毛蟹セット
上田次郎×山田奈緒子


奈緒子は目の前に広がる異様な光景に怖気づいた。

−−−−これは一体何? 私は幻を見ているのか?


毛蟹セットと書いてある箱を受け取ったのはお昼すぎ。

バイトもなければ金もない。もちろん食料なんて底を尽きた。
ならば、体力を温存すべく部屋で寝ているしかない。
ただひたすら部屋でゴロゴロしているだけの、そんな状況で届けられた毛蟹セット。

毛蟹なんて高級食材を、注文した覚えも、贈られる覚えもなかったが、
箱の側面に”毛蟹”の文字を見つけたとたん、宅配のお兄さんからダンボールをもぎとり、
受領書にサインするなり押し付けて、奈緒子は恐ろしい勢いでドアを閉めた。

宅配のお兄さんが「間違いでした」と言ってももう遅い。
すでにサインをしてしまったのだからこれは私のモノだ。

彼女はニンマリほくそ笑むと、いそいそと毛蟹セットの開封を始めた。

波をバックに書かれた毛蟹の文字、その逞しい筆の運び。
毛蟹というたった二文字に目が眩んだ奈緒子は気づかなかった。
生もののはずなのに常温配送であること。
箱の大きさに比べて明らかなその軽さ。


そうして奈緒子はパンドラの箱を開けたのだった……。

「毛蟹は?毛蟹はどこ?!」

箱を開けたとたん奈緒子の目に飛び込んできたのは、さらに小さな箱の山だった。

ははーん、この中に毛蟹が一個一個梱包されているのだな。
さすがは毛蟹。高級食材様。

奈緒子ははやる気持ちを抑えて、箱を開封する。

しかし、その開封スピードは徐々に遅くなっていき、しばらくすると彼女の動きがピタリと止まった。

一個目は何かの間違いだろうと思った。二個目は毛蟹の足に見えなくもなかった。
三個目を開封したときには、さすがにおかしいと思いだした。
四個目は手に取て見ただけでほうり投げた。

そうして、今、彼女の前には、
大きさも色もどれ一つ同じものがない、無機質な物体が並んでいる。

──これは一体何? 私は幻を見ているのか?

毛蟹の姿はどこにもない。

奈緒子は宅配便の箱を見る。
そこには大きな波をバックにした毛蟹の文字が、今も力強く、鮮やかに印刷されている。

そして、目の前に広がる、男性自身を模した──いわゆる大人のおもちゃ達。

いくら奈緒子でも、これらの品々がどいういうのものかぐらいは知っている。
それが何故毛蟹の箱に入ってきたのか、どうして自分の部屋に届けられたのか、それが分からない。

けれど、現実に此処にあるのだ。

迷いながらも、奈緒子はそのうちの一つを手にとってみた。
先端がフック状になっていて、小さな突起が無数についている。
毛蟹…ともいえなくもないが、色はショッキングピンクで毒々しい。
ただ、他のおもちゃの明らかな造詣に比べれば、幾分手を出しやすかった。

──こんなの使っている人間がいるのか?

そう思いつつ、彼女の脳裏にある人物の言葉が浮かぶ。

『物事っちゅうのはな、何事も慣れが大事や!』

あの男がそんな言葉を発したのは何がきっかけだったか──

奈緒子は改めて、「それ」をまじまじと見つめる。宅配業者に住所相違で戻すにしても
もう開封済みである。本やCDとは訳が違う。万が一使用済みとでも思われでもしたらと考えると
返品するのも躊躇われた。
「それ」は奈緒子のテーブルに鎮座している。形がまだ抽象的なので
手品道具といってしまえばそう見えるかもしれない。大人のおもちゃ屋などに入ったこともない
奈緒子にとってこうしたものを手に取るのは、もちろん初めてのことである。
ソフトラバー製で手触りは見かけよりも柔らかい。いじり倒しているうちに生来の好奇心がうずうずと
鎌首をもたげて来た。

「一回ぐらい別に…」

奈緒子は呟くと、玄関のドアを見る。鍵はかけてある。
夕方で日も沈みかけているので、電気を付けなければ留守だと思われるだろう。
部屋の外に気配がないことを確認すると、おもむろに奈緒子は「それ」をジャージ
の上から太腿にあてがう。

電源は三段階になっているので弱に設定した。「ヴーーン」無機質なモーター音が部屋に響いた。
ジャージの上からでも振動は十分に伝わってくる。

「くすぐったい…」

快感よりもくすぐられるようなこそばゆさが先にたつ。
ゆっくりと一番大切な部分へと動かしていく。

「ん…」奈緒子は大きく息をつくと「それ」は奈緒子の秘所に
布越しに触れた。「んむぅ?」鈍い快感が体の中心から広がっていく。
病み付きになりそうな感覚に溺れる様に奈緒子は下着を下ろしていく。

段々ものが考えられなくなってくる。止められない…。そう思いながら「それ」は
奈緒子の秘所に直接触れた。

「きゃああああん」

ビクンと奈緒子の腰が上がった。電流の様な快感のパルスが奈緒子の脊髄を伝わる。
完全に快感の渦に飲み込まれた奈緒子は、「それ」を股間の中に誘う。

「ふむぅ。はあああああん。あん。あああん。」

全裸になった奈緒子は「それ」を彼女の体内へ導く。奥までは届かないので
入り口までだ。甘美な振動に脳が焼ける。

「うえ、うえださんっ。上田。バカうえだ。」

我を失った奈緒子はしきりに男の名を呟やきながら行為に没頭する。

「留守か。せっかく人がYouの好物の万疋屋のモンブランを買ってきてやったのに」

池田荘の廊下に長身の男が立っている。暫し考え事をした後、その男は合鍵を使って
ドアを開けた。まるで自分の部屋であるかのごとく、なんの躊躇もなく。

「――――!」

全裸の奈緒子は。ドアが開くこと自体信じられないように、玄関を眺めた。
頭が回らない。何が起こっているのか理解するのに時間が酷く時間が掛かった。

上田が立っていた。いや勃っていた。

「上田…さん!? バカ上田出てけ消えろ!!!!」

奈緒子は手元のシーツを手繰り寄せて身体を隠すと、傍らの空き箱やらなにやらを投げつける。
波間に佇む毛蟹が上田の頭にヒットする。

「なんだYouはマスターベーションの途中か。マスターベーションは生物の基本だ。
何も恥ずかしがる必要はない。さあ、一緒に快楽の海へと漕ぎ出そう!」

瞬時に事態を把握した上田は奈緒子へとにじり寄って行く。

「ってちょっとまて上田さん。これは誤解だ。陰謀だ。そうだ。毛蟹がやってきて
私に催眠術をかけたんだ。そいつの仕業ですよ。」

幾分冷静さを取り戻した奈緒子は必死に取り繕いながら上田から後ずさりする。

「Youが俺の名前を呟きながらマスターベーションしているのを見た。なにも気取る
必要はない。さあ」

上田はシーツ一枚の奈緒子に追いつくと、華奢な身体を抱きしめた。

「や、やめろ上田…。う。」

奈緒子は抗おうとするが、身体に力が入らない。上田にキスされると
先ほどまでの快感が蘇って来た。奈緒子の息が熱くなる。シーツを払いのけ、彼女の全身を弄り始めた
上田は、彼女の傍らに落ちている「ソレ」に気づく。

「おおぅ!?」

上田は素っ頓狂な叫びをあげた。「ソレ」を手に取り

「You、念のために尋ねるが、これはYouの物か? Youの私物か? Youの愛用の品なのか?」

と、念の入った尋ね方をする。

「ば、ば、ばかっ! そんなわけないでしょう! これは……そう、これは毛蟹ですっ!」

冷静さを取り戻しかけていたのに、上田に見られてしまったことで、奈緒子はまたうろたえた。
生まれて初めて「ソレ」を見た奈緒子と違い、上田にはこれが何をする物かは一目瞭然、いや、
ひょっとしたら影絵にしてクイズを出しても当てるに違いない。
なにしろ、予習だけはばっちりの男なのだ。

「俺は寡聞にしてこんな毛蟹は初めて見たが?」
「だ、だって、毛蟹って書いてあるじゃないですか! こんなに!」

奈緒子はさっき放り投げた箱をたぐり寄せ、上田に突きつける。

「ほら!」

確かに、などとうなる上田を前に、奈緒子はシーツをこっそりと身体に巻き付けながら、
そっと箱ごしに上田を仰ぎ見た。
上田の悩んでいる顔は、困ったことにかっこいいのだ。
だが、奈緒子の目線は上田から外れ、その手前の箱に釘付けになる。
私の毛蟹はいったいどこへ行ってしまったのか、と思いながら、箱に描かれている毛蟹でいいから
食いたい、と無意識のうちに身体が前へと動く。

「そうか」

上田の発した声に、ぴたりと奈緒子の動きが止まる。

「……なんですか?」
「Youはこれを毛蟹と言った。そうだな?」
「そうですが」

上田は箱を横へ放り投げ、奈緒子の上へとのしかかってくる。もちろん手にはショッキングピンクの
ぐにゃぐにゃとした形状の、毛蟹とは似ても似つかない「ソレ」を持って。

「なら、Youはこれを食べる、と言うんだな」

上田の目があやしく光る。

「はい?」
「食ってもらおうじゃないか」
「え? いや、ちょっと……上田? ば、ばかっ! こんなもん食えるか!!」
「食べるのは何も、上の口とは限らないぞ」
「上の口…って、じゃあ下の口っていうのは、つまり……」

口ごもる奈緒子を尻目に、上田はその物体を楽しそうに弄り始めた。
唸るモーター音に顔を赤らめ、奈緒子は上田を睨み付ける。

「フフ…YOU、さっきのマスターベーションの名残がここに付着しているぞ」

上田がぐにゃぐにゃした物体を奈緒子に差し出してみせた。
先端が卑猥に光っている。

「うっ…上田っ、やめろ!」

取り上げようと腕を振り上げると、奈緒子の体を隠していたシーツがはらりと剥がれた。

「あるといえばあるな。胸。」

上田はしみじみと呟く。
山田の顔は真っ赤である。
 
「み、見るなっ・・・!」
「しかもなんだ、先端が尖ってやらしい」

山田の裸体に顔を近づけて上田が見つめる
恥ずかしさで山田は発狂しそうだった。

つん、と尖った先端を上田の右手が弾く。左手は例の”毛蟹”を持ったままだ。

このまま胸を注視され続けるのも死にそうに恥ずかしいが、上田が手にした物で上田にいいように
されてしまうのもこれまた死にそうに恥ずかしいし、勢い余って上田の巨根で、などということになれば
間違いなく死んでしまう。

つんつんと上田は奈緒子の胸をつつき

「案外、おもしろいな」

などと失礼なことまで言う始末だ。

「う、上田さんっ!」
「なんだ?」

ぎょろりとした目が奈緒子を見上げる。

「あ、あのっ、返してください。毛蟹」

上田は驚いた顔をする。

「たとえば返したとして、Youはこれをどうする気だ」
「た……食べます」

上田は、奈緒子の名残でてらてらと先端が光るいかがわしい物を奈緒子の手に握らせる。

「じゃあ、食べてもらおうか。俺はその様子をじっくりと、がっつりと、ぶっつりと、観察させてもらおう。科学者だからな!」

そんなことを言い出すのは奈緒子とて予想済みだ。

「それは構いませんが、この毛蟹は私のものですよ」
「ああ、別に俺は要らない」
「だから、私が独り占めだ! 上田、おまえには触らせない! えへへっ!」

これこそが奈緒子の最終防衛ラインだ。最悪、大人のおもちゃでマスターベーションをするところを、じっくりと、
がっつりと、ぶっつりと、観察されたとて、手を出されなければどうということは――、どうということは――

「あるけど」
「何か言ったか?」
「なんでもありません。とにかく上田! おまえはこの線から入るな!!」

奈緒子は尻で後ずさると、畳の縁を手に持ったいかがわしくぷるぷるとシリコン部分を震わせるピンクの毛蟹で指し示した。

「入るな、と言うなら入らないが、on lineはありか?」
「駄目だ! サッカーと一緒だ!」

とっさに叫んだ後で、はてサッカーのゴールはオンラインだとどうだっただろうか、と悩むが奈緒子は勢いで押すことにする。

「とにかくそこから入るな。そしたら……食ってるところくらいは見ても……いい」

顔が熱くなっていくのがわかる。手が震える。その震えに合わせて毛蟹がまたぷるんぷるんと震える。

「よし、わかった」

上田はそう言うと、その長身を寝そべらせ、畳の縁ギリギリに肘をあわせ頬杖を付いた。

「準備はOKだ。You、こっちへ向けて足を広げろ」
「なんでだ!」
「観察者によく見えるようにするべきだろうが」
「ふざけるな!」

だが、上田に見せないように横になるには部屋の広さが足りない。恨むべきは貧乏なのか。
微妙に角度をずらす、という些細な抵抗で奈緒子は上田の方へ足を向けて横になった。
かるく立てていた膝を左右に開く。

上田が息をのむのがわかった。

「You……。いや、なんでもない。続けろ!」

鼻息荒く上田が言う。
奈緒子は手にした毛蟹、もとい、大人のおもちゃの先端を自分の秘所にそっと押し当てた。

上田に見せる約束で毛蟹を秘所にあてがった奈緒子だったが、いざやるとなると灼けつきそうな羞恥心が彼女を襲う。

「上田、…上田さん。頼みがあるんだ」

さっきまでの強気な語気とはうって変わって縋りつく様な声を奈緒子はあげた。

「俺の心は太陽系より広く弥勒菩薩よりも深いことはYouもよく知ってるだろう。なんなりと言ってみろ」
「電気を、消してくれないか。頼む。できれば耳も塞いでくれ。耳栓は食器棚の引き出しに入ってる」

部屋は上田が押し入ってきたときにつけた蛍光灯で、隅々まで明るく照らされている。
上田はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながら答えた。

「嫌だ。残念だができない。さっきから言っている通り俺は観察者だ。自然科学者としてベストな状態で対象を精察するのは
当然の務めじゃないか」
「鬼悪魔変態巨根童貞バカ上田!!」奈緒子は彼女なりに思いつく限りの言葉で上田を罵る。
「往生際が悪いぞYou。10数えるからそれ以内に約束どおりその毛蟹を食べる所を俺に見せるんだ。
Youの下の口でな」
「なんつー卑猥で下品な表現だ上田!ってこれは私が初めに言ったのか。山田奈緒子一生の不覚」
「ウダウダ言ってないでとにかく早くヤレ。ヤラないと次のマジックショーにこの毛蟹を使わせるぞ。ほら10、9」

奈緒子は耳たぶまで真っ赤に染めながら上田を睨んでいる。

「8、7、6、5、山田奈緒子の毛蟹ショー楽しみだなぁ。4、3」
「分かった。分かりましたよ。…やります。でも最後のお願いがある。上田さん。お前も脱げ。私だけ裸ってどう見ても不公平だろ」

上田の顔が明るく輝く。

「なんだYouは俺の体を鑑賞したいのか? なんの遠慮もいらんぞ」
「いやそうじゃなくって!! 上田さんは恥ずかしくないんですか? あまつさえ裸を見られたうえに
自分でヤルのまでみられるんですよ」
「Youの言いたいことは理解した。脱ごう」

そう言うなり上田はあっという間に白ブリーフ一枚の姿になった。逞しく頼もしげな体があらわになる。
奈緒子からみても上田の引き締まった体は素直に綺麗だと思える代物だ。これなら脱ぎたがるのも無理はないのだろう。

「さあ。俺は脱いだぞ。次はYouの番だ」
「上田さん。この貸しは高くつくぞ。一生忘れない」

意を決したように奈緒子は毛蟹のスイッチを入れ、胸のふくらみに沿って這わせていく。
奈緒子の胸の上で毛蟹は楽しそうにうねり這い回っている。
毛蟹が桜色の奈緒子の乳首に到達すると、乳首はむっくりと起き上がり始めた。

「ううん。」

奈緒子の息が熱くなる。上田の唾を飲み込むゴクリという音が部屋に響いた。
奈緒子は目の前が暗くなりそうなくらいの羞恥心に襲われながら、ゆっくりと毛蟹を這わせていく。
毛蟹は奈緒子の白い体を嘗め回しながら臍から下腹部へとくすぐる様に進んでいく。
サリサリとした茂みに到着すると歩みを緩め、奈緒子のクレバスに沿って毛蟹の先端が震えた。

「あああぁん。」

奈緒子の口からハッキリと嬌声と分かる声があがった。奈緒子のしなやかな背中がたわむ。

「綺麗だ。」上田の素直な感情が言葉になる。

見られてる。上田さんに。自分の一番恥ずかしい隠したい姿が見られている。
奈緒子は自分の置かれた状況を頭の片隅で把握しながら行為に没頭していく。

「ひやぁああん。…駄目ぇ。あああん」

毛蟹は奈緒子の一番敏感な場所に触れた。奈緒子の肉付きの良い腰が大きくグラインドする。

「あああああああぁぁん。ダメぇぇぇ」

昂ぶった声が震える。
毛蟹は十分に潤んだ奈緒子の中へとその身をくねらせながら進入していく。奈緒子の端整な額に汗が浮かぶ。

「はああああああぁん。ぁぁぁ」

奈緒子は自分の体内で蠢く異物の存在の大きさに気が遠くなり始めた。時折奈緒子の身体が小刻みに痙攣する。

「うんっ、い、いくっ」

身体全体が大きくたわみのけぞり、奈緒子は絶頂に達した。

「……っ、はぁ…っ」

肩で息をする奈緒子の手から、毛蟹がゆっくり滑り落ちた。
乱れて揺れる髪の隙間から、上田がこちらに忍び寄るのが見える。

―――その線から入るなって、言ったのに。

奈緒子は上田を睨み付けた。
…そのつもりだった。

「おおう…YOUそんなに焦るなよ、潤んだ目で見つめやがって」
「な、何言い出すんですか…来るな、上田」

来るなというのは言葉だけ。
それほど力強くもない抱擁をあっさり受け入れ、奈緒子は上田の胸に頭を預けた。

「YOUは知らないだろうが、毛蟹より俺にされるほうが断然気持ちいいんだ」
「…ヤキモチやいたんですか、コレに?
無機物に負けて悔しいのか。エヘヘッ」
「何言ってんだ。
負けてない、YOUの処女膜を破るのは俺だよ」
「…破るって。その、さっきから当たってる、この凶器で…」

一瞬にして青ざめた奈緒子が反論する前に、上田は細く白い奈緒子の体を強く抱き寄せた。

「どんな困難も乗り越える呪文、知ってるか」
「…なぜ、ベストを尽くさないのか!ホワイ、ドンと来い、超常現象……ん?」
「………。
実はセックスによく効く呪文があるんだよ。こう唱える。
……ジュヴゼーム」

耳元で低く響いた上田の声に、奈緒子の頬が染まる。

「もう一度言う。ジュヴゼーム…奈緒子」

奈緒子は震えながら、意を決して顔を上げた。
口をもごもごさせ、上田から少し目を逸らして息を整える。

「う…上田、一回しか言わないからよく聞け。
…上田さん…
…ジュヴゼーム」

小さく消え入りそうな声を包むように、二人の唇が重なった。






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