埋めネタ劇場(非エロ)
小ネタ




廊下に出、自室のドアノブに手をかけて上田はようやく気がついた。

ブリーフ一枚。

助教授ともあろう者が露な姿で公共の場所を闊歩するなど、絶対にあってはならない珍事だ。
上田はすぐにとってかえした。幸い誰もあたりには居ない。

ドアをどんどんと拳で叩く。

「おい!僕だ!君の部屋に服を忘れてしまった、返してくれないか」
「上田さん。ちょ、ちょっと……静かにしてください!」

慌てた風情で奈緒子が叱り、ドアの隙間から服を押し出そうとする。

「まさかここで着替えろというのか?部屋の中に入れてくれよ」
「なんで!…さっさと自分の部屋に戻って、着替えればいいじゃないですか」

なぜか奈緒子は怒っているようだった。
シャワーを先に使われた事を怒っているのかもしれない。子どもっぽい女である。
上田は訴えた。

「冷たい事言うなよ。ほら、僕と君の仲じゃないか」
「そんな仲はカケラだってありませんよ」
「ふん。君だって期待したんだろ?シャワーを許したからにはもしかしたらそのままそうなっても不思議じゃないと」
「何口走ってるんですか、…ちょっと!まさかそんな事期待してたんですか、上田さん」
「してないよ、してないけど君がどうしてもと強く望むなら仕方ないと──入れてくれよ」
「絶対入れません!っていうか入ってこないでくださいってば!コラッ!!」

ドアを挟んで押し問答をしている二人の様子を、教団のおばさんたちが遠くからうさんくさげに見守っていた。




「ふん、大した事はない」
首無し死体の剥き出しの股間を確かめた上田は、余裕の表情を浮かべた。

「うわぁ…」

奈緒子が微妙な表情で上田を遠巻きにしている。

「なんだ、you」
「大した事ないって、じゃあ、それ以上って事ですか?…上田さん、人間ですか?」
「し、失敬な。これは小さいよ。普通はもっと、こう……太くて、長いんだ」
「その手つきはやめてください。上田さんの言う『普通』って、もしかして自分のが基準なんですか」
「そういう事を言ってるんじゃない。男の事なんか何も知らないくせに生意気だな君は」

判断に迷う表情で上田の股間のあたりをちらと眺め、奈緒子が小さく呟いた。

「うーん。……やっぱり矢部さんに見せてもらっとけばよかったなあ」
「なに?矢部さんのを見たのか」
「見てませんよ。申し込んでみたんですけど、断られました」
「申し込……!」

電光の勢いで振り向いた上田の頭を猛スピードで妄想が駆け巡った。
奈緒子はぎょっとした顔で二三歩退いた。

「上田さん?」
「……you」
「………」
「今後また同じような事件が起こった時のために……み、見ておくか…?」
「死ね!上田!」

随分仲良くなったものである(違)。




後味の悪い事件終了後、しょげている奈緒子を美味しいリングイネを食べさせる店に連れていってやろうとしたのに、上田の誘いはあっさりと断られた。

「食事をご馳走になったら、私、寝てしまうかもしれませんから」

上田の表情はかすかにこわばった。

「…失敬な!俺をそんな男だと思っているのか。
食事を奢り、その後バーで君を酔わせ、『次郎さん私気分が…』『わかった。少し休もう』と連れ込んだホテルで亀甲縛りにしたり、
宝女子村では案外胸があったように見えたがあれは本物か偽装だったのかこの際じっくり確かめてみたがっているというような、そんな男だと。バカを言うな!俺はそんなふしだらな人間じゃない」

「上田。いつもそんな事ばかり考えているのか。……そういえば冒頭からセックスの話ばっかしてたし、もしかして発情期なんじゃないですか」
「違う!…俺は極めてストイックかつハートフルな人間だ。今回だって暴走するトラックから格好よく君を助けたじゃないか」
「あれは…まあ、感謝してますよ」

奈緒子の台詞に、上田の顔は和らいだ。

「だろ?なのに君はすぐさま俺の腕を振りほどき、走り去るトラックに捨て台詞を──」

奈緒子がふと眉をしかめて首を傾げた。

「──あの時。上田さん、感謝のあまり抱きついてもらえるかもとか期待したでしょ」
「何?」
「すぐに離してくれなかったから、何なんだこいつって咄嗟に思ったんですけど」
「馬鹿な事言うんじゃない。君の思い過ごし、いや、自意識過剰だよ」
「本当ですか?」
「ああ。轢かれかけた直後だっていうのに、それどころじゃないはずだろう?」

奈緒子は少し赤くなり、バツの悪そうな表情を浮かべた。
肩にさらさらと長い髪をすべらせて、彼女は頭を軽く下げた。

「…ごめんなさい。そうですよね、考え過ぎでした」
「いや。そんなささいな事、気にしなくていいよ」

上田は爽やかに笑った。

図星だった。




「いやがらせですか?」

奈緒子の眉は今日も激しく寄っていた。

「何がだ」

箸を割りながら上田は奈緒子の表情が固まるのを見て楽しんだ。

「この弁当ですよ」
「弁当がどうかしたか」

奈緒子は箸を上田の弁当に向けた。

「なんでそっちだけ卵もウインナーも入ってるんですか!私の、目玉焼きしかないじゃないですか」
「フフフ、当たり前じゃないか」

上田は上機嫌だった。巨根弁当に貧乳弁当。奈緒子が厭がる顔が楽しくてたまらない(セクハラである)。

「こっちによこせ。そのウインナー!」
「……ちょっと待てよ」

ふいに不安になった。奈緒子は、この弁当の意匠に気付いていないのではないだろうか。

「……どう思う、この弁当?」
「上田さんばっかり豪華ですね。悲しいです。…とか言うと思ったら大間違いだ!」

奈緒子は素早く手を伸ばし、箸でウインナーをぶすっと突き刺した。

「おうっ…」

思わず股間を抑えた上田から弁当を奪い取り、急いで食べ始める奈緒子。

「お、おいっ。それ、俺の食べかけだぞ!…歯形が…」
「食べちゃったもの勝ちです!上田さんには目玉焼きのほうあげますから」
「………」

なぜか嬉しい上田だった。




どこまでも目に染み通るような青く美しい海。はてしない空。
白く眩い砂浜で、上田と奈緒子は途方に暮れていた。

「この島が沈むまで、残り二時間か…」
「何落ち着いてるんだ上田!」
「無駄なエネルギーを消耗するくらい馬鹿げた事はないぞ、you。それより最後まで諦めず、脱出方法を考えろ」

奈緒子が溜め息をついた。

「あーあ。死ぬ前にもう一度、焼き肉、お腹一杯食べてみたかったなあ…」
「最後の願いが焼き肉か…哀れだな」

上田の嘲笑に奈緒子はむかついた様子で顔をあげた。

「そういう上田さんは何なんですか」
「ん?」
「やり残したこととか、思い残した事はないんですか」
「……あるよ」
「可哀相ですねー。叶わないまま上田さん死んでいくんですねー。エヘヘへッ」

自分の事は棚に上げてここぞとばかり言い募る奈緒子に、上田は厭わし気な視線を向けた。

「ふん。俺の願いはな、叶えようと思えば今ここででも簡単に叶うんだ」
「え。何なんです、その願いって」

詰め寄る奈緒子から顔をそむけて上田はぼそぼそと呟いた。

「聞かなくていい」
「気になるじゃないですか。上田、言っちゃえ」
「言わん」
「言え!」
「駄目だ!」
「ケチ!このゾーリムシ!巨根!」
「貧乳!インチキ奇術師!貧乏神!」

──結局どうやって助かったか、それは髪、いや神のみぞ知る。






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