 ずきん、と胸が痛んだ。 上田さんの胸に押しつけられた顔を少しずらし、息を吸い込む。 苦しいのは治らなかった。 喉と胸が、締め付けられるように痛い。 言えるわけない。傷つけたくない。 上田さんの胸に手をついて起き上がり、じっと上田さんの目を見つめる。 真剣な目。…辛い。 「…本当に素直に言っていいんですか?後悔、しない…?」 上田さんも起き上がり、ベッドの上で正座した。 私の頬に優しく手を添えて見つめてくる。 上田さんに触れられるのはとても心地がよかった。 懐かしいお父さんを思い出す。 確信した。上田さんは、お父さんのような人なんだ。 「YOUの気持ちが聞きたいんだよ」 また一つ、胸が痛む。 大好きなあなたに、嘘はつきたくない。 ベッドの上で向かい合ったまま、時は流れる。 覚悟を決め、頬にあてられた上田さんの手を取って押し返した。 「…私…」 耐えられなくなり、俯いた。 声が小さく震える。 「…矢部さんのことが、好きです」 俯いたままの目に映ったのは、上田さんの膝。 その上に置かれた、微かに震える両手。 そっと顔を上げると、眼鏡の向こうの大きな瞳が揺らぐ。 「…どうしたっていうんだ? 俺が嫌いか?」 「…好きだけど、上田さんは、お父さんみたいな… っんっ!」 ほんの一瞬の隙に、上田さんは私の肩を掴んで乱暴に口付けた。 ねっとりと絡みつく舌。熱い吐息。 どうして私と上田さんがキスなんか… だめ、きもちわるい、いや! 渾身の力で上田さんを押し退ける。 「…上田さんっ」 泣くもんか。泣くなんてずるいから。 私の言葉で、私の気持ちを伝えなきゃ。 「今度はそっちからキスしろよ」 「…何、言ってるんですか?」 「そっちからキスしてくれたら、これからも一緒にいる。 しないなら、俺は二度と君には会わない。 選択肢はひとつだ」 上田さんは卑怯だ。 キスしなければ、二度と会わない。 そのほうがいっそ楽なのかもしれない。 でも… ごめんね、上田さん。 私どうしても離れたくない。一緒にいたい。 そっと上田さんの顔に近付いた。 目を閉じて、震える唇を押しつける。 たったの一瞬が、とても長く感じた。 目をあけると、上田さんは薄笑いを浮かべていた。 その顔と背中を這う指先が、少し怖くなる。 「…ばかな奴だな」 「ひゃっ!?」 上田さんの大きな体に抱き締められる。 もがこうとした時、両腕が後ろに回された。 「や、何…っ」 手首に紐のようなものが巻かれていくのがわかる。 上田さんの胸に押しつけられた顔を上げると、肩で息をする上田さんと目が合った。 「…やっ…やだ、何?離せ!外してください!」 体をひねると、見覚えのあるものが目の端に映った。 上田さんがいつも持ち歩いてる小さなバッグ。 この紐が巻かれてるんだ…。 「…っ上田、やだ!外してくださいっ!いや!!」 「俺を矢部さんだと思えばいい。目を閉じて、ほら」 「そんなのっ…きゃぁ!」 突然ハンカチで目隠しされた。 真っ暗な中、衣擦れの音と二人の吐息だけが響く。 「…やめてください。外して! 外せ、ばか…っ!」 上田さんの指先が胸をなぞっている。 手も足も出せずに堪えていると、服の中に手を差し込まれた。 ブラジャーをずらされ、乳房全体を包むように揉みしだかれる。 服を胸の上までめくられ、恐怖と羞恥で体が震えた。 「ほんっとに貧乳だな」 「見ないでっ…上田さんやめて!」 「俺じゃない、矢部さんがやってるんだ…想像してみろ」 何言い出すんだ上田。 誰か、冗談だって言って…。 「ばか、くだらないこと…っ」 「くだらなくなんかない…矢部さんにされてるのを、俺が見てるって想像してみろ。 呼んでみろよ。『矢部さん』って…。くっ」 何笑ってるんだ!変態。 もういや、すごく恥ずかしい、気持ち悪い。 なのに、段々上田さんの言葉に呑み込まれてく。 催眠術にかかったみたいに、上田さんの言葉が頭に溶ける。 「呼べよ。『矢部さん』」 「ゃ…矢部、さん…っ」 乳首をきゅっとつままれ、尖ったそこをコリコリと甘噛みされた。 矢部さんの名前を呼んで、矢部さんに愛撫されてるって思い込む。 そうすると、自分でも怖いくらい体が敏感になってきた。 気を抜くと喘いでしまいそうになるのを、必死に抑える。 上田が声を潜めて笑うのが聞こえる。 やがて胸から手が離れ、足を立てられて、体育座りみたいになった。 「…な、なにしてるんです…か?ゃだ…」 スカートがめくられて、足を広げさせられる。 下着を引っ張り下ろされ、抜き取られると、火照ったその場所に冷たい空気が触れた。 自分でもあまり触ったことのない場所を、指先が擦ってくる。 「あ…恥ずか…しぃ、ぁ…ふゃっ!あぁっ」 体がびくびく跳ねる。 擦られた場所が熱い。 ふと、今までとは違う感触がした。 もっと柔らかくて、いやらしい動き。舌で舐めてるんだ。 唾液のせいなのか私のそこが反応してるのか、ぴちゃぴちゃと音がしてる。 矢部さんにあんなとこ見られて、舐められてる…想像したら、頭がくらくらする。 あそこが疼いてるのがわかった。 「ゃ、はぁ…ふぁっ…や、あ…あんっ!!」 お尻のほうからべろりと舐め上げられ、力が抜ける。 溢れてくる液体を吸われるたび、やらしい音が響いて余計に感じてしまった。 「あ…ぁ!いい、そ…れ、あぁっ」 もっと強くしてほしい。いっぱいされたい。 もうだめ。 腰を浮かせ、前後に揺らした。 そこをいじってた舌が離れたらしく、また冷ややかな空気を感じる。 「なんでっ、やぁ…やめない、でっ」 どうにかしたくて、腿を擦りあわせたり腰を揺すってみた。 何も変わらず、むしろ物足りなくて辛くなる。 「…して、矢部さん、いじって……くださいっ」 泣きそうになったとき、結ばれていた腕を解放された。 右手を掴まれ、下の方に誘導されていく。 まさか、と思った瞬間、指先が敏感な場所に強く押しつけられた。 「…あぁんっ!やだっ…」 自分でしろってことなんだろうか。 掴まれた右手が、前後にグラインドされる。 「あん、あぁっ!ふぁ、ああっ、はぁっ」 ぬるぬると滑る手に、小さな突起が当たる。 痛いような気持ちいいようなそこに、自由になっていた左手を伸ばした。 右手で秘肉を広げ、左手で突起をいじり回す。 「はぁぁんっ!す…ごい、あぁ!」 理性がなくなっていく。 これは、矢部さんじゃない。 矢部さんじゃないのに、どうしてこんなに イヤ スキ ヤメテ モット …たすけて…お父さん。 「…っふあぁんっ!」 全身の力が抜け、ベッドに倒れこんだ。 真っ暗な視界が涙で歪む。 私…どうなったんだろう? 「イったのか?」 上田さんの声だ。 体を抱えられ、頭に手を置かれてる。 両腕を振り回し、必死に抵抗した。 「やだ!触るな!」 軽い衝撃と、カシャン、と小さな音。 上田さんの眼鏡が飛んでいったのかもしれない。 それを拾いに行ったのか、体を支えていた手が離れた。 緩みかけていた目隠しに手をかけ、ぐいっと引き下げる。 目の前には力なくうなだれる上田さんがいた。 私以上に辛そうに、悲しそうに、涙を流して。 「…上田さん…?」 「…悪かった」 上田さんは一言だけ告げ、シャツの袖で涙を拭った。 しばらく茫然としていた私は意識がはっきりすると、 首にかかった目隠しを外し、上着を直して立ち上がった。 涙で濡れた顔を擦りながら、床に転がった眼鏡を拾い上げる。 「…眼鏡」 「ないほうがいい。YOUの顔を見なくてすむ」 そんな言い方ずるい。放っておけなくなるじゃないか。 私はバカだ。こんなことされても、上田さんが誰より好きで。 愛しくて、辛い。 上田さんの頭をつかんで無理矢理眼鏡をかけさせ、こっちを向かせた。 「…ばか上田っ!」 精一杯、いつも通りの私たちになろうとした。 いつもの心地よい関係。ずっとこのままでいたい。 私はとてもわがままで、本当はとても弱くて。 でも、あなたの前なら自然に笑える。 私を包み込んでくれる大きなカラダも、 あったかくて優しいあなたの声も、 全部、だいすきです。 いつからか、上田さんをいなくなってしまったお父さんに重ねて。 すごく満たされてた。 私は上田さんを、今までずっと傷つけていた? 涙がこぼれる。 目をあわせられない。 「上田さんのばか…っ後悔して泣くくらいなら…こんなこと、するな!」 「…ごめん」 涙がとまらなくなり、上田さんに背中を向けた。 上田さんがそっともたれかかってくる。 私たちはそのまま、しばらく並んで泣いていた。 泣きすぎて頭が痛くなった頃、背中の温もりが静かに離れた。 振り返った私の頬を、上田さんがそっと撫でる。 その瞬間はびくっとなったけど、やっぱり上田さんに触れられるのは安心した。 「…ごめんなさい」 上田さんはやんわりと首を横に振った。 涙の跡が痛々しくて、指先で拭ってあげると、辛そうに目をそらす。 気付いたら、上田さんの手を掴んでいた。 離したくなかった。このまま終わりたくなんかない。 私が幸せになれたとしても、上田さんが辛いのはいや。きっと後悔する。 「…抱いてください」 「…何だって?」 「今日だけ…上田さんの恋人にしてください。 このままじゃ矢部さんに好きなんて言えな…」 言い終える前に、母親に甘える子供みたいに上田さんが抱きついてきた。 …これでいいんだ。 最後に上田さんの気持ちに応えたい。 一時的でも、幸せな気持ちにさせてあげたい。 「本当にいいのか?」 「…これが一番いいんです。上田さんにも、私にも。ね?」 言いながら服のボタンを外していると、唇をそっと舐められた。 慣れないながらも舌を少し出してみると、上田さんが強く吸い付いてくる。 絡めた舌から、水音が響く。 覚悟したからさっきよりも怖くないけれど、まだ少し体は震えた。 息ができなくて口をぱくぱくさせていると、零れた唾液を舐めとられていく。 このまま溶け合ってしまいそうだ。 「…ふぅ、ぇだ、さ…ん」 時折離れる唇の間から、上田さんの名前を呼んだ。 さっきとは違うんだ、矢部さんと置き換えたりしちゃいけないと自分に言い聞かせていた。 「…怖いか」 「平気です」 ベッドに座り、一枚一枚、服を脱ぎ去る。 穴があくほど見つめられて、自然と体は赤みを増していった。 「…電気、消してもいいですか?」 「駄目だ。勿体無い」 上田さん、嬉しそうだ。良かった。 私の選択はきっと間違ってない。 上田さんの首に腕を回して抱き寄せた。 頬に当たる髭が少し痛くて、心地良い。 「好きだよ」 上田さんが背中から腰へと手を這わせながら、耳元で囁く。 くすぐったくて、何だかふわふわした。 「…上田さん。好きですよ」 嘘じゃないけど、後ろめたい一言。 上田さんの手が秘部に伸びた。 まだ濡れたままだったそこをしつこく撫でさすってくる。 「あ!あっ、上田っ…待っ、っふぅんんっ!」 体が痙攣して、また頭が真っ白になった。 恥ずかしいなんて思う間もなく、熱いキスが落ちてくる。 口からも、下からも、ぴちゃぴちゃと音が響いた。 あそこに当たってるのは指じゃないみたいだ。 かたくて熱い、上田さんの……それだ。 唇を離し、上田さんのそれをつい凝視してしまった。 大きい。大きすぎる。 ズボン越しに見たそれは、ぐんと上を向いていた。 私のそこをぐりぐりと突いてくる。 「ちょっ…っあぁ、そこやめて…っ」 「ここはな、クリトリスだ。気持ちいいだろ」 「栗とリス…?食われる…っうぅ」 「…何言ってるんだ」 くらくらする。気持ちいい…。 上田さんにしがみついて、腰を振った。 クリトリスに上田さんのそれを押しつけ、快楽をねだる。 ぐちゅぐちゅと音が大きく響く中、上田さんの吐息が熱くなっていった。 「っYOU、脱いでいいか」 「…ん、待って…もう少しだけ…」 「…ったく、淫乱だな」 止められない腰を見て上田さんが笑う。 私の足、上田さんのズボン、ベッドのシーツ、至る所が愛液に濡れていた。 上田さんが再び手を延ばしてくる。 ぐしょ濡れになった場所に、ぬるりと指が差し込まれた。 「ふぁっ!ゃぅ…あぁ…ん」 また違う気持ち良さを感じる。 というか、なんだか足りない。 もっと奥に触れてほしい。 どうにかしたくて、上田さんを見る。 「俺のコレ、入れてほしくなったか」 何度も頷き、懇願した。 上田さんは私の頭を撫で、嬉しそうにベッドから下りて服を脱ぎはじめた。 指を抜き取られたそこから、愛液が溢れる。 上田さんの背中を見つめ、落ち着かない体をもぞもぞと動かした。 まだかな。早く。遅いよ、上田さん。我慢できない。 俯せになり、上田さんに気付かれないように秘部をいじった。 声を抑え、クリトリスを摘み上げては体を震わす。 上田さんの前でこんなことしてるなんて、恥ずかしい。 そんな羞恥心さえ、快楽の一つになる。 指先を挿入してみると、卑猥な音と共に飲み込まれていった。 俯せのままだと深く入らないことに気付き、膝をついてお尻を高く上げる。 指を二本に増やし、できる限り奥まで突いた。 「ふっ…んん、はっ…あ」 「おおう!?どうした、サービス精神旺盛だな…ハハ」 上田さんの声が遠い。ベッドが沈む。 秘部に触れていた手を取られ、何かが宛われた。 熱くて、硬くて、大きい、上田さんの… 「ぇ、あ…えっ?」 「ゴムは装着済みだ。力を抜いて、大丈夫だから」 腰を掴まれ、ぎゅうっと押し込まれる。 逃げようとする体を押し止めて、上田さんに全てを託した。 「…っ!やぁ、痛…ぁっ」 「落ち着いて…大丈夫だ」 大丈夫じゃない。枕に涙が落ちる。 痛みを紛らわそうと胸に手を伸ばした瞬間、あの人の顔が頭に浮かんで消えた。 しまった、駄目だ…!思考が切り替わる。 私は矢部さんに抱かれてるんだと、頭が勝手に想像してしまう。 「…っ、や…っ、矢部…さんっ」 「どうした、何か言ったか?」 「…っんん…あ…」 入ってくるのが矢部さんのものだと考えると、少し力が抜けて楽になった。 きっと凄く濡れているだろう。こんなの良くない。現実逃避だ。 「…上田…さ…上田さん、ごめ…なさぃ」 「…山田?」 「ごめん…なさ…っ上田、さんっ…」 何かを察したように、上田さんは動くのを止めた。 お互いの荒い息が落ち着いた頃、上田さんが口を開く。 「…もう君の気持ちは知らない。どうだっていい。 好きにしていいって言ったろ」 私を仰向けにしなかったのは、私への気遣いだったのだろうか。 上田さんの顔を見なくてすむように、矢部さんのことを考えていられるように。 …なんだか寂しくなった。上田さんの顔が見たくなる。 「…これでいいんだよな、山田」 私の返事を待たずに、上田さんは再び腰を動かし始めた。 入口を小さく突いた後、強く押し入ってくる。 「上田、さ…あぁっ!っやぁ…!」 尋常じゃない、体が壊れそうな痛み。 全部入ったのだろうか、膝ががくがく震えて力が入らない。 「…っ、キツイな…いいぞ、気持ちいいよ」 「んっ…上田、ぁ…上田さんっ」 上田さんが気持ちいいなら、私が苦しくったって構わない。 私は上田さんが大切だって、わかってくれますか…? 「山田…イッていいか?早くて悪いな…気持ちよくさせられなくてごめん」 「…ん、っ…だいじょ…ぶ、です」 動きが一層激しくなる。痛むのは体だけじゃない。 涙が溢れて止まらなかった。 「っあ、出る…っあぁ!」 「…上田さん…っ」 私はベッドに崩れ落ちた。開放された体が重い。 やがて上田さんが私の体をそっと起こした。 涙と汗で汚れた顔を、心配そうに覗き込んでくる。 「上田さん…上田さん、だぁ…」 やっと上田さんと顔を合わせられた。 なんだか悲しくて嬉しくて、必死に上田さんに手を伸ばす。 ぼろぼろ泣きながら、上田さんの首に抱きついた。 「…ん…どうした?大丈夫か?ごめんな…」 「…上田さん…」 「辛かっただろ、寝てなさい」 「や…一緒にいたいです…」 上田さんは悲しげに息をついて笑った。 体が重くて抵抗できず、されるがままにベッドに寝かされる。 「…眠れるまでここにいるよ」 「…やくそく」 「ん?」 「私からキスしたら、ずっと一緒にいてくれるって言った…」 「……」 上田さんは何も言わずに私の体に布団をかけた。 きっと私の言葉は残酷で、上田さんを傷つけているだろう。 「…上田さん、…だいすき…」 自分の意思とは裏腹に、自然と瞼が閉じていく。 薄れゆく意識の中、ドアの閉まる音を聞いた気がした。 翌朝。痛む体を引きずるように身支度を整え部屋を出ると、上田さんが居心地悪そうに立っていた。 「…朝食はバイキングだ。昨日夕食を食べそこねたからな、存分に食べろ」 目を合わす事なく告げた上田さんについて歩いていると、聞き慣れた声が届いた。 「お〜、おはようございます上田先生!」 矢部さんだ!矢部さん!…にゃ〜! なんだか恥ずかしくて、上田さんの背中に隠れてみた。 「おはようございます矢部さん。 …YOU、隠れてないで挨拶しなさい」 「え!?」 「なんやおったんか。普通お前が先に挨拶するもんや!『おはようございます』、ハイ」 「ぉ…おはようございます」 「よし。しかし朝食も旨そうやな〜」 上田さんと矢部さんは、談笑しながら次々と料理を皿に盛っていく。 私は空の皿を抱えたまま、矢部さんをぼんやり見つめていた。 「YOU…言ってこいよ」 「えっ?」 「二人で話せる機会は滅多にないぞ」 そう言うと上田さんは両手に皿を抱えてテーブルに行ってしまった。 上田さん…辛いだろうに、私を応援してくれるんだ…。 目の前にはまだ矢部さんがいる。 そう…今しかないんだ。行け、奈緒子っ! 「…矢部っ!」 恋する乙女な気持ちで見つめたのに、矢部さんには睨みつけたように見えたらしい。 矢部さんは反射的に右手で頭を押さえて、数歩後ずさった。 「呼び捨てはあかん!…何や」 「…大事な話があるんです」 二人きりで話すなんて久しぶりで落ち着かない。 大丈夫、私には上田さんがついてる。 矢部さんの腕をつかみ、何も言わずに見つめた。 「お前なぁ…何がしたいんですかー?」 明らかに不審がられてるけど、一応確保できた。 あとは真面目に。ちゃんと、大きな声で。 「私…。…私、矢部さんが好きです。矢部さんの彼女になりたい」 「……。…へ?」 回りくどいのは通じないだろうから、率直に伝えた私の想い。 どきどきして足が震える。きっと顔は真っ赤になっているだろう。 それでも勇気を出せたことが嬉しくて、私はもう一度だけ言った。 「好きです…矢部さん」 「…大事な話、って…それ…からかってんのか!?は、…はぁ?お前が、彼女って何や!?阿呆か!!」 「私、本当に…ずっと前から好きです」 矢部さんはぽかんと口を開けて硬直してる。 ここからどうなるのか、私にはわからない。 でも、不思議と怖くはなかった。 −−−数分後。 上田さんの向かい側に倒れ込むように座り、ほてる体を落ち着かせるように深呼吸を繰り返した。 「…上田さん。私、言った…」 料理を掻き込む手を止め、上田さんはちらっと私を見た。 何から話したらいいんだろう。 とにかく、上田さんに話したいことがたくさんあるんです。 「…上田さん、あのね」 上田さんは時折頷きながら、私の話を聞いていた。 色々あったけど、上田さんに会えてよかったと素直に思えた。 お父さん。私、幸せです。 あたたかくて優しい大切な人が、一緒にいてくれるから。 私をずっと見守ってくれる人。 私一人を、変わらず愛してくれる人。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |