安岡信郎×梅子
![]() 「それでね、結局光男君千恵子ちゃんと映画に行ったんだって」 「あぁ、だから今日親父妙にそわそわしてたのか」 自分の父親が忙しなく狭い室内をうろうろしていたのを思い出したのか、信郎は可笑しそうに笑っていた。 「あの二人どうなんだろうな」 「ん〜傍目にはお似合いなのにねぇ…光男君ってば千恵子ちゃんに振り回されちゃってるから」 困ったようにため息を吐く梅子に、信郎は苦笑で返す。 「まぁ、光男も堅物だからなぁ。でも甘えられて嫌な気はしてねぇんじゃねぇか」 「そうかなぁ…」 「甘えられて嫌な男なんていないだろ」 その言葉に、梅子は伺うように信郎の顔を見た。 「…ノブも?」 「俺?まぁそうだな」 「そっか…なるほど」 一瞬思案顔になった梅子に、信郎は不思議そうな表情を浮かべた。 「梅子?」 「ノブ」 「ん?」 不意に妻が名前を呼んだ。 「あのね…」 改まったように姿勢を正す梅子につられて、信郎も姿勢を正して向かい合う。 「ちょっとそのままで居てね」 「え?」 不思議そうに首を傾げる信郎に構わず、梅子は信郎の隣に移動した。 「何だよ」 「良いから、そのまま」 よし、と小さく気合いを入れた梅子は、その小さな頭を信郎の膝に預ける。 「お、おい梅子!?」 「暖かいね…ノブ」 「何なんだよ…」 困ったような、照れたような表情で信郎は膝の上にある頭に手を乗せた。 「何かね…こうしてると凄く安心するの…」 「そうか?」 「うん…さっきノブ言ってたじゃない。甘えられて嫌な男はいないって」 「あぁ」 「今ね、私凄くノブに甘えたい気分なの」 信郎は妻の柔らかい髪の感触を楽しむように頭を撫でた。 「仕方ねぇな」 言葉とは裏腹に、髪に触れる手も、声もとても優しい。「ねぇ」 「ん?」 「ノブは…私と居て安心したりする?」 少し不安そうな声が擬かしくも愛しい。 「そんなこと気にしてたのかよ」 「大事なことよ」 「じゃあ、そうだな…起きたら教えてやるよ」 そう言われた梅子は、名残惜しそうに信郎の膝から身体を起こした。 その瞬間、信郎の腕の中に閉じ込められる。 「俺は…こうしてる時が一番落ち着く」 全身を包み込まれるように抱き締められて、先程よりも信郎の存在を近くに感じる。 優しく触れる手、温もり、胸の鼓動。 「ノブ…」 「ちゃんとここに居るって、そう思える」 「うん…」 背中に手を回して、梅子は静かに目を閉じた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |