上田次郎×山田奈緒子
![]() 南国の暗い夜を背景に、何の変哲もない建物がかがり火に照らされている。 祝いの酒を喰らって騒いでいる人々の目をかすめるのは簡単だったし、裏手の引き戸を外すのも楽勝だった。 内部の構造も単純のようだ。この島の民家と同じに田の字型に区分けされた各部屋を順に廻ればいい。 奈緒子の姿を探して上田次郎は室内に足を踏み入れた。 建具もなにも取り外された内部の奥に、張り巡らされた蚊帳が見えた。 その白と水色の爽やかな印象を裏切るように、内部には濃厚な香の匂いが立ちこめ、蝋燭の灯りが隠微に揺れている。 部屋の奥の薄闇に据えられた、白布に包まれた巨大な男根像。 滑りのある光沢を放つ絹地に覆われた広くて分厚い布団。 その中央に彼女が、覆い被さった男の下でくねっていた。 見た瞬間何がどうなっているのか、よくわからなかった。 長くうねる髪に縁取られた彼女の顔は白すぎて、絹の敷布より色がない。 唇だけが鮮やかで、池の如くひろがった振り袖と同じ色だった。 襟の抜けた肩は丸くて清楚だったが、喘ぎは獣のようだった。 男の腕の先が消えているはだけた裾の奥。 その浅黒い腕をはさんで、二本の腿が蠢いている。 女は自分も腕をあげ、男の後頭部をかき抱いた。 袖が落ちて、細く白い二の腕が上のほうまで露になる。 「……胸は小さいけど、感度いいね」 感心したようなくぐもった声が弾丸の激しさで上田の耳を叩いた。 くうっ、と女が喉をそらしてまた喘いだ。 腿を持ち上げ、何度も何度も男の腰にこすりつける。 「よしよし、可哀相に。すぐに挿れてあげるさあ」 男が尻を浮かせ、褌の紐をさぐった。 その背後に彼は立った。 男の下から、女が喘ぎながら上田を見上げた。 かすかな光が外の闇のような瞳に浮かび上がる。 「……あ…………う……?」 上田は男の逞しく盛り上がった首筋を確認し、おもむろに手刀を振り下ろした。 * 悶絶した男の重い躯を抱え、渾身の力で女の上から引きずり下ろした。 「逃げるぞ、you」 力なく横たわった彼女の腕を掴みかけ、上田は躊躇した。 男の躯に覆われていた有様が目の当たりに飛び込んでくる。 はだけられているのは裾だけではなく、赤い着物は幅広いしごき一本で辛うじて躯の前に留まっているだけだった。 象牙を彫り上げたような小さなふたつの膨らみと、うっすらと汗にまみれた細い胴。 抜けるようなというよりは病的なまでに白く見える肌の中央の、小さな臍のくぼみに溜まった闇。 下着すらつけておらず、あまり濃くない茂みが細い逆三角形をかたちづくって、下腹部から腿の奥まで続いている。 くびれた胴から腰、尻からもちあがった立体的な細身のシルエット。 腿に至るそれは流れるような曲線で、華奢なだけとは言えない肉感が籠っている。 滑らかな尻が敷いている絹布が歪んだ。 ゆっくりと腰をよじり、彼女は立てていた腿を片方下ろした。 短く、切な気な吐息。 「逃げる………?」 呪縛を解かれたように上田が視線をあげると、白い顔がじっと上田を見上げていた。 上田は深く荒い息を吐き出し、頭を振った。 「──you。媚薬を飲んだのか」 奈緒子の視線はうろたえてはいない。 こんな格好で上田の前にいる状態に、いつもの彼女なら耐えられるわけがない。 奈緒子は俯き、顔を巡らせて、倒れている男をもの悲しそうに眺めた。 「飲まされたんだな、え?」 上田は顔をしかめ、周囲に立ちこめる香の匂いを嗅いだ。 花のようだが奇妙になまぐさい。 この香だってどういう効き目を持つのだか、怪しいものだ。 上田は急いで男の足を持って引きずり、中央の大黒柱に腕をからませ、縛り付けた。 奈緒子の傍らにしゃがみこむ。 「you。さあ、帰ろう」 視線が微妙にあっていない気がして上田は焦った。 「立つんだ」 奈緒子の剥き出しになった肩を掴み、揺さぶった。 「………いや」 小さな声がした。 奈緒子が潤んだ目でじっと上田を凝視している。 「動けない」 そう言うと、はぁっ、と吐息を漏らした。赤い唇の中で舌が揺れて縁を舐めた。 「………」 上田は無言で目を逸らし、背中を向けた。 「おぶされ。連れていってやる」 「…だめ」 奈緒子はまた言った。 「やる気のない事言ってんじゃない。ほら!」 上田が背後に伸ばした手をひらひらさせると、細い指が触れた。 握ろうとすると握られた。手首を、腕を、その指は這い上がり、上田の肘を手中におさめた。 「you?」 振り向こうとした上田の顔の横に奈緒子の目があった。 その濡れた色に見入った瞬間、上田は唇をおしつけられた。 「……………おい!」 尻餅をつくようにして上田は奈緒子を払いのけた。 「待てよ、落ち着け」 振り払われて、長い髪が顔にかかった奈緒子は視線を流して上田を見た。 影の濃い、ぞくりとするような目つきだった。 「……苦しいの」 ゆっくりとまた身を起こし、彼女は背をくねらせて上田の膝に掌を置いた。 「おい!怒るぞ!」 上田は口ひげを歪めて激昂した。 「しっかりしろよ!俺だ、上田だ。助けに来たんだ、わかるか?you……」 再び奈緒子に躯を押し付けられ、上田はバランスを崩して仰向けに布団に転がった。 赤い唇が目の前で開き、舌が踊り、叱ろうとした上田の口は覆われた。 奈緒子は上田の唇を舐めていた。 縁から縁まで、唇の上のひげまで。 柔らかな舌が上田を濡らして舐め上げる。開いた唇をおしつけ、彼の舌を乞おうとする。 切迫した喘ぎが合間を塞ぎ、苦しいと言った自身の言葉を上田に証明しているようだった。 「……」 上田の眉間に皺が寄った。 「…!おい」 肩を掴んで引き離す。 彼女の躯を布団に押し付けて動きを封じ、唇に残った感触を、上田は舌を伸ばして舐めとった。 甘みの影にうっすらと残る生臭い苦み。この味には覚えがある。 「その口紅をすぐに取るんだ」 喘いでいる奈緒子に目を向けないようにして、上田は急いで絹地の端を布団からはぎとった。 「媚薬入りだ。そんなものをつけてたらいつまでたっても──」 奈緒子は上田に口をこすられながら、凄みのある表情で彼を見上げた。 「…薬…?…」 「…?」 上田はぞっとして腕の中の女を見た。 「それなら、ここにも」 奈緒子の手がゆっくりあがって、いい加減乱れきっている襟をかき広げた。 眩い肌が上田の目を射る。 奈緒子は自分の首筋を撫で、鎖骨から乳房に掌を動かしていった。 「ここ…」 白い肌に似合った淡い色の乳暈と、半ば尖った先端を細い指が撫で回す。 腹をおりていく指。 引き寄せた膝が、布団についた上田の腕にあたる。 急な角度を描く腿の内側に奈緒子はためらいもなく指を滑らせた。 「……それに、ここ」 「……くそ」 上田は呟いた。 見てはいけないと思いながら、彼女の動きから目を離せない。 奈緒子が教えようとしている事がおぼろげながら想像できた。 きっと婚礼の儀式の準備として、催淫効果を持つ媚薬──例えばカリボネの成分のようなアルカロイドの一種を躯に塗り込められたに違いない。 奈緒子の眉がひそまった。 目が虚ろに一点を見据え、放心したように吐息を漏らす。 指先が茂みの影にゆっくり沈み、露な肩がびくりと跳ねた。 「……くぅ…」 くねくねと身をよじり、彼女は上田の掌に顔を寄せた。うねる長い髪が指に絡む。 肩が動き、彼女は反対側の腿をかすかに開いた。 「は、あ…」 奈緒子はぐいと背をそらし、喘いだ。赤い唇が半ば開いたままになる。 「あっ……あん…いっ…!」 奈緒子の反対側の手がそろそろと躯を這い、同じく茂みの奥に添えられた。 「んっ」 上田の目の前に、奈緒子は訴えるような表情を浮かべた顔をあげた。 その目には活き活きとした普段の生意気で利発な光がなかった。 闇。 そこにあるのはただただ苦痛と、それから同量の恍惚をたたえた底知れない深さの闇だけだ。 躯の向きが動き、ひきしまった膝が、上田の脇深くに挟まるように押し込まれた。 唇を舐めた柔らかそうな舌が軽く突き出される。 「あふ、あっ…あ…」 ぐちゅぐちゅと掻き回す音がする。 淫らな響きが、疑いもなく彼女の指のその先から。 上田は眼鏡の奥でこぼれ落ちそうなほど目を見開いて奈緒子の痴態を眺めた。 無意識のうちに唇を舐め、微量の苦みを確認する。 理由はわかったが、どうしたらいいのかわからない。 この有様の奈緒子を、どうすればここから連れ出せるのか。 上田の顔を、首を巡らせた奈緒子が見上げた。 「…………だ、抱いて」 彼女の闇をたたえた目は苦痛のあまり潤み切っていた。 「抱いて」 「バカな事を。君と俺はそんな関係じゃ──」 上田は抵抗した。 「なんでもいい……誰でもいいの……抱いて。私を、ねえ、めちゃくちゃに」 めちゃくちゃに。 上田は彼女の哀願に唇を舐めた。 ──誰でもいい。 その言葉に自分が傷付いている事がわかる。 くらくらするほど生々しい香のかおり。 * 奈緒子が正気ではない事はわかっている。 こんな状態の彼女を抱くなど、そんな事が許されるはずがない。 「────」 いや。 いや、いっそのこと……抱いてしまえば。 他の誰でもなく、上田自身が抱けば、彼女の受ける傷は少しでも少ないかもしれない。 友達も恋人もいない彼女が唯一救いを求めようとした自分にならあるいはそれは許されるかもしれない。 彼女の味わっている、自分を見失うほどの苦痛を、深い混乱を鎮めるのに、それが一番役立つのなら。 彼女をこの島から連れ出す事ができるかもしれない。 飲み下しにくい唾を無理矢理にのみこんだ。 唇にまぶされた毒の薬。 自分が考えているその解決法が純粋に理性から出ているのではない事が上田にはうっすらとわかる。 すぐにムキになる、少女めいたひたむきな表情の面影が心の奥底に沈んでいる。 一体どうすれば彼女を救えるのか。 動かないままの男の躯に、奈緒子の腕が伸びた。 肘を、二の腕を這い上がり、肩の後ろに廻される掌の熱。 これが唯一の道だとばかりに迷いもなく彼の腿に絡みつく細い脚。 「たすけて」 食虫花のように咲いた唇。 あなたに会えて、よかった。 そう囁いて微笑した彼女と同じ白い顔。 「わかった」 上田は答えた。 * 白い絹布の上で、南国の闇の中で、淫らな香の煙に巻かれながら奈緒子を抱く。 「ん、っ……ん」 のたうつ躯を抑えつけて、唇に残った紅を奪う。 舌で潤し、丁寧に吸う。 塗られた場所を考えるに、この媚薬の成分は粘液から吸収されやすい性質を持つのかもしれない。 躯が熱い。 唇が柔らかい。 混じり合う唾液が口の中で蕩けて、上田の心を麻痺させていく。 手を伸ばして、奈緒子の躯を胸から引きはがす。 ちいさな膨らみを握り込むと密着した唇から呻きが漏れる。 奈緒子の舌が口の中に忍び込んできて、上田はわずかに目を見開いた。 その、ぎこちないくせに当然のようなひらひらとした動き。 背後で気を失っている男を思い出す。 猛然と湧き上がった感情をそのまま舌に絡めて反対に彼女の口腔に押し戻す。 「ん、ふ」 唾液を啜り、乳房をもみしだくと奈緒子の喉から声が漏れる。 そのうっとりとした響きが彼の感情を倍増させる。 そのまま顔をずらせて這わせ、彼女の右の乳房を銜えた。 「あぁああ」 ひくんと細い躯がのけぞる。 優しくはできなかった。強く吸い、塗り付けられているだろう薬を舐めとっていく。 左側も同様に。小さな突起が舌を誘うように、柔らかな乳暈の上に聳えて固くなる。 舌でくるんで転がして、残さないように何度も舐め上げる。 「んふ、あ、……あっ、あうん…」 腕の中でくねる躯。奈緒子の、耳を疑うような喘ぎが上田の頭上に響く。 あの男も吸ったのだろうか。奈緒子の反応がひどく甘い。 顔をあげると、息を乱した奈緒子が眉をしかめて上田を見上げる。 やめないでほしいのだろう。 肩をくねらせ、紅の剥げた、それでも赤い唇を差し出そうとする。 熱い。 ベストを脱ぎ、ボタンダウンの襟を開いていると、奈緒子の手がするりと腰にまわされた。 ひきよせた上田の躯に、彼女は腰を押し付けてくる。 それだけで彼女は白すぎる頬に血の色をあげた。 「ふぅっ……はぁ、あ…ん」 彼女の下腹部にかたく押し付けられる上田のもの。 「まだだ」 邪険なほど強い力で奈緒子から身をはがすと彼女は怒りの声をあげた。 その腿をひきあげ、上田は躯をずらしてさらに下がった。 「………」 納得したように、奈緒子は力を抜いて上田を眺めた。 開いた腿の内側を見せつけるように、彼女は更に脚を開いた。 絹と同じぬめりの躯で余計にほの暗く見える茂み。 その帯に縁取られてほのかに開いている細い裂け目。 内側に、赤い肉が濡れて光を弾いている。 掌の中の脹ら脛がするりと抜けたのに気付き、上田は敷布に手をついた。 耳に、とん、と奈緒子の脚が触れる。 上田の肩に片足をあげる淫らな姿。奈緒子は期待に満ちたくらい目で上田を見上げて微笑した。 上田は呻く。そんな場所を隠し持っているとは思えなかった清楚な表情がどこにもない。 生々しくてグロテスクな肉が、香と入り交じった女の匂いを放って誘っている。 すっとその端に細い指がかかり、裂け目がひろがった。 柔らかな濡れた肉と、内側にたたえられたぬめりが滴りそうなみずみずしさで目前に見せつけられる。 「ね」 奈緒子の声がする。震えている。羞恥ではない、期待にだ。 「ね……」 上田は肉にかぶりついた。 「ああ」 嬌声をあげて白い躯がのたうつ。 「素敵。あぁ、あ、あ」 塩の味、なまぬるい酸味を帯びた透明な蜜をまぶした奈緒子の肉。 そこにも濃厚な甘みと苦さが入り交じっている、これのせいだ。 奈緒子がこうなったのは、これの。 舌を這わせ、肉と襞に差し込んで苦みを探す。 複雑な造形を探り、尖った肉の芽をみつけだす。 苦い。 苦くて甘い。 彫り込むように舌をいれ、何度も何度も吸うと奈緒子は声もたてずに躯を震わせた。 そのまま舌を滑らせ、深い裂け目に吸い付く。 生温い蜜が躯の奥から湧き出して上田の舌に溢れる。 啜りとったそれを呑み込み、さらに奥に尖らせた舌をねじ入れる。 「ん……はぁ」 太腿が、上田の頬をしめつける。 「はぁっ、あんっ…」 逃れようと躯をひねると、堅く持ち上がったものが腹を叩いた。 上田は口を腕で拭い、舐め残した場所がない事を確認した。 彼自身も限界だった。 ───あとは彼女の躯を鎮めるだけ。 上田は奈緒子に覆い被さり、ベルトを緩めた。 指をひねり、ボタンを弾く。ジッパーとブリーフを引き下ろし、布の圧力から猛った躯を解放する。 慌ただしく奈緒子の躯を探る。 しごきを解いて、くびれた胴から抜いた。 ほとんど服としての意味をなしていない残骸の中から、柔らかすぎる白い躯を抱き上げる。 もっと狂うために。 奈緒子をめちゃくちゃにするために。 とても正気ではいられない。 しなしなと細い腕が、上田の首にしがみつく。 迷いなく腿が開いて彼の腰を挟み上げ、奈緒子は喉の奥で誘うように呻いた。 突き入れた。 こんな事のために来たはずではなかったのに。 ずぶずぶと入る。 やわらかいバターのようなぬるつきが上田の肉を迎え入れ、確かに狭いものの抵抗などほとんどなく。 その快感と衝撃で上田は大きな吐息をつく。 まさか、間に合わなかったのか。 あの男のものを、奈緒子はもう。 怒りに呻きながら腰を叩き付けようとすると小さな苦痛の声がした。 同時に柔らかく強靭な抵抗の気配が上田の肉をとどめ、彼は目をまたたいた。 頭にかかっていた霧が失せる。 急にクリアになった視界で、彼は腕の中の女を見た。 「ん…っ………は…」 頬に髪をうねらせた奈緒子が潤んだ瞳をあげ、上田を見上げている。 ひそめた眉は苦痛を刷き、目元は上気し、唇の端はおもいっきり下がっていた。 「……バカ…上、田…なに……して……」 その瞬間に理解した。 凶暴なまでの強い感情が上田の背をかけあがり、それを喜びだと認識する間も持たずに彼は残りの距離を一気に詰めた。 あっけなくはかなげな抵抗が失せ、小さく弾けた彼女の躯の中でキツい鞘に包まれた。 「ぁあっ!!……」 奈緒子の眉が示す前に収まった場所の辛そうなわななきで、彼女の味わったその瞬間を彼は察した。 「気が付いたか」 確認したかっただけかもしれない。その唇から。 くっきりとした半月型の線が歪んだ。奈緒子は細く呻いた。 潤んだ瞳に留まりきれず、一筋頬に涙が伝わった。 上田は鼻から太い息を吐いた。 「やっ…!」 奈緒子が腰を動かそうとして悲鳴をあげた。 「な、なにっ…!!上田さん?そんな格好で、なにしてるんですかっ」 「抱いてる」 上田は目を輝かせ、唇の端を吊り上げた。 この生意気な口調は奈緒子だ。彼の知っている、奈緒子だ。 自分が泣いている事に気付いて、奈緒子は綺麗な目をきょろきょろと動かした。 左右に首をふり、悩まし気な絹の感触に指を滑らせている。 「え。なに、なに、ここ。私……?」 「今、君の処女を貰ったところだ」 奈緒子はまた悲鳴をあげた。 「なっ!?嘘……って、ああっ、ほんとだ……痛い!」 「バカだな。バカめ。ハハ、you、良かったな、you!」 上田は柔らかな背中を思いきり抱き締め、奈緒子をまたもや呻かせた。 媚薬でも埋められないほどの破瓜の苦痛を与えられる巨根で良かった。 上田は生まれて初めて自分のコンプレックスの源に感謝した。 大きく吐息をつき、奈緒子の髪に頬をつける。 「……あとで説明してやるよ」 「や、やだ。離れろ!…あっ。上田さん、見ないで」 自分が全裸だという事に奈緒子は気付いたらしかった。 ばっと胸を腕で隠し、泣き出しそうな顔になった。 「それどころじゃないんだ、you」 上田は意識せずにまた唇を舐めた。 彼女の温かくてキツい肉の中でじっとしているのが苦しい。 動きたくて動きたくて、今にも気が触れそうだ。 「俺もさっき、君を救うためにはからずも媚薬を舐めてしまったんだよ。かなりの量をな」 「……………ふ、ぁん」 乳首を舐めあげられた奈緒子は動転したような声をあげた。 「う…上田…さん!?」 ゆっくりと、彼女の躯を抱き締めていた腕をほどいて掌を探る。 探り当てた両の掌を、はりつけるようにひんやりした絹布におさえつけた。 「君もまだまだ効いてるんだろう。どっちも納まりがつかないじゃないか…まずは落ち着くためにだな」 上田は呟いた。 「……急いで、最後までやるぞ」 「待って。ちょっと待ってください!こんな巨根と最後までなんて、無理だっ」 「ちゃんと入ってるじゃないか」 「動くのは別です!」 「安心しろよ。youはこんなに濡れてるし、相手はこのジェントル上田だ」 「いやだ!…って、あっ!こらっ、上田…!!」 * ずるりと腰を退き、奈緒子を眺めながら再び押し上げた。 「!」 背をのけぞらせた奈緒子の顔が淡い色に染まる。 病的だった白い色に血が通い、彼女は彼の見知った奈緒子にどんどん近づいていく。 もう一度、腰を退け、ぐいと持ち上げる。 「おう…」 滑らかな摩擦と強い締め付け。 彼女の肉から与えられる快感で躯が溶ける。 獰猛な衝動が蠢いている。もう数秒で、たぶんおさえられなくなるだろう。 そんな予感を腹に飼いながら視界の中に奈緒子を閉じ込める。 目の下の彼女の耳朶に、首筋に、血が通っていく。 ほのぼのと、冴え冴えと。 キツすぎるほどキツいが、潤った蜜のせいか、それとも媚薬の影響だろうか、動きは楽そうだった。 しかめた眉とは別に、色っぽく開いた唇がちいさな吐息をつく。 「んっ…あ…重い、バカっ…」 途切れ途切れに唇から溢れる罵りとは別に、上田を見上げる瞳には嫌悪はなかった。 視線は柔らかみを抱いて美しい。 あの薬はホレ薬でもあったよな、と上田は遠く思った。 うろうろ動いた彼女の視線が、ふと上田の鼻の上で止まった。 こんな場合だというのに、奈緒子の目に笑いが浮かんだ。 「上田さんっ…!?…め、眼鏡」 外す暇がなかったのだ。 「you」 もう知らない女じゃない。 腿に手を這わせ、抱え込むと奈緒子が慌てたように彼の背に腕を廻した。 細身の柔らかい躯に乗りかかる。 重みをわざと伝えるように、華奢な骨をきしませる。 彼女の躯がずりあがらないように腿をおさえながら、できるだけ奥まで押し込んだ。 「ふ…ぁ…」 潤んだ瞳と細い背に、快感が流れるのがわかった。 気持ちいいらしい。大丈夫だ。 身を退きながら繋がっている場所に目を落とすと、うっすらとめくれあがった彼女の肉が絡み付いて引き止めている。 てらてら光って、薄く淫猥なピンク色にまだらに染まって、随分それは大きく見えた。 上田はぞくりと身を震わせ、大きく頬をゆるめてひげごと唇を吊り上げた。 凄く気持ちいい。大丈夫だ──もう、いいだろう。 すべき事も、彼女がして欲しがっている事もわかっている。 安らかな気持ちで、再び彼女の中を抉りながら重なった。 ぎりぎりまでひきとめ、拒みながら滑らかに彼のものを迎え入れ、無駄な空隙を許さずまとわりつく彼女の肉。 単純なその反復が、上田の脳を快楽で埋め尽くす。 ああ、最高だ。 感嘆の呻きが漏れる。彼女はもっと喘いでいて、ほとんど閉じたような目の奥もすっかり蕩けている。 動きのたびに奈緒子の喘ぎが耳元で響き、自分の喘ぎが彼女の耳朶を打つ。 何も考えられない。上田を動かしているのは男としての本能だけだ。 躯が、気持ちいい。肉も肌も頭の中も。 もっと楽しもうと、貪欲な躯の速度がだんだん早くなる。 飼っていたものがいつの間にやら上田を乗っ取り、主人面して命令している。 嫌悪はない。もっと支配してほしいくらいだ。 気が触れそうなほど気持ちいい。 ただ抉るだけでは耐えられなくなり、彼は何度も腰を叩き付けはじめた。 彼女の躯が鍛え上げた肉で、彼女の何もかもを突き崩すように。 そのたびに声があがる。 悲鳴ではない、彼の狂気をそそのかすように艶かしい。 嬌声だ。彼女は我を忘れ、恥じらいすら忘れて上田の下で啼いている。 自分が誰と何をしているのか、今ではそれを知っているはずなのに。 もっと。もっと。もっと、もっと。 彼女と上田の躯から淫らな音が溢れ、蝋燭の炎を揺らす。 肉を擦り合わせ、躯を絡み合わせ、荒々しく吐息を混ぜて声を奏でる。 汗にまみれ、快楽にまみれ、ただただ視界に映すのはこの情動の源だけ。 「you」 「上田さん」 もうだめだ。 二人は全身を震わせ、声をあわせ、互いを抱いて蕩け落ちた。 * どの夜よりも深い闇に一番近づいていたのかもしれない。 浮上は唐突だった。 上田はぽっかりと目を開いた。 反射的に頭を起こし、奥の祭壇で揺れている蝋燭の長さを確認する。 それほど時間がたったわけではないようだ。 呻く声が聞こえて首を巡らすと、柱に縛り付けられたままの男の瞼がぴくぴくと動いていた。 「you……、you」 胸に抱いたままでいた彼女の肩を揺さぶり、開いた瞳に囁きかける。 「大丈夫か」 「………」 彼女は顔をかすかにあげ、不思議そうな目で彼を見た。 上田の視線をうけとめると、みるみるうちに赤くなる。 「…上田さん……」 「行こう」 素早く起きて、上田は周囲の気配を窺った。 服装を整え、奈緒子を促す。 「とりあえずこの場を離れるんだ。いい場所がある。ちょっとした洞窟になってるんだがな」 「上田さん」 奈緒子が着物を細い肩にかけ、襟をあわせて呼びかけてきた。 「あ、あの」 正気の声が、痛々しいほどの羞恥に塗れている。 「ごめんなさい……」 「………あのな、you」 上田は眼鏡をはずし、目をすがめてレンズの曇りを点検するふりをした。 「とりあえず今は忘れないか」 「でも、あんな事を、上田さんに」 「処女が男に躯をねだる………よくある話じゃないか」 「う、嘘つけ!」 「ほんの微量の化学物質にも左右されるのが人体というものだ。大丈夫だ。君も俺もまともじゃなかったんだよ」 「………」 奈緒子は吐息をつき、ほんの少しだけ赤くなった。 「そう……ですよね……あの薬の…せいですよね」 なんとなく複雑な表情で彼を盗み見たのが可愛くて、上田は笑いをかみ殺した。 「おう」 「忘れてもいいんですよね」 「勿論だ」 上田は柱に近づき、用心しながら縄をほどいた。もうすぐこの男も気付くだろう。 花嫁が奪われた事に。 「………………………バカ上田」 顔をそむけてしっかりと着物のしごきを結びつつ、奈緒子がぶつぶつ呟いた。 「だがな」 上田は小さな声で言った。 「俺のほうは、ちょっとだけ覚えてやっててもいい。気持ちよかったから」 うつむいている奈緒子が真っ赤になった。 その傍に膝をつき、上田は広い背中を向けた。 「ほれ」 「いいですよ。おんぶなんて」 奈緒子の声に微妙な弾みがあるような気がする。気のせいかもしれないが。 「ろくに走れるわけないだろう。俺のをまともに入れたんだぞ」 「………」 彼女が背後でどのくらい赤くなったり睨みつけたりしているかを想像して上田はニヤニヤした。 彼もなぜだか心が弾んでいる…のかもしれない。 「……お、お願いします」 短い躊躇のあと、消え入るような声とともに軽い温もりが被さった。 腕をまわして上田は立ち上がり、男をちらと見下ろした。 「よし、行くぞ」 肩にまわされた彼女の指に、遠慮がちな力が籠った。 「はい」 「ああ、そうだ。……you」 「なんですか」 「君をおぶっているといつもいつも思う事なんだが…」 「はい?」 「やっぱり貧乳だな」 「………バカッ」 頭を一発殴られた。 相変わらず暗い闇に、赤い着物の女を背負って上田は再び溶け込んだ。 表ではまだ、婚儀を祝う賑やかな酒盛りが続いていた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |