二倍量
上田次郎×山田奈緒子


高架下に小さな若草色の車があったから、そうじゃないかとは思っていた。
案の定だ。

待ちくたびれたのだろう。
上田は部屋の主の帰還に気付かず、無防備に両手を広げて惰眠を貪っている。
バッグを置き、奈緒子はちんまりとちゃぶ台に座った。
上田が勝手にいれていた茶を奪い、啜る。すっかりぬるく、ちょっと濃かった。

今日は一体何の用事なんだ。

奈緒子は彼の周囲を見回し、怪しい観光パンフレットも焼肉券も散らばってない事を確認した。
ややこしい事件に奈緒子を巻き込もうとやってきたのではないらしい。

だが油断はできない。上田が来ると、ろくでもない事が起こる。
パンの耳が消えたり、錠が増えていたり、変な薬を飲まされたり。

はっと気付いて洗濯物を目で探す。良かった、今回は無事だ。
奈緒子は急いで洗濯物を取り込み、タンスにしまった。
ついでに夕食の準備をする。今日はちょっぴり贅沢に、たぬき丼の味噌汁付きだ。
バイト代が入った楽しい日曜である。
招かれざる大男が不法侵入していたところで奈緒子の幸せに変わりはない。
小さな炊飯ジャーから景気良く湯気があがる。ネギを刻みつつ鼻歌が出る。

出来上がった丼を運んで食べ始めたが、上田はまだ目を覚まさない。

「…あ。大河ドラマ始まってる」

テレビににじり寄り、電源を入れた。テーマ曲が湧き起こる。
音量を調節しようとしたその手首を掴まれた。

「ひゃっ!」

奈緒子は肝を冷やして飛び上がり、上田を睨みつけた。

「お、脅かすなっ」
「うるさいぞ。人が寝てる時にいきなりテレビをつけるんじゃない」

上田はむくりと起き上がり、欠伸をしながら画面を見た。

「……もうこんな時間か。ふっ。つい日頃の激務の疲れが出てしまったようだ」
「自分ちで寝ればいいじゃないですか」

奈緒子はちゃぶ台に戻り、丼をかきこみながら言った。

「そこをどけ大男。テレビが見えない」

上田はくんくんと鼻を動かした。

「珍しいものを食べているな」

上田は奈緒子の丼を覗き込むと立ち上がり、勝手に食器棚から深皿を出してきた。

「you、御飯は。ああここか」
「待て。それは私のおかわり──」
「ケチな事言うなよ。ふーん、美味そうじゃないか」

上田は勝手に御飯をよそい、勝手に鍋の残りを全て浚った。

「こらっ!お前…」
「カツじゃないところが残念だな。貧乏くさい丼だ」

とか言いつつもがつがつ食べている上田にむかつき、ドラマに集中しようと奈緒子はテレビに目を据えた。
もうすぐ最終回なのだ。見逃せない。ついつい箸の動きもおろそかになる。
なのに上田が邪魔をする。

「な、この女優、綺麗だと思わないか。youもだな、女の端くれならせめてこの半分は女らしく」
「黙れ」
「ほら、あの楚々とした仕草。君の駄目なところはだな」
「うるさい」

奈緒子は箸をドアの方に向ける。

「食べたら、とっとと出てってください」
「それもう食わないのか。貰うぞ」

あっという間に奈緒子の丼を取り上げ、上田は残りを口にかっこんだ。

「上田っ」

奈緒子は憤怒の形相で立ち上がった。
上田はもともと無神経で無遠慮だったが、最近どうも目に余る。

「実は、話がある。消すぞ」

上田は手を延ばしてテレビの電源を切り、奈緒子の怒りに拍車をかけた。

「ちょっ、見てるんですよ、今!やめてください」
「安心しろ、youのためにマンションでちゃんと録画してる。後で見せてやるから、まあ俺の話を聞け」
「話?」

上田はでかい目でちらりと上目遣いに奈緒子を見た。

「俺がここに来た理由に興味はないのか?」
「昼寝しに来たんじゃ」
「違う」

上田は咳払いした。

「youは自分でも、女性としての繊細さとか、自覚にかけると思わないか」
「自覚?」

何を言い出すのかと奈緒子は顔をしかめた。上田は頷く。

「さっきの君の反応を見てもそうだ」
「どんな?」
「俺が寝てても放置して、平気な顔で一人勝手に食事をしてたじゃないか」
「いや、上田がいても関係ないし。全然」

上田は不愉快げに眉を寄せた。

「普通優しく揺り起こすとか、声や毛布をかけるとかするだろう。非常識な」
「なんで今更そんな事」
「そこだ」
「どこだ」
「陳腐すぎるぞyou。──どうも俺たちは、付き合いが長過ぎて、互いに馴れ過ぎているんじゃないかと思うんだよ」

奈緒子はげんなりして座布団に座り、箸を置いた。

「じゃあもう二度と勝手に部屋に入らないでください。ついでにすぐ帰れ。バイナラ」
「そうじゃない。あのな、you」

上田はちゃぶ台を押しのけた。

「そろそろ、こういうの、卒業しないか」
「卒業…尾崎浴衣」
「豊だろう。…you。俺はな、こんなくだらないボケツッコミを延々繰り返し続ける今の関係につくづくうんざりしたんだ」
「じゃあ」

奈緒子の口調がからかうようなものになる。

「もう二度とここには来ないでくれるとか」
「何を嬉しそうに言ってるんだ」

上田の眉間に溝がくっきりと浮かんだ。

「君はもう二度と俺に逢えなくても平気なのか」
「…いえ。悲しいです」
「…」

上田はどきりとしたように、顔を伏せた奈緒子を見た。
漆黒の瞳からぽろりと涙が落ちるのが見えたのだ。

「もう二度と上田さんに食事を奢ってもらえないかも知れないと思うと…」

そう言いつつ、わざとらしく彼女は袖に生タマネギの切れを隠した。

「………」

上田の眉間の溝がマリアナ海溝並みの深さになった。

「you。ここらでひとつ、はっきりさせないか」

上田の声は深かった。

「何をですか」

タマネギをちゃぶ台に置き、奈緒子は視線を泳がせた。

「君は俺の事をどう思っているんだ」
「大事な金づ──いえ、大事な──」
「…大事な?」
「大事な……えー、…知り合いです」
「…ガキだな。そうやっていつまでも照れてちゃ駄目なんだよ」

上田はふっと笑ってニヒルに目を細めた。

「いかにジェントリーな俺にも我慢の限界というものがあるんだ。君は選ばねばならない」
「何を」
「このまま俺と、ボケとツッコミを入れ倒す間抜けで不毛な日々を送るか、それとも──」

上田の頬がかすかに染まった。

「お、お、俺の──アレをyouに入れたり出したりする稔り浴衣な日々に移行するか」
「豊かって言いたいのか?ってちょっと待ってください」

奈緒子は唖然とし、上田を見た。

「アレって」
「あ、アレって言ったら…コレしかないじゃないだろ」

上田は恥知らずにも己の股間を指差した。奈緒子は視線をそらした。

「ふざけてるんですよね?」
「真剣だ。で、どうなんだ。俺とセセセセックスするのは、い、厭か?」
「真剣にしててもそんな言い方しかできないのか上田」

奈緒子は脱力して上田を眺めた。
つくづく駄目な男である。

「仕方ないじゃないか。はっきり言わなくちゃyouには伝わらないだろ」

こういうのをセクハラと言うんじゃないかと奈緒子は思った。

一方上田は上田でこれでも至極真面目に、大事なプライドをなげうって奈緒子に真情を伝えているつもりである。
なにせベストを尽くしてプロポーズしても今ひとつ反応が悪く、手ひとつ握らせてくれない女なのだ。
そういう雰囲気に持ち込もうとするとギャグでそらし、いささかもただの腐れ縁的知り合いから脱却できない。
奈緒子の真意が掴めない。
自分の事をスキらしいのはなんとなくわかるのだが、それがどの程度の気持ちかがわからない。
いくら童貞とは言え、いや童貞だからこそ、そろそろ次の段階に進みたい。
そして奈緒子の躯や自分への反応、つまりは彼女の本心を確認したい。
もちろん劣情ばりばりだがちゃんとそういう純情な気持ちもある。
こんな上田を誰が非難できよう。言動は紛う事なくセクハラだが。

「はっきり……じゃあ私もはっきり言いますけど」
「お、おう?」

奈緒子はまっすぐ上田を見た。ちょっと顔が赤い。

「い、いいですよ」
「!!!」

上田は目をこぼれ落ちそうなくらい見開いた。

「──you!!」

奈緒子はさっと身を翻した。躱された上田の長身が台所との境の敷居まで滑っていく。

「ただし、条件があります」

奈緒子は再び立ち上がった。

「条件?」

上田は肘をついて起き上がり、潤んだ瞳で奈緒子を見上げた。

「ど、どんな条件だ。結納金か?婚姻届か?おぅっ、そうか、避妊だな?いいとも」
「違うっ」

奈緒子はますます赤くなり、上田を睨みつけた。

「もっと重大な条件だ!」

上田は不安げに身じろぎする。
それ以上に重大な条件など、彼は咄嗟に思いつけない。

「どんな?」

奈緒子はぴたりと上田を指差した。

「いいか、上田。忘れたとは言わせないぞ、お前がひどい巨根なのはとっくにお見通しなんだ」
「………」

上田は肩を落とした。改めて言われるとややへこむ。
次に奈緒子は自分を指差し、口ごもった。

「そして、私は…その…は、初めてだ。これは非常にまずいシチュエーションです。だろ?」
「…初めて……」

上田は嬉しそうにずれていた眼鏡をはずし、はーっと息をかけて袖で拭いた。

「だよな。いや、そうだとは確信してたんだが……いや……気にしないよ、いいじゃないか、別に」
「良くないっ」

奈緒子は指を振った。

「上田さんは良くても私が良くないんです。絶対痛いに決まってます。死ぬかも」
「死にはしないだろう。それどころか」

上田は含み笑いを始めた。

「ふふっ…ふふふ。馴染んだ暁にはyouの躯は俺無しではいられなくなるはずだ。古今の文献を紐解いても──」
「いやらしい発言はやめろ上田!…そ、それにそれ、な、な、馴染んだら…なんだろっ」

奈緒子はぶんぶんと指を振った。真っ赤だ。

「最初はとにかく死ぬほど痛いって言うじゃないか!しかも、お前は尋常じゃない巨根なんだぞ」
「そうか」

上田は溜め息をついた。

「それで、youはこれまでも俺に隠しきれない好意を示しつつ煮え切らない態度を」
「そっちだって同じじゃないか」

奈緒子はぶつぶつと呟いた。

「プロポーズまでしといて全然……弱気で奥手で嘘つきで根性無しで」

「………」
「………」

二人は互いを盗み見て、相手の複雑な表情を確認した。

「巨根が厭で逃げてただけで、じゃあ、俺の事は嫌いじゃないんだな」
「しつこいぞ上田」

上田は咳払いした。

「あー。…つまり、その問題さえクリアできれば君は俺と…セ、セックスするのも…やぶさかではない…いや、むしろ俺が早く申し出ないのが不思議だったと、こう言うんだな」
「………言うなっ!」

奈緒子は頬を押さえて俯いた。
上田はやっと納得したように目を輝かせた。

「そうか…」
「……」

奈緒子は唇を噛み締めた。
心を言葉でいちいち探られるのは、恥ずかしすぎる。

「やっとわかって安心したよ。君の気持ちが、全然わからなかったんだ」
「あ、安心したのか。じゃあ帰れ」
「そうはいかない。この際だから──」

上田は膝でいざりより、奈緒子の手を握った。

「双方の望み通り一気に事を進めたい。身も心も恋人になるんだ。…やろうぜ、セックス」
「放せっ」

奈緒子は上田のでかい掌を振り払った。なんという恥ずかしい事を口走るのだ、こいつは。
突然訪れた春に、石頭の中身がラブコメモードになっているに違いない。

「you」

上田は気にした風情もなく、さらに手を握ろうとした。
奈緒子はさらにさらに振り払い、急いで後ずさった。

「だが、これは…なかなか難しいな」

上田はそわそわと呟いた。

「まさか病院に行って小さくするわけにも」
「駄目ですか?」
「駄目に決まってるだろ!」
「そうですよね…」

奈緒子は溜め息をついた。心なしかほっと嬉し気なのが上田としては業腹である。

「今すぐなんて無理ですよ、やっぱり。…あの薬でもあれば少しは楽かもしれませんけど」

上田は目を煌めかせ、奈緒子を見た。

「あの薬というと、カリボネ…いつぞやの黒門島の媚薬だな」
「そんな名前でしたっけ」

奈緒子は顔を顰めた。

「あれ、上田さん、バカ効きでしたよね」
「偶然だな。幸いにも」

上田はジャケットの懐から小さなケースを取り出した。

「……ここにちゃんと、精製したカリボネがある」
「なんでだ」

奈緒子の眉がますます寄った。

「なんでここで都合よくそんな特殊なものが出るんだ上田」
「更にだ」

上田はそのケースを裏返した。

「コンドームもちゃんと…おおう?二枚もあるな…」

奈緒子は真っ赤になって立ち上がった。

「上田っ!お前、最初からそのつもりで」

上田はリラックスした表情で顔をあげ、にこやかに汗を拭いた。

「いやあ、君が自分からカリボネに言及してくれて助かったよ。どうやって飲ませようかと苦慮してたんだ」
「おいっ」
「これを服用すれば興奮しやすくなり、youも俺を受け入れやすくなるはずだ…問題解決だな」

(犯罪じゃん)

奈緒子は赤くなった。

奈緒子は急いで丼や皿を重ね、流し場に逃げた。

「でも。だ、大体それ、ホレ薬なんだろ」
「そうだよ」
「そんなの飲んで私がすり寄ったって、嬉しくなんかないだろ」
「いや…」

出涸らしの茶をいれて啜り、上田は言った。

「自分の意思で飲んでくれれば、俺としては文句ないんだ──俺の事、スキって事じゃないか」
「な」

奈緒子は手を滑らせて皿を割りそうになりつつ、上田に輪をかけて赤くなった。

「…君はひねくれてるからさ」

上田はごそごそやっていたがやがて台所にきて、コップを差し出した。
奈緒子の手を押しのけて水を入れ、上田は小さな薬包を開いた。
艶のある白い粉末がかなり大量に入っている。

「飲んでくれ、you」
「片付け。片付けてから」

奈緒子は逃げようとしたが、上田が体当たりするように奈緒子の躯を押しやった。

「俺がやっとくから」
「……」

奈緒子はコップと薬を受け取り、四畳半に行こうとした。

「駄目だ、俺の目の前で全部飲むんだ」
「……」

奈緒子は顔を引き攣らせたが、上田はじーっと見ている。

「君は上手にごまかすかもしれないからな」

図星である。

奈緒子は逃げられない事を悟り、仕方なく上田の目の前で薬を飲んだ。
もっともそれでも半分は上手に摘んで口には入れず、素早く流しの隅に捨てた。
どのくらいの量でどのくらいの効き目があるものかすら彼女にはわからないのだから無理もない。

「全部飲んだか?」
「はい」

上田はちらりと流しの隅を見て、口元を緩めた。

「嘘付け、案の定だ──定量の四倍にしといてよかった」

奈緒子はついでに飲んでいた残りの水を全部噴いた。

「お、おま」

咳き込んで苦しむ奈緒子を尻目に上田は皿を洗い、鍋を洗い、ジャーの始末までしてから向き直った。

「安心しろ、健康に害はないから」
「安心……できるか」

奈緒子の目はすでに潤んで蛍光灯の灯りを跳ね返し、しっとりと上田を見上げていた。
以前上田が服用した時もそうだったが、どうもカリボネは即効性が高いらしい。

「…よ、四倍って、ひどくないか」
「ひどくないよ」

上田は奈緒子の肩を押さえ、こっそり唾を呑み込んだ。
こんな目つきの奈緒子を見るのは、付き合いの長い彼としても初めてに近い。
はあ、と奈緒子は小さくて熱い息を漏らした。

「上田…」
「な、なんだ?なにか…変化を感じるか?」

奈緒子は首をそらして長い黒髪を上田の手の甲に滑らせ、ゆっくり彼を眺め回した。
その間にもみるみるまぶたが妖しくさがり、潤んだ瞳が半分隠れ、唇がほどけていく。
元々が美形なだけにその変容は劇的だった。

「上田…さん…」

色気皆無が山田奈緒子の特徴だったはずなのだが。
白い指が翻り、上田の胸に押し当てられたかと思うと魚のようにするすると首筋まで流れてくる。

「上田さん…」

もう片方の手も同様のコースを辿り、上田は奈緒子にしとやかに抱きつかれた形となった。

(──ブラボー!)

上田の頭の中に勝利のファンファーレが鳴り響く。

(ブラボー、カリボネ!)

すみやかに動悸亢進、血圧上昇、過呼吸状態になった上田は慌てて奈緒子の手首を掴んだ。

「待て」

このまま台所で押し倒されるわけにはいかない。
上田は奈緒子を抱きかかえたまま急いで戸締まりを確認し、奥の六畳に入って布団を片手で器用に波打たせ、広げた。枕元にコンドーム入りのケースを置き、ついでにティッシュを用意する。

これで良し。完璧だ。

上田は奈緒子を引き摺るようにして布団に一緒にもつれ込んだ。

「you…」
「上田さん…」

切なそうな奈緒子の喘ぎが上田をそそる。
厭だのやめろだの卑怯者だのバカ上田だのと、いつもなら絶叫しそうな傷付く言葉はゼロである。
それどころか、奈緒子は指をあげると上田の眼鏡を外した。
枕元に置いて、彼女はにっこり笑うと上田の頭に手を廻し、そのまま唇を押し付けてきた。

柔らかい。
甘い。

そして小さな舌が上田の口の中にそっと。
しかも、脚が、スカート越しの、彼女の腿が、するりと。
いとも容易く、彼の理性は決潰した。

「youっ!…」

上田は吼え、奈緒子の躯を抱きすくめた。



──彼女の中は熱く、上田を受け入れて痙攣した。

「んっ…んん…」

さすがに少し辛そうだった彼女の声は、しかし陽射しに溶けるようにみるみる柔らかくなっていく。

「ああ。あん…上田さん、あ…」
「だ、大丈夫、か」

奈緒子は紅潮した可愛い顔で頷いた。
辛うじてコンドームをつけるのを忘れなかった上田はせっぱつまって腰を動かし始めた。

スキな女を組み敷き、喘ぐその顔を眺めつつ、深く包まれ、存分に動く。
しかも妄想ではない。リアルだ。素晴らしい経験である。

「お、おうっ…!you。奈緒子…!」

経験値の乏しい彼はこの悩ましい刺激に耐えられず、あっという間に達した。

「上田さん…」

その彼の顔を奈緒子の小さな掌が挟み、唇が覆った。

「you…」

ちゅ、ちゅっと愛らしいキスを受け、その喘ぎを聞いているうちにむくむくと再起動してしまう。
上田は少し赤くなり、急いで抜いた。

「あん」

奈緒子が躯をくねらせ、恨みがましそうな顔でぼんやり上田を見た。

「いや…」
「ち、違うんだ」

上田は急いで処理しながら言った。

「もう一枚、あるから…い、いいか…な…?」

奈緒子は蕩けるような笑みを見せて頷き、上田の腕に頬を寄せた。
その顔を見ているだけで完全に回復し、上田はいそいそと二枚目のコンドームに手を延ばした。

一応妄想逞しく用意してはきたが、本当に初夜から二回もできるとは。
巨根ゆえ、彼女の負担を考えると正直無理だと思っていた。
上田は嬉しい。

二度目は上田にも余裕があり、奈緒子の反応を知る事ができた。
彼女の脚が絡まり、腰が波打つ。汗ばんだ上田の背に這う、細い指先。
上気した顔、ちらちらと唇の中で踊る舌。喘ぎに、吐息、声。
蕩けそうな瞳。

「上田さん…ああん、上田さんっ…!」

苦痛の影など微塵もない。ただただ熱くて甘い反応だけだ。
カリボネを試した自分の洞察力に、上田はひれ伏したい気持ちで一杯だった。

「奈緒子…」

今回は昂りを存分に楽しみつつ上田は達し、奈緒子の上に崩れ落ちた。

「あん…あ…」

ドキドキと波打つ奈緒子の動悸が可愛くて、上田は目の前の小さな乳首を吸う。

「んんー…」

悩まし気な声がたち、抜いてもいないモノをきゅっと締め付けられる。

…おい。

上田は自分にツッコミを入れた。

ちょっと恥ずかしい事に、二度も果てたはずのでかいモノはすぐに強ばりはじめた。
こんなに飢えてたのか、というよりも、ちょっと興奮しすぎじゃないかと自分でも思う。
それに、コンドームはもうない。
ここは穏やかに我慢して…そう思って腰を退いた上田に、奈緒子がしがみついた。

「いや」
「あ、あのな、you。最初から、そんなにやっちゃ駄目だ」

上田は慌てて奈緒子の肩を掴む。

「疲れるぞ」

奈緒子は顔をあげ、ちらりと上目遣いに上田を見た。艶っぽさはいささかも薄れていない。
その視線に背筋を直接撫でられたような気がして、上田は息を止めた。

「…上田さん」

奈緒子がさっきから特別な言葉を発してはいない事に上田はようやく気がついた。
ただ、彼の名を呼んでいるだけである。
なのにそれだけで上田を駆り立てている。

女は魔物だ。

するりと柔らかな手を感じ、上田は慌てた。
奈緒子が、上田の半端に強ばったモノを優しく握っている。
嬉しすぎるような気もするが、なんだか怖くなってきた。

「い、いや。もう、その…ないんだよ。コンドーム」
「要らない」

小さく奈緒子が言った。

「えっ」

耳を疑い、上田は口を開けた。

「上田さん」

奈緒子の必殺の濡れた視線と甘えた声のコンボが上田を襲う。しかも握られている。
これで我慢できたら聖人君子であり、いつもならともかく今は上田は絶対にそうではない。

結局余力を振り絞って抱いてしまった。

薄い膜越しでない、直接、熱い躯を貫いて包まれるその感触の生々しさに心地よさ。
絡み付く襞をつぶさに感じ、ぬめる体液を混ぜ合わせる。
病み付きになりそうな危険な快感である。
存分に彼女を喘がせ、のたうち回らせて、上田は一番奥でたっぷりと射精した。
どうとでもなれである。奈緒子は可愛いし、愛しているし、いずれにしてもきっちり責任は取るつもりだ。

「もうコンドームはしない」

上田は口走った。

「愛してる、you」
「私も」

奈緒子は泣きじゃくるように喘ぎながら、上田をぎゅっと抱き締めた。
彼女の思考回路は現在真っ白である。
昂りは収まらず、上田に掻き回されるたびに躯が蕩けて、他には何も考えられなかった。

本当はもっとして欲しい。上田にもっと苛めて欲しい。

腰は勝手に動いているし──だがなんだかもう壊れそうだった。
本能的にこれはヤバいと彼女の躯が警告している。なにせ初夜なのだ。

「で、でももう駄目…気持ちよすぎて、死んじゃう」

「そ、そうだな。今日はこのへんでやめとくか」

上田は賛同した。
快感は凄まじかったが、さすがに三度もやるとフラフラである。
奈緒子の弱音に、助かったとの想いも隠せない。



(…カリボネはブラボーだが、やはり使うには注意が必要だな)

腕の中で熟睡している奈緒子の可愛い顔を眺めつつ、上田はぼんやり考えた。
定量の四倍を投与した自分の非常識は棚に上げている。

(次は三倍で試してみるか…)

とんでもない事を考えつつ、懲りない上田は目を閉じた。

奈緒子は半分捨てたからあれで済んだのであって、それ以上服用させるとどんな事になるのか。
想像するだに恐ろしい。
今回だって、目覚めた奈緒子にまた襲われるのではないか。
上田は自分で自分の首を締めているのではないかなどの素朴な疑問は置いておき、ここは無事な貫通おめでとうと言っておこう。
どっとはらい。






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