性的な意味で(非エロ)
上田次郎×山田奈緒子


あまりにも激しい音だったのでそれはもう驚いた。鏡の前で笑顔の練習に集中していたのだから
なおさらだ。思わず「うにゃあ」と声の漏れた口を慌てて押さえ、奈緒子は息を潜めた。月末の深夜
に奈緒子を訪ねてくる相手など家賃の取立てに来た大家かバングラデシュ人に決まっている。

ああ恐ろしい恐ろしい。連打されているドアの方角から目を逸らし、しばらくして耐え切れず背まで
向けた奈緒子は自らを抱くようにして現実逃避した。ノックはまだ続いている。

ダン、ダン、ダ、ダ、ダ、ダ、ダダダダダダダダ。

「あなたもわたしもポッキー……」
「古い!」
「……上田」

つんつん頭に好き勝手に生えている髭。流し台の上の、小さな窓を勝手に開けて覗き込んでいる
相手に奈緒子は脱力した。

「よう」

にやにやしている上田はチェシャ猫のようだ。顔だけが見えていて不自然かつ不気味この上ない。

「何照れてんだ、早くここ開けろよ。嫌われ者の自覚の下日々そうやっていじましい努力を続けている
君をおれはバカにしたりなんかしないぞ。その熱心さが報われるかどうかは保障できないがな」

慌てて鏡を隠し、奈緒子は不慣れな表情を浮かべ続けて強張った頬に手を当てた。

「う、うるさい!そっちこそ今何時だと思ってるんだ!人様を訪ねる時間帯じゃないだろ!」
「何時って……ああ、大丈夫だ、問題ない、もう夜だから」
「夜なのにさんざん迷惑行為をしておいて何が問題ないだ!」
「大きな声出すんじゃない。今何時だと思ってるんだ君は。ほら、外は寒いんだ、早く開けろよ」

ノブをガチャガチャとならしながらアピールする上田の言い分に奈緒子は頭痛を覚えた。こめかみに
手をやりかけてふと気づく。

――ドアの鍵がかかっていない。

にも関わらず上田はひたすらドアを叩き、どうにか奈緒子に開けさせようとくだらないごたくを並べて
いる。間抜けだ。間抜けすぎる。ノブを回す手にかかる負荷が少ないことに気づかないなんて、いくら
上田でもそこまで抜けてるはずがない。しかも、この非常識な自称天才教授めは奈緒子の留守時に
勝手に部屋に入り込み、茶をいれ、清純な乙女の下着を含めた洗濯物を取り込みすらする男だ。住居
不法侵入には慣れきっている。今更躊躇などするはずもない。

何かがある。おかしい。奈緒子は眉を寄せた。

いぶかしむ奈緒子の目の前で、ドアの隙間から何かがゆっくりと差し込まれる。一万円札が半分ほど
見えた時点で素早く飛びついたものの時既に遅し。引っ込められた一万円札が、上田の指につままれて
ゆらゆら揺れるのが台所の窓から見えた。

「寒いなあ……このまま閉め出されていたら死んじゃうかもしれないなあ。しかしこの上田次郎が
死んでしまっては物理学界、文壇、ブッ○オフ、ひいては世界の損失。仕方がない、何か燃やして
温まるしかないか……おおっここに貧しい懐と貧しい乳の持ち主に恵んでやろうと思ったボロアパートの
家賃一ヶ月分の紙幣があるじゃないか!これはいい、こいつを燃やせば暖が取れ」
「無茶はやめろ上田!」

「ふ……開けたな、開けてしまったなyou」

慌ててドアを押し開いた拍子にどこかに扉の角が当たったらしい。うずくまった上田の手から金を奪い取り、
これ幸いと奈緒子は急いでドアを閉めようとしたが、あいにく上田の磨き抜かれた靴が阻止するのが先だった。
額に赤く残ったドアの痕を残した上田は、しかし、妙に勢いよく立ち上がった。しっかり金を握り締め、
なんとか上田の靴をどけようとしていた奈緒子は急に大きくなった影と、ついで放たれた雄たけびに
思わずのけぞった。

「トリック・オア・トリート!!」
「叫ぶな!……は?」
「つまり今夜はハロウィンというわけだ、you」
「なに勝ち誇ってるんですか……っていうかなんだそのカッコ」

長身にタキシードをまとい、さらに足首まで届くマントをつけている上田はいつもと少々ジャンルの
違う変態に見える。
奈緒子はうんざりした。正直、どういう種類だろうが変態はおとこわりだ。

「これか。この装いには深い意味があってな……聞きたいか。聞きたいんだな。フフフ驚くぞ、you」
「じゃあいいです。で、ハローレディリンがどうしたんですか」
「人様の萌えネタを勝手に拝借するのはやめろ、you。ハロウィンとはな、もともとケルト人の信仰に由来して」
「上田さん上田さん」
「ん?」
「私日本人です」
「そういう話じゃねえよ。聞けよ人の話を。……まあいい。この日訪れた者に門戸を開いたものは皆
ある選択をしなくてはいけないんだ。仮装した訪問者に問われるままにな。――すなわち悪戯かお菓子か」
「たかりと脅迫ですか。変装した強盗ってそりゃ大変ですね、じゃあおやすみなさ……入ってくんな!」
「あいにくうかつなyouはこのハロウィンという日に扉を開けてしまったわけだ。ということは必然的にどちらか
決めなければならない。フフフさあどうする山田奈緒子、お菓子か!悪戯か!知っているだろうが、おれは
わらびもちが好きだ」
「どうするも何もわらびもちなんてないですって」
「じゃあ悪戯だな」

人の話を聞かない上田には慣れきっているものの、心穏やかに過ごしていた深夜にこの態度はさすがに
腹がたつ。お菓子、という言葉で急に自覚された空腹感に苛立ちがさらに募る。そろそろ怒鳴りつける潮時かと、
高い位置にある上田の顔を見上げ――視線が合うと同時に膨らんだ上田の小鼻に嫌な予感を覚え、
奈緒子は慌てて上田との距離をあけた。今日の上田はいつにもまして危険人物臭がする。

「いいな、いいんだな。悪戯するぞ。しちゃうぞ。やっちゃうぞ」
「よくない。しちゃうな。やっちゃうな。そもそも大の大人がイタズラって何するつもりなんですか」
「……何をって」

いきなり押し黙った上田は、視線の先でなにやらもじもじしている。図体が大きい分面白いが気持ちも悪い。
奈緒子がぼんやりと殊勝にそんなことを考えていると、上田は頬を赤らめてまったく君は、と呟いた。

「悪戯ってのは、わかるだろ、you、ほら、悪戯だよ」
「はあ。イタズラ」

なんだって一回りも年長の男が深夜に恥らう様を見なければならないのか。奈緒子は諦めて畳の上に
腰を下ろした。つまらない素人手品の一つも見て驚いてやれば気が済むのだろうか。すかさず隣に
陣取った上田はなぜか正座をしている。なおもしばらく沈黙が続き、やがて、ぼそりと上田が呟いた。

「な、いいか。いいよな。いいだろ、悪戯。しても。……つまり」

ぶつぎりの言葉ごとに上田のはにかんだ声が妙に甘ったるくなっていく。鼻息が荒い。

「悪戯。――性的な意味で」
「ええい帰れ!帰らないか!恥じらいを知れ!」
「帰って欲しけりゃわらびもち寄越せよ。それかイタズラさせろよっ」
「性的な意味でか」
「性的な意味でだ」
「おとこわりだ!!」
「you」

上田は哀しいものを見るような目になった。

「こういう機会でもなければ君が素直になれないだろうと、わざわざこんな格好までしているおれに
その態度はどうなんだ」
「夜中に人んちのドア連打した挙句変なコスプレと妄想披露しやがってそっちこそどうなんだ。
やりたい放題か。というかそもそもその格好はなんだ」
「これか?本当に君は無知な上に想像力も胸も貧困だな。これはな」

ふ、と自慢げに笑いを漏らして上田は胸を反らした。

「君は処女だ」
「な、何いきなり決めつけてるんですか。そんなことわからないじゃ」
「そして、今夜は処女のyouに血を流させることになるわけで、つまりヴァンパイア以上にこのシチュエーションに
合うコスチュームはあるまい。どうだ」

「……イタズラもなにも最後までやる気じゃないかこの巨根!」






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