下村建造×芳子
![]() 前回:膝枕(加藤正和×松子) 「松子が来ていたそうじゃないか」 浴衣に着替えた建造から芳子は突然声をかけられた。 「え?」 「なぜ私や梅子が帰ってくるまで待っていないんだ」 「…あの、少し悩みがあったみたいで、その相談でしたので…」 「悩みとはなんだ」 「え、えっと…」 芳子の背筋を汗が伝う。 本当のことを告げ、加藤の印象を悪くしたくはない。 けれど、不正を決して許さぬ夫に嘘をつく勇気もまた、芳子にはなかった。 「…建造さん。建造さん!!」 「なんですか、そんな大きな声で…」 母の呼びかけに答え、建造が慌しく部屋を出て行く。 ほっとする芳子だが、次に尋ねられたら答えるしかない。 ど、どうしよう…。 「全く、大した用じゃないじゃないか。お母さんは私のことをなんだと……なんだ、これは」 目の前には布団が敷かれ、その上にちょこんと芳子が座っていた。 「あ、あの、耳、痒くありません?」 話題をそらすために、今日娘に教えてやった作戦を使ってみる。 …が、やはりわざとらしかったのだろうか。 建造の冷たい眼差し。 ああ、やっぱりダメか…芳子は大きくうなだれる。 突然膝に重さを感じ、芳子は驚く。 「始めなさい」 大人しく芳子の膝枕に頭を乗せ、耳を向ける建造。 よかった…ホッとしつつ、手にした耳かきで夫の耳の穴の掃除を始めたが…。 「で、悩みとはなんだったんだ」 …芳子の作戦は、まったく意味をなしていなかった…。 がっくりしつつも、出来るだけ夫のご機嫌をとるように、芳子は答える。 「た、大したことじゃないんですよ。ちょっと、その…夫婦の…」 「夫婦の?」 「あ、愛情を…」 「愛情を?」 「た、た、確かめる方法が、その…」 「…なにをモゴモゴ言っている。ハッキリ言いなさい!」 怒鳴り声に弱い芳子がビクッと首をすくませる。 「…ま、松子が、その…加藤さんとうまくいってなかったみたいで…」 何の策もなく、芳子はそのまま白状してしまう。 「うまくいってない?…具体的にはどういうことだ」 建造に追い詰められ、芳子は泣きそうになる。 「あ、あの…その、夜の…方が…」 「け し か ら ん !!!!!!」 芳子の説明を聞き終わると同時に家中に響き渡ったその声に、 芳子はたまらず、両手で耳を塞いだ。 「加藤君に意見しに行くっ!」 立ち上がろうとする建造の頭を芳子は必死に膝に押し留める。 「わっ、私が松子にちゃんと助言しましたから、どうか今回はそれで…」 「助言?」 建造にギロリと睨まれる。 芳子はため息をつく。 加藤さんに怒りが向くより、この際自分が怒られる方が、娘の幸せを守れるというもの…。 「加藤さんにその気になっていただく方法を、ちゃんと教えておきましたから…」 一瞬沈黙が流れる。 「お前がそんな方法を知っているとはな…」 感情を押し殺すような声がむしろ恐ろしい。 「何を教えた?」 「…今それを実行しております」 うん…?と建造が眉をしかめる。 また沈黙。 「…そう言えば、結婚当初は私におびえるばかりだったクセに、急に耳掃除をさせてくれなどと言い出したな、お前は」 女性のはしたない行為を心底嫌う建造に、過去の自分の浅ましい知恵を知られてしまった…。 今夜は一晩延々とお小言を聞かされるだろう。 小言で済めばいいが、何度かは怒鳴られもするだろう。 …それも、これも、全ては可愛い娘のため。 自分は喜んで犠牲になるしかない。芳子はそう思う。 建造がゆらりと立ち上がる。 まだ手を挙げられたことはないが、妻に長年たばかられていたとあれば、手が出たとしても…。 ぎゅっと目をつぶり、芳子はその時を待つ。 「…責任を取りなさい」 正座する芳子の前に立つ建造によって天井の明かりがさえぎられ、芳子の体に男の大きな影が伸びる。 増すばかりの威圧感に、恐る恐るまぶたをひらいた芳子の目の前にあったのは…巨大にそそり立つ…。 「……む、無理です…」 「誘ったのはお前だろう」 「い、いえ、これは…」 「ほぅ、その気にさせておいて、責任はとらないと?」 恐ろしさに思わず後ろに倒れ、尻餅を付いたような姿勢になる芳子。 じり、じり、と建造が芳子に迫る。 手を突き、後ずさる芳子の着物の裾がはだけ、歳を感じさせない細くしなやかな脚があらわになる。 首を振る芳子を、とうとう建造は壁際まで追い詰める。 「嫌なのか?」 冷たい眼差しのまま、建造が低く問う。 「…誰も、最後までするとは言っていない」 混乱する頭で、芳子は必死にその言葉について考える。 そして、覚悟を決め、消え入りそうな声で答えた。 「……失礼…させて、いただきます…」 芳子がそろりと膝を立て、震える手で建造の前合わせに触れる。 久しぶりのその行為に緊張するあまり、ビクビクと体を揺らしている、 嫁いだ頃と変わららない妻の初々しい姿に、建造は唇の端だけを上げ、にやりと笑う。 「聞きましたよ!お前に指一本触れてもらえないと、あの子は泣いていましたよ」 正枝が嫁を娶ったばかりの、頭ばかり固い息子に詰め寄る。 「…私には、私の考えがあります」 「どんな考えがあるというのです!」 「…それは言えません」 息子の頑固さが筋金入りなのを知る母は、それ以上追究するのを諦める。 「まぁ、いいでしょう。お前だって健康な男子。そうそう我慢が続く訳もない。芳子にもそう諭しておきました」 さらに、いらぬ入れ知恵もしたのだが、それを息子には、あえて伝えない。 ぴしゃりとふすまを閉め出て行く母に、建造はため息をつく。 「……何も知らないくせに」 自分とて、若く美しい妻に手を出さず、平気でいるわけではない。 しかし…。 建造は胡坐をかく自分の股間をじっと見つめる。 あの華奢な体の妻が、この標準を大きく外れたモノを、すぐさま受け入れられるとは思えない。 しかし、ことが及べば、自分は我慢できず、無理を通してしまうだろう。 ただでさえ自分の顔色を伺い、目が合うとうつむいてしまう妻なのに、思うまま蹂躙してしまったあかつきには、 自分をどんな怯えた目で見るようになるのか…。 しかし、若い建造のそんな健気な決心も、正枝の策略により、打ち砕かれることになる。 疎いながらもそれなりの覚悟はしていたようだったが、現実を知り、恐怖に震えおののき泣き出す妻を前にして、建造はようやく我に返り、己の欲望を押さえ込む。 そんな追い詰められた建造の行く手を照らすことになったのは…養子になってまで得たその職業だった。 滑りをよくする薬剤。柔らかくそれを押し広げる器具。気持ちを和らげ感度を増す飲み薬…。 普段の潔癖さを全て捨て去り、建造は妻の体を作り変える行為に没頭した。 そして、始めは戸惑いを見せ、唇を噛みつつも、妻はその夫の過酷な要求に、健気にもよく応えた…。 若かりし日の自分達の姿を思い起こし、建造の笑みが深くなる。 どれだけ自分が、このために時間と労力をかけたと思っているのだ。 「安心しなさい」 唇をつけかけたところで、建造に声をかけられ、芳子の動きが止まる。 「…後でお前にもちゃんと同じことをしてやる」 余計に恐ろしいことを言われたかのように、芳子が大きく首を振る。 「…戦後は男女同権になったのだ。我が家だけそれに従わぬという法はないだろう」 涙をこらえながら芳子は首を振り続ける。 もともと女を甘やかす方ではなかったが、結婚をしてからさらに、自分の横暴さに拍車がかかったなと、建造は冷静に自分自身を分析する。 それもこれも、みな、この女のせいだ。 男の嗜虐心を煽り立てる、この妻の、無防備な従順さがいけないのだ。 そして、抵抗を示しつつも結局は全てを受け入れてしまう、その浅ましい体が…。 見事な責任転嫁を果たしながら、愛して止まぬ妻の柔らかな口腔に己を突き入れ、その感触を味う。 苦痛とそれだけではない妻の恍惚とした表情を眺めながら、建造はさも満足そうに、低く深く息を吐いた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |