その時の鷹藤(非エロ)
番外編


タクシー発車とともに、鷹藤が運転手に気づいて追いかけるも
無情にもスピードをどんどん上げていく。

(その時の鷹藤)
必死こいて走り続ける。交差点まで走っていくが、信号が変わって
走ってきた車に轢かれそうになる。走りすぎてちょっと吐く。


遼子が洸至に気づいて、驚いて携帯を取り出すが、通じない。
洸至がのんびりとした口調で話しかける。

「遼子、元気だったか…。久しぶりだ。会いたかったよ。
…変わらないな、お前は。
 そうそう、知ってるか、遼子。電源を入れるだけで、周囲の
 携帯を使えなくする機械ってのが売ってるんだ。便利なところだなあ、
 秋葉原ってのは。」

(その時の鷹藤)
遼子の携帯にかけるが、「お客様のおかけになった電話番号は、電波の…」
というメッセージが流れ続けるだけ。


遼子と洸至を載せたタクシーは混雑する道路を避けながら、ひた走っている。
懐かしさと緊張感が入り混じった、奇妙な空気の中、洸至が遼子の近況を
聞いている。名無しの権兵衛ではない、兄としての洸至が、そこにいる。

(その時の鷹藤)
交番に駆け込み、名無しの権兵衛こと鳴海洸至が生存していて、
鳴海洸至の妹である自分の同僚をさらったと訴えるが、

「鳴海なら死んだだろ。おたく、酔っぱらってるんだろ」

と全く相手にされない。


郊外の廃ビルに着く。
目的地に着き、遼子が逃げないように見張りながら、その中へ入る様に促す。

(その時の鷹藤)
こんな時、頼れそうな遠山にかけるも、こちらも留守番電話サービスにつながるだけ。
頭を抱えてしゃがみこむ。
あてもなく、また走り出す。


部屋には簡素なベッドとテーブルがあるだけ。

「適当に座ってくれ。ってベッドしかないけどな。何か飲むか?」
「お兄ちゃん、自首して…!逃げてても、いつまでも何も終わらないのよ」
「遼子、俺はな、お前に一目逢えたら自首するつもりだった。
 でも…逢ったら怖くなってな。俺は自首したってよくて無期、殺した数から
行くと当然死刑だ。死刑も怖いが、こうして逢ったらお前と離れるのが怖い。
死ぬことよりも、今はそれが怖い。自首するためのふんぎりをつけるために、
今晩一晩、俺と一緒に居てくれないか。そうすれば、自首できる」
「本当に?」
「もう嘘はつかないよ」

ポケットの中で何かを操作する。

(その時の鷹藤)
メール着信音に気づいて携帯を取り出す。
遼子からのメールだが、本文の代わりに、URLが表示してあるだけ。
恐る恐るそれにアクセスする。


ベッドで遼子の隣に座る洸至。

「あれだけ殺して、自分がいざそういう立場になって、初めてわかったことがある。
 きっと何も感じないと思ってたんだけどな。
死を意識するとき、一番大切なものばかり思い描くんだ。
 俺にとっては遼子、お前だよ」

遼子の肩に頭を載せる。兄が自分に弱みを見せたことを驚きながらも、
きっと逃亡生活のせいで、少し変わってしまったのだと思いその頭をそっと抱く。
ごく自然な動作で、遼子の腰に手を回す洸至。

(その時の鷹藤)
URLにアクセスすると、動画が映る。どこかの部屋の一室らしい。
鳴海兄妹がそこに映っている。
「おい、あんた!」
遼子を呼ぶが、当然彼女には通じない。
洸至の動きが妹に触れる兄のそれではないことに気づく。


気づけば、遼子はベッドに横たえられている。

「お兄ちゃん…。何をするの」

ベッドサイドテーブルには銃が載っている。

「嫌なら今ここで俺を撃ち殺してくれ。そうじゃないと、俺は止められない。
死ぬ前にどうしてもお前と…」

遼子が銃に手をかけるが、握りかけて手を離す。

「やっと会えたのに、そんなことできないよ」

その手を洸至の手が優しく包む。

「お前と俺だけの秘密だ。これを抱えて俺は自首するよ」

(その時の鷹藤)
食い入るように動画を見ている。
遼子の服が脱がされ、洸至がその上に覆いかぶさる光景がそこに映っている。
目をそらしたいがそらせぬまま、じっと見ている。
怒りと絶望が入り混じった顔で携帯を見つめる男を、道行く人々が
怪訝そうな顔をして見ている。


全てが終わった後、服を着て、出て行こうとする洸至。

「お兄ちゃん、行かないで」

あの時のように、洸至の背中に遼子がすがりつく。

「もう、離れないで。たった二人の兄妹なんだよ。もうひとりにしないで」
「自首、しなくていいのか」

背中の遼子がうなずいた。

「ずっと一緒に居て」
「いいのか、全てを捨てることになるんだぞ」
「ずっと一緒に居たいの」

遼子へと向き直り、抱きしめる。
その時、カメラの方へ目を向け、微笑する。

(その時の鷹藤)
こちらへ向けられた洸至の微笑を見て、携帯を道路に叩きつける。
絞り出すような叫び声をあげながら、何度も壊れた携帯を踏み続ける。






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