山倉真一×弥生
![]() 「すまねぇなぁ、久しぶりに着物さ着て、ちょっとぐだびれちまって」 「そのお腹だもの、当然よ。お部屋ももうしばらく使っていいって言ってもらえたし、少しのんびりしましょうよ」 身を縮めて申し訳なさげに謝る江美に、雪子は足を放り出しながら、のんきに答える。 「それにしても…今日は本当にいい結婚式だったわねぇ…」 うっとりと何かを思い出すような弥生の眼差し。 「んだなぁ〜」 江美がその言葉にしきりにうなずく。 ふと思い出したかのように、江美が隣の雪子を覗き込んだ。 「…雪子さんは、ほんどにいい人いないのげ?」 「え?……全然そういう人がいないわけじゃないけど…一人に絞るとなると、なかなか難しくて」 「んだな。相手は慎重に選ばねぇどなぁ〜」 既婚者の江美は色々と思い当たることがあるのか、コクコクと同意する。 「弥生さんは?本当は好きな人とかいたりするの?」 雪子が江美とは逆の隣に座る弥生に話を振る。 「え、私!?」 『好きな人』という言葉に、弥生の胸がチクッと痛んだ。 かすかにではあるが、憧れを抱いていた坂田は、もうこの世にはいない。 「…少し気になる人はいたけど…その人には、もう会えないから」 弥生の様子に何かを察したのか、詮索好きの雪子もそれ以上は聞いてこなかった。 「……なら、新しい人を見つけないと!!」 突然、雪子がいいことを思いついたように手を叩く。 「…でも…、私はまだいいわ…」 「何言ってるの!私達みたいに学歴がある女性が結婚するのって、案外難しいものなのよ? 今からそれなりに行動を起こしておかないと、すぐに行き遅れになっちゃうわ」 「雪子さんも弥生さんもめんごいんだがら、その気になれば、すーぐ相手さ見つかるだよ。 なぁのに、一人でいるなんで、もっだいねぞぉ」 「そ、そうかな…」 弥生も満更でもない様子。 「弥生さんにいい人が出来ないのは、ガードが固いせいじゃないかと、私は思うの。 例えば、弥生さんに気がある人が、ちょっとその気になったとして…」 雪子が弥生の肩を押して、クルリとこちらを向ける。 「好きだ、弥生さん」 低い声色を使ってそう言うと、雪子の顔が弥生に近づく。 体を固めて、目をつぶって顔を寄せてくる雪子を凝視する弥生。 2人の唇が、触れ合うかに見えたその時。 ぱちっと雪子の目が開いた。 「ほら!」 「こんなに目をひん剥かれちゃ、相手はキスだって出来やしないわ」 「んだなぁ〜」 弥生は訳がわからず目を白黒させる。 「いい?少ないチャンスはちゃんとモノにしなきゃだめよ。 殿方がこう、顔を寄せてきたら…このくらい!」 雪子が近すぎる距離まで顔を寄せる。 「ここまで顔が近づいたら、目を閉じるの。いいわね?もう一度やるわよ」 「弥生さん…」 雪子の顔が近づく。 教えられた距離まで雪子を見つめ、そっと弥生は目を閉じる。 ふわりと何かが唇に触れて、離れた。 「うん、やればできるじゃない!」 「あっれまぁ、えらいもの見ぢまっだなぁ〜」 「なななななななにするのよっっ!」 「別に初めてでもあるまいし、そんなに動揺することないじゃない」 真っ赤になって手で口を覆う弥生とは対照的に、雪子は涼しい顔だ。 「あっれ?もじがじで弥生さん…」 うつむいて肩を震わせてしまった弥生に、2人は真実を知る。 「…その歳になってキスもまだな女性が、この世にいたなんて…」 「ま、そりゃいるだろうげれども、遅いっちゃ、遅いなぁ…」 身を小さくする弥生に、言いたい放題の2人。 「これは、由々しき事態だわ…作戦変更よ!!」 がぜん使命感に燃え始めてしまった雪子。 「待ってたって、弥生さんにキスしてくる男はいない!」 「…ちょ、ちょっと断言しないでよ!」 「いたの?」 弥生は目を伏せるしかない。 「…弥生さん、ほんどに寂しい生活を送っでぎだんだなぁ…」 思わず漏れた江美の本音に、ぐさりと胸を突き刺される。 「だから、自分から誘うしかないの。いい?少しでもいいなと思う男性がいたら、こうして…」 雪子が上目遣いに弥生を見つめる。 目をパチパチしばたかせて、食い入るように見つめてから…そっと顎を上げ、目を閉じる。 うっ、と弥生は息を飲む。 これでキスをしなければ、男じゃないという気になってきて、思わずその唇に唇を寄せ…。 「ね!?」 触れ合う直前で目を開けた雪子に、がしっと肩をつかまれる。 「ついその気になっちゃうでしょ!?」 「雪子さんの恋愛事情が垣間見えて、おっそろしいなぁ〜」 江美がしみじみと呟く。 「はい、やってみて」 弥生は、雪子のさっきの一連の動作を思い出し、硬いながらも実行してみせる。 目を閉じると…やがて、覚えのある柔らかさが唇に降りてきた。 え?っと思う間もなく、濡れたものが歯を割って侵入してくる。 上あごをつるんと舐められて、びくっと背筋が震えた。 「!!!!!!!!」 「今日は本当にどえらいものを目にする日だなぁ……おい、今見たことはすぐ忘れるんだぞぉ〜」 江美が腹を撫でながら、お腹の子にしきりに言い聞かせている。 「…でも、キスって、いいものでしょ?」 雪子に顔を覗き込まれると、弥生は何も言えない。確かに…よかった。 「私とでさえ悪くないんだから、好きな男性としたら、腰が抜けるほど感じるわよ」 「…何か雪子さん、どんどん過激になっでねぇが」 「テクニックは、使わないと錆びちゃうんだから、適当なところでマメに実践しなきゃダメよ?」 江美のぼやきなど意に介さず、そう言い切る雪子に、 「適当なところって言ったって、そんな簡単に相手なんて見つからな…」 弥生が抗議しかけたその時、 「あ、こんなところに居た!外で待ってたのに、全然来ないから、どうしたのかと思ったよ〜」 ひょろりとした姿の見知った男性が、ふすまを開けて入ってきた。 「あ」 「いた!」 「…だしがに適当だな」 すぐさま、雪子がすくっと立ち上がる。 「江美さんが疲れてらしたから、少し休んでいたの。…でも、そろそろお暇しましょうか。じゃ、私達はお先に」 「んだな。おら達だけ先に帰るべ」 不自然なまでに2人で帰ることを強調しながら、雪子と江美が部屋を出て行った。 「…なんだろう。みんなで帰ればいいのに…」 事情が飲み込めない山倉が首を傾げる。 「弥生さんは、まだ帰らないのかい?」 「ここ座んなさい」 「え?」 目の据わった弥生の言葉に、素直にその横に座る山倉。 弥生は大きく深呼吸をする。 『上目遣いで…ぱちぱち。あごを上げて…目をつぶる』 先ほどの雪子のしぐさを思い出しながら、一度目よりもより自然に、山倉に向かってその行為を実演した。 「え?え?」 しばらくの沈黙が流れる。 …弥生は一人焦り始めていた。 しまったわ。目を瞑ってるから、ちゃんと成功してるかどうか、わからないじゃない! 突然、両肩に力強い握力を感じた。 顔に、吐息と鼻息の混じった風圧を感じる。 ぱちっと目を開けると、タコのように唇を突き出した山倉のドアップが目の前にあった。 「あがーーーー!!!!!!」 「成功よっっ!!!」 突然見事な張り手を食らわされ吹っ飛んだ山倉が、腫れた左頬を押さえながら弥生を見上げる。 「さ、帰るわよ!」 意気揚々と部屋を出て行く弥生を山倉は呆然と見送り、 「ま、待って……え?ええ??」 首をひねりながらも、慌てて弥生の後を追いかけるのだった。 続編:雪子と江美(非エロ)(番外編) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |