上田次郎×山田奈緒子
![]() 細いくびれを抱え、名を囁いた。 睫が震え、ゆっくりあがった。 視線が合う。 「ん…?」 彼女は上田の両目を交互に見た。 状況が一瞬わからなかったらしい。 じっと見ていると頬がほんのりピンクに染まった。 滑らかな髪を指先でかきあげ、現れた耳を弄る。 すんなりした躯の線に掌を置く。 掌に肌は馴染み、ぬくもりが心地いい。 窓辺を覆うカーテンは眩しいほど光っている。 外はまだ明るいのだ。 ほんの少し前の出来事が遠い記憶に思える。 躯を重ねる興奮と緊張。 受け入れられた喜び。 「you」 上田は優しい声で呟いた。 「上田さん…」 細い腕。まどろみの後のかすれた声。 引き寄せると、奈緒子の身に力が籠った。 腕の中で、困ったように言う。 「あ、ちょっと…」 「え?」 上田はできるだけ真面目な顔を心がけた。 頬の内側が綻んでいて、油断するとにやけそうだ。 あまりニヤニヤしていると、彼女が怒るかもしれない。 「恥ずかしいじゃないですか」 奈緒子は赤くなった。 「何が恥ずかしい。今更」 「う」 奈緒子は上田を大きな目で見上げた。 「でも、もし何かして欲しいなら……」 さらりとした髪に幾度も指を潜らせながら声を低める。 「キスしてやる」 彼女の頬の色が熟れていく。 「な、何それ…」 目を合わせたまま掌で顔を挟んだ。 唇を食む。言葉が途切れる。 触れるたびに感動する。 彼女の舌はとても柔らかい。 妄想の中の奈緒子はいつも積極的だったが、現実の彼女は恥ずかしがり屋だ。 目を閉じ、眉間に皺をよせて頬を赤らめている表情がやたらに扇情的である。 ついに童貞脱出を果たしたのだという自負心が、上田の胸に徐々に湧いてきた。 急に、「ぷ、あっ」と息をはいて彼女は顔をずらせた。 「こら」 「山田」 上田は彼女の耳に口を寄せた。 「もっといろいろして欲しければ、考慮するぞ」 耳の縁に舌先を滑らせると腕の中の細い躯がわずかに震える。 「上田…」 真っ赤になった奈緒子の瞳は潤んでいる。 「簡単に言うな。…大変だったんだこっちは」 ぼそぼそ言う。 「お前、力一杯しただろ」 「ん?」 「もっと、あのフツー、遠慮するもんじゃないのか…は、初めてなのに」 「…おかしいな。俺はできるだけ穏やかに…」 「嘘。最後凄かったじゃん。……きょ、巨根のくせに」 「そうだった?」 「って上田。忘れたふりしてんだろ」 「こっちも夢中だったからな。…よし、どんなだったか、もっと具体的に指摘しろ。反省するから」 「反省?」 「おう」 「そうか。あの……じゃ、噛み付くのやめろ」 「噛み付いたか?」 「ちょっと。み、耳とか」 「よし、反省する。他には」 「重いです。もっと減量しろ」 「これが適正体重だ。youが肥ればいいじゃないか、ほらこのへんとか」 上田は奈緒子の躯を撫でた。くすぐったげに奈緒子は身をよじり、その指を掴んだ。 「やめろ」 「…でさ」 「え?」 「ちょっと気になるんだけど、つまり…動き過ぎたって事か?」 奈緒子は真っ赤になった。 「…そ、そんな…気がしましたけど」 「…でもさ。君の中で動くの、気持ちいいんだぜ」 「うるさいっ」 「痛かったのか」 「当然じゃないですか」 奈緒子は上田を見上げた。 「大きいし……えと……大きいから」 上田はじっと奈緒子を見た。 「大きい、だけじゃな。もっとyouの感じた印象をつぶさに教えて貰わなきゃわからないんだが」 「そう…ですか?」 奈緒子は考え込んだ。 「…つぶさにっていってもですね、どういえば……こう、ぐわーって感じで…逃げられなくなって、でもなんか熱いっていうか、とうとうやっちゃったというか……うーん、怖いのは怖いんですけど、なんかその、おなか一杯の時に近い、わけないしっ!…ええと、ええと…」 眉を寄せて必死に説明していた奈緒子は上田の表情に気付いたようだった。 「何喋らせるんだ。この変態!」 「俺も教えてやろうか」 上田は奈緒子を抱いた。 「…youの中だが」 奈緒子は真っ赤になり、上田から顔をそむけた。 「やだ。いい。言わなくていいからっ」 「とにかく狭くて怖かった。…壊しそうで」 「お、お前がでかいんだっ!」 「でも、なんとか入っただろ」 「挿れたんじゃん。無理矢理」 「……無理矢理挿れただろ、そしたら……違うんだよな。全然」 「………?」 「柔らかくてあったかくて、膣全体がめちゃくちゃに吸い付いて締めあげてきて…襞っていうか溝がたくさんあってな、擦った時気持ち良いんだこれが。うむ。 でもキツいくせに滑りは良くて、膣の奥も俺のにフィットしてきゅうっと包み込んでくるんだよ。…で、我慢できなくなってイくだろ。そしたらまたきゅううって搾るんだ。 すごいよな、君は恥ずかしそうにしてるのに躯はちゃんと反応してるんだよ、俺の射精に。これがもう、一滴残らず搾り取られるようで…フフッ…多分な、君のはいわゆる名」 「おいっ!やめろ延々とこのバカッ」 「この感動をちゃんと伝えたいじゃないか」 「し、知りませんっ、私男じゃないから伝えられてもわかんないし。っていうかセクハラだろこれ」 「とにかくだ、たまんなかった。…you」 「ううっ。言うなっ!」 「もう一回挿れていい?」 「……け、結局それ?」 「山田」 「やだ。一回やったんだから、もういいだろ」 「そう言うなって。気持ちよ過ぎて堪能できなかったんだよ。もっとじっくり、心行くまで…」 「上田、お前な!」 上田は腕を伸ばして奈緒子を押さえ込んだ。 「あっ。やだ。このゴーカン魔。変態。色ボケ!」 「………」 眉間に皺を刻んだが、上田はめげなかった。 罵られても、一度受け入れてくれた女ともう一度やりたいわけで、その点欲望には正直な男のようである。 小振りな乳房に顔を寄せ、先端を口に含むとちゅうちゅうと吸い始めた。 「やめろって、それ」 奈緒子は真っ赤な顔を寄せて上田の耳に囁いた。 「出る訳ないだろ、赤ちゃん産んでないんだから」 「…」 上田は上目で奈緒子を見た。 「わかってないな。なにも母乳が飲みたくてこういう事をやるんじゃないんだ」 「じゃあ、何」 「したいから、してるんだよ」 「意味ないじゃん」 「そうでもない。それとも何か、youは挿れるだけで満足か」 「……」 奈緒子が羞恥の余り細い首を横に倒すと、上田は笑った。 「…心配しなくても、今に産ませてやる」 「え」 「何人欲しい? 大船に乗ったつもりでいていいぞ、俺なら喜んでいくらでも協力」 「おいっ!」 胸から顔を離し、上田は奈緒子を抱くと目を覗き込んだ。 「山田」 「……な、何。見るな」 咳払いをし、彼は早口に囁いた。 「君と、結婚してやろう」 「ええ別にいいですけど………って、え、えええええええっ!」 「な、何驚いてる」 「だって。何、突然。お前昨日までそんな事一言も」 「物事にはな、機会とか勢いってもんがあるんだ」 「だからって、一足飛びに結婚かよ。お前、もっと考えてからものを」 「こういう事するってのは結婚前提にしてるって事なんだよ。少なくとも俺はそうだ。それとも何か、君は」 上田の口調がちょっと怖いものになる。 「最初からこの私を弄ぶつもりで」 「待て。待ってください。ち、違うってば」 奈緒子は急いで大男の胸に掌をあてて宥めるように擦った。 これで力をいれられた暁には奈緒子は絞め殺されてしまう。 上田の目に安堵の光が灯った。 「だろう。そうだと思っていたよ。君が俺のプロポーズを受け入れないなんて有り得ない」 「ってどこがだ。どこがプロポーズなんだ、めちゃくちゃ高飛車じゃん」 「結果が同じなら一緒だろう」 「腹たつんですけど」 「照れるなって」 上田は鼻持ちならない笑顔を見せた。 「嬉しいくせに」 「………」 微妙に違うと奈緒子は言いたかったが、どう説明すればいいのかよくわからない。 躯を重ねたのは上田がそうしたがったからで、奈緒子としては多分どっちでもよかったのだ。 一緒にさえ、居られれば。 結婚すれば上田の傍に居られるというのなら、それを受け入れてみてもいい──彼女はそう思った。 自信たっぷりで返事を待っている目がムカつくが。 そっと逞しい躯に腕を巻くと、上田の小鼻が膨らむのがわかった。 「山田」 優しい声のままなのが面白いといえば面白いし、気色悪いといえば気色悪いような気もする。 「幸せになろうな」 「…………三食昼寝つきなんだよな、上田」 「え?」 「買い物とかめんどくさいことは全部お前やれよ。風呂掃除も。おやつとかお土産は毎日くれるんですよね」 「ってyou」 「それと……重要な事なんですけど。あの、これって……一ヶ月に一辺くらいでいい?」 「おいっ。なんでだ。新婚でなんで一ヶ月に一辺なんだよ。毎晩に決まってるだろ毎晩に」 「巨根のくせになに夢見てるんですか。からだこわしちゃいますよ、私」 「……じゃあ、一晩置きって事でどうだ? ん?」 「二週間に一度くらいがいいな」 「なんでだ! 風呂掃除しねぇぞ!」 「……わかりました。じゃあ、二日に一度」 「よし。だが週末は二回だ、それ以上は譲れない」 「なんでそんなに我侭なんだ」 「そっちがだろ。この俺と結婚できるっていうのに…」 「性格合ってないじゃないですか。こんなので本気で私と結婚する気ですか」 「するよ」 上田はまた鼻を膨らませた。 「だって、結婚したらいつでもセックスできるじゃないか」 * 大げんかして長野の実家に帰ってしまった奈緒子。 呼び戻しに行く途中で次郎号が故障し、高速道路上で立ち往生する上田を温泉に行く途中通りかかった矢部刑事が偶然救うのは二日後の事である。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |