最低な男(非エロ)
鳴海洸至×鳴海遼子


「助けて!お兄ちゃん助けて!」

もう使われなくて久しい様子の埃まみれの旋盤機、横倒しに床の上に置いてあるスチールロッカー、
書類が散乱している床。
その向こうから遼子が叫ぶ。涙で化粧が流れ、ファンデーションが筋になっていた。
遼子の両腕を男たちがニヤつきながら抑えている。
暴れもがく遼子の足元で一人の男がベルトを外し、尻をさらけ出した。
魂切れるような声を遼子があげた。
叫びながら洸至に必死に助けを求める。
遼子の太ももの間に男が腰を沈めた。
叫び声。それが絶望を含む泣き声に変わり、そのうち声が止まった。
この空間に響くのは男の荒い息と腰を打ち付ける湿った音だけだった。

妹の悲痛な様子を眼にしても洸至の声は出ない。
手に馴染んだ銃――グロックも手の中になかった。自分の両手は手錠で戒められている。

「遼子…!」

軋むように出した声は妹の叫び声の向こうには届かない。

どうしてこんな時に躰が動かない。
どうして自分は動こうとしない。たかだか手錠で戒められたくらいで。

そこで洸至は気付いた。
ああ、そうか。俺は見ていたいのか。
自分の妹が犯される様を。
最愛の女が犯される様を。


酷い汗で洸至は眼を醒ました。時刻はまだ夜明け前だった。
キッチンに行き、冷蔵庫からビールを取りだす。
リビングの横の襖にもたれかかり、洸至はビールを開けた。

襖の向こうにいる妹は今日の引っ越しで疲れきっているのか、少しの物音では起きる様子もない。
部屋に漂う匂いが変わっていた。
甘い女の匂い。遼子の匂いが混じっている。
それに包まれるようにして洸至は眼を瞑った。

今日の張り込みの時あんな話を聞いたせいだ。だからこんな夢を見た。


「こんな話聞いたことがあるか」

張り込み中のワゴンの中で、ひとりの捜査員が話した。暇つぶしの為の与太話。

そして、その話を聞いた同僚たちは笑った。なんて莫迦な、愚かな男なんだと。

それはある協力者の物語だった。
男は妹が輪姦されるのを見ていた。
田舎町のチンケなトラブルだった。男もリンチされたという。
その眼前で、妹が輪姦された。妹が助けを求めても、男は恐怖の為指ひとつ動かせなかった。
だが男は、泣き叫ぶ妹の赤く腫れあがった性器を次から次へと男が犯すのを見ながら、離れたところで自慰をした。
その為に男の指は動いた。男は妹を輪姦していた男たちからも嘲笑された。
次の日、男の妹は首を吊った。中学生だった。
遺書には兄への罵りなどなかった。ただ、輪姦された自分だけを責めていた。
せめて罵られた方が、男の気は楽だったろう。
男は抱えた罪の大きさに慄き、自分を頭の中を空にしたがった。その為に新興宗教の教団に入った。
だが教団にも安息はなかった。教義をつめこむ器になるには、男の抱えた地獄は大き過ぎた。
やがて教団に疑問を抱いた男は、今度は公安の協力者になった。
罪人以外のアイデンティティを求めて、組織から組織へと渡り歩きやがて使い捨てられる。

協力者―イヌによくありがちな背景だった。

「鳴海さん、大丈夫ですか?」

隣にいた片山が言った。

「顔色悪いですよ」

洸至は答えず、ワゴン車の窓の外を見た。


「遼子」

襖越しに声をかける。
返事はない。襖越しに妹の微かな寝息が聞こえた。
襖に手をかけようとして、洸至はやめた。

さっきの男の話が頭を過ぎっていた。
輪姦される妹。赤く腫れた性器。いつしか、その妹の顔が遼子になっていた。

ビールをあおる。
ビールが喉を冷やすが、頭は冷えそうにない。
もう少し、お互いに離れていた方が良かったのかもしれない。
二人の距離が今は近くなりすぎた。
手を出してはいけない女が、襖一枚隔てた向こうにいる。
幸せだが拷問に等しい我慢を強いられる日々がこれから始まる。

もう一口あおる。
男の話を忘れるために。
またあおる。
妹に近づく勇気を得るために。
だがビールをいくら流し込んでも、男の話は忘れられなかった。
妹の部屋とを隔てる襖を開ける勇気も持てなかった。
遼子の部屋の襖に寄りかかり、洸至は座った。

ここで襖を開けたら、何のために手を汚したのかわからなくなる。
全ては遼子を守るため。

両親を吹き飛ばしたのもそのためだった。

遼子が成長し、自分の妻以上に美しい女になりつつあるのを見るにつれ、父と呼んでいたあの男のなかで
ある疑念が育っていった。

遼子が、俺のように妻が自分以外の男との間に作った子じゃないか、という思い。

だとしたら、血はつながらない。血のつながらない美しい少女が眼の前にいるのだ。
間男の子供を押しつけた妻ではなくその子供を責める小心者らしいくだらない妄想だったが、
次第にあの男が遼子を見る眼が変わっていった。
娘を見る目ではなく、少女から女へと変わっていく遼子の躰をまさぐる眼だった。
そして、その夫の眼を母が不快そうに見ていた。
母は夫を咎めだてする代わりに、嫉妬に燃える女の顔で遼子を見ていた。

食卓での空気が変わり始めたある夜のことだった。
深夜廊下が軋む音で洸至は眼を醒まし、音の正体を確かめるため部屋のドアを開けた。
そこに父がいた。
遼子の部屋のドアの前で、貧乏ゆすりをしながら入るか入らないかを躊躇しているように見えた。
こちらの視線に気づくと、醜く顔を歪めて言った。

「まだ起きてたのか」

苦々しく放ったその言葉に含まれていたのは、自分の欲望を見咎められた怒りと狼狽だった。
その姿を見た時に決心したのだ。心を慰め、夜眠る前に子守唄代わりに考えていた夢想を実行に移すことを。

妹を――遼子を守るために。

ここで、襖を開けたらあの日の親父と同じになってしまう。
そう、守るためだった。
決して自分が独占するためでも、他の男の手に触れさせたくなかったからでもなかった。
守るため。

―――当たり前だ、兄妹なんだから。

両親の生命保険はスズメの涙で、学費は杉の子育英基金から出たが生活費は洸至がアルバイトで稼いだ。
その給料で住めたのは築40年は経とうかというアパートだった。

妹のとの最初の二人暮らしが始まった。

二人の暮らしが始まってすぐ、妹への想いが変質していたことに洸至は気付いた。

遼子の気付かぬところで躰の線を辿り、狭い二人暮らしのアパートの中で感じる遼子が醸し出す甘い
匂いに陶然となっていた。その温もりをそばに感じると鼓動が高まった。
いつしかその躰に、きっと柔らかなその肌に掌で、指で唇で触れたいと思っていた。

父と呼んでいた男と一緒になっていた。
浅ましい男の眼で洸至は遼子を見ていた。

少女から女へと変わりゆく姿を眼の前にして、かつての自分の誓いが枷となり洸至を苦しめ続けた。
屈託のない笑顔、無邪気に語りかけてくる姿、洸至を信じ切っている遼子。
それを裏切って自分のものにしたがる自分と、守ろうとする兄としての自分とに引き裂かれそうになりながら
洸至は耐えた。
警視庁に採用されると遼子から逃げるようにして洸至は独身寮に入った。

遼子が国民ジャーナルを辞めさせられてから数カ月が過ぎたころ、二人で食事をすることにした。
仕事を辞めた遼子のことが気になっていた。
刺し向いでの久しぶりの夕食だった。
いつもならカルビ2人前は軽く食べる遼子の箸が珍しくすすんでいなかった。

「どうした、遼子。腹でも痛いのか」

遼子が箸をおいて俯くと、意を決したようにして顔を上げる。
肉が焼ける脂臭い煙の向こうから、熱のこもった眼でこちらを見ていた。
その眼で見つめられ洸至の躰が熱を持つ。

「ねえ、お兄ちゃん。お願いがあるの…」

仕事を辞めてから数カ月。困り果てての同居の申し出だった。洸至は泡の消えた生ビールを口に含んだ。
部屋に空きがない訳じゃなかった。ただ、理性と自分の願望との綱引きに自信が持てなかった。

「やっぱり駄目よね。お兄ちゃんだってお兄ちゃんの生活があるし。きっと彼女もいるし」
「彼女なんかいないさ」

遼子の言葉にかぶせるようにして洸至は言った。
思わず力を籠めて言った気まずさを打ち消す為に洸至は笑いながら言った。

「困ってるなら来いって。たった二人の肉親だ。お前の面倒なら俺が見るよ」

洸至は遼子の部屋の部屋とリビングを隔てる襖に頭を預けた。
たった二人の肉親だ。守って当たり前だ。

…どうして兄妹なんだ。

兄妹でさえなければ。俺も親父のようにこの部屋の扉を開けていただろうか。
だが、兄妹でもなくなったら、俺たちを繋ぐものがなくなってしまう。
親殺しという人としてしてはならぬことに手を染めても、洸至はたったこれだけの絆すら振りきれないでいた。

ワゴン車での話が脳裏を過ぎる。

洸至も妹が犯されるのを傍観していた男を莫迦だと思った。最低だと軽蔑した。
だが、愚かだとは笑えなかった。
犯される妹を観ることで、男は妹を視姦した。そこに微かな羨望すら憶えていた。

そんな自分を洸至は最低だと思った。
そして最低な自分を忘れるために、洸至はまたビールをあおった。






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