食べたいのは(非エロ)
鳴海洸至×鳴海遼子


がっしりとした体格の男が、冷たい風が吹く夜の道を歩く。
仕事で帰りが遅くなったものの、自宅に目をやればまだ明かりがついていた。
仕事疲れを癒す妹の笑顔を思い浮かべ、ドアを開けた。

「ただいま」

いつもなら、可愛らしい声で「おかえりなさい」と返事がかえってくる。
しかし、静かすぎる反応に不思議に思い眉を寄せる。

「遼子?」
「お兄ちゃん…」

台所から声が聞こえ、そちらにむかえば困ったような顔をした妹がいた。へたりと台所の床に座り込み、指や頬にはチョコレートらしきものがべったりついている。

「何してんだ」

「バレンタインが近いから、お菓子作りの練習してたら失敗しちゃって…もうべたべたあー」
そういえばもう二月だったなと思い当たり、そして自分の妹がそんなに料理上手でないことも思いだし小さく笑う。

「ちょっと早いけど、貰っていいか?」
「え?…ひゃうっ!」

ペろりと頬についたチョコを舌で拭う。それから丁寧に指のチョコを舌の腹で舐めとった。

「甘いな」
「くすぐったいよお兄ちゃん」

子供のように笑う妹に、どうしようない感情がどろりと溢れ出す。

「おいしい?お兄ちゃん」
「…ああ、全部食べちまいたいくらいだ」

夜にそんなに食べたら太るよ、と意味が通じていない妹の唇を舐めた。

“食べたいのはお前だよ”


「べっ…別に鷹藤君のために作ったんじゃないんだからね!編集部の皆にお世話になってるから作っただけで、その…ご、誤解しないでよっ」

お決まりの台詞を口にした彼女は、茹蛸のように真っ赤になっていた。

「はいはい」

出会ってから何度も同じやり取りをしてきたため、いい加減扱いも慣れている。その言葉が本心とは真逆であることも、相手が素直でないこともとっくに気付いていた。

「それにしては、結構キレーに包装してあんのな」
「そっ、それは!一応人にあげるものだし…綺麗なラッピングはポイントアップって本に書いてあったし…」

わざと挑発するような事をいえば、語尾をごにょごにょごもらせて、さらに顔を赤くする相手に口角が上がる。

「本って、あんたの机の上にあった、バレンタインでお近づきとか、手作りで心を射止めろって煽り文句がかいてあったやつか?」
「な、なんで知って!ち、違うから!あれ私のじゃなくて里佳ちゃんのだし、そんな、全然違うから!」

惚れた弱みというやつだろう、相手が可愛いく見えて仕方ない。
くつくつ笑って可愛らしいラッピングの紐を解く。

「味見したか?」
「失礼ね。ちゃんとしたわよ。それに」
「?」
「お兄ちゃんも去年のよりおいしいって言ってくれたもん」
「え」

箱からチョコを取り出していた手がぴたりと止まる。遼子が小首を傾げて不思議そうに鷹藤を見た。

「どうしたの?」
「…いや…お兄さんにもあげたんだな、チョコ」
「うん?ていうかお兄ちゃんは失敗しちゃったチョコ舐め取っただけだけど」
「はっ?舐めた!?何を!」

急に怪訝な顔つきになった鷹藤に驚きながらも、質問に答える。遼子の頭にはハテナマークが浮かんでいた。

「ゆ、指とか…ほっぺとか。こぼしちゃったやつをね。あ、でもちゃんと完成したやつも朝あげて…」
「あーーーーーー」
「たっ鷹藤君…?」

大丈夫?と上目遣いに尋ねて来る遼子を尻目に、やられた、と小さく呟いた。
手作りのチョコやラッピングより何より、現物がいいに決まっている。

(あのシスコン、美味しい思いしやがって…!)

俺だって舐めれるなら舐めたい、と強く思う鷹藤だった。






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