CRAZY TAXI 鷹藤ver
鷹藤俊一×鳴海遼子


「だから違うって!」

鷹藤はタクシーの中で何度目かのその言葉を言った。

「史郎ちゃん、やっぱり冷たいのね」

遼子が鷹藤の首に手を廻し、その躰抱き寄せようとするが、鷹藤は必死に抵抗していた。

「俺は鷹藤だって。どうして酒に酔うたびに、遠山さんと勘違いするんだよ!」

鷹藤が憤懣やるかたないと言った感じで遼子に言った。

バックミラー越しに、運転手が神経質そうな眼を鷹藤に向ける。

「す、すいません、大きな声出しちゃって」
「いや、いいけどね、喧嘩しちゃ駄目だよ」
「喧嘩じゃないですよ、これは…」
「彼女、泣いちゃってるよ」

驚いた鷹藤が遼子の方を見ると、相棒の眼から、涙が零れ落ちている。

「ええっ」
「ひどい、史郎ちゃん…。いつも一ミリも君にその気はないとか、勘違いしてるのかとかそんなことばっかり…」
「いや、だから俺は鷹藤だって」
「いい訳ばっかり…」
「男の言い訳は見苦しいよ、兄さん」

運転手が遼子の肩を持った。

「だからそうじゃなくって」
「私が好きだって知ってるのに。そんなに私のことが嫌い?」
「嫌いじゃないって」

嫌いじゃないから鷹藤としては辛いのだ。
別に何とも思っていなかったら簡単に突き放すか、つけ込むかという行動もとれようが、
ほぼ毎日顔を合わせ、一日中一緒にいる同僚相手に下手な真似はしたくない。

少しは同僚以上の想いを抱きつつある今は。

それに遠山と誤解された上でのキスなど真っ平ごめんだった。
だから酔った遼子につけ込むことなんてできない。

「嫌いじゃなかったら、好き?」

涙でうるんだ瞳で、遼子が鷹藤を見た。

「そんな単純じゃないんだよ、この状況は」

その表情に心が揺れたが、鷹藤はなんとか踏みとどまると、ため息交じりに言った。

「何、兄さん二股でもしてるの?」

人情味あふれる親切な運転手のようだが、それがこの状況の混乱をさらに加速させた。

「そうなのね…。やっぱり美鈴さんの方がいいんだ」
「こんなきれいな彼女がいて、他にも女がいるのかい?兄さんもいい男だけどさあ、こんないい娘
泣かせちゃ駄目だよ」
「二股じゃないんだって、俺はそんなことしてないし」
「じゃあ、やっぱり私だけなんだ!」

遼子が嬉しげに鷹藤の腕に抱きついてきた。

「兄さんも最初っから素直にこの娘のこと好きだっていってやりゃあ、泣かせないで済んだじゃないの。ねえ」
「素直になって、史郎ちゃん」
「だから俺、遠山さんじゃない…っ」

鷹藤が言い終わる前に、遼子に唇を塞がれていた。
驚いて鷹藤が逃げようとするが、狭い車内に逃れる場所はなかった。
ドアを背を押し付けながら、唇を合わせていた。

運転手も驚いたようだが、ふたりの甘い時間を邪魔しないでやろうということなのか、
見て見ぬふりをしている。
そもそもそれは大きな誤解なのだが。

遼子の酒臭い唇が強く鷹藤の唇に押し付けられていた。ついばむでもなく、舌を入れる発想など
そもそもないキスだ。
…なんて不器用なキスだ。
何にも知らないんだ。つまり、キスも男も…。

鷹藤の中で、己の想いと欲望が合致した。
誰にも取られたくない。最初に遼子に教えるのは自分でいたい。
背に手を廻し、密着する程強く抱きしめた。
遼子の頬にも手を這わせながら、鷹藤は遼子の唇をついばみ始めた。
遼子も鷹藤の唇を同じようについばむ。

タクシーの車内で、運転手の前で、しかも酔っぱらって相手を誤解している相棒に向かって鷹藤は
自分の想いを告げるように口づけていた。

遼子の口元が喜びでふっと緩んだような気がした。
わずかに開いた唇に、鷹藤は舌を潜り込ませた。
遼子の動きが止まる。不意打ちに訪れた鷹藤の舌に戸惑っているようだった。
鷹藤が湿った音を立てながら、唇を離した。

「大丈夫だから、俺に任せてくれる…?」
「うん…」

もう一度口づける。
そして舌をまた遼子の唇の間へ送り込む。
今度は遼子の舌も鷹藤の舌を迎えていた。遼子の唇と、鷹藤の唇の境界で、二人の舌が絡みあう。
好きだ、好きだ…。
想いを口に出す代わりに、舌に乗せて絡め合う。唾液がそれを媒介する。
離れがたい想いを示すように、二人は強く強く抱き合いながらキスをした。

遼子がこの夢から目醒めるように鷹藤はキスをし続けた。
目醒めて誰がキスをしているか気付いてほしかった。
だが、遼子は夢から醒めることなく遠山との甘い夢を見ながらキスをしていた。
溶け合いながら、すれ違い続けるこのキスで鷹藤の方が泣きたくなる。
それでも、鷹藤はそうすることを止められないでいた。


「行き先、変えなくていいのかい?」

運転手が意外そうに言った。
車内であれだけ盛り上がっておいて、そのまま家に帰すとは思わなかったらしい。

「今日はちゃんと送っていきますから、待っていてください」

鷹藤はそう言い残し、遼子の背に手を廻しながらアパートの階段を昇る。
遼子はあの後、口づけをしながら、微笑んで眠ってしまった。
幸せな誤解をして、束の間の幸せな夢を見ているのだろう。
相棒の寝顔を見て、鷹藤の胸が苦しくなる。

もう遠山の役なんて御免だ。

そう思いながら遼子の部屋の鍵を開けようとした時。
遼子の家の玄関の扉が開いた。

「鷹藤くんじゃないか」
「あ、鳴海さん。こんばんは。あの、コイツよっぱらっちゃって」
「すまないな。送ってくれたのか」

鷹藤が遼子を洸至に渡すと、洸至はこともなげに抱き上げた。

「力ありますね…」
「警察は肉体労働なんだよ」

遼子の洋服に乱れが無いかざっと目を走らせてた後、鷹藤を見た。
鷹藤の髪が乱れているのを見て、洸至が眼を細めた。

「どうしたんだ、その髪」
「あ、いや、その」
「遼子も酒癖が悪いからな。絡み酒の日か、今日は。送ってくれた鷹藤くんに絡むなんて、良くないぞぉ、遼子」

洸至の腕の中の遼子が一言、史郎ちゃん…、とだけ言った。

「…大変だったな、鷹藤くん。だが、こいつに代わって礼を言うよ。ありがとう」

洸至が心から同情したように言った。
だが遼子の誤解につけ込んださっきの行為が脳裏によぎり、鷹藤は顔を赤らめた。

「すいません、じゃ、よろしくお願いします」

鷹藤はそう言ってドアを閉めた。

「兄さん、紳士だねえ。感心したよ」

運転手がミラー越しに鷹藤を見て言った。

「紳士ってわけじゃ…」

説明するのが面倒くさくなって、鷹藤はそのあと続けるのをやめた。
俺を相手にしていた女だったらもう離さないさ。
キスをしていたのは俺だけど、あいつが見ていたのは俺じゃないんだ。

「何やってるんだ。俺は」

頭を抱え、鷹藤は言った。

明日からどんな顔をしてあいつ見たらいいんだ。唇に残る遼子の唇の感触。
甘い筈の記憶は、逆に鷹藤を苦しめる。一方通行の記憶を俺だけ抱えて何になる。
…帰ったら飲み直そう。酒を飲んでこの甘い記憶を洗い流そう。
そして、また何事もなかったように明日から同僚のふりをしよう。

俺が教えたキスを、あいつがしてくれる日がいつかくればいいが。
それまで続く煉獄の様な日々を思って、鷹藤はため息を吐いた。






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