上田次郎×山田奈緒子
![]() 「いち…に…さん…し…ちょうど、一週間か」 指を折る手がぱたりと畳に落ちた。 一週間、バイトと家の往復だけの生活だ。 つまりは一週間会っていないということだ。 …あの男に。 「一週間だって…はぁ… 会い…会いた…い?…や…会いたくなんかない!! ただ家賃の支払いが…それに非常食もなくなってきたから、それだけ…」 誰にも話せない、誰かに話したいこと。 奈緒子は俯き、写真の中の父親に語りかける。 「あのね、お父さん…私ね、好きな人ができたんだけど…」 「なんだって?」 「!?」 驚いて振り返ると、声の主はあの男だった。 上田次郎。 「おまえいつから…!今の話聞いてたのか」 「今の話?天才上田教授のことが好きなんです愛しているんです、とお父様に報告していたことか」 上田がニヤリとしながら奈緒子に近づく。 奈緒子は真っ赤になり座布団で顔を隠した。 「ばっ馬鹿…そんなこと言ってない!!!違う違う消えろお前!」 「そうか、今流行りのツンデレというやつか?YOUは」 「なんだツンドラって?」 「…まぁいい」 奈緒子の抱える座布団を取り上げ、上田はいそいそとお茶の準備をし始める。 お茶うけは、上田の好物のわらび餅だった。 「いただきます」 いつもなら勝手に手をのばすわらび餅を、奈緒子はぼうっと見つめていた。 上田の唇に触れ、消えゆくわらび餅。 その視線に気付いた上田が、少し考えてニヤリと笑う。 「…あの時と同じように、してほしいのか?」 「あの時ってなんだ?」 「ほら…『キスしてやる』」 「!…っ…」 あの時。 キスをする振りをして、口で剃刀の刃の受け渡しをした時のこと。 つまり、口移しでわらび餅をくれるということだろうか。 馬鹿じゃないのか、こいつは。 頭がくらくらする。 心臓がもたない。 「…ん」 上田はわらび餅をひとつくわえ、奈緒子の肩を抱いた。 「ちょっ…うえだ…」 強引ではないはずなのに抗えず、口をひらく。 唇がほんの一瞬、触れた。 口の中を、ひやりと甘い感触が伝う。 「…うまいだろ?高いんだから味わって食べなさい」 「……ん」 上田は奈緒子がわらび餅を飲み込むのを待ち、 最後のひとつを手にする。 見せ付けるように口にほうり込み、わらび餅をくわえたまま器用に告げた。 「…食べたかったら、奪ってみろ」 挑戦的な笑みが奈緒子を誘う。 「…上田。『キスしてやる』」 奈緒子は上田の首根っこをひっつかんで、思い切り唇に食らいついた。 「…っ…ふ…」 「…んん」 キスに慣れない二人は、ぴちゃぴちゃと音を立ててお互いを求める。 わらび餅の冷たさと舌の熱さが溶け合う、甘いキス。 ロマンチックではないような気がしたが、二人は満たされた気持ちだった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |