星が降る
-2-
上田次郎×山田奈緒子


もう二度と、リビングに放置されたステージ衣装やトランプをゲストルームに叩き込まなくてもよくなるのだ。
自分のものは自分の占有スペースに片付けるという基本的な生活習慣をとうとう身につけてやる事が出来なかった。
少しだけ残念だ。
だがそれは俺の責任じゃない。
あいつが筋金入りにだらしないだけの話だ。気にするな次郎。

風呂の占有時間を調整しあう余計な苦労ももう二度となくなるな。素晴らしい事だ。
今更少々磨いたところでどうなるものでもあるまいに、山田の奴はとても長湯だ。
それにあいつが髪を洗った後では俺のシャンプーやリンスとは違う甘ったるい匂いに耐えなければならない。
だが、これでもう二度と、脱衣所の扉のガラス部分を覆っているバスタオルを見る事もない。
誰がそんな貧乳など覗くものか。そんなに厭なら自腹を切って銭湯に行け。

…ああ。
もうすぐ君は元通り、銭湯生活に戻れるんだな。

行き場が無かったはずの山田が、自分の居場所を見つけようとしている。
めでたい事じゃないか。心の広い人格者としてはもちろん祝ってやるべきだ。

なのになぜ眠れないのだろう、広すぎる砂漠で空間を把握する能力が麻痺した旅人のように。
──一面の荒れ地。静かに乾いた居心地のいい。

もう二度と煩わされる事はないはずだ。
もう二度と。
もう二度と。

俺は起き上がった。
生理的欲求は感じないが、トイレに行けば眠れるかもしれない。



寝室を出ると廊下に灯りが漏れていた。リビングの扉からだ。

「おい」

中に入るとサイドボードの前にいた山田が写真立てを片手に振り向いた。
後ろにいつものトランクが、開いたままで置いてある。

「真夜中だぞ。早く寝ろ」
「整理してたんですよ。もうすぐ出て行くんですから」

ああ──俺の写真をわざとらしく隠すように立てかけていた父親の写真だ。

「整理するほど荷物ないだろ。夜中だと言ってるんだよ」
「心配しなくてもちゃんと寝ます」
「心配しているのは電気代だ」
「……」

山田はぷっと頬をふくらませ、現れた俺の写真を乱暴に整えた。

「おい。右の角度が低すぎるぞ」
「文句があるなら自分で直せばいいだろ」

全く。
俺は溜め息をついて山田の傍に歩み寄った。

写真を直している俺に山田が話しかけて来た。

「上田。そういえば、どうなったんだ。あの噂」
「噂?」
「私がここに居るのが問題になったって言ってたじゃないか」
「ああ。それなりに下火になったよ」
「……?」
「やましい事など何もないからな。何を言われても毅然とした態度をとっていたんだ。俺の輝かしい学者としての実績が無責任な風聞を押さえ込む日がいつか必ずや来ると信じていたよ。ハッハッハ」
「飽きられただけじゃないのか」

失敬な。

「でも、結果的には良かったですよね」

山田は肩をすくめ、父親の写真を丁寧におさめるとトランクの蓋をばたんと閉めた。

「私も理想通りの部屋を見つけられましたし」

そうだな。

「これも上田さんのお陰かもしれません。一応、礼は言ってやってもいいぞ」

山田は俺を見上げて微笑んだ。

「お世話になりました」

長い髪がさらさら流れて、色気もなにもないトレーナーの肩に波打った。

トランクを持ち上げた山田の肩を俺は掴んだ。

「上田?」
「どこ行くんだ」
「部屋ですよ」
「ここに居ろ」

山田は微妙な角度に眉をあげ、俺をじっと見た。

「ここ、リビングですよ」
「違う。俺の──」
「え」

山田は目を見開いてまっかになった。

「う、上田の、し、寝室…?」
「違うっ」

いや。
同じ事なのか?

俺は混乱して山田を見おろした。
山田も混乱しているらしく、眉をひそめて俺を見あげた。

「…ちょっと待て。落ち着け、上田」

山田はトランクを降ろし、俺の手をひっぱった。導かれるままソファに腰をおろした俺はそわそわと指を組んだ。

「よく考えたら、噂も下火になった事だし、youが出て行く必要はないんじゃないかと思ったんだ」
「何ですか、それ」

立ったままの山田は顔をしかめた。

「もともとはお前が出てけって」
「そうだよ。だが」

俺は指に力を入れながら何度も何度も組み直した。

「真に受ける馬鹿がどこにいる」
「………」
「俺が本気で行き場のない貧乏で貧乳の奇術師を追い出すような、器の小さい男だと君は」
「追い出そうとしたじゃないか、現に」

山田はきゅっと下唇を噛み締めた。

「明日電話すれば完了ですよ。やっかい払いできて嬉しいでしょう、上田さん」
「…完了?ああ、そうだな。だが…」
「元通り、次郎号と二人きりのロンリーでスライムな生活が待ってるんですよ。おめでとうございます」

覚えてたんだな、you。

「不動産屋には」

俺の喉は、絞り出すように声を出した。

「俺が電話しておく。この話は断るんだ」
「……何言ってんのかわかってんのか、上田?」

わかっているつもりなんだがな。
今ひとつ自信がない。

俺は首をまわして彼女の顔をじっと見あげた。

「今、youがいなくなると──俺にも行き場がないんだよ」

山田の頬に血がのぼった。

「今日見たあのアパートは前のとは違うし、それに…」

俺は組んでいた指をはずし、自分の横の座面を撫でた。

「座らないか」
「……」
「頼む。す、座ってくれ」

心臓が喉から飛び出しそうだった。
俯いた山田が小さな声で言った。

「頼んでるんですか?」
「そ、そうだ」
「お願いですか?」
「……ん」
「寂しいって認めるんですね」
「……」
「でも…」
「…?」
「座ったら…その…そ、それだけじゃないんでしょ」
「そ、そ、その通りだ」
「いやです」

山田の片手が俺の肩を押した。いつの間にか俺の手は山田の肘を掴んでいた。

「ここじゃいや」

山田はまっかな顔で俺の耳に囁いた。

「上田さんの部屋に入れてください」



「え」

俺はその時どんな顔をしたのかわからない。
おそらく固まっただけかもしれないが、問題は心臓だった。
飛び出すどころの騒ぎではなく、本当に止まるかと思ったのだ。

俺は一世一代の決心で──キスをするつもりだった。
山田に近づいてみたかった。だから、傍に座らせて、抱き締めて。
なのに山田は、俺の部屋に…寝室だろう、話の流れからすると……そこに連れて行けと言う。
それって──。

抱けって事か。

自分がどんな顔をしているのか掴めないまま凝視している俺を彼女がさっと見下ろした。
反応の鈍さに怪訝そうだったが、やがてまっかな顔がますます染まり、大きな目が急に潤んだ。

「あっ」

ばっと山田は俺の手を払いのけた。

「ご、ごめんなさい。訂正! 今の間違い。違います」

とんでもない勘違いに気付いたらしい。俺はむやみに咳払いしたいのを堪えて呟いた。

「いや。別に…入れるくらいは…いいけどな」
「ここでいいです」

山田は急いで俺の隣に座り、発作的な仕草でクッションを掴んでぎゅうと顔を埋めた。

「…っ…うわあ…!!」
「恥ずかしがってろ。馬鹿め」
「紛らわしい事言うからですよ!上田さんが!」

山田はクッションを投げ捨て、俺を睨んだ。まっかだから全然怖くない。

「し、真剣な顔してるから。そ、それでもって肘とか掴むからっ」

「普通、そこまで飛び越えて解釈するとは思わないじゃないか」

俺は口早に叱った。

「youは処女だろう。なんでそういうはしたない勘違いをするんだ」
「だって……」

山田の動きが止まった。
潤んだような目がぴたりと視線をあわせて離れない。

「だって、私は」

山田の唇は震えて、風のような吐息を漏らした。
肘に山田の指が絡んでいる事に俺は気付いた。
これがキスに最適な距離である事にも。
仰向いて動きをとめた彼女の顔。
今しかない。

「上──」

触れた唇はやっぱり震えていた。
軽くつむいだ線は俺の唇をしっとりと受け止めた。
押し付けると、肘を掴んだ彼女の指に力が入った。
逃げ出すための根回しなどという正当な理由なく山田にキスしたのは初めてだった。
俺は顔を離して息をつぎ、やむにやまれない衝動のまま、改めて押し付けた。
重心をずらし、山田の指をほどいてその躯に腕を廻した。
温かくて艶かしい唇の感触。

近すぎる顔をまた離す。
目を半ば閉じて、俺は山田を見た。
山田もうっすらと目を見開いて俺を見た。
もう一度唇を押し当てた。
触れるだけのキスのたびにみずみずしい唇がかたちを変える。
柔らかい。温かい。

……気持ちいい。

溜め息を漏らし、彼女の躯をひき寄せて俺は飽かずに唇を重ねた。
重心がさらに山田に凭れ掛かる。
ふっくらとした唇を確認したくて俺は軽く口を開いた。
ついばむように唇を挟み、彼女についた自分の唾液を軽く吸いとる。
ちゅっ、ちゅっ、と甘い音が響く。その音に興奮した。
彼女の唇の、濡れた面積が広くなる。我慢できなくて舌をのばした。
舐めてしまうとおしまいだった。
俺は山田を押し倒した。



──言ってる事とやってる事が全然違う。
そう叱られるんじゃないかと頭のどこかでちらりと思った。

俺の掌や指が、彼女の腰の曲線やくびれを辿っている。
着古したジャージに包まれた線は驚くほど細くて柔らかかった。

「上、田」

肉を確かめるようにやわやわと摘むと、山田はびくんと腕を震わせた。
腿の曲線に沿って指を滑らせる、俺の吐息が彼女の首の付け根に大量にあたる。

「山田」
「あっ…」

あまりにも滑らかなので寄せた顔が張り付きそうな耳朶の下の首筋を吸うと、山田は小さく身もだえた。
ウエストを俺の掌で支えられ、圧し潰されているから動けない。
彼女を食べているような気がした。

俺がいつもの俺ではない事に山田は気付かざるを得なかっただろう。
仕方がない。俺は天才物理学者である前に男なのだ。
その証拠に例のモノがすっかり勃起している。

……我ながら、でかいな。
あまり考えないようにしたいが、遠慮なく山田の腰に当たっているので意識せざるを得ない。

「you」

俺は彼女の唇や顎や頬や首筋だけじゃなく、ほかのところにまで唇を押し当てはじめた。
邪魔なトレーナーを押し上げ、頭や細い腕から抜く。
乱れた長くて甘い匂いの髪を撫で付ける。
息は荒い。だんだんブレーキが利かなくなってきているのがわかる。
掌が、指がせわしなく山田の躯をまさぐっている。
見覚えのあるブラの肩ひもをずらし、ホックを指で外した。
自分の熱に彼女を巻き込みたくて、でもそれがまだ少し恥ずかしかった。

……だめですよ、ここじゃ、と。
いつか山田が言うんじゃないかと。

こんな見境のない男と初めての夜を過ごすのかと山田が思わなければいいのだが。
彼女の肩に掌を置き、腕から胸に滑らせる。
ささやかな肉を揉みしだく。山田は俺の躯の重みに耐えている。
俺の掌は大きいから小さな乳房は全部入ってしまう。
力の強弱で白い肌の陰影が歪み続け、小さいなりにきちんと膨らんでいる事がわかる。

山田の不安そうな上気した顔が随分幼く見え、俺はいけない事をしているような気分になった。
でも彼女の瞳は潤んでいる。
愛撫されて漏れる声も吐息も腰や太腿の曲線も存分に艶かしい。
表情とのアンバランスさが少しやばい。

…そういう気は、ないはずなんだがな、俺。
指先から伝わる温かさと柔らかさ。揉むと大きくなるって、そういえば。
よし、山田。俺が大きくしてやるぞ。

彼女が何か言いたそうに頭上で喘いだ。
俺は顔をさっとあげた。
掌の開閉速度が遅くなると、彼女は目を開けて俺を見た。

「……い、痛いです。上田さん」

揉み過ぎたらしい。

「…ふっ…」

俺は狼狽を隠すために意味もなく微笑を漏らし、がばっと上半身を起こした。
パジャマのボタンを外しさり、勢いよく脱いだ。
勢いだ。もうあとは勢いしかない。
考える時間があるから細かい事が気になるのだ。これはきっとそういうものだ。

俺はまた山田の躯を擦り始めた。掠れるような声で彼女が言う。

「く、くすぐったい」
「そうか」

密着した胸板をこすりつけ、片手を間にすべらせて俺はまた乳房を揉み始めた。

「あん、あ、…上田っ」

山田は赤くなって身をよじる。

「しつこいですよ」
「当然だろうが!」

俺は耳元で怒鳴った。

「触りたかったんだ、ずっと」

開き直った者勝ちだ。
現に俺は淫らな気持ちで一杯だ。
山田の躯は綺麗すぎる。

「でも、でも上田は──」

彼女は喘ぎながら涙声で囁いた。

「上田さんは、いつも、ひ、ひんにゅうって」
「youが心底厭そうな顔するのが面白かったんだよ。それだけだ」
「このサドッ」
「ふん、処女め」
「な、なにをっ……こ、この童貞っ……あ、あーーーーーーーっ!?」

俺は腿を這っていた指をぐいと引き戻し、下着の中に滑り込ませた。
茂みの中に指先をいれると、行き着く先は谷間しかない。

「深いな…」

指を這わせ、構造や感触を確かめた。

「んあ…あ」
「痛いか」
「ん、ん…ああ」
「大丈夫みたいだな」

なめらかなぬめり、蕩けそうな襞の動き。
俺はもう片方の掌を山田の尻に沿わせ、ジャージごと小さな下着を引き摺り下ろした。
細い足首を次々にひきぬき、要らなくなった服をソファの下へと放り出す。
空いた手で、無防備な乳房を握りしめた。

「やん、あん、あん、あ…あんん」

夢中になってしまう。

山田が俺にしがみつく。

「んっーーーーーー!!」

触れ合う肌全てが温かくて柔らかすぎる。
彼女が快感を滲ませて甘く喘ぐ。上向いた乳房の先端が指先を弾いて、つるんと滑る。
その紅色を甘噛みすると、山田の躯は逃げるようにくねくねと悶え始めた。

「いや…あん…あ…」

俺も苦しい。もっと肌を絡めたい。
苦労してパジャマのズボンを脱いだ。
ブリーフをとり、山田のジャージと同じ運命を辿らせる。

もう俺たちは裸のままだ。
何も遮るものもなく、身を寄せると勃起したモノがするっと山田の腿の合間に落ち着いた。

「んっ…」

彼女は反射的な動きで腿をすりあわせて拒もうとした。俺は耳元で囁いた。

「山田」
「ん…ん…」

視線が絡むと、彼女の声に滲んだ艶が拒絶の色を裏切ってゆく。
触れている、腿の弾力が気持ちいい。

「やっ……」

俺は腰を押し付けた。ゆっくりと、動きを大胆にしていく。

「ん、あ……あん」

彼女の腿のくねりが大きくなり、挟んだモノを優しく揉んだ。
山田の腰を抱え込んだ。
意識的に腿の内側を抉られた彼女は泣き声のような喘ぎをあげた。

「あっ、あっ…」

喘ぎながら、彼女は俺の首にすがりつく。
腰をくねらせ、押し付けたモノに柔らかな谷間を擦り付けた。
ぴくりと震え、一瞬後にはまたためらいがちに腰をすり寄せてくる。

「ゆ、you……っ」

その動きもさることながら、彼女の上気した表情の艶かしさに俺は心を奪われた。

「ああ……あ…やだ」

彼女が囁く。

「き、気持ちいい」
「俺も気持ちいい」
「いや…見ないで……は、あ…」

そのまま突っ走りたいのは山々だったが、そうもいかないのが人生だ。

「you」

俺は山田を抱き直した。

「…ちょっと待っててくれないか」
「えっ?」

彼女が濡れて虚ろな目を向けた。

「このまましちゃったら、まずいだろ。…コンドームとってくるから」

囁いてから身を起こす。彼女は不安げに囁き返した。

「どこに?」
「寝室──」

俺はまじまじと、広いとはいえこんな行為には不向きなソファに埋もれて窮屈そうな山田を見つめた。
そうか、なにも俺だけ行くことはないんだ。
彼女の乱れた髪をかきわけ、染まった耳朶に囁いた。

「一緒に行くか」
「……」

彼女はかすかに頷いて、俺の躯にしがみついた。



素っ裸で部屋を移動するのに俺は慣れているのだが、山田はかなり恥ずかしい思いをしたらしい。
寝室に到着すると彼女はベッドに飛び込んで、急いでベッドカバーの内側に潜り込んだ。
俺はクローゼットの扉を開けて、ごそごそと中の引出しを探り始めた。

たしか、このへんに──。

「あった」

振り向いて山田に見せると彼女は落ち着かなげに眉を寄せた。

「──準備、いいですね」
「たしなみってもんだ。男のな」

良かった、まだ何枚か残っている。
こういうものは使う機会がいつ来るかわからない。
厳選に厳選を重ねて通販で手に入れたコンドームがやっと役立つ時が来た。
きたるべき日に備え、時折訓練を重ねてきたので目を瞑っていても装着できる。
だが、まさか山田相手に使う事になるとは思わなかった。

素早くつけて、俺はそわそわとベッドに入った。
カバーを外すと毛布の上に白うさぎのような山田がいて、居心地悪気に俺を見た。
さっきの興奮が少しおさまったらしく、表情がとても恥ずかし気だ。

「厭になったか」

山田は首を振った。可愛い奴め。
毛布の上に長くひろがった髪からこめかみ、頬、顎からくびすじ、肩から胸に手を滑らせていく。
しっとり色づいた肌のきめのこまかなすべすべした感触。
乳房を揉むと彼女は鼻にかかった声を漏らして俺の手を掴んだ。

「まだ痛い?」
「い、いいえ。それほどでも──」

鎖骨にキスし、掌を腹からくびれた腰に落とす。
ぷっくりと持ち上がった乳首を吸いながら腰から腿にふれていく。
腹に舌を滑らせる。臍のまわりを舐めるとひげの感触がくすぐったいのか、小さく悶えた。
余計な抵抗もなく、いらない恥じらいも見せない。
彼女の素直な反応に、俺の熱は簡単に、再びあがっていく。

それでも腿をたてるようにして俺が茂みに近づくと、山田はちょっと抵抗した。

「そこは…あの、ちょっと…き、きたな」
「風呂に入ってたじゃないか」

呟くと、彼女の躯が揺れる。

「そ、そりゃあ、清潔にしてないと……た、たしなみですから…でもっ」

心理的な抵抗が強いらしい。俺は構わず茂みを開いた。
ふっくらとした白い肉を指でおさえる。

「ほら。汚くなんかないぞ」

ちょっと生々しいけどな。前後に走っている中心は綺麗な淡紅色だ。
各種画像で予習済みの俺には別の生き物のようなこの器官の見た目にはさほど衝撃はない。
それより、山田のここを目の当たりにしているという別の意味での衝撃がある。

それも、もうすぐここに入れられる。
興奮で躯が熱い。

「そ、そこで…喋らないで、ください」
「恥ずかしかったら、目を閉じてろ」

山田は、小さく言った。

「私が瞑ったって……意味な…あぁ…ん」

指で開くと花びらのように少しはみ出した部分に舌で触れる。
唾液を絡めるとぴちゃ、とかすかな音がした。
粘膜なんだな、本当に。
薄くて滑らかでひらひらしている。舌に淑やかにまとわりつく。

…冷たいような、熱いような。

唇で挟んでひっぱってみる。視界の端に赤みが増す。
わずかに躯の芯が露出して、俺の鼻先に触れた。
抵抗せずにこすりつけると抱え込んでいる腰が跳ねた。

「あ、ふっ!」

含むように口を押し付け、舌先で辿る。艶っぽく水気を帯びたその粘膜を柔らかく啜る。
閉鎖的で淫らな水音。くちゅ。ちゅくちゅ、ちゅっ。
山田の匂いと味で俺の口腔は一杯になる。

「すっ、吸わないで、恥ずかしッ……!…んー…んっ…やだ…」

躯をひねり、俺の頭をおしやろうとした山田の手首を掴む。

邪魔するな。
これはyouが生まれて初めて経験する、『気持ちいい』事のはずなんだから。

「あんっ…、ふ、あ」

小さな粒を探り当てると彼女は腰を高く浮かせた。

………愉しい。

くちゅ…ぴちゃっ…くちゅ。

特に敏感らしいその粒を、強すぎないよう注意しながらくっきりと尖らせていく。
集中的に周辺を苛めながら上目遣いに反応を探る。
身悶えし、彼女は顔を振っている。腰は俺が固定したからもう動かせない。
俺の髪に差し込まれた指の力が今にも抜けそうだ。

「……あん、あん、いや…っ…ああっ…」

拒絶は弱々しく、悲鳴は甘い。
じわりと滲んでくる蜜を啜ると声はもっと甘さを増した。
大丈夫みたいだ。いい感じだ…。
俺は満足して顔をあげ、躯を起こした。
上気した彼女の顔をまともに見下ろす。

「あ」

山田は俺の口に視線を走らせ、これ以上ないくらい赤くなった。
顔を背けると長い髪がうねって頬を半分隠す。

…ああ、そうか。
俺は舌で濡れた唇の縁を舐めた。

興奮しているのに、俺の頭の隅っこはなんだか落ち着き払っていた。
いや、落ち着き払おうと努力していた。
彼女があまりにも頼りなくて不安そうだからかもしれない。
その不安を埋めたかった。

「you」

腿の間に俺が割り込んでいるから、山田は逃げることができない。

「んは…」

強くだきしめると、彼女は俺にすがりついた。
深いキスをすると呼吸音がからみあう。
山田の動悸は激しくて、今にも破裂しそうだった。
唇の間から、喘ぐように囁いてくる。

「上田さん」

片方の手を毛布と彼女の間に差し込み、柔らかな尻の肉を掴んだ。
腰を彼女に押し付ける。

「you……」

俺の声は優しくて、触れた谷間は温かくて、彼女はうっすら目を開いた。

「痛くしないから。大丈夫」

見え透いた嘘だが、山田は唇の端をわずかにあげた。

「はい……あの」

俺の目に彼女は囁いた。

「…痛がっても、途中でやめないでください」

俺は頷き、調整しなくてもとっくに行き先に触れているモノを確認して力をこめた。

くちゅりと濡れた音がした。

「ふ…っ……」

ぐん、と少しだけ入った。
柔らかな肉の壁が、いきなり侵入してきた俺に驚いて抵抗しているのがわかる。

…狭そうだな。

「濡れてる、から…大丈夫。力、抜いて」
「あっ…」

彼女は急いで躯の力を抜こうとした。難しいみたいだ。
躯の入り口は俺の先端で完全に塞がれて、これが奥までちゃんと入るのかどうか心配なんだろう。

「上田さん」

不安がそのまま声に出ている。
もっと不安になって緊張が高まったらきっとろくな事はない。
俺は一気に腰を突き入れた──途端、もの凄い抵抗が俺を包んだ。

あ、の形に唇を開け、山田は限界まで目を見開いた。
息は吸えても声が出ないらしい。
喉から掠れた呻きが漏れただけだ。
その場所の柔らかさもぬめりも全部どこかに行ってしまったようだった。
直接彼女の躯の構造をこじ開けているような気がする。

温かいけど容赦のない圧力。…本当に俺のはでかいんだなと実感する。
だけど止まれない。
山田の躯が跳ねた。

ぎちぎちと彼女の柔らかな内側を削る。
ようやく、ぬるみを感じた。一気に楽になり、俺は身勝手な喜びで呻いた。

「you、濡れて…」
「んっ…」

浮かれそうになり、覗き込んだ山田の苦痛に満ちた表情でその正体に気付く。
出血したのだ、俺の巨根で。いや、破瓜って奴か。同じ事か。ややこしい。

「はあっ、あ、あ、あふぁ…っ」

ショックから…だろう、快感のはずがない…がくがくと小さく白い躯が震えている。
申し訳なさに肩を竦めながら、俺はそれをやめられない。
絶対にそれだけはできない。
どこまでも入り込む。
この華奢な躯のどこに俺のモノを受け入れるような隙間があるのかわからない。

……ようやく、深い奥底にいきあたった。
何度かさらに入り込もうと捏ねつけ、それから納得して、俺はようやく侵入を止めた。

「you…っ…」

気持ち良さそうな呻き。俺の、声だ。
彼女と交わっている。深く。

やばい。
全てを忘れそうだ──。

彼女はようやく呼吸を整え、俺を見上げた。

「you」

俺は唇を歪めている山田を見下ろした。
何か喋って理性を繋げないと、今にも獣のように腰を振りそうだった。

「入ってる」
「……わかり…ま、す」
「…痛いか?」

俺の声は心配げで、厭味なほど優しかった。

当たり前だと言えばいいのに山田はふるふると首を振った。
彼女は、本当の事を言ったって俺を困らせるだけだと知っている。
俺は非情にも念を押した。逃げ道を全部断つつもりだった。

「大丈夫か」
「…」

山田は小さく首を縦に振った。俺を受け入れている躯は辛そうにひくついている。

「そうか」

けなげな彼女につけ込む俺の声はひどく深くて甘かった。
彼女は辛うじて微笑に見えるものを唇の端に刻むことに成功した。
泣きそうな瞳が、今までに見た事の無いくらい綺麗だった。

愛おしい。
壊したい。

「じゃあ……」

舌で唇を湿し、俺は言った。

「動いても?」
「……」

山田はかすかに肩で息をした。
ぎりぎりまで密着して脈打っている俺のモノが動いたらどうなるのか、想像するのも怖いんだろう。

「上田さん」

彼女は唇を歪めた。掌をのばし、俺はその頬を撫でた。
優しい男を演じながら、早く確証が欲しくて、俺は発狂しそうだった。

「……好きです」

俺はすぐさま受け入れた。ひどい男だ。

「わかってるよ」
「好きです…」

俺は山田を抱き寄せた。山田も俺を抱きしめた。
短い吐息を漏らし、動き始めた。



始まってみると、それはとてもわかりやすい行為に変化した。
引き抜き、突き入れる。肉を合わせ、叩き付ける。
そのたびに、山田の躯をのけぞらせる。
互いの喘ぎが耳元に繰り返され、吐息の熱さが肌を灼いた。
彼女の名を呼ぶ。
抱きしめ、キスをし、ただひたすらに抉り続ける。
二人とも眉をよせ、額やこめかみに汗を浮かべて、目を半ば閉じたような傲慢で真剣な顔で。

早く壊してしまいたい。
彼女を突き上げる動きが加速していく。
悲鳴のように喘いでいる彼女が可哀相だ。だけど興奮する。最低だ。そして最高だ。
もっと、もっと。もっと壊してしまいたい。
痛いと一言も言わないまま、山田は俺の熱に巻かれている。

「好き…」

突き上げるたびに彼女の喉から喘ぎが漏れる。

「好き…っ…」

初めてのセックスはとても不公平な行為だ。

嬉しくて、突き上げるたびに俺はもっと山田を喘がせたくなる。
嬉しくて嬉しくて、彼女の躯に腕が、脚が絡んでいく。
ギチリギチリと、彼女の背中の下でスプリングが悲鳴をあげている。

一度、腰を退いてヘッドボードに近づき過ぎていた彼女の躯を引き摺り戻した。
弾みで彼女は身をくねらせ、白い太腿にとろりと細く、水が赤く色を引いた。
体勢を整えて、待ちかねたように再び挿入する。
山田が呻き、喘ぎながら背中を仰け反らせる。
彼女の血が俺の躯を汚した。
それを何度もまた俺は山田の躯に押し付けた。

──ほら、もう、何も考えられない。

「上田さん。好き」
「山田」

愛しさが滲んでいる。彼女か俺かはわからない。

「大丈夫か」

心のこもっていない俺の言葉に、山田は涙を流しながらかすかに頷く。
俺に揺さぶられるたびに半分開いた唇がわなないている。
半分意識が飛んでいるような、紅潮した哀れで綺麗な泣き顔。
見交わした視線が、唇が近づく。舌を絡め、喘ぎあう。
躯を打ち付けあい、またキスをする。
抉り、貫くごとに柔らかな躯が反応して彼女は啜り泣く。たまらない。

「山田」

動けないよう、抱きすくめた。
彼女は抵抗一つせず、一段と早く繰り返されはじめた動きを受け入れた。
唸りが抑えられない。
残酷な俺の躯は、山田の負担を気にもとめない。
動きと彼女の喘ぎが忠実に互いを煽る。
蕩けた脳がただひたすらに、快楽を貪っているのがわかった。
呼吸は荒々しく、夢中を示して淫らだった。

「上田、さん…っ…」

引き摺られる。
掌で、指で、躯で、生贄みたいに白くて小さな躯を押さえつけながら、俺は本能に引き摺られ、一心不乱に突っ走った。
限界まで膨らんでいた。
もう我慢できなかった。

「──っ!!!」

脈と一緒にガンガンしている俺の耳に、自分と山田の荒い吐息だけが響いている。
執拗に彼女の深い場所でモノを動かし、最後の最後まで快感を追いながら、俺はようやく目をあげた。
涙と汗でぐしゃぐしゃになった山田が、彼女が、幸せそうに微笑した。
実際には笑っていなかったかもしれない。笑ったと思っただけかもしれない。
だが確かにそれは微笑に見えた。




「すごく眠い」

山田がぼそっと呟いた。
俺は天井に向けていた目を動かして、撫でている長い髪を視界に捉えた。
艶々と流れているそれは裸の胸に触れるとくすぐったい。

「戻るの、面倒くさい…」
「ここで寝ちゃってもいいぞ」
「いいんですか?」
「俺も眠い」

俺は天井にまた視線を戻した。

「…充実してたって事だな」
「充実しすぎだって」

小さな耳を指先で弄ると山田がかすかに顔をあげた気配がした。

「上田。その巨根、今からでもどうにかならないのか」
「なるわけないじゃないか。君が馴れるしかない」
「…なんで私が」

山田は罵りながら小さな欠伸をした。
疲れ切っているようだ。無理もないが。
俺は衝動的に首を曲げ、山田の躯を抱えこんだ。

「待てっ」

山田は慌てて俺の胸をおした。

「今はもう…あの…」
「違うよ」

俺は言った。

「キスしたいんだ」

おとなしくなった山田から唇を離して囁いた。

「とても気持ちよかった。ありがとう」
「私は……私も……」

山田が葛藤しているのがわかる。
親切な俺はにやっと笑った。

「死ぬほど痛かったんだよな。入れる度に泣いちゃって、可哀相になあ」
「……」
「痛くても懸命に耐えてる顔がまたそそったぞ」
「お前、サドだろ」
「やっと気付いたのか」
「サドで巨根って最低じゃん」

彼女は頬を染めて俺を睨みつけた。

「そういうのを好きになったyouはどうなんだ。隠れマゾなんじゃないのか」
「好……!?そ、そんな事一言も」
「さっき好きだ好きだと泣いてのはどこの誰だ」

俺は毛布を引っ張り上げて山田の顔を隠してやった。
消える瞬間にのぞいた耳は本当にまっかだった。きっとそれこそ死にそうな気分だろう。
毛布の上から腕を廻して抱きしめた。
放っとくとゲストルームに逃亡するに決まってる。

「youが馴れるまでじっくりとつき合うよ。な」
「それって」

山田のもごもごした声が毛布越しに響いた。

「サドだからか」
「そうだ」
「死ね、バカ上田」

俺は笑った。
毛布の内側の細い腕が、俺の躯に巻き付いている。

「上田」
「何だ」
「…息、苦しい」
「がんばれ」
「…出せっ!ここから」
「その苦しさを乗り越えるんだ。かつて俺はシチリアの素潜り世界選手権でだな」
「お前のホラ話に興味はない。早く」
「知ってるか。砂漠で道に迷った時の対処法」
「上田!」
「落ちてきた間抜けな星を捕まえるんだ。逃げられないように」

毛布を剥ぐと上気した山田が顔を出した。
唇と当座の文句を塞ぎ、俺は目を閉じた。
ロンリーでスライムな生活に未練はあるが、こいつが加わっても悪くない。
こうも長時間他人とくっついているのは初めての経験だ。

なのに、不思議なことに、とてもよく眠れそうだ──。



道しるべと慰めを旅人に与えながら砂漠の中を星が降る。
雨の代わりに潤すように。






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