バレンタインと鯛焼き(非エロ)
鳴海洸至×鳴海遼子


「ただいま」

洸至が帰って来た時、遼子はこたつの中にいた。こたつの上に辞書、教科書、参考書とノートを広げている。
高校生の妹はセーターの上に半纏を着こみ、寒さに身を縮こませながらストーブも付けずに勉強をしていたようだ。
兄と妹だけの二人暮らし。学費は奨学金でなんとかなったが、いまのところ生活費は洸至のバイト代だけだった。
それだけで兄妹二人の生活を賄おうというのだから、当然、二人の暮らしは貧しかった。

「早かったんだね、お兄ちゃん」

こたつに入ったままの遼子が洸至を笑顔で迎えた。

「今日はバイト早く終わったんだよ」

遼子の元へ洸至がやってくると、遼子がこたつの上からそれらのものをよける。
まるで、何かがそこに置かれるのを待ち受けるように。

「嬉しそうだな」

満面の笑みの遼子につられるように洸至も笑顔になるとこたつに入った。

「だって年に一度のチョコレートの日なんだもん。今日だけなんだから、チョコが沢山食べられる日って」

遼子の眼は、洸至が持っていた紙袋―――高級洋菓子店のものや、高級百貨店の店名がついた紙袋ばかり数個
―――に釘づけになっている。

「俺よりこっちが待ち遠しかったんだろ。ほら、お前の分だ」

洸至が遼子に紙袋を全て渡す。

「今年もたくさんだね!7…8、9…。これ食べちゃっていい?」
「いいぞ。お前好きだろ、チョコレート。俺、チョコは苦手だから」

紙袋の中を覗き品定めをしてから、遼子が兄を上目遣いに見た。

「きっとお兄ちゃんのこと本命で、一生懸命ラッピングした人だっているかもしれないよ〜」

「いるわけないだろ。全部義理チョコだって」

洸至が肩をすくめる。

「でもこれ高級チョコレートだよ。一粒400円くらいするんじゃない?8個入りってお金かかってるよ」
「じゃあ金のかかった義理チョコなんだろ」

「…お兄ちゃんがそう言うのなら、そうなのかな。じゃ、わたしが今年も全部貰っちゃうね」

紙袋を脇によけると、遼子がこたつの真ん中に小さな紙袋を置いた。

「そのかわり、これ、お兄ちゃんにあげる」

「お、ありがとう。チョコより、俺はこっちの方がいいよ」

洸至が紙袋に手を伸ばすと、中に入っていた鯛焼きを取り出し、頬張り始めた。

「一個100円の鯛焼き3つで、こんなにチョコもらっちゃって悪い気もするけど」
「300円だって、お前には大金だろ。俺はこれでいいよ」

遼子が一瞬すまなさそうな顔をしたが、顔をほころばせながら鯛焼きを食べる洸至のあまりに幸せそうな様子に
また笑顔になる。

「俺の本命だからな、嬉しいよ」

もぐもぐと口を動かしながら洸至が言った。

「そんなに好きなんだ、鯛焼き」
「まあ…そうだな」

「じゃあ、来年も鯛焼き買ってあげるね!」
「頼むよ」
「もちろん。じゃ、またお兄ちゃんのと交換ね」
「…交換なのか…」






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