60 Miles an Hour 遼子編
鷹藤俊一×鳴海遼子


遼子が眼を醒まし、最初に目に飛び込んできたのは、車の室内灯だった。
口元に鈍痛。胃のあたりが重く、吐き気がこみ上げる。
遼子がいるのはワンボックスカーのようだ。座席はなく、運転席の後ろは全て荷台となっている。
遼子はその中央に横たえられていた。
周りに目をめぐらす。遼子の頭のあたりに男がひとり。足元に男が二人。足元にいるひとりは短髪で細身、
もうひとりは筋肉で固太りしたように見えるニット帽の男だった。
ニット帽の男の隣に口にガムテープを張られ、殴られたのか、右の眼元が蒼く腫れた鷹藤がいた。

「ああ、そうだ。鍵は無事回収した。ホテルにサツ風の男が来てたんで慌てたが、関係なかったようだ。
焦って押し入ったせいで、余計な荷物が二つ増えた。しかしこいつらも鍵のことを知っている。
鍵を持って慌てて部屋を出ようとしていた。そこに連れて行くから、何か知らないか吐かせてくれ。もう少しで着く」

抑揚のない声だった。遼子の足元にいる、短髪をハリネズミのように立てた細身の男が携帯で話していた。

「起きたか」

携帯をしまうと男は遼子に声をかけた。

「何よあなたたち!」
「お前らこそ誰だ。何故鍵に気付いた」

男が目を細め遼子の顔を覗きこむ。

「何故って、たまたまドレッサーの下に目をやったら見えただけよ!ただそれだけなのに攫うなんて!
わたしたちを帰しなさいよ!」

状況を省みない遼子の威勢のよさに、鷹藤が首を振る。これ以上刺激するな、とジェスチャーで遼子に必死で
伝えてるが、遼子は止まらなかった。

「鍵ひとつで、わたしたちを拉致するなんておかしいじゃない」

男たちを刺激して、言葉を促そうとしていた。

「その鍵ひとつで何千万もの金が動くとしてもか」
「え…」
「演技だとしたら上出来だな。まあいい。これから行く場所でお前らにいろいろな方法で話を聞くことに
なるからな」
「どういうこと…」

「俺の知り合いの話だ。馴染みになった風俗の女に、寝物語でちょっとした商売の秘密を教えてやった。
簡単に言えば大口の取引の話だ。その女には小さな息子がいた。金がない女は引き取ることが
できずにずっと離れ離れだ。女は血迷った。取引の金をうまいことすり替えた。ヤバい金の上前を跳ねた。
そしてあるコインロッカーに隠した。だが追手が迫っている。女は適当な客を捉まえて、とあるホテルに
入った。そしてその部屋に鍵を隠した…」
「それがまさか…」

男がふっと笑った。

「お前らが関係してようが、無関係だろうがもうどうでもいい。知ってしまった以上はこのまま帰すわけに
いかないってことだ」
「最初っから帰す気なんてなかったのね」
「帰す気あったら拉致らねえよ」

鷹藤の隣で煙草をふかしていた黒のニット帽をかぶった男が笑った。

「その女だがな、あのホテルに隠したことを吐いたのは足の指が二本だけになってからだとさ」

その言葉に鷹藤が顔色を無くした。遼子を気遣うような視線を寄こす。

「お前らも知ってること吐いてもらうのに、いろいろ試すことになりそうだ。今のうち休んでおけ」

細身の男が言った。

「その前にこの女いただいてもいいだろ」

遼子の頭のあたりにいたスキンヘッドの男がすり寄ってきた。

「ああ、好きにしろ」

細身の男が興味なさそうに言うと、煙草に火を点けた。
スキンヘッドの男が遼子の両手を抑えるとニット帽の男が遼子の足元にやってきた。

「いや、やめてよ!」
「おい、この女、下着はいてねえ。丸見えだ」

スキンヘッドの男が涎を垂らしながら言った。その下卑た笑みに遼子の全身に鳥肌が立つ。
ニット帽の男が遼子の太ももの上で芋虫のような指を蠢かせた時、傍らにいた鷹藤が狂ったように暴れ始めた。
叫ぼうにもガムテープが声を封じ、後ろ手に縛られているので躰を揺することしかできなくても鷹藤は暴れた。
すかさずスキンヘッドの男が腹に拳をめりこませる。

両手が自由になった隙を見逃さず、遼子がワゴン車のスライドドアのロックを解き、ドアを開けた。
真冬の冷気が一気に遼子の躰を冷やす。
胸が悪くなるような男の臭気が籠った車内に新鮮な空気が入り、遼子は寒さより心地よさを感じていた。
躊躇している暇はなかった。かなり危険な方法だが、鷹藤を助けるとしたらこれしかない。
スライドドアの前に座る、戒められたままの鷹藤の躰を押す。
二人の眼があった。鷹藤の眼が何故だと訴えていた。

―――好きだからに決まってるでしょ、鷹藤くん。

「鷹藤くん、逃げて!」

車外に放りだされた鷹藤に声をかけるが聞えただろうか。
後続の車が、突然車から落ちてきた鷹藤に驚き、急ブレーキをかけた。
遼子も飛びだそうとしたが、スキンヘッドの男の手が、遼子の襟元を掴む。
代わりにニット帽の男が身を乗り出して、鷹藤を見る。

「後ろの車の運転手に保護されちまった」

ニット帽の男がドアを閉めた。そして遼子に頬を打った。男からすれば軽く打っただけのようだが、
遼子の躰がスライドドアの反対側の窓まで吹き飛んだ。

「仕方がないな。この女は解体部屋で急いで始末しよう。全く、ややこしくしてくれるよお前は」

短髪の男が携帯でメールをしながら面倒くさそうに言った。
解体部屋。その言葉の意味するところを察知して、遼子の背筋を冷たいものが走る。

「命がけで彼氏を守るんだから、見上げた女だよ」

ニット帽の男がぬらぬらと眼を光らせ遼子を見ていた。

「見上げた女だけど、ノーパンでナースの服着てんだから笑えるよな。あの世に行く前にいい思いさせてやるよ」

ニット帽の男が遼子を押し倒すと、股関節が痛くなるほど両足を開かせた。

「奥まで丸見えだ。おいおい、大事なところから、さっきの男のザーメン出てるぜ」
「や、やめてよ!」

隠そうとした手を、スキンヘッドの男のゴツゴツとした手が捉えた。
もう足を閉じることも、隠すこともままならない。
腰をよじるが、男たちの視線は遼子の太ももの付け根に釘付けとなったままだ。
ニット帽の男の太い指が、遼子の亀裂をなぞる。
指先のザラザラした感覚のおぞましさに、遼子の全身が粟立った。

「見ろよ。濡れてんのか、ザーメンかわからねえけど、トロトロだぜ。この女。すぐ挿れられそうだ」

スキンヘッドの男がニット帽の男と眼を合わせて、情欲に満ちた顔を歪ませた。
眼の前で展開されている光景にも細身の男は眉ひとつ動かさず、退屈そうに煙草を吸っていた。

ニット帽の男がジャージを降ろすと、腹につく程に反り返ったものが姿を現した。
根元にはおびただしい数の異様な突起がついている。
突起がランダムに配置されたさまは、人口的に作り出された皮膚病のようだ。

あまりのグロテスクさに遼子は吐き気をもよおした。

「さっきまであの兄ちゃんの挿れてたんだろ。俺のはそれよりいいぜ。見てわかるだろ、真珠入りだからな。
最初厭がっても、すぐにひいひい泣くぜ、あんたも」
「いや、いやあああ!やめてよ!あんたのなんか厭よ!」

暴れようにも、ニット帽の男が遼子の足をがっちりと掴んでいるので、背をのけぞらせ、腰をひねることくらいしかできない。

「こうじゃないとな。女犯る時は、少しくらい暴れねえと面白みがねえから」

遼子の反抗は、男たちの情欲を嗜虐心をくすぐり、欲望をたぎらせただけだった。
今度は遼子の顎をスキンヘッドの男が人とは思えぬほどの力で抑える。
頬に男の指がめりこむ。

「叫んだって誰も助けに来ねえって。諦めて、俺のも咥えてくれよ」

遼子の顔のすぐ横に、スキンヘッドの男のものが差しだされていた。
子供の腕ほどの太さのものが遼子の口元へ寄せられた。

「んんんっ」

遼子が必死で口を閉じる。
汗とアンモニアが混じり合い発酵した臭気をまき散らしながら、男の巨大なものが遼子の鼻先でちらつく。
顎を抑えていた手をはずすと、男は遼子の鼻をつまんだ。息が出来なくなったが、遼子はこらえた。
口を開けたら、男のものが口に突きいれられる。遼子は必死に耐えた。
だが、それにも限界はやってくる。
空気を求めて遼子が口を開いた時、男のものが口に入れられた。

「んんっ、んぐっ!」

汗臭く、すえた男の匂い。吐き気がこみ上げる。

「そっちも始めたんなら、こっちも始めるか。すぐ気持ち良くしてやるからよ」

遼子の片脚を高々と掲げると、ニット帽の男がグロテスクなものを遼子の亀裂にあてがった。
粘着質にチャンスに食い下がり、諦めなかった遼子の前にいま絶望が訪れようとしていた。
眼に涙を浮かべ、絶望の中、遼子はかつて自分を支え続けた大きな背中を求めていた。

…おにい…ちゃん…。

その時、猛り狂った獣の咆哮が聞こえた気がした。
そして、激しい衝撃で車が揺れた。






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