鷹藤俊一×鳴海遼子
バスルームに泡が舞う。 バスタブの中で遼子が、手に付いた泡に息を吹きかけ、天井へ向けて飛ばしていた。 泡だらけのバスタブの中で、後ろから鷹藤に抱えられながら遼子がはしゃいでいる。 最近あまり観ることのなかった、遼子のこんなにもリラックスした表情を見て、鷹藤は胸を撫で 下ろしていた。 「どうしたの?」 鷹藤の視線に気づいた、遼子が鷹藤に向き直った。 「いや…。あんたらしいはしゃぎ方だよ」 鷹藤は遼子の頬に口づけた。 「いい年なのに、とか思ってるんでしょ」 「思ってないって」 「ねえ、鷹藤くん」 「ん?」 「…当たってるんだけど」 「何が」 鷹藤が笑うと、遼子が泡の下に手を入れた。鷹藤の硬くなったもの手を這わせて、大きさを確かめるようにゆっくりと掌を動かした。 「ふふっ。いやらしい。こんなに固くなってる」 「あんたが触るからだろ…」 「私のせい?」 「違う?」 鷹藤が遼子の目を覗きこむと、顔を赤らめ上目遣いにこちらを見た。 「その前からずーっとあたってたよ。だから、私…」 「何だよ」 鷹藤が言い淀んでいる遼子の亀裂に手を伸ばし、そこを撫でた。 「きゃっ」 水音を立てて、遼子の体が震える。そのまま指で敏感な粒をそそのかす。 「水の中じゃ濡れてるかわかんねえな…」 鷹藤の肩に手を置き、眉をひそめながら、遼子が這いあがってくる感覚に身を任せているようだった。 「で、どうしたって?」 鷹藤がまるで世間話をしているかのように遼子に続きを促した。 だが、水面下では激しく指を動かし、遼子の亀裂と粒を撫でつづけている。 「んっ、やんっ、ベッドいこ…」 「いやらしいなあ、あんた自分からそんなこと言う様になったんだ」 「もうっ、いじめ…ない…で…」 「かわいいよ」 鷹藤が遼子に口づけた。その鷹藤の頬を遼子の泡だらけの両手が包む。 鷹藤は遼子がどこか遠くへ行ってしまいそうな感覚に時折とらわれることもあったが、いま こうして二人で過ごしていると、そんなことは鷹藤の思いすごしに過ぎないような気がしていた 最近、遼子は何かに追い立てられるように、ある教団を調べていた。 発端は、遠山からのメールだった。 添付されていたのは、山奥でコロニーを形成する新興宗教団体のパンフレットだ。 本文には、確信はないが動向に注目しろ、と一言だけ書いてあった。 遠山の言葉に不穏なものを感じ、遼子と鷹藤はその宗教団体を調べ始めて、気づいた。 教団にちらつく、破壊行為への欲求。強烈なまでの正義への志向性。 それは名無しの権兵衛が操作した数多のグループが持つ特徴だった。 それから遼子はその教団や、教団周辺を取り憑かれたように洗い始めた。 誰に依頼された取材でもないので、仕事の合間を縫って、プライベートな時間を削ってまで遼子 はそこを調べ続けていた。 まるで熱病にかかったように遼子はのめり込み、アンタッチブル編集部の誰もが遼子を心配する 程だった。 鷹藤にはわかっていた。 遼子がどこか遠くを、何かを熱望する様な眼をしながら教団を探り続けていたのは、そこに暗躍 する兄の影を見たからだ。 そしてそれを、否定したかったのだ。 兄が生きていることを、そして計画を続けていることを。 兄が死んでいれば、それは悲しむべきことだが、追憶の中でもうその兄の記憶は汚れることはない。 しかし生きていたら。 兄との暮らしで感じていた安寧と温もりを求めつつ、また死と暴力の嵐の中で、兄と対峙することになる。 だが、真実は遼子の望みを裏切る。 収集した断片的な情報が一個のモザイク画となり、それが示す事実は、鳴海洸至の生存と、 大規模な破壊行為の計画だった。 情報を集めた結果を警察に通報したが、はたして本気にしたかどうかは疑わしかった。 鳴海洸至は公的には死者だったからだ。 警視庁公安部創設以来の汚点を掘り返し、また公安に泥を着せる様な真似を警察はしたがら なかった。 官公庁にありがちな、内向きの論理が働いていた。 「また何か起こす前に、今度こそお兄ちゃんを止めてみせる」 息抜きにと誘ったバーで遼子は思い詰めたように言った。 「あんたひとりじゃ荷が重いよ。敵はあんたの兄さんだ。俺も手伝うから、ひとりで突っ走るん じゃねえぞ。 ふたりならきっとなんとかなるからさ」 「…立ちふさがっても、お兄ちゃんはきっと越えていっちゃう。だったら…」 しばらく沈黙し、考え込んでから遼子は言った。 「立ちふさがるんじゃなくて、寄り添うの」 思い詰めるように遼子が言った言葉の意味は、その時鷹藤にはわからなかった。 遼子をベッドに横たえると、鷹藤はまた口づけた。 バスローブをまとった遼子の胸元から、熱帯の花の香りがたつ。 さっきふたりで入ったバブルバスの匂いだった。 広いベッドの上で遼子の髪が波のように拡がる。 ここは、鷹藤が遼子の喜ぶ顔が見たくて予約した都内の高級ホテルだ。 二人が出会って1年を記念した遼子へのプレゼントだった。 「いい匂いだ」 舌を胸元に這わせる。手でバスローブの胸元をはだけると、そのまま乳房の頂きを口に含んだ。 「あんっ」 1年前出会った時、二人がこんな風になるなんて思いもしなかった。 でもきっと、ずっと前からこうなることが決まっていたのかもしれない。 鷹藤と遼子の知らないところで、二人の運命の糸は絡みあっていたのだから。 淫らに啜る音を立てながら、乳房の頂きを吸い続ける。 鷹藤が亀裂に手を伸ばすと、既にシーツに染みが出来るほどそこは潤みきっていた。 「どうしたんだ…。今日のあんたすごいよ」 「だって、鷹藤くんと会えてちょうど一年でしょ。嬉しいの」 遼子が愛しげに笑みを浮かべ鷹藤を見た。 鷹藤がクリトリスを撫で、そこに指を入れようとした時、遼子が鷹藤の手を押しとどめた。 「来て…。鷹藤くんが欲しいの。お願い…入れて」 遼子からこんな風に求められたことはなかった。 鷹藤が戸惑いを顔に浮かべると、遼子がその頬を手で包んだ。 「鷹藤くんがいっぱい欲しいの。お願い、待てないの」 返事の代わりに、鷹藤は遼子に深く口づけ、お互いの舌を絡み合わせた。 そうしながら、腰を遼子の太ももの間に沈め、自身を送りこむ。 確かに前戯など必要なかった。充分なほどそこは潤み、熱く蕩けていた。 二人で長く湯に入っていたせいだろうか。 いつもよりもそこは熱く絡みつくように蠢く。 「あああっ、いいっ…」 ゆっくりと腰を送り始めると、遼子の手が鷹藤の背に回された。 まるで離されるのを恐れるように、鷹藤の背を遼子の手が掴む。 「いっぱい入ってる…」 愉楽に顔をゆがめながら、遼子が鷹藤を見上げた。 「鷹藤くん好き…」 「俺も好きだよ」 遼子の喉に鷹藤は口づけた。腰を動かすピッチを上げる。 「あんっ…奥に…」 遼子の亀裂を抉り、揺らし、遼子を貫いた。 その鷹藤自身を離さぬように、遼子の内奥が蠢き肉がまとわりつく。 「あんたの中も凄いよ…。これじゃすぐいっちまいそうだ…」 「私も…お願い、んっ、今日は中に出して」 鷹藤に掻き乱されながら、遼子の潤みきった瞳が鷹藤を見ていた。 「…まさか。駄目だって」 「出してほしいの。今日は大丈夫だから」 「でも…」 「お願い…欲しいの、どうしても」 鷹藤を煽る様に腰を動かしながら、せつなげに遼子が言った。 鷹藤が遼子の眼を見る。戯れに言った言葉ではなかった。 その眼は切実に鷹藤を求めていた。 もし失敗したとしてもそれでもいい。その責任は取るつもりだ。 そうでなかったにしても、鷹藤の中で心は既に決まっていた。 遼子の掌と鷹藤の掌を重ね合わせる。 鷹藤は遼子の右手の薬指を己の左手の薬指と小指で挟むと、指のサイズを確かめるように強く握った。 その手を遼子も強く握り返す。 運命でこうなることが定められた二人なら、ずっと離れることはないはずだ。 あれだけの死と暴力と謀略を潜り抜けられた二人だから、きっとずっと一緒にいられる。 それに、全てを注ぎこみたい程、全てを受け入れて欲しい程、鷹藤は遼子を思っている。 腰を打ちつける速さを上げ、遼子に自身を叩きつけ続ける。 鷹藤の背筋を快感が駈け上がる。 「あっ、ふうっ、んんっ、んっ、ああんっ」 あられもない声を上げながら、遼子の体が鷹藤の下で跳ねる。 「いき…そうだ」 「わたしも…ああああああっ」 「くっ」 飛沫を上げるほど激しく叩き付けると、鷹藤は遼子の中に全てを吐き出した。 遼子の同意を得て中に出せたせいか、いつも以上の長さで鷹藤は精を放っていた。 鷹藤が遼子の細い躰を強く抱きしめると、遼子も鷹藤の背に廻した手に力を籠めた。 「出てるの、わかる…?」 「うん…」 自分の全てを受け入れてくれた遼子が愛しくて、鷹藤は口づけた。 「愛してる…」 恥ずかしくていつもは言いづらい台詞が、自然に鷹藤の口をついて出た。 「わたしも愛してる」 またすぐ淫らに舌が絡んでくる。まるで情事の再開を望むように。 「こんなキスしたら、またしたくなっちゃうだろ」 遼子の中で、鷹藤のものがまた固さを取り戻しつつあった。 「いいよ。このまましようよ…」 それから鷹藤は遼子の中で2度果てた。 遼子の中で果てるとき、お互いいつも以上の快感を得ているようだった。 遼子は何度も意識を手放した。その度に鷹藤が口づけで眼を醒ましてやる。 そしてまた二人で快楽に溺れた。 素晴らしい夜だった。 「何があっても、俺、あんたのこと守るから」 快楽にまみれた後の、心地よいけだるさのなかで鷹藤は腕の中の遼子に囁いた。 鷹藤と指を絡み合わせながら、遼子が鷹藤の頬に口づける。 「わたしも、鷹藤くんのこと、守るわ」 遼子がひどく真剣なまなざしで鷹藤を見て言った。 その頬を鷹藤の指が愛おしげに撫でた。 「もう離さないからな。ずっとだ…。ずっと一緒に居たい」 遼子が微笑んだ。 この上なく溶け合い、ひとつになれたのに、遼子の微笑みにふっと寂しげな翳が よぎったように思えた。 …この教団の一件が終わったら指輪を買いに行こう。 そして今、喉まで出かかっている言葉を遼子に告げよう。 遼子の瞼に唇を落とすと、遼子を抱き寄せ鷹藤は眠りについた。 朝、鷹藤が眼を醒ますと腕の中にいるはずの遼子がいなかった。 バスルームにも、どこにもいなかった。 遼子は何も言わず鷹藤の前から消えた。 アンタッチャブル編集部には辞表と、記事のデータだけが残されていた。 それが昨日だ。 いま、とあるホテルの地下駐車場の出入り口が見える場所に鷹藤はいた。 携帯が何度も震え、アンタッチャブル編集部や遠山からのメールや電話の着信を知らせていた。 鷹藤はそれを無視し続けていた。この仕事は自分一人でやり遂げてみせる。 携帯の電源を切らないでいるのは、もしかしたら遼子からの連絡があるかもしれないとの一縷の 望みを託してのことだ。 遼子の声が聞きたかった。たった一日聞いていないだけなのに、ひどく遼子の声が恋しかった。 あの夜、鷹藤の全てを受け入れたのは、もう2度と会えないからだなんて思いたくなかった。 だが、遼子の携帯の電源はあれ以来切られたままだ。 もう、その手元に携帯はないのかもしれない。 カメラを握る手に力を込め、張り込みを始めて数時間何度もしたように、地下駐車場の出入り口に ピントを合わせる。 カメラをこんなにも重く感じたことはなかった。 写真を撮ることがこんなにも恐ろしいことだと思ったことはなかった。 耳障りな金属音に、鷹藤は手元を見た。 鷹藤の手が震えていたせいで、カメラのストラップが鳴る音だった。 鷹藤はホテルを見上げた。 もう1年近くたつのか。 永倉の野望と、名無しの権兵衛の野望が潰えた場所。 鳴海洸至の夢の終焉の地。 もしあの二人が旅立つとしたら、ここが最もふさわしい場所だ。 自分が鳴海洸至でも、ここを選んだろう。 ―――お兄ちゃんに寄り添うの。 それは洸至の思考を読み計画を阻止する意味かと思っていた。 その遼子の言葉はレトリックなどではなく、文字通りの意味だった。 名無しの権兵衛がたったひとつ望んだもの、それがもしかしたら全ての原因なのかもしれない。 名無しの権兵衛が壊したかったのは、そのたったひとつのものが手に入れられない世界だった。 それを与えることで、今度こそ兄を止めようというのか。 彼が愛して止まないものを。 それは。 駐車場から、ドイツ製の高級車が出て来た。 運転席の男が女に話しかけながら、ハンドルを握っている。 サングラスをかけているが、いかつい顎の線は鷹藤には見慣れたものだった。 助手席の女もサングラスをしているが、頬から顎の線は、常に自分の傍らに居た相棒のものだった。 鷹藤がカメラを構える。 二人は気付いていない。 二人をファインダーに収めると、鷹藤はシャッターを切った。 鷹藤はファインダーの中の相棒に語りかける。 この社会の束の間の安寧の為に、俺を守るために、あんたは犠牲になるつもりなのか。 それが全て俺への愛からだとしても、俺は受け取らない。 あんたが身をささげた結果の、ぬるま湯みたいな平和の中で俺に生き続けろというのか。 それは俺にとっては微温の地獄だ。 兄さんの望みと、あんたの望みが果たされた末の平和。 そんな平和だったら要らない。 あんたらの闇の底での暮らしと一緒に、俺が暴いて全て壊してやる。 あんたの兄さんが俺から全てを奪ったように、今度は俺があんたを奪い返す。 「望み通りにはさせない。絶対に…」 カメラから眼を離して、走り去る二人の車に向けて鷹藤は呟いた。 そして傍らに止めてあった車に乗り込むと、鷹藤は二人の車を追った。 SS一覧に戻る メインページに戻る |