ハイヒール
鳴海洸至×巻瀬美鈴


ハイヒールを履いた足が痛い。
普段は痛みを感じることはあまりないが、退屈になると無理をさせている足が悲鳴を上げる。
それとも女であることを装うことに飽きると、この痛みを感じるのだろうか。

ホテルのバーカウンターに座りながら、美鈴はぼんやりとそんなことを考えていた。

自分の肉体を美しくみせるための苦痛すら自分を飾る道具になる時もあれば、それがただひたすら厭わしく
感じる時もある。
今日はそんな夜だった。

「巻瀬さん、あなた、今日もこのまま帰るんですか」

美鈴の隣にいた男が声を潜めて言った。

「ええ。これからまた仕事なの」

足の痛みも物憂げな気分も、眼の前のこの退屈な男のせいだ。腹の中ではそう思っているが、美鈴は華やかな
微笑みを浮かべた。

「欲しいものを取るだけとったら用済みってことですか」

メガネの下にある男の眼に、剣呑な光が宿る。
思いつめて風呂に入るのを忘れているのだろうか、髪が少し脂ぎり、汗の臭いがした。
国会議員の私設秘書―――それがこの男の職業だった。
美鈴は、今をときめく若手議員の私生活を知ろうと近づいた。初めは口も堅かった男も、美鈴と幾度か会い、
美鈴が二人きりでの逢瀬をちらつかせる度に少しずつ議員の秘密を明かすようなり、褒美のような形で美鈴も
男の望むものを与え続けた。

しかし、得るものは得た。この男と親密な関係を保つ理由ももうそろそろなくなりつつある。

「わたし、川俣さんと楽しい時間を過ごせて良かったと思っているのに。そんな風に仰るなんて」

美鈴は傷ついたような顔をして、少し拗ねてみせる。

「それもまた演技なんだ」

川俣は表情を崩すことなく、ねめつけるような眼で美鈴を見た。

―――深入りさせすぎたかしら…。
笑顔で川俣の顔を見返しながら美鈴は思った。

ハニートラップならお手の物のはずだった。
事実、今までは男をある程度悦ばせ手なずけ、相手を深入りさせないうちに情報を手に入れ、幾度もスクープを
ものにしてきた。
今回もいつも通りに仕事をしてきたつもりだ。
思わせぶりな言葉、仕草―――視線。それで籠絡し、欲しいものを手に入れる。
美鈴は情報を得、男は美鈴の躰をほんのわずかな間得る。
男どもを満足させても美鈴にとってはエクスタシーも何もない退屈な抱擁でしかなかったが。

そして得るものを得た後には引くのみ。しかし今回は引き際を間違ったのだろうか。
川俣がグラスの横にあった美鈴の手首をとった。

「あなたに情報を流しているのが先生にばれましてね。いつもならそういったことは気になさらない先生が、
今回僕が情報を流したことが気に入らないらしく、当たりがきつくてね。最近は事務所に居づらいんですよ。」

他人が見ても判るほどのぼせあがった自分を責めるべきだろうが、川俣にそんな考えは毛頭ないようだった。

「僕に抱かれている時、悦んでいるようなふりをしてあなたは退屈そうな顔をしていたんですよ。
気付いてなかったんでしょうね。だからそんな顔をさせたくなくて、僕は必死になった。それなのに、尽くし
た僕をあっさり捨てる気ですか」

川俣の目つきがおかしい。
美鈴の手首に痛みが走った。川俣が手首を握る手に強い力を籠めたようだ。

「痛い…川俣さん、離して。川俣さん、そんなことする人じゃないのに」
「あんたのせいだろ」

川俣の眼が血走っていた。
そこに恐怖を感じ、美鈴は手をひねり手首を自由にすると立ち上がった。

「ごめんなさいね…川俣さん。わたし、もういかないと」
「俺を置いてか」

川俣が美鈴の肩に手を置いて、行かせまいとする。肩に置かれた指が、美鈴の服に食い込んだ。
カウンターの向こうのバーテンダーが心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
川俣は完全に頭に血が上っている。誰かに助けを求めて切り抜けるべきか…。
そうしてもこの男は今後もきっとつきまとうだろう。
この男に抱かれていた時に、他の誰かを思い浮かべていた自分のミスだった。
自分らしくもない。そしてそれを、この男に気付かれていた自分の甘さに美鈴は唇を噛んだ。

「巻瀬さんじゃないですか」

聞き覚えのある声だった。
背後から声をかけられた美鈴が振り返ると、大柄の男が立っていた。
黒ぶちの眼鏡をかけているが、いかつい顎のラインは忘れもしない―――。

川俣が驚いた顔をして男を見上げていた。

「あんたは…」
「楠田といいます。あなたは…彼女のお知り合いですか?」

男の視線を感じ、川俣が肩に置いていた手を引いた。

「知り合いというか…。なあ、美鈴」

その手を今度は美鈴の腰に廻す。美鈴を独占しているのを誇示するように腰に廻した手に力を籠め抱き寄せた。美鈴が驚いて川俣を見た。川俣が卑屈な笑みを浮かべて見返した。

「そうですか…。他人の女に手を出すとはいい度胸ですね」

男は丁寧な口調で言ったが、低い声音が恫喝しているかのように響いた。
川俣の表情が強張る。
そして川俣の言葉など意に介さぬように、今度は男が美鈴を抱き寄せ、自分の傍らに置いた。

「彼女が迷惑していると言っていたのはあんたのことか」

川俣が助けを求めるように美鈴を見た。
美鈴は眼を逸らした。

「あまり出過ぎた真似をすると仕事も信用も失うことになりますよ。本来なら議員が世話になっている相手に
ばらまく為の金券を自分の小遣いにしていると知られたら、あなただって、いよいよ事務所にいられなくなるでしょう?」
「何でそれを知ってるんだよ…」

川俣が蒼ざめる。

「わたしもこう見えてジャーナリストのはしくれでしてね。見たところ飲み過ぎのようだ…お帰りになれらた
方がいいんじゃないですか」

男は余裕たっぷりに言った。
川俣が男を見て、それから美鈴に視線を移した。
その時の川俣の瞳の奥には怯えが滲んでいた。

そうだろう、いまの川俣は蛇に睨まれた蛙と一緒だ。
誰かの威光を笠に着て威張るのではない、純粋に暴力と恐怖で他人を支配する男―――それがいま美鈴の隣に
立っている男なのだから。

「みす…巻瀬さん、じゃ、僕はこれで」

川俣は紙幣を数枚カウンターに置くと、そそくさと立ち去った。

「余計なことをしたかな」

隣に居る男が美鈴を見た。

「いいえ、助かったわ。たまに誰かに守られるお姫様気取りも悪くないものね。ありがとう、鳴海さん」

それを聞いた男――−鳴海洸至の頬が緩んだ。


「手回しがいいのね。部屋をとってあるなんて」

バーの階上にあるセミスイートに二人は居た。

「まさか。懐かしい顔を見かけたんでね。慌ててフロントに電話して部屋をとってもらったんだ」
「懐かしい顔を見かけたら、鳴海さんはすぐに部屋に誘うのかしら」

美鈴は眼下に広がる夜景を見るふりをしながら、硝子に映る洸至の姿を見つめていた。
硝子の中では、ルームサービスでオーダーしたシャンパンをリラックスした様子の洸至がグラスに注いでいる。

「この方がゆっくり話せるだろ。人前に長居出来ない境遇だからね。通報もせず、君があっさり俺についてくる
とは思わなかったから、正直少し驚いたよ」
「あなたに興味があるの。警察なんかに邪魔されたくないもの」

美鈴の横にグラスを持った洸至が来た。
美鈴にシャンパンを手渡す。

「再会を祝して、でいいのかしら」
「君の好きにすればいい」

二人はグラスを合わせた。

「妹の仇を相手に乾杯するなんてね」
「…すまない。それだけで済まないのはわかっている」

美鈴はシャンパンを喉に流し込んだ。細かな泡が喉を心地よくおりていく。

「で、何の用かしら鳴海さん。あなたがわざわざ私に会いに来るなんて。何をたくらんでいるの?」
「あの夜が忘れられなかったんだよ」
「まさか」

美鈴が冷然と笑った。だが心の中はざわついていた。

名無しの権兵衛に妹を殺され、身の危険を感じて転々としていた美鈴が落ち付いた先のひとつが鳴海家だった。
警視庁公安部の刑事である兄鳴海洸至と、その妹で美鈴の同僚である遼子の家なら安心して過ごせた。

そしてある夜――-。
信じていたが裏切られそれでも忘れられなかった男のことを思い出した美鈴は、束の間忘れたくて、
洸至と躰を重ねた。
あの夜、洸至も誰かと美鈴を重ね合わせていたようだった。
お互い、そこには居ない誰かを抱き、そして抱かれた。

それからまもなく、名無しの権兵衛の正体が明らかになった。

美鈴を保護し、そして一夜だけ自分を抱いた男―――鳴海洸至だった。

妹の仇。美鈴の信頼も何もかもを裏切り全てをズタズタにした男。
しかし美鈴は憎しみしか抱けないはずの男のことを思い出すたびに、何故か心の奥が疼いていた。

「君はあっさり忘れたのか」

洸至がグラスを傾けた。
シャンパンが喉を通る時に、喉仏が動く。男らしい首筋の線に、美鈴の視線は思わず吸い寄せられていた。

「そうかもね」

美鈴が曖昧な笑みを浮かべて言った。

「…俺もまだまだだな」
「冗談はもういいわ。私をどうする気なの?」
「別に。世間話がしたかっただけだよ」
「例えば…私の同僚が婚約した話とかかしら…」
「聞きたいね」

洸至がベッドに腰掛けた。

「あれだけの事件を乗り越えたから二人だから付き合ってすぐに結婚を意識したみたい。そして二人とも
ある男のせいで家族を全て失っていた…。だから自分たちの家族を早く持ちたかったのかもね。
でもね、結婚を決めたら、男の親戚の猛反対にあったらしいわ。
相手の女性の家族に問題があったから。それはあなたがよくご存じよね。男の家族はみんな相手の女性の
お兄さんに殺されたのよ。それにその人は世間を騒がせた犯罪者だった。親戚だったら許すわけがないわ。
…男は反対を押し切ってでも彼女と結婚する気だったみたいだけど。それぐらい彼女のことが好きなのね、彼。
それでも何度か話し合ううちに、親戚がその女性のことを気に入って婚約できたらしいわ。何ヶ月かすれば
皆から祝福された花嫁になるのよ、彼女」
「そうか…」

うつむく洸至の顔に翳がさす。それを見た美鈴の心に残酷な喜びが広がっていく。

「婚約が決まって指輪をもらったあとその子、本当に嬉しそうに笑ってたわ。お兄ちゃんに見せてあげられ
たら…って。結婚を反対される理由になったのに、それでもまだお兄さんを思うなんて優しい子よね」
洸至から表情が消え、どこか遠くを見ているような眼をしていた。
「もっと飲む?」
「ああ」

声を洸至が絞り出すようにして言った。
美鈴はボトルクーラーからシャンパンを取り出すと歩きだした。
何故か洸至の前だと、足の痛みを感じなかった。せいいっぱい気取って、美しく見えるように歩く。

「君の望みは何だ?」

シャンパンを継いでもらいなから洸至が言った。

「私の望み?」
「婚約するまであの二人のことだ、すんなりいくわけがないだろ。俺が事件を起こし、君の妹まで手にかけた。
なのに君は遼子を助け、二人が婚約できるように助言し励ましたんだろう?」

「相変わらず耳が早いわね。ここにもあるのかしら?盗聴器」

美鈴が芝居がかった仕草で周囲を見回した。

「俺だってそこまで悪趣味じゃないさ」
「わたしは遼子が好きなのよ。天然で明るくて、いじらしくて不器用で…。どういうわけかほって
おけないのよ、彼女。それは鷹藤くんも一緒かもしれないけど」
「それだけか?」

洸至が美鈴からボトルを取り、床の上に置いた。
それから美鈴を抱き寄せる。

「何…?」
「言ったろ。あの夜が忘れられなかったって」
「嘘つきね…」

グラスからシャンパンを口に含むと、洸至が美鈴にキスをした。
二人の口が繋ぎ合わさったところから、シャンパンと舌が流れ込んでくる。
シャンパンの芳醇な香りに包まれながら、美鈴は洸至と舌を絡め合わせた。

「んっ…」

生まれたままの姿となり、ベッドに横たわる美鈴の長い脚に洸至が舌を這わせていた。
太ももから膝、膝からふくらはぎ…。
ふくらはぎを持ち、足を抱えると美鈴の足の指を洸至が口に含んだ。

「…っ」

敏感な指の股を舌で嬲られ、美鈴は思わず吐息を漏らした。
指の股をチロチロと舌で舐めたあと、洸至の唇が親指を吸いあげる。

「本当にきれいな足だ」

舌が今度は踝、アキレス腱、そして内腿へと上がっていく。
美鈴の息が期待で荒くなる。
太ももを押し開くと、美鈴の秘所に洸至が唇をつけた。

「ここもきれいな色だ…」

秘所を唇で覆い、舌先でクリトリスの包皮を剥いた。

「ひっ…」

敏感なそこに痛い位の快感が襲いかかる。
洸至がクリトリスを舌で念入りに嬲り始めた時、それだけで美鈴は達していた。
快感に震える美鈴を休ませる気などないようだった。
洸至が更に舌で秘所を責める。クリトリスを吸いながら、指を二本送り込む。

「ああっ」

自分の全身に汗が浮かんでいるのがわかる。
枕を鷲づかみにして悦楽からの声を堪えなければ、気が狂いそうだ。

美鈴は洸至と寝た後も、幾人かの男と躰を重ねた。しかし乱れたふりをしながら、心はいつも冷めていた。
それは仕事の一環でしかなかったからだ。そして誰も美鈴の心にも躰にも火をつけなかった。
今はそんな演技など必要ない。
ずっと渇いていた心と躰が、求め続けていたものを得て潤い乱れていた。

「いい味だよ、君は」

洸至が満足げに美鈴の足の間で囁く。
その息が秘所にあたり、それもまた快感となって美鈴を震わせた。
洸至が激しく抜き差しながら、クリトリスを苛めぬく。

「あっ…あああっ」

あまりの快楽に美鈴の腰が逃げるようにベッドの上を跳ねまわる。
逃げられないように洸至が指が食い込む程強く美鈴の尻を握った。

「あああっ…いいの…ああっ」

秘所から零れる蜜の音が部屋中に響く。
洸至がクリトリスを強く吸った時、美鈴はまたも達していた。

荒い息をしながら、美鈴が身を起した。
洸至の腰に唇を寄せると、微笑んだ。

「あの時、わたしももっと味わいたかった。今度は口でさせてね」
「ああ」

美鈴が洸至の肩を押し、ベッドに横になるように促した。
臍に当たるほど反り返った洸至自身を美鈴は優しく手に取ると、舌で形を確かめ始めた。
じっくりと裏筋に舌を這わせ亀頭のくぼみの形をなぞる。

「くっ」

空いている方の手で陰嚢を包み込み、今度は蟻の門渡りを舌で責める。
洸至自身が美鈴の手の中で跳ねた。

「気持ちいいのね…。素直に反応してる…かわいいわ」

そう言うや否や、美鈴は洸至自身を一気に口に含んだ。

「…!」

ハニートラップで寝る男たちにここまで奉仕はしない。
美鈴にここまでさせたのは洸至と…遠山だけだった。
名無しの権兵衛の事件が無ければ、近づくこともなかった男。
お互いに利用しあい、時に躰を交わした。
何故か美鈴の心を狂おしくかき立てるのは、あの事件で運命を狂わされた男たちばかりだった。

根元まで咥えると、今度は微かに首を震わせ唇で扱きあげる。
もちろん、その間も舌で鈴口を唆すことも忘れない。
鈴口に苦みのある潮の味がした。先走りの味だ。洸至がそこまで感じていると思うと、美鈴は嬉しかった。

首を激しく振って洸至の快楽を煽る。

「すごいな…」

奉仕する横顔がよく見えるように、洸至が揺れる美鈴の髪をかきあげた。
流し眼で視線を送りながら、唇で尚も激しく扱くと洸至が眼を閉じ枕に頭を預けた。

「もう…外してくれ…じゃないと」
「口に頂戴…」

音を立てて洸至自身から口を外すと、美鈴はそれを手で扱きながら囁いた。

「…好きにしろ」

根元も手で扱きながら、唇で舌先で洸至自身を煽り続ける。
洸至の吐息が荒さを増した。
陰のうの下にある薄褐色のすぼまった部分に美鈴が指を這わせて円を描くようにしてほぐす。

「おい…!やめろ!」

洸至が身を硬くしたが、美鈴は意に介さず指をそこに入れ始めた。

自分の運命と人生を弄んだ男を、束の間弄んでみたくなった。
洸至の躰をもっと深く知りたくなっていた。
更なる激しさで洸至自身を啜りあげながら、中指を第一関節まで入れる。
中で指をゆっくりと蠢かせポイントを探す。
洸至の太ももが大きく震えたのを見て、そこを弄くりながら舌で裏筋を嘗め洸至自身を唇で激しく扱きぬく。
そこが美鈴の中指をひと際強く締めつけた刹那、洸至が大きく息を吐いた。

「くっ…!!」

喉奥に少し苦くどろっとした液体が流れ込む。
美鈴は喉を鳴らしながら全て飲み込んだ。

「おいしかったわ。鳴海さん」

唇の端から流れ落ちる洸至の樹液を人さし指で拭きながら美鈴が言った。
その姿を見た洸至が眼を細める。

「まったく君には驚かされるよ。男たちが群がる訳だ」

自分がここまでの欲望に突き動かされたことはなかった。こんなことは他の男たちにしたことなどない。
それをおくびにも出さず美鈴は応えた。

「ねえ…今度は二人で楽しみましょうよ」

仰向けの洸至の上に美鈴が跨る。
洸至に見えるように大きく脚を拡げると、一度達したばかりなのにまたも硬度を増した洸至自身を秘裂に
あてがう。

「見てて…あなたのが入ってく…」

美鈴が腰を沈めた。
少し沈めるだけで繋がった部分から震えるような快楽が広がる。
眼を閉じその感覚に溺れたいが、美鈴は自分がこの場を支配していると思わせるように洸至を見据え洸至自身を咥えこんでいく。
その美鈴の様子を、洸至が熱のこもった眼で見つめていた。
微笑みを浮かべながら美鈴は根元まで洸至自身呑み込むと、快楽からため息をついた。

「奥まであたる…」

息を吐きながら、今度は腰をグラインドさせはじめた。

「どう?鳴海さん」

「リードされるのも悪くない…」

洸至の声にはまだ余裕がある。
美鈴は眩暈がする程の快楽に震えそうになっているのに。

「君はいじらしいな」

洸至が不意打ちに言った。

「えっ…」

虚をつかれた美鈴の動きが止まる。
まるで女王のように振舞っていた美鈴を洸至はいじらしいと言った。
その言葉の真意を図りかね、美鈴は戸惑った。

「これくらいで、俺がどうになかると…?本当にかわいいよ」

洸至が美鈴の腰を掴むとゆっくりと揺り動かし始める。

「妹さんの復讐をしたいんだろ…君は…」
「あっ…」

腰を動かしながら洸至が美鈴の乳房の頂きを親指で弄くりまわす。

「君なりの方法の復讐だ…。俺が最も苦しむ方法を…遼子を誰か別の男のものにして…そして俺が苦しむ様を
見るために…」
「んんっ…違う…彼女が幸せになるように…」
「君はそんな殊勝な女じゃないだろ。あの夜俺が誰を想いながら君を抱いていたか知っていたのか…道理で熱心に
二人を結びつけたがったわけだ…」

ぶつかり合う腰が乾いた音を、繋がりあう粘膜が湿った音を立てる。

「ああっ…すご…い!」

美鈴の躰全体が揺れる程、洸至が下から突き上げる。

「もし遼子を利用して…傷つけて俺に復讐する気だったら…」

突然、洸至が動きを止め、美鈴の首を右手で掴んだ。
美鈴が息をのむ。哀しげな眼でに洸至を見つめ返した。
それを見る洸至の眼に昏い炎が宿っているように見えた。

「いいのよ、別に」

洸至が少し手に力を籠めれば、美鈴の細い首など一瞬で縊ることができるだろう。
快楽で火照った躰が、また別の期待で燃え上がっていた。

強がりではなかった。今この時、そしてこの男になら―――美鈴は一瞬そう思った。

縊られることを覚悟した時、洸至が力を抜いた。

「血も流れない復讐か。君らしい」

洸至が手を離す。

「だがな、俺が奪われたままだと思うか」

冷たい目が美鈴を見据えていた。

「…奪えないのがわかっているからよ…んんんんっ…」

洸至がまたゆっくりと腰を動かし始めた。

「あなたが…遼子を腕づくで奪って…やん…そうしたら遼子は光を失うの…あなたの愛した妹じゃなくなる
…だからあなたは…黙って見ているよりほかないのよ…やあっ」

美鈴と繋がったまま身を起すと、洸至はそのまま上になり激しく腰を使い始めた。

「やんっ…あああああっ」

洸至が射るように美鈴を見る。その眼は快楽からなのか、苦悩からなのか切なそうに細められていた。

「出来ないと?」

洸至の動きが蹂躙する動きに変わる。

「やああっ…」
「出来るさ。出来るとも。遼子を俺のものに…」

苦しげに洸至が囁いた。
美鈴の全身に汗が浮く。快楽に理性が溶けそうだ。今この口は真実しか紡がない。

「駄目よ…あなた…愛しすぎたの…、あっ…だから触れられない…」
「違う…!」

洸至の額から汗が滴り落ち、美鈴の頬を濡らした。

「あなたは…ずっと孤独に…妹の幸せな姿を覗き見ることしかできないの…あなたは…かわいそうなひと…」

憐れむ美鈴の唇を洸至の唇が塞いだ。

洸至が更なる激しさで美鈴を責め立てる。怒りと憎悪も―――それに妹への永久に叶わぬ思いも籠っているのだろうか。
復讐したいと願い続け、憎しみそして焦がれていた相手の首を美鈴は強く抱いた。

「ああっいいの…」

二人の合わせ目から快楽が溢れる。

「いいのっ…洸至…さん!」

美鈴の脳髄が快楽で白熱する。

「あっ…やっ…いく…いっちゃううう!」

絶頂に向け美鈴の躰が浮き上がるような感覚に包まれた時、耳元で洸至が何かを呟いた。
きっと悦楽のなか意図せずに漏れ出た言葉だろう。
意識を手放す寸前、美鈴の眼から涙が一筋零れ落ちた。



美鈴が眼醒めた時、洸至は部屋に居なかった。
用心深い男のことだから、部屋に残る指紋も全て拭き取ったあとだろう。

けだるい躰をゆっくりと起こすと、美鈴は窓の外の夜景をぼんやりと見ていた。
ホテルの大振りの窓ガラスに、あどけないとも言える表情を浮かべた自分が映っている。

洸至がこの部屋に居た痕跡は美鈴の躰に残る快楽の残滓だけだった。

――わたしを消さなかったのは…通報などしないと。
それを洸至は知っていた。

警察の手を借りずとも、美鈴の復讐は完成していたからだ。
復讐と言っても、妹を奪われた美鈴が今度は洸至の手の届かぬところに遼子を行かせる手助けをしただけだが。
一度は洸至の手で闇に落ちかけた遼子を、鷹藤と共に手を取り光溢れる未来へと歩ませる―――。

塀の中に入れるよりも、自由に動き回らせて妹の幸せになっていく姿を見続ける方があの男には辛いはずだ。
死よりも辛い想いを抱えて、あの男はまた闇の中を這いまわることになるだろう。
永久に届かぬ想いとともに。
洸至は復讐と言ったが、…こんな甘い復讐などない。
美鈴のしたことは、亡き妹への弔いのためというよりも、振り向いてはくれぬ男への意趣返しに似ていた。

―――憎い相手の苦悶する様を見て目的を果たしたはずなのに…。

洸至が最後に呟いた言葉が美鈴の胸を抉っていた。

「りょうこ…」

それが美鈴を抱きながら洸至が呟いた言葉。
ひどく空しかった。
膝をかかえて顔をうずめると、美鈴はベッドの中で静かに泣いた。






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