上田次郎×山田奈緒子
![]() 「どうだった、豊胸風呂は」 生焼けのチュウをつまみながら上田が尋ねる。 私は心持ち胸をそらせ、フフンと鼻を鳴らした。 「大したことないですよ。まあちょっとは大きくなった気がしますが」 「どう見てもいつもの7倍はあるじゃないか!」 そうだ。宿の女将さんはすぐしぼむと言ったけれど今のところはまだ効果は切れていない。 なんたって真ん中にちゃんと影ができる谷間がある。 寄せても上げても叶わなかった夢のグランドキャニオンだ。 上田がちらちらとこちらを見ているのも優越感を倍加させる。 単純な奴め。 ふいに空気が抜けるような感触があった。 嫌な予感に視線を下げると、あれだけ豊かで誇らしげだった私の胸は平常営業に戻っていた。 「にゃっ?!」 「ふ。残念だったなyou。魔法の時間は終わりのようだ」 「う、うるっし!また入ればいいんです!」 容積の減った分余った甚平をかきあわせ、用意された膳の前に陣取りチュウをかきこむ。 おかわりをしたかったが、おひつのご飯は上田が全部食べつくした後だった。 食事が一段落し、おなかがくちくなると平和な気分になった。 やはり豊かな食事は人を落ち着かせるな、エヘヘ。 ほうじ茶をすすっているところで上田が咳払いをしながら切り出した。 「you。こう言った俗説があるのは知ってるか」 いやな予感を感じつつ、眉をしかめながら上田を見る。 「なんですか」 「女性の胸は、異性に揉まれると発育が促されるらしい」 「はい?」 「それが憎からず思っている男性なら尚更効果があるという」 「はい???」 「つ、つまり…だな、まあどうしてもと土下座して頼むなら俺がyouに力を貸してやらなくもない…」 高い天井に小気味よい音が響いた。 「い、痛い!顔だけは!顔だけはやめて!」 「何言ってるんだ!この変態!」 「変態とは何だ。俺はyouが抱える悩みに真摯に向き合った結果、ベストな解決案を」 「理屈付けて私の胸触りたいだけじゃん!スケベ!」 「はっ。youの胸なんか頼まれても触りたくないね。そんな胸と呼ぶのもおこがましいシロモノでよく恥ずかしげもなく言えるものだな」 「なんだと!」 上田はこれ以上ないくらい馬鹿にした表情で私の体の一部に目線を据えた。 ヒゲごと唇を歪めてフンッと鼻を鳴らす。前髪が揺れた。 バカにしやがって。さっきは見蕩れてたくせに。 胸のない私はすでに畳のケバほどの興味もないらしい。 不意に悲しくなってきた。 こんな口ばっかりのの童貞の目にもほんの少し胸が小さいだけで私はミリョクテキに映らないのだろうか。 そんなに胸って大事か。 私は意を決し、上田のでかい手をひっ掴むと、ぐいっと胸に押し当てた。 「you?!?!?!」 上田の顔が瞬時に赤くなる。思わず引っ込めそうになる手を抑えつけて言った。 「…ほんとに大きくなるんだろうな」 「ぷ、プロバビリティの問題だ。数多ある参考資料には古代から」 「じゃ、じゃあ…いいですよ。揉め」 あとから思えば、このときの私はおかしかった。多分生焼けのチュウに中ったのだろう。 「や、や、やややまだ、落ち着け、なっ」 「私は落ち着いてる。落ち着くのはお前だ。しかも言いだしっぺじゃん」 「し、しかしだな今日はあいにく避妊具の用意が」 「要らないだろそんなの!」 「おおう……初めてで生か。このスキモノめ」 「な、そ、そんなモノ必要になることなんかしません!胸揉めって言っただけじゃん」 「お、おう、そうか、も、揉むだけ…揉むだけだな、揉んで欲しいのか、ふ、ふふっふ。まかせろ」 * お互い暴れて怪我をしてもつまらないので、ふかふかの布団を一枚だけ敷いて向い合って正座する。 上田と私は果し合いでもするかのように睨み合ったまま、傍から見たら間抜けな格好で向かい合った。 しかしお互い緊張しているので気づかない。 「いくぞ」 「はい」 ブラを外した甚平の上。ゆっくりと上田が触れてくる。 大きな上田の手のひらで、私の小さな胸が形を変える。 すらりとした、長く骨ばった指が柔らかい肉の間に沈み込む。 あ……。 「──っ」 「おう…、すまん」 上田は私が痛みを感じたと思ったようだけど、違う。不快感とも違う。 あまりに不確かなこの感覚を、なんと形容すればいいのかわからない。 今度は下から持ち上げるように撫でられる。 なんだか実験しているように、最新の注意を払って触れているのがわかる。 しばらくそっと撫でられていたが、動きにくかったらしく、いきなり上半身を抱き込まれた。 正座を崩したような体制で凭れるように上田に体を預ける。 背中越しに上田の早過ぎる心臓の鼓動が響く。鼻息が荒い。コーフンするな! 私の胸も負けず劣らずドキドキしている。これはきっと緊張からだ。 ガマンだ奈緒子。ボインボインになって上田をギャフンと言わせるまでの辛抱だ。 眼を閉じて深呼吸を一つする。 「?!」 上田の手が甚平の裾から忍び込んでいた。脇腹を擦られ肌が粟立つ。 「あ、おいっ」 「誤解するな、決していやらしい気持ちからじゃない!!直に触らないと加減が分からない」 「見、見るなよ」 「大丈夫だ、絶対にめくらない」 「……ほんとだな」 直に見られるのと触られるのではどう考えても前者のほうがダメージ少ないのに、そのセリフを聞いて安心する。 私はバカだ。 * 何分、いや何十分たったろうか。 部屋の空気はとてつもなく色濃いものになっていた。 「ん……、はぁん」 上田が触れるたび、感じたことのないなにかが背中を這い上がる。喉が渇く。 自然と腰がもじもじ動いて恥ずかしい。それになんだかお腹が熱い。 もしかしたら、私たちはとんでもないことをしているのではないだろうか。 いつもはうるさいくらいの上田も全然しゃべらない。 恥ずかしくなって上田の首元に顔を埋める。熱い息を吐くと抱きしめている大きな身体がビクリと震えたのがわかった。 どこもかしこも熱い。じっとしていられず腰をくねらせる。足が突っ張るような感触。 お尻の下に当たる何かは、想像したくないけどすごく熱くてはちきれそうだ。 上田の指も首筋も身体も熱を持ち汗で湿っている。 「う、上田さん、そこ…ダメ…」 最初は無視するように避けていた胸の先端になんども触れられる。 電気がビリビリ走るような、痛みとも快感ともつかない強烈な刺激。 指の間に挟みこむようにして捏ねられる。ここがひどく敏感な場所なのだということを知らされる。 「ここか?」 「あっあっ」 ダメって言ってんじゃん! 私の感情とは裏腹に、そこは弾力を持って固く尖り喜びを主張している。 上田は手のひらでそれを転がしたり押し潰したりして感触を楽しんでいるようだ。 くそ、童貞のくせに余裕こきやがって。 「you、思い出したぞ」 「はっ、ぁ…、なんですか…」 「胸を揉まれているとき、女性が感じると、その効果はより一層高くなった…ハズ……だ」 「……」 一瞬何のことかわからずぼんやりしていた。 ああ、そう言えば胸を揉ませている理由がそれだった。 何だかもうどうでもいい。 それよりも手を止めないで欲しい。じっと顔を覗き込まないで欲しい。 変なメガネと変な口ひげと変な髪型を差し引いてよく見ればちょっと端正な上田の顔を見つめる。 大きなギョロ目は、こんなコトしてるとは微塵も感じさせない澄んだ輝きを放っている。 「you」 深く響く声。静かな中に欲情をたたえている。 そこに音叉のように私のなにかが共鳴する。 「上田さん……」 私の腕は知らず、目の前の男の肩に回る。ゆるく頭を抱き込まれる。 眼を閉じて、ゆっくりと唇を触れ合わせ── 何の前触れもなく部屋の扉が開いた。 「センセ〜〜〜、おるんかいな、明日の捜査の予定ですけど〜〜」 「萌え〜、奈緒子様〜、夜分お邪萌えしまっす!」 「!!や、矢部さん、なぜ今この時に」 「あっ!な、奈緒子様!奈緒子様が大変なことに!」 「あちゃ〜〜センセ、それはアカンのとちゃいますか〜、いくらタカムラコウタロウで血迷ったといえどこんな呪われた貧乳を」 「ち、違いますよ矢部さん、これは来月の学会発表にあわせて弾性エネルギーの応用実験を」 「汚された……うううっ、奈緒子様が汚された……」 「しっかしセンセもムッツリというか策略家というか、おい貧乳、お前もようあんな口車で騙されとんなや」 「盗聴してたんですか矢部さん。それは職務としても逸脱してはいませんか、それにこれはあくまで合意で」 アホ3人が掛け合い漫才をする中、私ははだけた胸を隠しながら羞恥と怒りとなんだかわからない感情でふるふると震えながら叫んだ。 「お前らみんな出てけ!!!!!」 * なんだかんだでいつもの如く、後味悪く事件は解決した。 豊乳温泉にはその後入る機会もなかった。 もちろん冷静になった私は、上田の力を借りてまでささやかな欠点を克服する気なんて1ミリもない。 だって、そんな事しなくても、上田は最近私をちらちら見てる。 部屋の外でモゴモゴと何か大男が訴えている。 「山田開けろ。君は大きな勘違いしている。じっくり話しあおう、な」 聞こえない振りをして手品の種を作る。 「あの夜のことは……い、いや、まずは学術的見地から歩み寄ろう。つまり実験結果についてだが」 二重底に貼った仕掛けを確認する。よし、完璧。 「you、やっぱり大きくなったんじゃないか。俺には確認する義務がある。」 ちゃぶ台の脇に種を置き、外から聞こえる情けなく裏返った声を聞きながら伸びをした。 バカめ。バカ上田。 優越感とちょっとしたときめき。 奴がどうしてもと土下座して頼むのなら、確かめさせてやってもいいかな。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |