sweet hot spa
上田次郎×山田奈緒子


ほのかな硫黄臭。
涼やかな夜気にたなびく湯気……温泉だ。

それも確実に強羅。
いつの日にか愛する女性とともに入るとかねてから誓っていた、定宿のプライベート露天風呂に間違いない。
閑雅な照明に、湯が満々と揺れている。

膝の上には濡れたおくれ毛をうなじに落とした、一糸纏わぬ──。

なぜ山田奈緒子なのか。

上田は、唐突に放り込まれた、ひどくしっとりとしたこの情景にとまどっていた。
奈緒子の唇が動く。小さい呟きが水音に紛れた。

「…上田さん。ちゃんと座ってるの、難しいんですけど」

この宿の源泉は濁り湯だから、透明度はかなり低い。
従って湯の下は定かには見通せないのだが、上田の腿には丸みを帯びた滑らかな尻の感触がある。
奈緒子は、湯の中でふらつく躯を安定させるためか、絶えず身じろぎしていた。
そのたびに触れあう場所から戦慄に似た快感が背筋に走り、上田の躯を熱くさせている。
高めに感じる湯温のせいもあるのだろうか。
うっすらと淡紅色に染まった奈緒子は目を疑うくらい綺麗で、とても普段の彼女とは…。

上田は湯気に曇る眼鏡を外し、急いで指先をこすりあわせた。
眼鏡のレンズは常にクリアに保つべきものだからだ。それ以外の理由などない。
決して、湯の上にみえる部分だけでも目に焼き付けたいなどというヨコシマな意図からではない。
なぜ自分が眼鏡をしたまま温泉に入っているのか、そのあたりの経過も判然としないが、まあいいだろう。

すっきりとした眉。
潤み加減の大きな瞳。
口角がちょっと色っぽいかたちにあがった可憐な唇に、肩から流れる細い鎖骨の影。
上田を見上げてくるまっすぐな視線。
いつもの勝ち気さが、恥ずかし気でどこか憂いを刷いた表情のせいか、珍しくも影をひそめている。

大体、誘ったら──多分誘ったんだろう、この場面までの記憶がどこかに行ってしまったが──誘われるまま膝に乗ってくるなんて反則だ。
いつもなら絶対に断られるはずなのに。

「上田さん」

すぐ耳元でまた声がして、上田の鼓動がひとつ跳ぶ。
硫黄とは全く違う甘い香が湯気に混じっていることに気付く。
奈緒子の髪と肌と吐息の──彼女の匂いだ。

「どうしてずっと黙ってるんですか……何か、いつもみたいにバカな事、言ってくださいよ」

濁り湯の中で、上田の胸に奈緒子の肩が何度も当たっている。
腕も、肘も、腰も腿も。
操られるように手が動き、湯の中で彼女の腕を掴んだ。
ふわふわしている彼女を安定させるためだ。他意はない。断じて。

深い色の瞳に吸い込まれそうだ。

「……唇を…合わせるべきなのか。そうだ、勿論だ。心理学的見地からみても、行動の選択確率はこの場合…」
「何でそうなるんだ。それより、………恥ずかしいくらい…勃ってますね」
「う、うるさいっ」

思いきって奈緒子に視線をまともにあてる。
見つめられて羞恥をあらわにし、震えた彼女の睫の長さを確認する。

……そうだ。

彼女の憎まれ口など、どうせ照れ隠しに決まってる。
なんとなればさっきから、ずっとうっすら開いて彼を待っているような桜色の唇。

ほとんど自動的に躯が傾いて奈緒子を追いつめた。

「上田さん…」

慌てたような小さな彼女の囁き。

「とめるつもりだとすれば、遅い。人をからかうんじゃない。……そんな目で、俺を見るな」

唇が合った。
ほどけるように上田の愛撫を受け入れるしっとりとした唇。
ためらいがちに廻された細い腕を頭の後ろに感じ、上田は奮い立った。

──勿論、厭なんかじゃないにきまってる。奈緒子も、自──いや。

「……ん、ふ…上……田、さ…」
「……」

ふいに、質さなければならないような気がして、上田は唇をわずかに離す。

「どうしたんだ、you……今日はなんだかおかしいぞ」

奈緒子は潤みきった瞳を開け、上田の顎を指でおさえた。

「……上田さんの事だから、誘ってる振りしてどうせ、最後には逃げるんだろうって思ったんですよ…驚かせてやろうと思って」
「俺に逃げてほしかったのか」

彼女は赤くなった。
もじもじと肩を竦める。

「……でも、上田さん……今まではずっとそうだったじゃないですか。計算狂っちゃいました」

表情も口調も声も唇も、上田に触れる彼女の肌触りも、あまりにもあれだ。その。

……『魅惑的』。
…山田奈緒子が?

心臓が異様なまでに高鳴っている。
湯当たりか。それとも不整脈か。
今度精密検査を受けなければ…だが、とりあえずなによりも、問題はこの状況だ。

「……この!」

彼女を押さえ込む。

「あっ!」

華奢で柔らかい躯。
滑らかなかたちのいい手。

「お前、本当に山田なのか?俺を騙してるんじゃないのか。正体をあらわすんだ、宇宙人め!」
「ほ、本当に私です!なに疑ってんだ、上田」
「いいか、これは普段の俺たちでは絶対に起こり得ない状況なんだよ。そうじゃないか? 展開にリアリティというものが全くない。youが仕組んだ何かの罠かもしれない、あるいはyouが別人で──」

奈緒子はさらに赤くなった。

「そ、そういえば…って、それってどういう理屈なんだ?」

上田はじりじりと、抱え込んだ奈緒子の躯を湯の表面まで持ち上げようとした。

「待て。どれどれ、胸は──ふっ、やっぱりこの世で三本の指に入るほどのド貧乳か。確かに山田のようだが……」
「上田!はなせ」

奈緒子は真っ赤になり、逃れようとして身を捩っている。
湯でいっそうなめらかになった肌理こまかな肌が上田の躯を官能的に擦りまくる。
なんという強烈な刺激だろう。

「山田……!」

豊かな理性までもが、根こそぎ全て削りとられていく気がする。
恐るべし、温泉スキンシップ。

上田は大きく息を吸い込んだ。

「貧乳の問題はいつもの事だからまあ良しとしよう。この際だ、どさくさに紛れて言っておく…………俺は、ああ、俺は、youのことが……す……す、す、すす……す…」

奈緒子の目が切な気に揺れた。

「どうでもよくは……上田…」
「口を挟むんじゃない!こんな時ぐらい黙れよ全く……す、す、好きだ………ああ、あ、あ、…あ、あ愛してる、かもしれない」
「……わざとらしくどもるな、嘘くさい」
「本当に、だ。youのためなら、この命──」

上田の口を顎から滑らせた指でおさえ、奈緒子は目を伏せて恥ずかし気に呟いた。

「そんな事言う奴は上田じゃない。そっちこそ、偽物だろ……!」

ああ、こいつは本物の山田だ、と上田は深く安堵した。

「なんなら、四桁の四則演算で俺であることを証明してやってもいいぞ」
「や……やっぱり上田か。そんなバカな事──」
「………山田」
「………え?」
「こんな時ぐらい真面目に聞けよ」
「こんな時ぐらいって……ものすごく異様なシチュエーションじゃないか、これ」
「黙れ!!!……返事は?」
「……………ハイ…」
「……好きなんだ」
「………上田……」

完璧だ。

上田の胸は達成感に膨れ上がった。
夜空に向かって拳を突き上げたい思いで一杯だ。
あまりの状況に混乱し、多少ぎくしゃくはしたが、急転直下のこの鮮やかな結末はどうだ。
上田はこれまであえて膝にのせた全裸の女性に求愛した事などなかったが、はからずも今回初めての試みであっさりと成功してしまった。
再認識するまでもなく、それもこれも上田が天才だからである。
山田奈緒子のようなひねくれた女までもを素直にさせてしまう、溢れ迸る底なしの才能と魅力が自分でもそら恐ろしいくらいだ。

「上田……さん…」
「……you」

見つめ合い、どちらともなく再び唇を重ねた。
なんという自然で美しい流れだろう。

言葉をいくら発しても、この喜びを完全に表現させる役にはたたない。
もどかしい。
どうすれば彼女に、この高揚感を伝えることができるのだろう。
奈緒子の指は上田の髪深く潜りこみ、上田の腕は奈緒子の躯に巻き付いた。
唇で首すじを覆うと、奈緒子が鼓動を跳ばしたのがわかった。
もしかしたら、跳んだのは上田の鼓動のほうかもしれないが。

掌全体に伝わってくる腰の艶かしい曲線。
囁き混じりに抑制をほどきはじめた彼女の吐息。
奈緒子の腿を押している、わかりやすい上田の反応。

……これは恥ずかしい事じゃない。

健康な成人男性としての当然の反応だ。
上田は頷く。

湯を通してかすかにみえる、ほの赤い乳房の先が可憐に尖っている。
奈緒子は、上田の肩に上気した頬を伏せてきた。

「上田さん……あ…」

大き過ぎる男根はいい予感に張りきって敏感になり、ぴくぴくと揺れ、たぶん湯などよりもはるかに熱く蕩けているはずの、奈緒子の躯の中に早く納まりたがっている。
彼女の華奢な背に腕を廻して引き寄せる。
湯が騒ぐ。

「you…もっとこっちに……来いよ」

もっと早くこうして触れ合えることができていれば、これまで遠回りしなくてすんだのだろうか。
昂る感情のまま上田は奈緒子の尻の肉に指をおいた。
抱き寄せ、奈緒子の胸の間に顔を埋める。
貧乳貧乳と苛めてきたが、ふわりと柔らかな肉がきちんと頬をおさえこむ。
綺麗な胸じゃないかとちらりと思った。
こうしていると、とても気持ちがいい。

細くひきしまった胴を確保し、舌を出して乳房を舐めた。
濡れた肉を震わせるように唇で挟み、くっきりと浮かんだ乳首を音をたてて吸う。

「あ、いやっ……上田……」
「好きだ……こいよ、早く、腰をあげて…」

浅く早い呼吸音が湯気を撹拌して響く。
自分のだと気付くが恥ずかしくもないし自己嫌悪も感じない。
歯止めが効かなくなっていく。
壁が失われていく。
なにかがどんどん壊れていく。

無理もないだろう。
……な女を抱いてるんだから。

すんなりした白い腿を腰の横に導く。

「……俺の腰を挟むんだ。そうだよ、上手だ…」
「こんな格好……恥ずかしい、上田…」

なにが恥ずかしい。
どんな動画教材の女優よりも俺をそそっているじゃないか。

ためらっている脚を引き寄せ、腰を掴む。
湯とは全く別の温かさに先端が触れる。
力をこめて彼女の腰を引きずり降ろす。
狭い肉の強烈な抵抗感。奈緒子の指が上田の肩を握りしめる。

「んっ………ぁ…う、ん…!」

深く深く、潜り込んでいく感覚。

「you…!」

蕩けた彼女の細い躯は苦労しながらなんとか上田を通過させていく。
のけぞるように身を揉み、奈緒子が呻く。

「あぁあ!」

苦痛だけとは思えない確かな艶が、血流でざわめいている上田の鼓膜を震わせる。

「あ、あ、っ……こんなに…深すぎて……やぁ……」

背筋を撫でる甘い声。

「んっ…んんっ…あ……上田さん…いや、あ、…上田さんっ…」

上田の顔の横でわなないている彼女の白い顔。
眉をよせ、綺麗な目を潤ませ、薄く開いた唇の隙間に喘ぐ舌がちらりと踊った。

「山田……」

勝手に腰が動き始める。
二人の周囲で、じゃぼっと湯が一斉に騒ぎ立てた。

「んっ、ん…ああっ、いや、あ…っ」
「や、山田っ!!」

奈緒子は柔らかな頬を上田の耳に擦り付け、振り落とされるのを怖れるかのように背に腕を廻してきた。
思わず爪をたてたのか、鋭い痛みが一瞬走る。
だがそれは興奮しきった上田に何らダメージを与えるものではなかった。

「あああっ、あっ、あはぁ、ああ!あ!…」

奈緒子の腿が上田の腰を、動きに合わせて締め付ける。
くねる躯は、もしもこんなに深く繋がっていなければ上田の腕から今にも抜けそうだ。

「いやぁ、上田、上田、さんっ…私…、わたし…!」

奈緒子が喘いで身をよじるたびに、その胎内で隙間なく上田に絡まりついた熱い複雑な肉襞が、きゅうきゅうと奥にむかって誘うように絞り抜く。
ほとんど拷問のような強烈な悦楽に上田は呻いた。

「おおぅ、youっ!……は、反応が良すぎるぞ!」
「あん、バカっ…上田のせいだっ……こ、こんなに…なっちゃったの…あああ、だめっ!」

こんなに感じているなんて、彼女もそれなりに──いや、かなりこの行為に馴染んできたのか……。

馴染む……?
だが、いつ奈緒子を抱いただろう。

上田にはその、記念すべき最初の開拓行為の記憶がない。
最初どころかその後の楽しかるべき発展途上の日々の覚えもない。

ないったらない。
ゼロだ。

「何だと……ばんなそかな!…ん…おぅ……なんで……」
「あっ、んっ!…ふぁっ!…上田、上田さん、ごめ、んなさい…もう、私…もう…っ…」

重要極まりないはずの記憶の欠落にたじろぐがそれも一瞬だ。
奈緒子の、限界を訴えるたまらなく色っぽい動きにすぐに上田は集中する。
腕の中、目の前に、彼の名を愛しげに呼びながら艶やかな声をあげている彼女がいる。

ああ、それで充分じゃないか?
彼女が自分の傍らに居る。
それだけで。

「上田さん!上田さん!!ああっ、一緒に、ね、いっしょ、に!ああ、もう……」
「そ、そんなにいいのか、you。イくんだな?…お、俺も、もう…っ」
「う、…上田さん、好き……あ、あぁあーーーーーっ………!!」

奈緒子が躯を震わせる。
紅潮し、色づいた躯が上田の胸板に擦り付けられ、細い指が首を抱き、耳朶に触れ、やわらかい唇が。

「…あ…あああぁ……や、ぅ…っ」

抱きしめると、彼女が跳ねる動きにあわせて濁り湯が揺れ動く。
奈緒子の脚が、強く上田の腰を締めつける。

「you……!!」

繋がった場所が何度も何度も、痙攣してうねり、ほどけ、彼をきつく搾りあげた。
耐えかねた上田は……。





「………おおうっ!?」

跳ね起きた上田は、ずれ落ちかけていた眼鏡を顔から引きむしった。

ぼんやりとした視界に見えるのは、机一面に散乱した書類。
転がったグラス。
つけっぱなしの卓上ライト。
見慣れた自分の研究室である。

「………………」

思い出した。
溜まっていたレポートの採点をやり遂げるため、昨夜はいつものインチキ事件を解決して帰京したその足で大学に戻り、そのまま───眠ってしまっていたらしい。

上田は眼鏡をかけ直し、時計を見た。
午前三時二十三分──なんという半端な時間だ。

「ん…?」

上田は頬に涎が垂れていることに気付き、慌てて掌で拭った。
身じろぎすると股間に違和感…。
下着の内側の、このなんともいえず気色の悪い感触は。

「シット!」

上田は腰を引き気味に立ち上がった。

……山田奈緒子と事件解決に出かけたあとには時々こういう事がある。

理由は単純──地方に泊まる場合には、経費削減のため彼女と同室で過ごすはめになるからだ。
乱暴者で強欲で愚かな貧乳といえども一応女、それを傍らにおいていつもの崇高なる『練習』はできない。
事件が長びくと当然溜まってしまう。
溜まったものは定期的に放出したほうがいいに決まっているのだが、処理できなければこうやって自動的に排出されることもある。
生理的な現象だから仕方ないのだ。
だが、仕方ない事とはいえ中学生じゃあるまいし、いい年をして…というこの微妙な情けなさは何だろう。
上田は苛々しながらロッカーを開けた。

淫らな夢を見ていたような気がする。
温泉にいて──奈緒子がいた。
上田としては、出て来てほしいわけではないのに彼女が勝手に出て来たのだ。
温泉だから、彼女は服を着ていなかった。
だからといってあんな貧乳を見たところで全然嬉しくなんかない。なのに。
温泉だから、無論自分も服を着ていなかった。そして奈緒子と……。
………膝に乗ってくるから、だから……湯が……熱くて……。
確かそういう夢だった。そうだ、そういう夢だった。

なんという事だ。
その結果がこれか。

「なぜだ。なぜあんな夢を!……屈辱だ」

腰回りにバスタオルを巻き、紙袋に下着をつっこむ上田の手は震えている。

「この俺が。大学教授で天才物理学者のこの上田次郎様がだ。あんな貧乏で貧相な女で…どういう間違いだ!」

うろうろと所在なげに室内を彷徨った上田の視線が電話にとまった。

「くそ。夢に出てきたぐらいでいい気になってんじゃねぇぞ……山田…叩き起こしてやる」

理不尽で身勝手な怒りに燃え、慣れた指さばきで電話番号を押した。
いい加減短縮にしたほうが早いのはわかっているが、なんとなく癪に障るので未だに設定していない。

長い長い呼び出し音。

「……早く出ろよ!」

どうせいぎたなくあられもない格好でとんでもない場所に転がっているに違いない。
どんな男も裸足で逃げ出すような、色気皆無の寝言を唸りながらだ。
あの恐るべき寝相と寝言でせっかくの可愛い寝顔も──いや、誰があんな女。
自分以外の誰が……夢とはいえあんな無礼な女の相手をしてやる男など、他にいるものか。
上田は歯ぎしりをした。

『──もしもし』

平板な声が電話線のむこうから伝わってきた。
幸せな惰眠をとりあげられ、不機嫌の絶頂である事は、ゾンビの呻きめいた響きで容易に想像できる。

「俺だ! you、貴様…さっき俺の夢に出てきただろう、え?どういう了見だ」
『やっぱりお前か…。今何時だと…さっ、三時半!?おいっ、上田!』
「ふん、ごまかすなよ。よりによってあんなみだらな格好で。……全裸。全裸だぞyou。恥を知れ、恥を」
『ちょっと待て。………はい?』
「いいか、言っておくが俺はな、夢ならばともかくだ…現実にはあのスペシャルな露天風呂にyouのような愚かで心も胸も貧しい女を連れ込みはしない。ましてやだ」
『おい。落ち着け、上田』
「うるさいぞ、山田の分際で。黙ってろ! ましてやだな、いいか。いくら全裸の君が膝に乗り、俺を誘惑してきてもだ」
『……』
「対面座位で交わったり、さらにさらに両手を岩場につかせた上で背後からyouを泣かせたりなどという気持ちのい…、じゃないっ!! ふしだらで非理性的な猥褻行為は、この俺に限っては、絶対!ネバー!断固!!ニヒト!!!」
『……』

「おい!聞いてるのか!?」
『上田さん』
「何だ」
『今後私の半径二十メートル以内に近づいてきたら殺しますから。いいな』

ぶっつりと電話が切れた。
延々と続く待機音を聞きながら、上田はようやく我に戻った。

「…………」

石像と化して立ち尽くす。

俺は今何を言った。

……全部ぶちかましてしまった、のか?
あの夢の内容を。──奈緒子に。

「……ウェィト!」

四十センチほど垂直に飛び上がり、上田は両手で受話器を雑巾搾りにしぼりあげた。

「違う!誤解するな、you!今のは全部俺の間違……いや、君の聞き間違いだ!」

冷たく響き続ける待機音。

「聞けってっ! youーーー!!!」



バカは死ななきゃ治らないらしいが、上田のバカは死んだとしても治る見込みはあるのだろうか。






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