夜に渇く
鳴海洸至×巻瀬美鈴


洸至が風呂から出ると、消えていたはずの遼子の部屋の電気がついていた。
数十分前に洸至がアパートに戻り、護衛として部屋に居た片山を家に帰した時には、
遼子の部屋に居る巻瀬美鈴はもう寝ているようだったのだが。
洸至は時計を見た。
時計は2時を指している。

「洸至さん、おかえりなさい」

遼子の部屋の引き戸が開いた。
暗がりから、パジャマ姿の美鈴が姿を現した。
パジャマといっても色気のかけらもない遼子のものとは違い、体のラインがわかるようなデザインの
パーカーとスウェットの組み合わせのものだ。
パーカーのジッパーが下げられていて、そこから胸の谷間がほんの少し覗いていた。

男の視線を吸いつける術を心得ている、美鈴らしい服だった。
片山が鳴海家でパジャマ姿の美鈴を見た時、最初その眼はさまよっていたが、美鈴の視線がないところでは、片山がその体の線を眼で辿っていたのを洸至は見たことがある。

「どうかしましたか」
「眠りたいのにどうしても眠れなくて。そうしたら喉が渇いてきちゃって」

美鈴は洸至の前を横切り、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲んだ。
横切った時、洸至や遼子と同じシャンプーの匂いと、それとは違う乾いた花のような匂いがした。
甘くはないのに、男の心をくすぐる匂いだった。

「自分の家じゃないから、落ち着きませんよね」
「そんなことないですよ。いつもは遼子さんが傍にいて、話し相手になってくれるから眠れたけど、
今日はひとりだから眠れなくて」
「少し付き合いましょうか」
「居候している上に洸至さんにまで甘えてしまって。甘え過ぎだわ、わたし」
「自分の家だと思ってゆっくりしてください。色々ありましたからね、落ち着かないのは仕方ないですよ」
「…こんな雨の日にも取材なんてついてないですね、遼子さんも。でも遼子さんは鷹藤君と一緒だから
大丈夫だろうけど」

水を手にしながら窓際に行った美鈴が、カーテンを細く開けると窓の外を見ながら言った。
洸至の胸をチリチリと音を立てて何かが苛む。

「そうですね」

今頃遼子は鷹藤とどこかで張り込みをしながら、狭い車内に二人きりでいるのか。

遼子は今晩帰れなさそうだと電話してきた。
名無しの権兵衛や地球党だけじゃなく、部数の為にまだ芸能人のスキャンダルまで追わなきゃ
いけないなんて。
疲労を滲ませた声で遼子が言った向こうから、鷹藤が遼子を呼ぶ声がした。
それから二言三言交わした後、妹との電話は終わった。

カーテンの向こうから、叩きつけるような雨の音が響く。

けぶる様な雨に閉ざされた車内に鷹藤と遼子が二人。
洸至の思惑通り、ある時点までは、遼子の中に鷹藤を疑う心があったはずだ。
だが、今、遼子はどれほど洸至が疑惑をちらつかせても、鷹藤を信じているように見えた。
どれ程不利な証拠が出てこようとも鷹藤を信じようとしていた。
洸至には、二人の間で何かが変わったように思えた。

―――昏く、息苦しいような思いが洸至を捉えていた。

「遼子さんが羨ましいわ」

美鈴の声が、洸至をそこから引き戻した。

「遼子が?」
「そう。鷹藤君とお兄さん、ふたりにしっかり守ってもらっているもの。
わたしなんて、守られていると思っていたら騙されてたり、結局その人も騙されてて傷ついて…。
他人をあてにしちゃダメってことかしら」

美鈴が寂しげに笑った。

「俺には、鷹藤君は遼子に巻き込まれているだけのようにも見えるよ」

洸至が冗談めかしてそう言うと、美鈴の表情が緩んだ。

「でも洸至さんは違いますよね」
「俺が?」
「遼子さんを危険な目に遭わせないように、いつもしっかり守ってるじゃないですか。
わたしも、遼子さんのように誰かに守ってもらえたら、こんな理不尽なことに遭わないでいられたのかも」

洸至にとって、子供の頃から理不尽なことは家庭の中にあった。
理不尽な暴力、差別、そしてもっとも理不尽なことは両親の愛の全てが何も知らない遼子へとだけ
向けられたことだった。
だから、他人の人生が理不尽なことに巻き込まれても、理不尽に誰かが死ぬことになっても、
洸至にとっては何の違和感もない。
だが、この女にとって人生とはそういうものではなかったのだろう。

「いまだけでも、忘れたいの」
「…何を」
「洸至さんは怖くないですか。わたしは怖い。ずっと普通の日常が続くと思ってたら、
いきなり全てが様変わりするようなことの連続で、明日がどうなるかもわからないような気が
する時があるんです。
信じていた人も信じられなくなって。…特にこんな夜は。怖くて怖くて…」

美鈴の目が洸至に据えられた。

「せめていまだけでも、忘れたいの。洸至さんはないの?どうにかして忘れたいこと」

ないと言えば嘘になる。
今、洸至が抱えているこの想い。

それは子供の頃、うらやみ、疎ましく思っていた相手を仕方なしに守るうちにいつの間にか育っていた。
本当に運命は理不尽だ。
洸至から全てを奪い、洸至に全てを奪われた相手に今度は心まで奪われるように仕向けるとは。
この想いは大詰めを迎えた洸至の計画の邪魔になるような気がしている。
遼子が洸至の犯した罪全てを知った時、その時こそ洸至はこの想い全てをぶちまける資格を得られるような
気がしていた。
それをひどく恐れながら、洸至は心のどこかでそれを待ち望んでいる。
だがその想いに絡め取られたら、計画も、これまで築きあげたものも全てが終わる。

気付くと、美鈴の顔が洸至の目の前にあった。

「洸至さんもあるなら、今だけでも忘れましょうよ」

美鈴の腕が洸至の首に廻された。

「巻瀬さん…?」

洸至の肋骨のあたり感じる、美鈴の柔らかなふくらみを押しつぶすようにして、二人の体が密着する。

「そんな風にして忘れられたとしても、束の間ですよ」

洸至が熱のこもらない目で美鈴を見た。
同じ様な冷めた目で美鈴も洸至を見る。
お互いに欲しいのは眼の前にいる相手ではない。
乾ききった心が求めるのは、束の間の快楽と束の間のぬくもりか。

「それでもいいの」

この女と俺とはこの面においては全く同類なんだな。
美鈴の背に手を回すと、洸至が美鈴に唇を寄せた。

渇いているはずの美鈴の舌が濡れている。
舌を絡め合いながら、美鈴の服を脱がせる。美鈴は恥じらうことなく洸至に身を任せ、
洸至のTシャツの下に手を這わせながら、筋肉の感触を愉しんでいるようだった。
二人はもつれるようにして洸至のベッドに倒れこんだ。

洸至は美鈴のパーカーの前をはだけさせると、キャミソールの下のふくらみを下からゆっくりともみあげる。
か細く見える体のラインだが、滑らかな肌は誘う様に吸いつき、乳房のふくらみは柔らかく
掌から零れるほど豊かだった。

「んっ」

乳房の先を指ではじくようにして更に刺激をあたえると、美鈴が声を漏らし、洸至を見て微笑んだ。
洸至も了解したように微笑むと、乳房に吸いつきながらスウェットの中に手を入れた。
もう、下着が意味をなさぬ程濡れて蜜が染みていた。
すぐに亀裂の中に指を二本差し込む。待ち受けていたように、そこはすんなりと洸至の指を受け入れた。
親指でクリトリスを撫でる。美鈴の息が上がる。
指を蠢かし続ける。美鈴から押し殺したような声が漏れる。

洸至も、美鈴も焦らすような真似は必要ない。
ただお互いを昂ぶらせて絡みあえればそれでいい。

鼻から愉楽の声を漏らしながら、美鈴が洸至のジャージに手をかけた。
ジャージから硬くなりつつある洸至自身を引き出す。
美鈴はその大きさを確かめるようにゆっくりと根元から先端へ指を滑らせた。
どこが男の快楽を誘い、どこを触ると昂ぶらせられるかを知っている指の動きだった。

美鈴の口元に笑みが浮く。

遠山を巡って遼子と美鈴が反目し合っていた頃、遼子が女の武器を使うなんて記者の風上にも
置けないと言っていたことがあった。
しかしいま洸至が見ている、雪の女王のような冷たい表情の下にある好色な素顔を垣間見たら、免疫のない男はこの女にのめり込むだろう。
そう思わせる淫蕩さがその笑みにはあった。
それを知った上で女の武器を使っているとしたら、相当なタマだ。

洸至の指で、散々亀裂の中をかき回されながらも、美鈴の手の動きは止まることなく、洸至自身を急きたてる。
洸至の先端から出た樹液のようなものが美鈴の手を濡らす。

「口でしようか…?」
「いや。いらないさ、そんなの」
「そう。来て…」

美鈴のスウェットと下着を一気に剥ぎ取る。
そのまま、洸至は美鈴に覆いかぶさった。

肉と肉がぶつかり合う音が洸至の部屋に響いていた。
もう、雨の音も聞こえない。
水音なら、この部屋の方が激しかった。

「んっ」

洸至に合わせて、美鈴も腰を動かし、お互いの体から最大に享受できる快楽を
引き出そうとしていた。

「声、出さないのか」
「んっ。出そう。だけど、私が出したら周りの人なんて思うかしら」

熱く潤みきった亀裂とは対称的な、艶を帯びながらも冷めたような声。

「兄妹が住んでいる部屋から、女が出すあの時の声が聞こえたら、誤解されるわよ」

洸至は答えず、さらに激しく美鈴に打ち付けた。
跳ねまわり、かき乱し、美鈴を押しつぶすように叩き付ける。
知ってか知らずか、美鈴は洸至の渇望と、欲望に火をつけていた。
洸至には下に組み敷いている美鈴の顔が一瞬妹と重なって見えていた。

「あんっあっ」
「誤解したいなら、させておくさ」

突きあげる。

「ああっ」
「誰がどう思おうと、俺たちは兄妹だから」

抱きしめ、首筋に舌を這わせる。

「いやっ、ん」
「そんなことになるわけないんだ」

乳房を押しつぶすように体を押し付ける。硬くなった乳首が胸のあたりに当たった。
美鈴の体がずり上がるほどに腰を叩きつけ、草むら同士をこすりあげるようにしてクリトリスを刺激する。

「いいっ、お願い、もっと、お願い、もっと」

喘ぎながら美鈴が懇願していた。
雪の女王の仮面が剥がれる。その下にあるのは淫乱な雌の顔なのか、――それとも。
美鈴の中が蠢き、洸至から快楽を搾り取る様に熱く絡みつき蠕動する。

洸至は女なら来れば抱いた。顔も躰も気にしなかった。
求める相手が決して自分のところへは来ないのだから、正直女など、どうでもよかったのだ。
だが美鈴は今まで抱いた中で最高の部類に入る女かもしれない。
柔らかく、花の様な芳香がする躰。
みだらに蠢き男を求める内奥と心。

打ち付けるリズムを落とす。
昇りかけた梯子を降ろされ、腰を蠢かせながら美鈴が洸至をせつなげに見た。
半開きの口から、間断なく小さな喘ぎ声と、涎が滴り落ちていた。
その涎を洸至は舌でなめとる。
腰をゆっくりと動かしながら美鈴に聞く。

「いきたいか?」
「うんっ、いかせて、お願い、いいっ」

だが洸至は緩慢にひきだし、ゆっくりと押し入れる。
押し入れた時クリトリスを忘れずに押しつぶす。
それを何度も繰り返すうちに、美鈴の背がのけぞり始めた。

「お願い、い、いきたいの…もっと…」

乳房の形が変わるほど揉みしだかれ、深く貫かれながら美鈴が洸至を見る。
返事をする代わりに、洸至が美鈴の脚を肩に乗せると、更に深くつながった。

「あうっ」

洸至を見る美鈴の目が淫蕩に輝く。
激しく音が立つ程、洸至はまた肉をぶつけ始めた。

緩慢な動きに慣らされた躰を追いたてるように打ち付ける。
あえて緩慢な動きを挟むことで快楽が増すことを洸至は知っていた。
こうすると、女は面白いように乱れた。

風呂上がりの洸至の背に汗が光る。重なり合った肌の上で二人の汗が溶け合っていた。
潮のような匂いと、二人の汗の匂い、もしかしたら雨の匂いも混ざっているのかもしれない。
とろりとした湿度の濃い匂いが洸至の部屋に立ちこめていた。
洸至の息が上がっていく。

「すごくいい、すごいの、ああっ」

眼を閉じ、美鈴は自分だけの愉楽の世界へ没入しているようだった。

「ああ、あああっ、しろう、さん」

美鈴がここにはいない男の名を呼んだ。そう言ったことすら気付かぬ程、乱れ続けていた。

誰でも好きな名を呼べばいい。
俺も同じだ。ここにいない相手を抱いている。
俺たちがしていることは、粘膜を擦り合わせているだけだ。それだけのことだ。
心までは溶け合えない。

「いいっ、あんっ、いきそう、あっ」

美鈴の汗に光るからだが弓なりにそる。
洸至も背に走る快感から一気に引き抜くと、美鈴の腹に精を放った。
引き抜いた後の、美鈴の亀裂からはなおも蜜が滴り落ちていた。


身支度を終え、洸至の部屋を出る時美鈴が足を止めた。

「わたし、さっき誰かの名前読んでいた…?」
「さあ。俺も夢中だったから」

Tシャツを着ながら洸至が言った。

「…わたしたち、似たもの同士かもね」
「かもしれないな」
「…虚しい?」

美鈴が振り帰って洸至を流し見る。

「良かったよ。お互い、それでいいんじゃないか」

洸至が笑みを浮かべて言った。

「そうね。今日はおかげで良く眠れそうだわ」
「俺もだ…おやすみ」
「おやすみなさい」

洸至の部屋の中に籠った匂いが充満していた。
雄と雌の匂い。そこに美鈴の乾いた花のような匂いが混じっている。
換気するにも雨が強すぎて開けられそうもなかった。

朝、帰ってきた遼子はこの匂いの意味に気付くだろうか。
男を知らないはずの遼子にはこの匂いの意味はわからないはずだ。
それを教えるのは自分でありたいと思いつつ、兄としての意識がそれの邪魔をする。
もし、知っていたら。もし鷹藤がそれを教えていたら…。
昏く渦巻く思いが洸至を再び捉える。

洸至は雨の向こうにいる遼子を思った。
結局、束の間も忘れられなかった。ただ渇く想いがより深くなっただけだ。
きっと、隣の部屋の美鈴もそうだろう。
充たされたはずの躰に、虚ろな心を抱えて洸至は眼を閉じると、遼子の帰りを待った。






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