マッサージ2(非エロ)
鷹藤俊一×鳴海遼子


「俺は麺固め、からめで脂少なめ。あんたは」
「あ、ええっと、じゃあ私もそれで」

二人の注文内容を復唱する店員の張りのある声を聞きながら、大窯から立ち上る湯気越しに遼子が物珍しそうに
店内を見回している。壁際には席が空くのを待つ客たちがギャラリーのように立っていた。

「こういう店、初めてだろ」
「うん。まあ。さっきの暗号みたいなの、何?」
「麺を固めで、からめってのは味を濃いめにするってこと。脂少なめってのは背脂を入れないってこと。

こういう店って、こういう風に味を指定するんだ」

「面白いのね」

一張羅を着こんだ遼子の恰好は、この店から悲しいほど浮いていた。
今日はホワイトデーだ。
遼子は本命である遠山から何らかの誘いがあると思い込んで、めかしこみ出勤してきたのだが、遠山から渡されたのは
高級洋菓子店のチョコレートひと箱のみで、しかも美鈴も同じものをもらっていた。
普段の遼子ならプレゼントをもらったことを拡大解釈して、自分の良いように妄想を拡げ、鷹藤にもうるさいほど
その内容を話すのだが、今日は珍しくしょげかえっている。
遼子があまりに落ち込んでいるので、ホワイトデーのお返しも兼ね、鷹藤はとっておきのラーメン店に彼女を連れだしたのだった。

「史郎ちゃんも忙しいから、仕方ないよね」
「うん、まあ、そうだろうな」
「もしかしたら後で、史郎ちゃんからサプライズプレゼントがあったりして」

たぶんあり得ないことだろうが、今日は即座に否定する気になれなかった。

「あるといいな」
「お菓子もくれたしね。ラッピングも素敵。史郎ちゃんってセンスいいよね。食べちゃうのもったいないなあ」

嬉しそうに、チョコレートの入った箱を取り出して見つめている。
遼子のどう考えても叶わぬ思いが哀れに感じられるためか、それともこうして遠山のことを聞かされているからか、
どうして自分が切ないのか鷹藤はよくわからぬままその姿を見ていた。
ホワイトデーといえば。もう一人チョコレートをもらった男がいた。

「ところでさ、遠山さんからお返しもらっただろ、俺からももらっただろ、兄さんからは何もらうの?」

突然兄のことが話題に出て遼子が驚いた顔でこちらを見た。

「お兄ちゃん?」
「マッサージか」
「また変なこと考えてるでしょ」
「何でだよ。考えてないって」

大窯で麺をゆでる店主の手元を見て、関心のないふりを装う。
もっとも油断ならぬ男が、どんなものを贈るのか興味があった。

「雑誌で見つけた、蜂蜜とオイルを使ったマッサージがあるみたいなの」

蜂蜜。蜂蜜。蜂蜜。蜂蜜とオイル。鷹藤の胸に、にじむ様にいやな予感が広がっていた。

「肩こりがひどいって言ったら、温めたはちみつを肩に垂らしてほぐすマッサージがあるから今度試してみようって」

気付かないのか。それって蜂蜜プレイじゃないか。妹相手に蜂蜜プレイまでするのか。しかもオイルまで使うのか。
背中へこぼれた蜂蜜を舌で舐めとる姿が目に浮かぶようだった。鷹藤は愕然とし、思考停止寸前までに陥った。

「蜂蜜って、どこでやるんだよ。ベッドでやったらシーツ捨てなきゃなんないし、まさか風呂でやんの。
オイルなんてベトベトしてそれこそ」

思わず声が高くなる。カウンターの客が驚いてこちらへ視線を向けた。

「何考えてるのよ。声が大きいって。お兄ちゃんがするなんて言ってないわよ。リラクゼーションサロンでのマッサージを
プレゼントしてくれるんだって」
「そうだよな。まさか妹に蜂蜜かけたりしないよな」

鷹藤は自嘲気味に笑った。以前に遼子から聞いた、インパクトあるマッサージのせいでこんな風に考えてしまったのだ。

「そんな人いる訳ないでしょ。変なことばっかり考えてるんだから。ちゃんとプロにしてもらうのよ。お兄ちゃんと」

鷹藤の笑顔が凍りついた。

「いま、なんて」
「お兄ちゃんも隣で受けるんだって。カップル専用ルームがあるところを予約したみたいなの。お兄ちゃんも疲れてるからって。
こういうのは彼女と行くのが一番だけど、今のところ彼女もいないし、仕方がなく私と一緒に行くみたい」

仕方がない、そう言ってあの変態は、マッサージを受けて蜂蜜とオイルで輝く半身と、
恍惚とする横顔を間近で観察するつもりなのか。

これって一体何プレイだ。

変態の深謀を垣間見て、ラーメン屋の熱気で暑いはずなのに鷹藤は悪寒がした。
隣で怖気をふるう鷹藤を、遼子が不思議そうに覗きこんでいた。






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