60 Miles an Hour 洸至編
鷹藤俊一×鳴海遼子


フロントの男から聞いた言葉に洸至は衝撃を受け、よろめきつつホテルを後にした。

コスプレ。
セーラー服、ナース服、ストッキングプレイ、セーラー服、ナース服、ストッキング…。

遼子がしたとおぼしきプレイが頭の中でこだまする。
悲しみで洸至の足元がふらつく。それなのに遼子のコスプレ姿が洸至の頭を占めていた。
手塩にかけて育てた、慈しみ守り育てた、あの華のように美しい遼子が鷹藤とそんなことをするようになるとは。
涙ぐみそうになった時、洸至は自分に向けられている視線を感じた。
公安ならこんなあからさまな視線は送らない。警察か。
素知らぬふりをして、よろめきながら道を歩く。

チラチラと向けられる視線は、警察官の張り付くような視線とも違う。洸至はぶらぶらと歩いて行った。
しばらく歩いたところで、その視線を感じなくなってから、洸至は視線の主を探して元の場所に戻った。
遼子のいるホテルの傍に、スモークを張ったワンボックス車―――ハイエースが停まっている。
少し離れた場所から、ニット帽をかぶった男と、スキンヘッドの男がホテルの出入り口を窺っていた。
全身黒ずくめ、いかつい背中からは暴力の匂いがした。裏社会の人間のようだ。
それが遼子のいるホテルに何の用だ…。
胸騒ぎがした。

洸至は携帯を取り出し、馴染みの情報屋に電話かけた。

「俺だ。少し教えて欲しいことがある…」

情報屋によると、シャブがらみのトラブルが起きているようだった。
そして血眼になってあるものを探しているらしい。
その為には手段を選ばない種類の人間達が群れとなり、この街を這いまわっている。
埠頭にある解体部屋―――拷問の為の部屋がフル回転だと情報屋は言った。

洸至が通話を終えると、ハイエースから、長身で細身の男が降りてきた。

3人でラブホテルの門をくぐる。
洸至の胸に滲むように厭な予感が拡がっていく。
しばらくすると、ぐったりした様子の遼子と鷹藤がスキンヘッドとニット帽の男に担がれ、ハイエースに乗せられた。
それから車が走り出した。

洸至は近くに停めていた自分の車―――ポルシェに乗り込むと、その後を追った。

眼が眩むほどまばゆい都心を抜けると、ハイエースは埠頭の倉庫街へ行く道へ入った。
ここでは街灯がまばらになり、まだ夜は夜らしく、闇の領域となる。
洸至は気付かれないように、間に車を2台挟みながら慎重に尾行していた。
車の中で始末することはないはずだ。ラブホテルから攫われた時、肩に担がれた遼子が微かに動いたのが見えた。
まだ生きている。
埠頭に着く前に、片を付ける。
だが洸至の神経が焦燥のあまり耳触りな音を立てていた。

倉庫街へ近づくと、車もまばらになり、走っているのはハイエースと洸至の乗るポルシェだけだ。
突然、ハイエースのスライドドアが開いた。
鷹藤が放り出される。アクセルを踏んで轢いてしまおうかと思ったが、瞬時に頭を切り替え急ブレーキを
踏みつつ、ハンドルを捌いて鷹藤を避ける。
洸至は車から飛び出すと、鷹藤の元へと駈けよった。

ガムテープで後ろ手に縛られ、口にもガムテープが張ってある鷹藤はまるで芋虫だ。
さっきのプレイの内容を思い出し、洸至はガムテープに手をかけると憎しみを籠めて一気にはがした。

「動けるか」

鷹藤に声をかける。
額が切れ、血がとめどなく流れているが動けるようだ。心配はないように見えた。

「俺の車に乗れ」

洸至は鷹藤の腕を取り自分の車へと促した。

「あいつが、俺の彼女が攫われたんだ…。助けないと」

彼女。違う俺の遼子だ…、という言葉が喉まで出かかるが、洸至はかろうじてこらえた。

「彼女か…。手伝おう。乗れ」

平静を装って鷹藤に声をかける。
グローブボックスからナイフを取り出すと、洸至はナイフを鷹藤の首筋に当てかけた。
洸至の脳裏に遼子の悲しげな顔が浮かぶ。
結局洸至は鷹藤を縛るガムテープを切った。
ポケットからハンカチを取り出し、額の傷にあてる。

「そこは切れただけのようだな。さあ、行くぞ鷹藤くん」

驚いた鷹藤が洸至を見た。
エンジンが唸り、洸至の車が疾走する。

倉庫街へ入る前の直線道路。
両脇にはガードレール。仕掛けるには最適の場所だ。

「まさか…。いや、やっぱり生きてたんですか。いままでどうしてたんですか」

鷹藤の問いかけを洸至は無視した。今は過去を語る時間などない。それに鷹藤に教えてやる義理もない。

「車に乗っている敵の数を教えてくれ。倉庫に入れば敵が増える。ここらへんで片をつける。
鷹藤君にも手伝ってもらうかもしれない。いいか」

額の血を洸至のハンカチで抑えながら鷹藤が肯く。

「中にいるのは運転手と、後部に3人います。全員素人じゃない。このままだとアイツが…」

そう言いながら左肩が痛むのか、鷹藤が顔をしかめた。

「わかった。だが、どうしてあんな男たちが遼子を拉致するんだ。また取材でヤバいことに首を突っ込んだのか」
「違いますよ。たまたま入ったラブホテルの部屋に、ヤバいものが隠してあってそれを取り返しに来たやつらが
いきなり部屋に入ってきて、それで」
「まったく…。事件を引き寄せる体質なのかな、遼子は。部屋で一体何をしていたんだ?君たちは」
「それより、あいつを助けないと」
「もしかしたら事件と関係しているかもしれない。教えてくれ、鷹藤くん」

関係している訳がない。ただの好奇心だった。

「いや、それはその…」
「取材で入ったのか」
「たまたまプライベートで」
「何か特別なことでもしたのか?そのせいかもしれない」
「別に…。コスプレしたくらいで…」
「コスプレ?だから遼子は看護婦の姿だったのか」
「す、すいません…それより、アイツ、まだ下着穿いてないんです。このままだとアイツあの車の中のやつらに」
「下着…」

洸至の眼の奥が赤くなる。躰中をアドレナリンが駈けめぐる。
これは怒りなのか。違う。身を焦がすような嫉妬と羨望だった。

ノーパンの遼子と看護婦プレイ…!

洸至は流れるようにシフトレバーとクラッチを操作し、アクセルを床につく程に、踏み込んだ。

「鷹藤くん、シートベルトをするんだ!」

鷹藤への嫉妬と羨望をすべて怒りへと変え、洸至はハイエースを追い詰める。
排気ガスをまき散らしながら300馬力のエンジンが咆哮する。洸至と同様に生贄を求めて猛り狂う。
洸至はポルシェの鼻づらをハイエースの右後部にめり込ませた。

激しい衝撃。
だがその衝撃を受けながら洸至は笑みを浮かべていた。
洸至は狂気に近い想いを全て暴力に変え、吐き出す快感に包まれていた。

金属質の悲鳴をあげ、ハイエースがガードレールに押しつけられる。
ハイエースのスピードが落ちるが、運転手はアクセルをベタ踏みしているらしく、断末魔の叫びを上げながら
ハイエースは疾走する。

「鷹藤くん、ハンドル頼む」

洸至は運転席の窓を開けると、身を乗り出し銃を構えた。
シートベルトを外した鷹藤が慌ててハンドルを握る。

冬の風が洸至の身を切る。だが洸至は躰に充ちるアドレナリンのせいで恐怖も寒さも感じていなかった。
後部タイヤを狙う。2発ずつ撃ちこむ。ハイエースのタイヤがバーストした。
前輪だけではスピードは出ない。ポルシェに側面を押さえつけられ、ハイエースのスピードが徐々に
落ちていく。

「グローブボックスに銃がある。君は一度使ったことがあるから使い方はわかるな。間違っても俺と遼子は
撃つんじゃないぞ。車が止まったら、俺の車を盾にして銃を構えろ」

鷹藤がグローブボックスからベレッタを取りだした。銃を握ると、意を決したように洸至を見る。
洸至がハンドルを切り、ポルシェをハイエースに思いっきり押しつけた。
また耳障りな音を立てて、火花を散らしながらハイエースの塗装とスピードが落ちていく。

運転席から銃を持った手が現れた。乾いた発射音。ポルシェのフロントガラスが一瞬で白に変わる。
一発の銃弾で作られたヒビが、フロントガラス全体を覆っていた。
洸至は隣の鷹藤をチラッと見た。身をすくめてはいるが、残念ながら当たっていないようだった。
銃のグリップでガラスを叩き割ると、洸至は見晴らしが良くなり、12月の風が吹き付けるフロントから躊躇なく撃つ。
運転手の肩から赤い飛沫が散る。ハイエースのフロントガラスが赤く染まる。
気を失った運転手がブレーキを踏んだらしい。
ガラスに爪を立てるような音をたて、道路上で反回転し、スライドドアをこちらにむける形でようやくハイエース
が止まった。
ハイエースの手前にポルシェを止めた。

「鷹藤くん、頼んだぞ!」

洸至がポルシェを飛びだし、ハイエース後部にまわる。
ハイエースのスライドドアが勢い良く開いた音が聞こえた。

「うらあああ!!!」

ハイエースから男の叫び声。銃を構えた鷹藤のところへ銃弾の雨が降る。
鷹藤がいい囮になってくれていた。鷹藤はポルシェのドアに隠れながら弾丸の雨に晒されていた。

ハイエースの後部ドアに手をかけると、洸至が一気に開ける。
洸至の正面にナース服姿の遼子がいた。口からは血が流れている。
遼子は暴れ、スキンヘッドの男に抑えつけられようとしていた。
洸至は反射的に、男の頭に銃弾をぶち込んだ。

不意打ちに驚いた様子のニット帽の男が、鷹藤に向けていた銃を洸至に向ける。
細身の男の眼が驚きで見開かれ、口から煙草が落ちる。男が胸元に手を入れた。
洸至が、遼子以外の車内の人間全てに銃弾を叩きこむ。狭い車内に轟音が響く。
残弾が尽きた。素早くリロードし構える。

ハイエースの車内に、硝煙と血の匂いと、うめき声が充満する。
細身の男が口から血を吐きながら苦笑いしていた。まだ息があるようだ。洸至が男に銃口を向けた。
男は胸元から携帯電話を出したが、それは手から滑り落ちた。

「仲間を囮につかったのかよ。いい性格だな、あんた」
「あいつなら、お前らに撃たれても良かったんでな」

本心に近い言葉だった。洸至が男の携帯を手に取る。発信しようとしたが、洸至に撃たれてできなかったようだ。
細身の男が喘ぎながら言う。

「俺らに手を出して、ただで済むと思うか…お前ら全員東京湾で魚礁になるぞ…」
「お前らの組織こそ、俺たちに手を出してただで済むと思うと?」

何を言っているのかわからないといった顔で、死にかけた男が洸至を見た。
その男の傍に洸至がかがむ。

「お前らが手を出したのは『名無しの権兵衛』の妹だよ。そして俺がその『名無しの権兵衛』だ。
手を出しちゃいけない相手に手を出したのはお前らだ。あらゆる手を使ってこの落し前はつけてもらう。
この携帯でいろいろわかりそうだな…お前らの組織はおしまいだよ」

洸至の昏く冷たい目で見据えられながら、細身の男が乾いた笑い声を上げた。
そしてそのまま動かなくなった。

「お兄ちゃん…」

ナース服姿の遼子が洸至を見る。髪は乱れ、口元に殴られた跡。だがやはり妹は美しかった。
ジャケットを脱ぎ、妹にかける。洸至は遼子を抱きかかえると、濃厚な血の匂いが漂う車内から二人で出た。

「夢じゃないんだ…。わたし、さっきお兄ちゃんに助けてって言ったのよ。そうしたら本当にお兄ちゃんが
助けに来てくれるなんて」

洸至の胸に遼子が顔をうずめた。シャツ越しに、遼子の涙と温もりを感じた。その髪をそっと撫でる。
硝煙の匂いも遼子の甘い匂いは消せないようだった。洸至は、遼子の匂いを久々に胸一杯に吸い込んだ。

「何もされてないか?怪我してるじゃないか」
「変なことされそうになった時、お兄ちゃんが車をぶつけてくれたから…。それとね、これは違うの…」

言い淀んだ遼子の視線の先には、スキンヘッドの男のズボンからだらしなく出ているしなびたものがあった。
付け根に血が滲んでいる。

「そうか」

洸至が遼子を降ろすと、ジャケットの前を合わせてやり、遼子のナース服とはだけた胸元を隠した。

「すごい恰好だ。ちゃんと隠せよ」

遼子が顔を赤らめた。
鷹藤が駆け寄ってきた。

「鷹藤くん…」
「大丈夫か…」

遼子が洸至の腕の中から、鷹藤の元へと行く。
鷹藤が片手で遼子を抱きとめた。

「痛ってえ!」

鷹藤は痛みに顔をしかめるが、口元は笑っていた。

「大丈夫?鷹藤くん。もしかしてあの時」
「あんたに車から放り出された時の怪我。大したことねえから気にすんな。それより」

遼子の頬を怪我していない方の手で鷹藤が包む。

「俺を助けるために無茶すんな。俺だけ助かったって、嬉しくとも何ともねえんだからな」
「うん…だけど鷹藤くんだけでも助けたかったの…」
「わかってる。だからもう無茶すんな」
「うん」

抱き合う二人を洸至はぼんやりと見ていた。

俺がどうあがいても、兄妹でしかいられないんだな、俺たちは。
どれ程尽くしても愛しても、結局は省みられない不毛さに溜息を吐くと、車が動くか確認するため洸至は
歩きだした。

遼子が鷹藤の腕の中から叫ぶ。

「お兄ちゃん行かないで!」

遼子の悲しげな声が響く。
その時だった。

「動くな」
「鷹藤くん駄目よ!やめて!」

鷹藤が銃を構えて、洸至に向けていた。

「銃は殺したい相手にだけ向けるものだぞ。鷹藤くん」

洸至が振り向き鷹藤を見た。オレンジ色の街灯に照らされ、鷹藤の手の中の銃が鈍く光る。

「殺したい訳じゃない。でも止めるにはこれしかない。あんたは自首して、それで罪償って妹の傍にいるべきだと思う」
「で、塀の中で吊るされろと?」
「裁判してみなきゃわからないだろ。父親に虐待されてたことで情状酌量されるかもしれない」

無視して歩きだそうとした洸至の耳に、鷹藤が撃鉄をあげる音が入った。

「撃つなら撃てばいい。俺はお前にとって仇だからな。撃たれても異存はないさ」

「鷹藤くんやめて!お兄ちゃんが助けてくれたのに!」
「俺はあんたを憎んでないし恨んでない。ただ…裏切られたのは悲しかった。嵌められてさ、罪をなすり
つけられて…。あんたのこと、兄貴っぽく思ってた時もあったんだぜ。今度は遠くに行かないでこっちの
世界にいてくれよ」

まったく。

だから鷹藤が殺せなかった。
遼子と鷹藤が近づきつつあるのを感じた時、洸至は焦燥と嫉妬にかられ全力でそれを阻止しようとした。
だが、殺すという選択肢はその中にはなかった。罠に嵌め、陥れても、その命を取ろうとは思わなかった。
これがもし遠山や片山だったら、即座に命を奪っていただろう。

どうも憎めないのだ。この男は。

自分がこの男の家族全てを奪った負い目もあったのかもしれない。
だがそれだけではなかった。遼子と鷹藤の保護者のような立場でいるのも悪くないと思う時もあった。

「動くなよ。撃つぞ」

洸至は鷹藤の言葉を無視して歩き始めた。
ポルシェのエンジン音からすると、まだ走れそうだ。
運転席に散らばったガラスを取り除けると、洸至が座った。車に遼子が駆け寄ってきた。
遼子がドア越しに洸至に手を伸ばす。その手を洸至が掴んだ。

「一緒に行こう、遼子」

「お兄ちゃんこそ、こっちにいて。何とかする方法考えようよ、罪を償ってそして…」

それが夢物語にしか過ぎないことは妹の悲しげな眼が語っていた。
裁判を受ければ、どうあっても死刑は免れないことをお互い良く判っている。

「鷹藤くん。俺が素人同然の君に、銃をそのまま渡すと思うか?」
「何だって…」
「弾倉は空だよ。君を囮に使ったんだよ。遼子のこと頼むぞ」
「そりゃないだろ。待てって、行くなって」

追いすがる遼子に怪我をさせないようにゆるゆると車は走り出す。
遼子の手が離れた。寂しげな顔。これが妹を間近にみる最後になるだろうか。
いつも俺は遼子のこんな顔しか見ていない気がする。

―――それも全て俺のせいか。

二人がポルシェに辿りつく前に、洸至はアクセルを踏み走り出した。

サイドミラーに走る二人の姿が映る。
ずっと見ていたかった。だが、見ていたらそこに留まってしまいそうで、洸至は眼を前方に移すとそれを
見ないようにした。

あの二人のいる世界に、居場所がない。そのことを改めて思い知らされる。
本物の家族を殺した時より、いま二人と別れた時の方が、洸至は心が千切れるような思いがしていた。
フロントガラスがないので、12月の凍るような風が車内を吹き抜ける。
視界が滲むのは、吹き付ける風のせいで眼が乾いたからだ。
眼から噴き出る熱いものを押し戻すようにして拭うと、洸至は想いを振り切る為にスピードを上げた。






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