その時の鷹藤2(非エロ)
番外編


気づけば、遼子はベッドに横たえられている。

「お兄ちゃん…。何をするの」

洸至が遼子にそっと近づき、口づける。
急く心を抑えながらの口づけだったが、
それだけでは充ち足りなくなり、すぐに奥へ奥へと
求める動きへとかわっていった。

「お兄ちゃん、駄目!やめて!」

遼子は両手で洸至の胸を押し、そこから逃れようとする。

「駄目なのか。俺の最後の願いなんだ」
「兄妹なんだよ。こんなことしたらいけないのよ!」

ベッドサイドテーブルには銃が載っている。

「嫌なら今ここで俺を撃ち殺してくれ。そうじゃないと、俺は止められない。」

遼子が銃に手を伸ばす。しっかり握ると、ゆるゆるとそれを持ち上げた。
洸至は目を見開き、見つめている。
恐怖よりも、歓喜の渦の中にいるように目が輝いた。

「遼子、撃つならここだ、心臓はここにある。はずさないでくれよ」

遼子が銃を握った手を、洸至の手が上から優しく包み込む。
洸至は興奮のあまり、息をするのも忘れそうになっていた。
銃口を自分の胸へと洸至が誘導しようとするが、遼子はなおも銃を上げ続ける。
上がるにつれて、洸至の手が離れた。

「遼子…?」

銃を持ち上げると、遼子は銃口を自分のこめかみに当てた。

(その時の鷹藤)
「やめろ!やめてくれ!」
道端で携帯に向かって気も狂わんばかりに叫び続けている。


「撃てないよ。お兄ちゃんのこと撃てる訳ないじゃない
 ずっと死んだと思ってて、だけど生きてて、嬉しいのに」

泣き顔で洸至を見つめる。妹の泣き顔を見て、一瞬洸至の動きが止まった。
驚いた洸至が手を伸ばそうとする。

「でも、お兄ちゃんの願ってることなんかできない。
 そんなことしたら、兄妹でいられなくなっちゃう。
 いつまでもお兄ちゃんの妹で居たいの。
 妹で居させて」

「そのために、自分を撃つのか」
「お兄ちゃんを止めるためなら、出来る」

遼子の目から涙が次から次へと溢れ出ている。

「駄目、なのか」

絞り出すような声だった。

「お兄ちゃんが好きだからだよ!どうしてわからないの!
 お兄ちゃんには私のお兄ちゃんでずっといて欲しいのに!」

洸至がうつむいた。
顔を上げると、洸至から表情が消えていた。
それを見て、遼子が息を呑む。

「遼子、引き金を引くな。もう何もしないから」

洸至が銃へと手を伸ばす。

「それにお前にこれは似合わない」

銃を握ると、遼子の手から引き離した。

(その時の鷹藤)
叫ぶことを忘れ、息をのみ携帯を見つめている。


洸至は銃をベッドの上に置いた。
部屋の中で二人、まるで彫像のように固まって動かない。

「遼子、帰れ」
「え?」
「お前の顔が見られて嬉しかったよ」
「このビルを出て、右にしばらく歩くと、多少車が通る道がある。
 そこで助けを求めるといい」
「お兄ちゃんは…」
「いろいろすることがあるのを思い出した」

笑ってはいるが、あまりに寂しげなその表情に遼子は胸をつかれたようだった。

「自首しようよ。一緒に行ってあげる」
「…最後に、抱きしめさせてほしい。兄としてだ」

洸至が遼子を抱きしめた。遼子が痛がらない程度に強く。
洸至は頬を遼子の額に当て、目を閉じた。
しばらくして、目を開けると、遼子の腹に当て身をくらわせ、気絶させる。
洸至の足元に崩れ落ちる遼子。

カメラの方を向いて、洸至が哀しげに笑った。

(その時の鷹藤)
遼子が崩れ落ちるのを見て、またあてもなく走り出そうとする。
洸至がこちらを見て微笑んだ瞬間、動画が切れた。
あわてて何度もアクセスするが、もうつながらない。

「どうしたら、どうしたらいいんだよ!」

携帯を振り回しながら、途方に暮れていた。
その時、遠山から電話が入り、気が急くあまり
何度もつっかえながらも状況を説明する。


遠山が、大川刑事に連絡を取り、警察と連携して遼子を探しだしたのは、
それから2時間程経ってからだった。
動画が切れてからすぐ洸至はそこを後にしたらしく、警察の追跡も
難航しそうだと、遠山が教えてくれた。
毛布に包まれて、救急隊員に付き添われた遼子がビルの中から出てくる。
ひっそりとしていたビルの周りは多数の赤色灯に埋め尽くされ、
灰色の街並みがそこだけ赤く色づいている。

「遠山さん、ありがとうございます」

鷹藤がそう言うと、

「いいから、行ってやってくれ。見つかるとうるさそうだ。
何かわかったら教えてくれないか」

遠山は笑って言うと、人ごみの中に消えた。

救急車に向かう遼子のところへ鷹藤が駆け寄った。

「お知り合いですか?」
「会社の同僚です。一緒に乗っていきます」

鷹藤は救急車に乗り込み、遼子と隣り合って座った。

「遅くなった、ごめん」
「いろいろ連絡して、探してくれたって、
 刑事さんが教えてくれた。…ありがとう」

遼子が鷹藤を上目遣いに見て微笑んだが、表情の硬さが痛々しかった。

「怖い思いとかしなかったか」
「兄妹なんだから、怖くなかったわよ」

それでも、毛布を掴む手が震えていた。

救急隊員が、救急車の後ろのハッチを閉めようとした時、大川刑事が顔を出した。

「鳴海さん、明日また事情聴取をしますのでご協力、お願いします。
今日はこのまま病院へ行ってください。
 あなたに警護の人間をつけます。また、奴が近づくかもしれない」
「きっと、それはないと思います」

遼子の言葉に、大川刑事は少し意外そうな顔をしながらも、ハッチを閉めた。

「怖いんなら、素直にそう言えば」
「怖くなかったって言っているじゃない」

震える手を、鷹藤の手が掴む。
握った遼子の手を温めるように、愛おしむように鷹藤の親指が優しく撫でる。

「あんた、震えてるじゃないか」
「何よその手。い、いやらしい真似しないでよ」
「いやらしいか。でも、俺、もうあんたの手、離さないぜ。絶対に」

遼子が固まった。

「あんたが嫌だっていっても、もう、ひとりになんかしないからな」

鷹藤の胸に顔を埋めると、遼子は静かに泣き始めた。
その震える肩をいたわるように鷹藤が抱いた。
そんな二人の様子を見ぬふりをして、救急隊員が運転席の方へ向き合図する。
サイレンを鳴らすと、救急車が二人を載せて走り出した。






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