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上田次郎×山田奈緒子


「立ったほうが?それとも横に──」
「上田」

奈緒子は小さな声で呟く。

「そんなにしてほしかったのか」
「男ならば当然だ!だが──youは厭がるかもしれない。噛みつくかもしれない。無理強いはできない。だからずっと俺は──」
「こ、この一ヶ月、ずっと無理させまくってたじゃないか!」
「それとこれはまた違うんだよ!」

奈緒子は興奮して喋り続ける上田の肩をそっと抑えた。
仰向けになった上田の腹に腕を置き、動きを制御する。腰の傍らに膝をついた。

「だったら、もっと早くしてあげればよかった……自分から言い出すの、恥ずかしくて」
「そうか。……いい子だな……you」

上田は、俯こうとする彼女の髪をそっと払った。
やわらかな頬が染まる。

「…あ、あの…見てるつもりなんですか。この…変態」
「見たいよ。君がしてくれる『いい事』には希少価値がある──やっぱり、眼鏡かけちゃだめか?」
「だっ、駄目!」

上田は笑った。

肘をついた上田の視線を厭というほど感じながら、奈緒子は俯いた。
つい、と近づくと長いなめらかな髪が上田の腹をくすぐって流れた。
途端に大きく揺れ動いた男根に軽く頬を叩かれる。

「にゃっ!」
「すまん。つい」

目の前でまじまじと見るのは、今朝の装着特訓時に続いて二度目だが──思わず奈緒子の唇を吐息が割る。

「ほんと…………………………おっきいですよね。これ」
「…しみじみと言うんじゃない」

上田のほうもそこはかとなく恥ずかしいらしい。声がわずかにうわずっていた。

「ここ、濡れてますね…雫が……ここ、先のとこ…どんどん盛り上がってて」
「実況するな…うっ!」
「んっ」

ぱくっといきなり銜えられた上田が声を裏返した。

「お、ぉおぅ……!」

銜えてはみたものの息苦しくなって、奈緒子はすぐに口からつるりと放した。

「あまり、美味しく……ない」
「……」

上田はツッコミを忘れ、奈緒子の口元をみつめていた。
無意識の反応なのか、ぎこちなく自分で自分の唇を舐めたのがおかしかった。
奈緒子がその動きを真似して唇を舐めるのを見て、上田の頬がかすかに赤くなる。

「上田さん」

なぜか、胸苦しくなるほど唐突に、上田のことを可愛いと思った。

重量感のある男根の根元に指をのばし、できるだけ優しく絡み付かせた。
もう片手も添え、両方の指で幹を包む。

「………you」

かすれた声。
奈緒子は上田に視線を向けたまま静かに顔をさげていき、唇をかすかに開いた。
ねばつく先端の雫で潤滑させながら何度か舌をその味に馴らし、思い切って滑り込ませる。

「おおっ…」

息を飲んだ上田が腰を浮かせかけた。そのはずみですっぽりと亀頭部分をくわえこんだ。
口腔一杯に含んだ先端の、肉のわかれた溝の部分を舌先でなぞる。

「う、あ…はあっ」

上田が呻いた。それ以上うまくなぞれず、舌を動かす余地がない事に気付く。
くぱっ、と音をたてて奈緒子が口を離すと、唇から透明の糸がゆっくりと落ちた。
それを凝視する上田の顔が歪んでいた。
今にも泣き出しそうな、あるいは今にも怒り出しそうな眉をしている。

「上田さん」

奈緒子は、涎のように唇を汚したその液体を舌先で舐めとった。

「もっと?」
「……………」

いたたまれない風情で上田の目が瞬き、彼はそれでも頷いた。

「……」

奈緒子は微笑んだ。
視線を外し、先端のつるつるした面から穴の周囲へと軽く舌を滑らせる。
どうすればいいかを熟知しているわけではなかったが、なんとなくわかった。
こうしてあげれば、きっと──気持ちいい、はず。

びくりと手の中で幹が震えた。
深く考えず、奈緒子は優しく指を動かし始めた。
撫でるように。包むように。揉みこむように。
するするとすべる、太い芯を護る薄皮に指をあてて摩擦する。
摩擦すればするほど上田の息は荒くなった。
舐めるだけではなく、少しだけ先端を舌先で吸ってみる。
吸うたびにじわじわと新しい雫が湧き出してくる。張り出した鰓をなぞり、舌を幹に滑らせた。
血管が浮き出した幹はグロテスクなほど太い。
顔をこすりつけるようにして、逃げようとする皮を舌で抑える。
先端から垂れた雫と唾液が混じってぴちゃぴちゃと音をたてる。
流れ落ちそうなそれを舌先で掬い上げ、喉を鳴らして呑み込んだ。

「you……」

上田が呟く。また裏返りかけたその声に、怒りや不快の気配がまるでない事に奈緒子は安心した。
垂れ下がって邪魔な髪を耳に掻きあげる。こもっていた熱気が逃げていく。

「おう」

大きな吐息。
焦げ付くような温度の視線が直接顔に突き刺さったが、もう奈緒子は気にしないことにした。

「んん」

顔を傾け、先端にキスをする。唇を半ば開き、柔らかい内側でちゅ、ちゅっと潤しながら肩をさげていく。
さげられなくなると躯をくねらせ、まともに、先端までを一気に舐め上げた。

「はあっ…」

熱い吐息を亀頭にぶつけ、びくりと震えた先端から、またどっと溢れ出した雫の連なりをちゅるちゅると吸いとる。
とてもいやらしい事をしていると自分でも思うが、なぜかやめられない。
変な味で、変な舌触りだが、でも上田のものなのだ。
震えている。奈緒子の愛撫に張り切って雫を溢れさせているのが、とても可愛くて愛おしい。

もっと喜ばせてあげたい。もっと。

奈緒子の視線が、根もとから茂みの奥に落ちる。
自然に片手が滑り込み、細い指先を茂みに潜り込ませた。

「……っ!おい」

不意をつかれた上田の喘ぎが頭上で漏れ、びくりと男根が揺れる。
挟むように顎をこすりつけ、その幹をおしのける。
むにゅり、と掴んだものを柔らかく持ち上げた。
厚ぼったくてひっかかるような感触だ。重みがある。
女の躯にはないその奇妙な手触りが珍しくて思わずもう一度揉んでみた。
握りしめると内部でむにゅむにゅと滑って逃げていくふたつの玉の感触。

「…遊ぶな」

上田が呻くように、小さな声で言った。
奈緒子の顎の下ですべりやすい薄い皮の中の芯が絶え間なく動いている。
我慢できなくて揺れ始めた彼の腰を片方の肩でおさえつけ、奈緒子は陰嚢から手を放した。
顎をあげ、また落ちてきた髪を振り払う。邪魔だ。
上田の腹に長くしなやかな髪が音を立てて叩き付けられ、さらさらとすべり落ちる。
解放されてもびくともせずに屹立したままの幹を握りしめた。
かなりの刺激を与えても彼が痛がらないことは既に覚えた。

さっきから躯の芯にくすぶっている苛立ちをほどくように、奈緒子は小さく喘いだ。
いつも、上田は、これで奈緒子の躯の中をどう掻き回していただろう。

「ん」

奈緒子の汗と唾液と、溢れる雫で濡れた大きな幹。
急かされているような気持ちのまま、指ではなくなかば掌に包み込み、上下に擦り立てていく。
少しずつ。だんだん、早く。
奈緒子の腰が同調するようにくねり、彼女は整った顔を少し歪めた。

物足りない。
寂しい。もっと、こうじゃなくて。もっと。

奈緒子は顎を大きく開いてその先端を呑み込んだ。
柔らかな口腔をこすりつけ、衝動のままに舌でしゃぶり、張り出した鰓をならすように甘噛みし、穴に舌先を尖らせて掘り立てて…。


「やめろ。こら、you!」

ぐいと肩をひかれた。
少し虚ろになった瞳で奈緒子が見上げると、上田の顔は真っ赤だった。

「おいっ!巧すぎるぞ!初めてのくせに。……い、今、危うく」
「んっ」

奈緒子は肩で息をしながら、せっぱつまった声を出した。

「あん…」

腰を浮かせてもじもじと小さくくねらせる。

「上田さん、私」
「…………」
「やだ…」

白い腿の内側につややかに伝っている流れに上田の視線が吸い付いた。

「はぁ…っ…私、いやらしい……っ…!」

奈緒子は呟いて上田の胸にしがみついた。
頬のみならず、耳朶や首筋まで赤く染めている。

「だめ…いや……こ、これ……いっ……い、挿れてくださいっ」
「え?」
「見てるだけじゃ厭……お願い、ああ…」
「お…?」

度肝を抜かれた上田の間抜けな声に、奈緒子は焦れて叫んだ。

「さっき、さっき言った!言えばすぐ、って…」
「…………you……。ぐ、ぐふっ!」

いきなり噴き出した上田に、奈緒子はなじるような視線をあげた。

「上田っ!」
「すまない。あまりにも──くくっ……ん。ちゃんと言えたじゃないか」
「……」

奈緒子はかすかな吐息をつき、上田から腕を離した。身をくねらせるように肘をつく。
腿と腿が封じ合うように擦りあわされている。
自分の意志ではやめられない。

「わかったよ」

上田は荒い息を隠すようにニヤリと頬の線を崩した。

「俺もyouも、もう余裕がない。そうだろ」

こくんと奈緒子は頷いた。

乱れて半端に崩れ寄った掛け布団を蹴飛ばし、上田は彼女を仰向けに横たえた。
枕をとって奈緒子の腰の下にさしこむ。

「何してる…んですか」

すっかり情欲に染まった美しい双眸で奈緒子が見上げた。

「このほうがyouの負担が少ないと思う。…おいで」

彼女の腕をとり、軽く膝を曲げさせた脚の間に躯を割り入れ、上田は短く呼吸を整えた。
奈緒子も深く吐息をつき、意識して全身から力を抜く。
どんなに蕩けていようと、何度も彼に抱かれていようと、受け入れる瞬間にはまだかすかな恐怖がつきまとう。
理由は単純、冗談のような巨根だからだ。
一方上田は上田で、乱暴に入ると奈緒子を壊すのではないかという怖れを抱いているようだった。
だから彼はいつも様子を探るように、最初はできるだけゆっくりと入ってくる。

柔らかな接触。
潤いきり、滑りやすくなっている谷間を押し分け、温かな先端がぬめり込んだ。

「……あ、…く…っ」
「奈緒子」
「は、あ……あ…」

細い躯がのけぞる。
熱くて寂しい熟した芯を、堅くて大きな上田の肉が騙しながら押し開き、埋めていく。
少し怖いような、ずっしりとした充実に躯が震える。

「んっ、ああ、あっ、……上田さん…っ」

奈緒子は甘い声で口走り、胸を波打たせるようにして上田の首を抱き締めた。

「本当に……どうした…you」

上田の喘ぎが耳元で揺れている。
奈緒子は囁いた。

「き、…嫌いにならないで、ください…ん、んっあ…もっと…」
「なあ、どうしたんだよ」
「わたし、上田さんの事」
「……知ってる」

上田が挿入を止めて顔をかすかにあげた。

「上田さんが、知ってる以上……なんです……ん…」

奈緒子はじっとしていられないという風情で腰をくねらせた。

「どうした、んですか………んん…まだ…大丈夫、ですよ…?」
「バカ。わざと止めてるんだ」
「い、意地悪!」
「バーカ。…さっきから、可愛すぎるんだよこのジャジャ馬め!………ん?おおっ!」

上田が急に身動きした。腰を退こうとしている。
奈緒子は急いで大きな躯に抱きついた。

「離れないで」
「you、違う、あれだよ…うっかりしてた。つけないと──」

奈緒子はかぶりを振った。脚を上田の腰に絡める。

「そんなのいらない!お願い、このまま、きてください」
「どういう…意味だ?」

上田の顔にどっちつかずのためらいが浮かんだ。
奈緒子は潤んだ目をひたとその目にあてた。

「私……私、このままがいい。上田さんのこと、本当の最後まで全部欲しい。…いやですか」
「だが……せっかく、特訓もして──」

冷静さを装い、低くなったその声にどうしようもなく滲む欲望を感じ取った奈緒子はかすかに口角をあげた。

「上田さん……厭なんですか?」

囁き、自分から、彼をいれたままの腰をなまめかしくくねらせる。

──なろうと思えば、いくらでも自分はそうなれるのだという事が奈緒子にはわかった。

上田のあいまいな顔つきが変わった。
じっと奈緒子を見下ろした。

「──you」

膝の裏を掌で持ち上げられ、ぐい、と上田が近づく。重みに腰の下の枕が潰れる。
奈緒子は脚を可能な限りひろげた。
上田の目を見上げる。
同じ熱を共有している目。理性をすっかり投げ捨てた目。共犯者の。
間をおかず、半端に埋まっていたものが動き出す。
それはいやというほどの存在感を伝えながら侵入し、奥まで届き、奈緒子は歓喜の吐息を漏らしかけた。
脚をさらに持ち上げられた。
潤んでぼやけた視界に、自分のくるぶしが上田の肩に位置にあるのが見えた。

「…んんっ!」

頭の先まで突き抜けた衝撃に一瞬呼吸を忘れた。
奈緒子は喘ぎ、夢中で腕をのばした。
指の間に繊細な彼女のものとは全く違う丈夫で長い指が絡まり、手首がしなった。
勢いのまま手の甲をシーツに埋め込まれる。
躯が波打つ。
彼女を満たしていたものが引き抜かれ、悲鳴をあげるとまたそれが打ち込まれる。
血がざわめく。

「はっ…あっ……んん!…あ、あっ!…あっ!あっ!あっ!」

急激に変化した事態に対処しようと全身をアドレナリンが巡っている。躯の内側が大きくうねる。
勢いにずりあがる全身をひき戻され、また押し上げられ、脳裏で細い光が閃いている。
揺れる足首を上田が強く掴んだ。
解放された手に触れた柔らかいものを、奈緒子は咄嗟に掴む。布団かもしれない。
どこかに連れていかれそうだ。奈緒子の腰は沈み、また浮きあがった。
足首から滑ってきた掌が膝を鷲掴み、思いきり引っ張られた。
大きな躯がぶつかってくる。密着した胸と膣口が男の容赦のない重みを伝えてきた。
何よりもその温もりが愛しかった。

布団を捨て、奈緒子は上田の躯にしがみついた。
押し上げられ、掻き回される激しいリズムに合わせるように腰を突き上げる。
動かずにはいられなかった。これでじっとしているなんて、絶対に無理だ。

「はあっ、く、あ…ゆ、youっ」

上田が呻き、腰を抱いた彼の指がやわらかな肌を掴み、食い込んだ。
奈緒子の動きをとめようとしているのか、それとも抑えつけてさらに快感を得ようとしているのかはわからない。

「んっ!あっ!あっ!はぁん!…だめ…っ」

自由を奪われてじれったく押さえ込まれ、その腰の奥に圧縮をはじめた快感に、奈緒子の視界がじわりと歪んだ。

──気持ちいい。
上田さん、そんなに、して、しないで、して、して、して。
とっても、気持ち、いい……。

「上田さん」

奈緒子は囁いた。
上田はもう返事をしなかった。奈緒子の名を呼びながら、夢中で彼女を抉っている。
聞こえなくてもかまわない。
貪る上田に奈緒子は途切れ途切れに囁き続けた。

「お願い──放さないで──」

絶え間なく流れ込んでくるジグソーのように切れ切れの上田の断片。

「離れないで──」

まさぐる長い指。奈緒子のくびすじに擦り付けられる頬、荒々しい息遣い。
耳朶に触れる唇。髪。肌にざらつく顎のひげ。熱い舌、奈緒子の尻を掴んで引き寄せる大きな掌。
上田の匂い。深く刻まれた眉間の皺。力強い腕。喘ぎ。打ち付けられる分厚い腰、奈緒子を圧し潰す胸。
溶け合いそうな鼓動。上田の、うわずった声。

「奈緒子」

もう奈緒子の躯のあちこちが痙攣を始めている。
ただ上田のための器でいるだけの事がどうしてこんなに気持ちいいのか。

「ずっと、一緒に、いたい………!」
「いる。君と、一緒に、いる」

壊れてしまうその寸前、奈緒子は上田を見上げた。
少しだけ苦しそうにすがめられた、大きな目。
熱に潤んだその目には奈緒子の同じ目が映っていた。

───スキ。

「上田さんっ───!!」

奈緒子は背中をしならせて、細く叫んだ。
限界を越えそうに矯められていた圧力が突然に失せた。息ができない。
奈緒子を抱きすくめる、上田の腕の強さだけが彼女を繋ぎ止める鎖だった。

足元がぐにゃりと歪み、一気に押し上げられる衝撃。

「あっ……あ、ああぁああっ!!上田さんっ、うえださん……!!」

その激しさに恐怖を感じ、奈緒子は最後の力を振り絞って上田に躯を擦りつけた。

「奈緒子!」

上田の声が鼓膜を圧し、じいんと痺れた余韻が彼女の不安を麻痺させる。
いきなり無限に広がった世界。
快楽と呼ぶにはあまりにも暴力的な爆発。

「く、あ、んんっ、んっ、んーーーーーーーーーっ………!」

悲鳴だった。
くぐもったその声が、拡散していく快感につれ瞬く間に艶をまぶした呻きに変わっていく。

奈緒子の奥に、躯の一番奥に、上田の重い塊が弾けて、うねって、もっと奥まで潜ろうとして。
見えるはずがないのに、行き場のないその場所で溢れようとするその濁流が見えた気がした。

「…ふぅ…ん、んんぅ…っあ………」

かき抱かれた腰から伸びた奈緒子の足が、男が脈打つ間隔を反映してつつましやかに震えている。

「はぁ…あん……あぁん……」

虚ろに声を漏らし、躯を甘く波打たせ、奈緒子はゆっくりと上田の腕に崩れ落ちた。



頬から髪が払われた。
上田の、興奮の余韻を色濃く残した呼吸音と鼓動。
汗にまみれ、上気した肌の上を、深い声が滑っていく。

「行為自体は体位も持続時間も普段とそう変わらないはずなんだ。だが」

奈緒子はけだるく瞼をあげた。
傍らに上田がいる。腰に奈緒子の片脚が白く絡まったままだ。
まだ繋がっていることを躯で悟り、奈緒子はさっと頬を染めた。
乱れてうねった髪の下に上田の肩を敷いている──躯の上からは降りてくれたらしい。
下半身は薄い膜がかかっているように痺れ、頭がぼんやりしている。──今、何時なんだろう。

「さっきの射精時における強烈なオーガズムはだ。やはり性行為の本来の目的である生殖活動をだな、相互了解の下行っているという感動と共鳴が一種の…おおぅ」

上田の声が乱れた。

「まただ。絶妙なうねりのベクトルが……you…俺を涸らす気なのか?」

「知りませんよ。こら、動くな!……このスケベ」

勝手に上田を刺激しているらしい躯についてはどうしようもないので諦めて、奈緒子は小さく罵った。
上田が片手をしっかり握ってくれている事に今更ながらに気がつく。

「今まで君の中でゆっくり過ごしたことがなかったからな。もったいないじゃないか」
「……」
「…あのな」
「……」
「素晴らしかったよ。youのいやらしくも情熱的かつ巧みなフェ──」
「い、いちいち言うんじゃないっ」

真っ赤になった奈緒子の目尻から、ふいに潤みが伝った。
髪の張り付いたこめかみに道をつくり、シーツにこぼれ落ちていく。

「お、おい!──悪かった!すぐに抜くから、泣くんじゃない!」
「待って!」

奈緒子は急いで握った手に力を込めた。

「違います。厭だからじゃありません。……上田さん、知ってるくせに」

「しかしな」

上田は照れくさ気に咳払いした。

「…そ、そうだ。こうしてると辛いか?その、俺のはちょっと…いや、かなり…」

奈緒子は上田の胸に頬をつけた。

「──いいえ」

口ごもった。
素面では、心身ともに疲弊しきったこんな時にしか言えない台詞だ。

「……私上田さんのこと、ほんとに、とても…大事なんです。だから、大丈夫」
「……you」

髪に唇が触れた気配。深い優しい声。
こみあげてきた多幸感に耐えきれず、奈緒子は目を伏せた。

頬に触れた別の感触をちらりと見る。
上田がもう一方の手にタオルを掴み、涙のあとを拭いてくれていた。

「……あの」
「ん?」
「このタオル……まさか風呂場から持ってきてたやつじゃ」
「ああ、そうだが」

奈緒子は急いで顔を振り、タオルから遠ざかった。

「ちょ…っ!!なんてことするんですか。人の顔に!」

上田は複雑な表情になり、奈緒子を見た。

「俺の事が大好きで、フェラチオもセックスも遺伝子を受け入れるのも大丈夫なのに?矛盾してるんじゃないか」
「そ」

奈緒子は赤くなった。

「そういう問題じゃないっ」
「どうして。俺はyouのパンツで顔を拭いても平気だぞ」
「拭かないの!」

奈緒子は上田の胸に顔を擦りつけて表情を隠した。
どうして上田は、こうなんだろう。
大真面目のバカで無神経ではた迷惑で──もひとつついでに間抜けだけど──でもほんのちょっとだけ……。

上田がかすかに身じろぎし、奈緒子の耳に小さな声で囁いた。

「それからな」
「もういいから黙れ」
「頼まれなくても俺はyouと一緒にいる。これも安心してていいんだぞ」
「…だから、誰も……そんな心配なんか、してません…よ」
「いや。だが、さっき──」
「…………」

奈緒子は顔をあげ、恥ずかし気に微笑んだ。

「………」

上田が一瞬、見蕩れるかのように目を細めたのがおかしかった。

「あの。とっても眠いんです。少しだけ、眠ってもいいですか」
「おう」
「…あ、そうだ。そろそろ抜け、上田」
「…わかってるよ!」
「エヘヘ…」

すっと瞼が落ちた。
疲労困憊した躯はすぐにゆるやかに螺旋を描いて落ちていく。
下に。今度はとてもやわらかくて、深く優しい安堵の中に。

「……君も、ずっと、ここに居るんだぞ。you──」

遠い上田の声が子守唄のように彼女の鼓動を和らげた。

「上田さん……」

大事な人。
傍にいたい。互いの命が終わる日までずっと。
叶う事なら、ずっと。



はっきりしなかった昨日の天気が嘘のようだ。
陽射しが玄関口の際を明るく光らせている。差し込むその角度は高い。
土間に立ち、里見は玄関の鍵を掌の中で踊らせた。

いつもの習慣で一応でも持っておいてよかった──いくら呼ばわっても奈緒子は現れなかったから。
表に若草色のパブリカがあったから、どこかに買い物やドライブに出ているというわけでもなさそうだし。
旧友たちとの会合は楽しかった。
だがもうひとつの楽しみで今朝からは落ち着かず、結局少しだけ早めに戻ってきたのだが。

「奈緒子?」

上がり框から奥のほうに、そっともう一度呼びかけてみる。
いつも書道教室に使っている奥の座敷もしんと静まり返っていて人がいる気配はない。

「おかしいわ…」

台所に入っても、そこにも誰もいなかった。
水切り籠や流し台の水気はすっかり切れ、この数時間来使用した形跡もない。

里見は腕を組んだ。眉があがる。

「……」

唇が納得を示してかすかにほころんだ。
ちら、と廊下を見た彼女は腕をほどいた代わりに肩を竦め、そちらに踏み出そうとはしなかった。
風呂敷を開きつつ、面白そうに独り言を呟いたのみである。

「教室が始まるまでに起きて来てくれるといいんだけど。……エヘへへ!」



上田次郎は里見に『大事な話』を無事できたのか。
そしてそれはその午後か、あるいはそれともまた全然別の日だったのか。

よく考えずともそれは、当事者と関係者以外には激しくどうでもいい話だろう。






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