鳴海洸至×鳴海遼子


永倉が出て行ったあと、凍りついたようになっている遼子のもとへ、洸至がゆっくりとした足取りで向う。
遼子は、洸至のもうひとつの顔を目の当たりにして、魂が抜けたような顔をしていた。
もう二人に残された時間はあまりない。
俯いてしゃがむ遼子の顔を覗き込む。

いたわる様に頬に指を滑らせ、顎に手をかけると、上を向かせる。

「お兄ちゃん…」

半開きになった唇に、そのまま自分の唇を重ねた。
遼子が驚いて、身をくねらせる。
洸至は片手を遼子の腰に回すと、そのまま抱えてベッドに押し倒した。

遼子は両腕で洸至の胸を押し、なんとか逃れようとするが、男の力に叶うはずもなく、それも徒労にしか過ぎない。
両腕を抑えつけられ、ベッドに洸至の手の平で縫いつけられる。
声を出そうにも唇はふさがれたままだ。
遼子が抗議の声を上げようと、唇を開いた瞬間、待ちかねたように洸至の舌がそこに滑り込んできた。
それはまるで暴君のように蹂躙し、遼子の口内をわがもの顔でうごめき回る。
そして、舌先に乗った錠剤を遼子の喉の奥の方へと押し込んだ。

突然、喉に何かを送りこまれて、遼子がむせこむ。

「お兄ちゃん、いま、なにを」
「毒じゃないから安心しろ。ちょっとした薬だ。気分が楽になる」
「何でこんなことを」
「これからすることで、お前がどうなっても、それはお前のせいじゃない」
「何する気。お兄ちゃん、お願いだからやめ」

抗議の声を聞いている時間はない。また遼子の唇をおのが唇で塞いだ。

全てを遼子に知られた今、この部屋を出た瞬間、いままで通りの兄妹ではもういられない。
いままで守り続けたことも、自分を抑えつづけていたものも全て終わるのだ。
だから、望んでいたこと全てをここでぶつけよう。
死ぬほど渇望しながら手にしなかったものを今ここで手にする。

舌で遼子の口内をなぶりながら、片手でブラウスを引き出し、その下に手を這わせようとする。
その動きを察知したのか、遼子は必死にその腕を止めようと、洸至の腕を叩き、掴み、
なんとかひきはがそうと暴れた。

遼子の必死の抗議もむなしく、洸至の腕は下から上へと昇っていく。ブラジャーに到達すると、そのままそれを上へとずらした。
服の上からでは見えないが、指で形をたどるだけできれいな形をしていることはわかる。
頂の方へ指を滑らし、目的の場所に指先で触れる。
最初は軽い挨拶程度に。なでるように。

しかし遼子が邪魔をするせいで、逆に荒々しい刺激を加えることになってしまった。

「ん!」

予期せぬ感覚に遼子の身が固まる。洸至は口づけの深さをますます増していきながら、指で、先端を撫でさすり、つまむようにして
もてあそぶと、そこは遼子の意に反して固さを増していった。

「んん!」

不意に唇をはずすと、二人の唾液がしずくとなって遼子の唇の横を流れて行く。

「お兄ちゃん、お願い、もうやめて。どうして。兄妹じゃない。駄目だよこんなこと」

怒りじゃない、欲望だけじゃない、絶望からだ。誰かにすがりつきたいほどの絶望、それが解らないのか。遼子。
遼子の瞳は涙なのか、それとも別の理由からなのか、すっかりうるみきっている。

「理由なんてそんなものどうでもいいだろ…。俺たちは半分だけ血のつながった兄妹なんだ。罪の重さも半分になるさ。」

そんなことは詭弁にすぎないことくらいわかっている。
全ての出発点は、洸至たちが異父兄弟というところにある。
そのせいで洸至は苦しめられ続けてきたのだ。
ここに及んで、そんなことにもう縛られたくはない。

それに、遼子、お前もその縛りから解放されかかっているじゃないか。
硬度を増して、服の上からでも形が解るほどになった乳房の頂き。抗議の声の合間に吐く息はどんどん荒くなっている。
洸至の胸を押し返す、腕の力はどんどん弱まっていく。
左手で遼子の身体が動かないように抱きかかえながら、自由になった右手を太ももへと向けた。

「やめて、お兄ちゃん、そこはだめ!もうだめだよ!」

舌を、耳へ頬へ首へと這わせながら、悲鳴に近い懇願を無視する。

遼子は侵入を防ごうと太ももに力を入れ、膝と膝をきっちりと合わせている。
その最後の砦も、洸至が膝を割りいれることであっさりと陥落し、指の侵入を許してしまった。

「お願い…」

絶望の入り混じった声。その震えた声が洸至には蟲惑的に響いた。

「大丈夫だよ…」

テレビでは、新党世界設立パーティのイベントで、子供たちが整列しはじめた様子が映し出されている。
名無しの権兵衛としての計画が成就する瞬間を眼にしながら、遼子を束の間俺のものにしよう。

遼子をいま手中に収めていても、二人がこの部屋を出た時、もう一緒にいられなくなる。

そう思うと、絶望感で気が狂いそうになる。
遼子の全てでそれを忘れたい。
滑らかな肌に指を這わせ、奥へ、奥へと辿る。

ここだけは邪魔されたくないので、遼子の右腕を洸至の身体で押さえつけ、左腕で残る腕を封じている。
奥へと進むたびに、遼子の太ももの筋肉の緊張と震えがわかるほどになっていた。

「大丈夫だ…」

何一つ大丈夫なことなどないのに、気休めだけをささやき続ける。
遼子にとって肉体的な痛みより、胸の痛みの方がはるかに大きいのに。
レースでできた下着に触れると、それをするりと剥くようにして外した。

「お兄ちゃん、駄目、お願いだから!」

あまりに暴れるので、洸至はため息をつくと、ネクタイを外した。

「少しの間だけ我慢してくれ」

そう言うと、遼子の両手を彼女の頭上で縛り上げる。

「大事なところなんだ。邪魔されたくない」

遼子の瞳を覗きこみながら言うと、妹は押し黙った。洸至の昏い欲望を瞳の中に見たのか、先ほど見た兄のもう一面を思い出したのか。

「お願い…」

涙で滲んだような声。何度目の懇願だろう。

洸至もワイシャツのボタンをはずし、前をはだける。二人を隔てるものを少しでも減らしたかった。
遼子のブラウスをたくしあげ、乳房を空気に晒す。先端はもうすっかり固さを増し、欲望の存在を示すかのように屹立している。
遼子の両腕をいましめたため、洸至は自由になった手で、乳房を弄ぶ。右手で遼子の腕を抑えながら、舌を乳房の先端へと伸ばし、
それから口に含んだ。
あえて行儀の悪い音を立てて、そこをすする。新たにもたらされた感覚に、遼子の身体がまた震えた。

「だめ、本当にだめ!」
「本当に嫌だったら、俺の舌を噛み切ればいい。そうしたら止めてやる」

また、唇を重ねる。遼子は歯で奥への侵入を阻もうとするが、一度覚えた感触にほだされ、洸至が舌でほぐしているうちに、
侵入を許してしまう。

噛むなら噛めばいい。甘美な快楽のあとに、無残に舌を噛み切られてもそれはそれで構わなかった。
この部屋の中がいまの洸至のすべてであり、この部屋を出た後の人生なんて、ないのと同じだからだ。

薄眼を開けて遼子を見る。眉をひそめて逡巡しているようだが、歯を立てる様子はない。

そのうち、あきらめたように瞼を閉じた。
たとえ自分のためでも、相手を傷つけることはできない。遼子のその性格を見抜いたうえでの挑発だった。

太ももに這わせた手を、奥へと送っていく。
茂みに指が触れ、つややかなものに至る。遼子が反射的に太ももに力を入れて、足を動かそうとするが、
洸至の足で押さえつけられているので、むなしい抵抗でしかない。

今までのことも、きっとこれから起こるであろうことも、所有者は拒否しているはずなのに、
ぷくりとひとしずく、そこから溢れたものに触れた。
形を確かめるように、ゆっくりと、ゆっくりと指でなぞる。
その経路にあるつぶらな突起も忘れずにひと撫でする。遼子の腰が思わず揺れる。
またひとしずく溢れてきた。今度は少し力を入れる。また溢れてくる。
指で形をなぞっているだけなのに、あとからあとから蜜があふれ出てきた。
重ねた唇の奥からも、時折、声があふれ出る。吐息が荒さを増していく。

真の辱めを受けた時、人の顔というのは蒼白を通り越してまるで紙のようになる。
公安の捜査員として揺さぶりをかけた容疑者相手に、そうした人間の表情は嫌というほど見てきた。
だが、いま辱めを受けているはずの遼子は紅潮し、何かを求めるかのようにのけぞり始めていた。

うるみきったところで、指を侵入させる。散々ほぐされたそこは、何の抵抗もなく指を受け入れた。
温かく、心地よく湿ったところ。

泥が跳ねるような、湿った音が室内に響き始めた。
指を動かせば動かすほど、泉のように湧き続ける。
それと同時に遼子の身体も弾むように動き始める。

遼子がこちらの瞳を覗きこむ。遼子の絶望の視線の奥に、もうひとつの光をそこに見る。
理性を凌駕して、貪欲に快楽を求める本能が顔を出そうとしている。
指をもう一本添えて、大胆に動かし始めると、溢れた蜜が洸至の手首まで濡らす。

なんとも卑猥な音を響かせながら、遼子はまるで子供がいやいやするように首を振っていた。
唇をはずして、その様子を見つめる。
大気に開放され、遼子は大きく口を開けた。どんどん頭がのけぞり、白い喉を晒す。

「あああ、いやあああああああ」

全身をのけぞらせ硬直すると、荒い息とともに弛緩した。

指を引き抜くと、ぬらぬらと淫靡に輝くそれを遼子に見せつけた。
指に付いたものを洸至が舐めとる姿を、遼子は紅潮しながらも、羞恥心と嫌悪感もあらわに目をそらす。

「美味いよ、遼子。最高だ。…ワイシャツにまで、ついちまった」

手首まで濡れて光り、ワイシャツのそで口にもしみがついている。

「もう、止めて…」
「これで終われると?お前も、俺も」

冷静でいるつもりでも、洸至の声は興奮のため、かすれていた。
自分のものが痛いほど張りつめていて、ズボンの中で納めているのも辛いくらいになっている。

「お兄ちゃん、それだけは、だめ。だめ」

遼子はほとんど泣き顔になり、絶頂のあとでけだるそうだが、なんとかベッドの上であとずさりを始めた。
それを追うようにしてにじり寄る。

「ここまで来たんだ。もう、逃げられない」

それは俺のことなのか、遼子のことなのか。

遼子の身体に手をかけようと手を伸ばしたとき、

「助けて…鷹藤君…」

絞り出すように遼子が言った。

その瞬間、世界が止まった。

「鷹藤…だと」

何故鷹藤なんだ、遼子。怒りで食いしばり、奥歯が軋みを上げた。
テレビの方からも予定にない発砲音が聞こえて思わず振り返る。

「鷹藤君!」

遼子が声を上げた。

「鷹藤…!!」

銃を持った鷹藤が永倉を押さえつけて何事かを叫んでいる。
その二人を警察が取り囲んでいるのが映っていた。
あの野郎、どこまで邪魔をすれば気が済む。

名無しの権兵衛としての俺の望みも、鳴海洸至としての俺の望みも、全て妨害するつもりか。
画面では鷹藤がガスの存在を叫んでいる。
洸至は計画が破綻したのを目にしながら、全ての望みが潰えたことを悟った。

「遼子…。身支度をしとけ。もう少しで警察が来る」

鷹藤のせいで、パーティはおしまいだ。
洸至自身も、もう固さを失い始めている。
何より、このままはじめたところで最後まで行き着けない。
遼子の裸身をほかの男の前に晒すわけにはいかない。
猟犬より鼻の利く奴らのことだから、この部屋で何があったかはすぐにわかるだろうが。

「いま、遼子がああなったのは、遼子のせいじゃない。俺の使った薬のせいだ。どこまでもひどい兄貴だよ。すまない」

部屋には遼子のすすり泣く声が響いた。

それでも、警察に連行され部屋を出ようとした瞬間、遼子は俺の背中にすがりつき、泣いてくれた。
あそこまで酷いことをした兄を、兄としてまだ思ってくれていた。

部屋を出たところで、警察のボディチェックが始まった。

「武装してないな」
「そのグロックだけだよ」

男に身体を探られるのは気持ちがいいものではない。
逆の立場になって初めて、容疑者たちの不快さがわかった。
背広をチェックした時、捜査員がポケットから薬瓶を取り出した。

「これは」
「ビタミン剤だ」
「本当だろうな」
「科捜研にでも送れよ。ドラッグストアで買える薬と回答がくるはずだ」

理性を侵し、タブーから解放されるそんな都合のいい薬などあるわけがない。

遼子が俺に犯されたとはいえ、乱れたことを罪に感じ続けるのを軽減したいがために打った一芝居だった。
しかし。
偽薬が予想以上の効果を遼子にもたらしたのか。
瞼を閉じると、あの部屋での遼子の媚態が目に浮かんだ。

再会した時に続きをしよう、遼子。

それまでこの部屋で犯した罪を抱えて待っているといい。人倫を踏み越えたところで快楽におぼれた罪を。
人には言えぬあやまちを抱えた孤独を、今ならお互い分かち合える。

「何を笑ってる。降りるぞ」

手錠でいましめられながらも、バックルに仕込んでおいた小型のリモコンを指で確認すると、洸至は歩き始めた。






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