恋人のふり
鳴海洸至×鳴海遼子


洸至にとって、7日ぶりの我が家の風呂、7日ぶりの布団。
内偵捜査がようやくヤマを越え、監視体制の縮小が決定し家に帰ることができた。
明日からは記録の作成という心踊らない仕事が待っているが、足を伸ばして風呂に入り
布団に寝られることの解放感に浸っていた。

風呂上がりに、布団の上で少し休むつもりで横になったはずが、疲れからかそのまま熟睡
してしまった。

子供のころからの癖で、熟睡していてもわずかな物音で目が覚めるようになっていたが、
仕事からの解放感と自宅にいる安心感に浸りきっていたせいで、自分の上に誰かが
乗っている重みを感じるまで、洸至は深い眠りの中にいた。

「だ、誰だ…」

首に腕が巻かれている。
絞められるのか。
状況を判断するより先に、排除するため反射的に肘を相手の脇腹に叩きこもうとした

その時。

「しろうちゃ〜ん」

妹の妙にうわついた声が部屋に響いた。

「遼子…?」

やっぱり疲れていたのだろう。自宅に居て、いきなり暴漢に襲われることより、
同居の妹が酔っぱらって部屋に来ることの方がはるかに起こりやすいことなのに、
それをすっかり忘れていた。

「しろうちゃーん、なんでさっきは冷たいこといったのよぉ。いま部屋で私のこと
待っててくれるのにぃ」

部屋中がアルコールくさくなったと錯覚する程、妹は酒臭かった。
そして、どちらかというと酒癖が悪いくせに、量をわきまえずに飲むところがあったが、
今日は格別だった。

「ど、どうした遼子?ここはお前の部屋じゃなく、俺の部屋だぞ。お前、飲みすぎだって」
「名前で呼んでくれるの?うれしいなあ、しろうちゃん。
いっつも他人行儀な態度ばっかりとって、鳴海君って呼んでたのにぃ。
やっと素直になってくれたんだあ〜」

洸至の方を見ているようで、遼子の眼の焦点は合っていない。
瞳の奥で結ばれた像が、洸至を映していないことだけは確かなようだった。
酒のせいか、目じりがほんのりと赤くなり、蕩け切ったような視線には、
いつもの妹にはない色気が含まれていて、洸至は戸惑った。

その遼子が洸至の首に抱きつき、兄の顔に頬ずりをしている。

「お、おい」
「しろうちゃんのおひげ気持ちいい。うれしいな、私のこと待っててくれて」
「だから違うって、遼子…。いい加減に」

妹を押しのけようとしたその時、洸至のジャージに灰色の染みが、ぽつぽつとついた。
驚いて顔を上げた洸至の顔を、しなやかにだが、しっかりと遼子の手が包む。
洸至の顔の真正面に、大きな瞳から涙をこぼす妹の顔があった。

とめどなく溢れる涙にくれる妹の瞳と、何かを堪えるように震える唇を間近に見て、
慰めなければと思うより先に、見惚れていた。

「さっきどうしてあんなに冷たいこと言ったの…?」
「遼子、一体何を…」
「私が史郎ちゃんのこと好きだって知ってて、ずっとつれない態度ばっかり…。
 私、こんなに史郎ちゃんのこと好きなのに」

洸至の唇に柔らかい感触が訪れた。
アルコール臭など気にならなかった。ただ、甘く感じていた。

少し力を入れれば押しのけるのは簡単だ。
妹の力に負けてその腕から抜けられなかった訳ではない。
ただ、そこから抜けたくなかった。
押しつけるだけでは飽き足らなくなったのか、もどかしそうに、遼子が洸至の唇を
ついばむ。

妹を引き離すために出された洸至の腕は空中で止まったままだ。
頭の片隅でこのままではいけないと思いながらも、残りの大部分は、この感触を
手放すべきではないと叫んでいた。
しかし、微かに残っていた理性が勝利した。

遼子の肩を掴み、唇の感触に名残惜しさを覚えながらも己から引き離した。

「りょ、遼子落ち着け。良く見ろ。俺だって、お前の兄貴の」
「ここまで来て、そんな言い訳しないで」
「言い訳も何も、俺はお前の兄貴だっ」

最後まで言い終わらないうちに、またも遼子に押し倒された。

遼子が、洸至を押さえつけ、上から覗き込む。
朝露が花を彩る様に、まつげについた涙が瞳を縁取り輝いている。

「三十近いから、きれいじゃないから…?」
「大丈夫。充分きれいだよ…」

本心だった。
いつしか、遼子のペースに巻き込まれている。

「でも、私のこと好きになってくれないのね」

遼子の声に滲む哀しみを感じて、洸至は妹の顔を見つめた。

吸い寄せられるように手を伸ばすと、妹の頬にこぼれ落ちる涙をぬぐう。
妹が酔い潰れて帰ってきたことは幾度となくあったが、酔ってここまでおかしく
はなったことはなかった。

つまりはいつも以上に飲んだということだ。
遼子の場合、ひどく酔うと記憶をすっかり失うことが多かった。
もし、このことを遼子が忘れてしまうのなら。
それならば、少しだけなら。

せめてお前の夢の中だけでも、恋人のふりをするだけだ。
現実で叶わなかった思いを、ここでだけ叶えてやるだけだ。
―――それだけのことだ。

やましさを打ち消すように、言い訳ばかりが駈け廻る。
遠くにおきざりにしたはずの良心が痛みだすより先に、本能で動いていた。
妹の背中に手を廻すと、抱き寄せた。

「俺も好きだよ…。だから、もう泣くな」

妹に囁くと、唇を重ねた。

最初は重ねるだけだが、それがそのうち、お互いについばむような動きへと変わる。
唇全体を幾度となくついばんだ後、唇の端、そして頬へとキスの雨を降らせた。
遼子の唇を再びとらえると、洸至の唇の不在を咎めるように先ほどよりも強く己の
唇を合わせてきた。

待ちかねたように、遼子の唇が開く。洸至は、その中へ舌を潜り込ませた。
最初は歯の表面を撫で、それから、半開きの歯と歯の間へ、送りこむ。
舌を見つけると、それと洸至のものをゆっくりと絡み合わせた。

絹のような感触の舌。

妹の悲しみにつけ込んで、ひどい兄貴だと思いながらも、妹と舌を絡ませ合うことを
中断できそうになかった。そうするには遼子の舌はあまりに柔らかすぎたし、
解放されたことで溢れ出た妹への想いは奔流となって洸至の理性を押し流していた。

舌だけでは飽き足らずに、歯の裏や奥歯の方まで舌で撫でまわす。
それからまた舌を絡める。
自分の唾液と遼子の唾液が混ざり合うように口と口とを深く合わせて舌を送り続けた。
もっと遼子に触れたい、もっとこの柔らかな身体を知りたいという己の気持ちを抑える
ために、洸至は遼子の体をきつく抱きしめていた。

そうしていないと、不埒な自分の手が何をするかわからなかった。

どれだけそうしていただろう。
洸至は、時間の感覚を失う程没頭していた。
気が済むまで唇を貪ると、ようやく妹の唇を解放した。

うっすらと開いた遼子の眼と洸至の眼が合う。
遼子は満たされきった子供のような顔をして、洸至に微笑んだ。
洸至の首に廻していた遼子の腕から、次第に力が抜けて行く。

そしてそのまま目を閉じると、遼子は静かな寝息を立て始めた。

「これで満足なのか…」

少しの間ののち、洸至は静かに笑い始めた。

「そうか、お前、これから先を知らないんだもんな」

洸至はすぐに遼子をベッドに横たえずに、しばらく腕の中のその寝顔を見つめていた。

「ここで寝られてもな…。俺が寝られないじゃないか」

澱のようにからだに絡みつく疲労が眠りをもたらすまで、中途半端に昂ぶった心を持て
余すしかなかった。






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