俺だけのもの
山田草太×鮎川若葉


「あの……落ち着きましたか?」

若葉の手の中で、草太が淹れてくれた温かいこぶ茶が湯気をくゆらせている。
いつだったか睡眠不足の時にも淹れてくれたどこか安心するその味は、泣き疲れて少しひりつく喉に優しくしみていく。
父親が帰った後の若葉の部屋で、二人は少しの距離を取って座っていた。

「みっともないところを……お見せしました」

先日とは立場がまるで逆だ。若葉は上手く顔を上げられず、波打つ湯呑茶碗の中を見つめていた。
外から聞こえてくる虫の鳴く声以外には、しんとした静寂が満ちている。

気まずい。何だってこんなダンゴ虫に、あんな醜態を……。

「「あの」」

この空気を何とか打破しようと声を上げたものの、よりによってタイミングが被ってしまう。
二人は似ているなんて、いつだったか言われたことを若葉は急に思い出した。
顔が熱いのはきっと泣き過ぎたせいだ、とようやく上げた顔をまた背ける。

「あ……すいません」
「いえ……先にどうぞ」

この間からどうも、変だ。こいつ相手に素直になり過ぎている。若葉はそう思いながら、草太に先に言うよう促した。

「あ、いや俺は、そろそろお暇しようかなって」
「……え?」
「はい?」

つい聞き返してしまった数秒前の自分を若葉は激しく後悔した。
それも、「え?すいません聞こえませんでした」という意味合いでなく「もう帰っちゃうの?」という意味合いにしか聞こえないよう

な声色で。

「あ、いえ、その、違います別に変な意味じゃあ」

慌てて訂正しようと振り返ると、お茶が少しこぼれてジャージにかかった。
もう熱くはなかったものの、反射的に声を上げてしまう。
大丈夫ですかと草太が布巾を持って近付く、それに対してまた反射的に身をかわしてしまい、同じことをまた繰り返してしまった。

「いや、その落ち着いてください」
「私はいつだって落ち着いてます!」

ああもう。何だってこんなやつ相手に。
屈んでジャージを拭ってくれる目の前の肩を見て、先日思わず抱き締めてしまった事を思い出しまた顔が熱くなった。

「若葉さんは」
「は、はい!?」
「いや、あの若葉さんは……何を言おうとしてたんですか」

濡れてしまったジャージを布巾で拭いながら、草太が尋ねる。
若葉はさっきから全く落ち着かない鼓動にどう言い訳をしようと考えていたので、急に声を掛けられて思わず上ずった声で返答をして

しまった。
お茶が冷めていく一方で、二人の間は段々と温度が高くなっていく。

「……ビー太郎くんは、どうしてるんですかって……」
「あぁ、ビー太郎なら、佐間男さん達が見てくれてます、さっき連絡取ったから、大丈夫で、す……」
「……っ」

草太が不意に顔を上げた。近過ぎる。二人とも思わず息を飲んだ。
窓からぬるい風が吹き込んで、二人の空気を一瞬掻き乱した。

慌てて目を逸らした若葉の手に、草太の手が重ねられる。

「……っちょ、な、何ですか「俺から、逃げないで下さい」

心臓が大きく跳ね上がる。掻き乱された空気が、徐々に熱を帯びて再構築されていく。

「若葉さんが俺を迷惑に思っていること、知ってます」
「こんな風に近くに居られて、さぞ、嫌だろうって」
「……だけど、俺は」

草太が真っ直ぐに自分を見つめていることを感じながら、若葉は顔を上げられないでいる。
今視線を合わせたら、きっともうこれ以上自分を偽る事が出来なくなる。

そうだ、私はもう、知っているんだから。
この人のことが好きだって。

「俺は」

草太の匂いがする。暖かくて、懐かしくて、胸が切なくて、苦しくなる、そんな匂いがする。

――

中々泣き止まなかった若葉を宥めながら何とか彼女の自宅まで連れてきた。
周囲の目は勿論だったが、これ以上彼女に触れていたら色々な歯止めが利かなくなりそうだったから。
彼女の都合も何もかも無視して、自分の感情を全てぶつけてしまいそうだったから。

目も顔も真っ赤にしてさっきから妙に落ち着きのない彼女が、ただひたすらに愛おしかった。
今まで執拗に入るのを拒まれていた部屋にすんなりと上げてくれたのは、あの時若葉が冷静でなかったから、分かっているのに。
期待してしまう。ここ最近、少し彼女に触れ過ぎた。

それなのに、今もこうして彼女に触れている。
白くて華奢な、けれど沢山の挫折と苦労を知っているこの世で一番美しいと思える手を握り締めている。

俺は、若葉さんの事が、好きです。

緊張で喉も舌も唇も乾いてしまって、一番伝えたい言葉が上手く出てこない。
迷惑だろう、分かっているのに。伝えたいけれど、でも。


そうして言葉を紡ぎだそうと四苦八苦している内に、唇に一度だけ感じたことのある柔らかな感触が触れた。
気が付いたのは、一瞬遅れてだった。

「……っ!!」

草太の目の前で、若葉がきつく眉根を寄せている。
キスと呼ぶには余りにも幼稚な、けれど、若葉には精一杯の感情の吐露だった。
出会ったばかりの、あのキスの時には余りにも急で気が付かなかった。彼女は、こんなに、幼いキスをする人だったなんて。

「……ぷはっ!」
「……」

数秒間そうしたままで、ようやく若葉が顔を離した。
息をずっと止めていたのか。顔が真っ赤になっている。涙ぐんで、余裕なんてこれっぽっちも無い。
どう見たってその様は、あの一流企業で仕事を容易くこなしていく彼女とは遠くかけ離れていた。

どうして、どうしてあなたはそんなに。

「……分からないんです」
「え……?」

「あなたを見てると、イライラする筈なのに。なのに、どうして、こんな風に」
「あなたに触れたいって、こうしてキスしたいって思ってしまうのか」

「……分からなくて、怖いんです!」

俺の感情を揺さぶるんだろう。

気が付いたら、彼女を押し倒していた。
目を見開いて戸惑った表情を見せる若葉の姿に、草太の本能の部分が猛烈に刺激されていく。
この人を、他の男になんて渡したくない。

「……なに、してるんですか」

何て弱々しい声。普段のあなたはどこに行ってしまったんだ。
この世界の頂点に駆け上がろうと何事にも全力で立ち向かうあなたは。

「け、刑法第176条、十三歳以上の者に強制または暴行を用いてわいせつな行為をした者は――」
「嫌なら、俺を突き飛ばして下さい」
「な……!」
「大声を上げて、俺を犯罪者として訴えて下さい。初めて会った、あの時みたいに」

一度焼け始めた衝動は、もう止められない。

「俺は、若葉さんの色んな顔が見たいんです」

――

「……っ!」

きつく結んだ唇を割って、熱い舌がゆっくりと口の中に侵入してくる。
最後の砦とばかりに閉じていた歯で、思わずその舌を噛んでしまいそうになって慌てて少しだけその力を緩めた。
が、その隙を突かれてあっという間に舌を深く受け入れてしまう事になった。

「ん、ふぅ、う」

自分の声とは思えないような、甘ったるい力のない声が鼻から抜けていく。

こんなの、ただの、皮膚と粘膜の、接触、そう、せっしょくなんだから。

雰囲気に呑まれてなるものかと、必死に理性で抗うものの、体がふしだらに悦んでしまう。
背中から腰にかけてズキズキ、ゾクゾクとした電流が走って、一番敏感な部分に熱が集まるのを感じてしまう。

「ぅん、ふ、うぅ」

逃げ惑う舌を捕らえられて、まだ誰にも侵されたことの無い口の中を蹂躙される。
唾液の混ざりあう音は何て、いやらしいんだろう。

「は、ぁ」

若葉の唇から、二人の混ざりあった唾液がぬるりとこぼれ出した。
初々しい唇をたっぷりと貪り、ようやく離れた草太は、今まで一度も見たことのないような凶暴な目をしていた。
本能に燃やされた、独占欲と、嗜虐欲と、沢山の欲望にぎらついたその目は、男を知らない若葉にとっては怖ろしくも、またこの上な

く蠱惑的にも見えた。

「……どうですか、若葉さん」
「……は、な、なんですか……」

こうした行為に全く慣れていない若葉は、未だ整わない息で、何とかして言葉を紡ぎ出した。
若葉の唾液に濡れた草太の唇が妖しく歪む。
この人が、こんな表情をするなんて。

「これでもまだ、キスは皮膚と皮膚の接触に過ぎませんか」

若葉がどんなに憎まれ口を叩いたって優しく微笑んでいた草太の、見たことのない一面。
その表情に、若葉の胸の奥がぎゅう、ときつく締め付けられた。

「う、あ、当たり前です!全然、これっぽっちも大したことなんて」
「じゃあ」

「じゃあ、若葉さんがそんな風に思えなくなるまで、気持ちよくしてあげます」

言うや否や、草太は再び若葉の口を塞いだ。さっきよりも一層激しく、口内を責め立てていく。

圧し掛かる身体を押し返す若葉の手には、上手く力が入らない。
そうして戸惑う彼女の耳に、ゆっくりとファスナーを下げる音が届く。

「ん、!」

ジャージの上着を寛げられる。
口が塞がれたままで、どう抵抗したら良いか分からない若葉は驚いて開けられた部分を手で抑えたが、両手をまとめて頭の上で留めら

れてしまった。
そうこうしている間に草太は片手で若葉の両手を、もう片方の手でファスナーを全部下ろしていく。

……この人、こんなに力強かったんだ。

――

ファスナーを下ろしきったジャージを開いて、中に着ていたキャミソールを捲り上げる。
深く深く口付け過ぎて溶け合うくらいになってしまった唇を離す。
息が苦しいのか、それとも別の何かで頬を紅潮させた若葉がとろんとした目で見上げてくる。
そんな若葉の姿に、下半身に熱が集まるのを感じる。

「っ、うぅ」

白い、無防備な喉に噛み付くと、微かな声と共に細い体がびくんと跳ねた。
唾液で濡らしながら、きつく跡を付けていく。

「ちょ、ちょっと……それは……!」

さすがの若葉でもこの行為の意味は分かるのだろう、抗議の声を上げて身を捩じらせてきた。
今度は真っ赤になっている耳たぶを舐め上げた。今までで一番大きな嬌声を上げて、草太から身体を遠ざけようとする。

「耳、弱いんですね」

可愛いです、と湿っぽく囁くと、若葉が震えたのが分かった。

「俺は、誰にも若葉さんを渡したくないんです」

乱れたしなやかな髪も、潤ませた大きな瞳も、艶めかしく濡れた唇も、全部。

全部、俺の物にしたい。

「だっ、だめです!」

制止する声を振り切って、水色の可愛らしいブラジャーを上にずらす。
透き通るような白い若葉の胸は、程よい膨らみと見た目にも分かる張りのある美しい乳房だった。
その頂きで羞恥に染まったように震える桜色の小さな突起。は、既にぷっくりと立ち上がっていた。

「綺麗です、若葉さん」
「なっ……、ひゃ!」

桜色を口の中に蕩かすように丹念に舐め上げる。空いた手でもう片方の乳房を柔らかく揉みしだく。
その度に鼻にかかった声を上げながら身体をびくびくと震わせる彼女が、愛おしくて、めちゃくちゃにしてやりたくて。

「あ、だめ、だめで、す、」
「こっちのがきもちいいんですか?」
「う、そゆことじゃ、なくてぇ……!」

彼女のこんな姿を一番最初に見たのは、他の誰でもない、俺なんだ、こんな姿にしているのは俺なんだという事実が、草太の征服欲を

満たしていく。

乳房への攻めを口で続けながら、草太は下のジャージに手を差し入れた。

「っ!そ、そこは、ほんとうに、だめっ!」

押さえつける草太の手を振りほどこうと暴れる両手を押さえつけて、喚く唇を口付けで塞ぐ。
もう3回目なのに、舌を差し込まれた若葉は未だどうしたらいいか分からずに強張ってしまう。 
その瞬間を見逃さず、一気に下着にまで手を伸ばす。

「!」

若葉の、まだ誰にも触れられたことのないその秘部は、下着越しでも、
いや、もしかしたらジャージ越しにでもはっきりと分かるほどに潤んでいた。
必死に足を閉じて手の侵入を拒もうとするが、身体の間に草太が割り入ってそれをさせない。
熱くどろどろに溶けている部分を指でぐり、と押し込むと、ぐちゅ、と淫猥な音が二人の耳に届く。
より一層顔を赤くした若葉が薄く目を開けて、一筋涙を零す。唇を離してそれを舐め取った。
甘い甘い尖りを失った、若葉の鳴く声が草太を狂わせていく。

――

「若葉さん……俺もう、だめっす」
「このまま、若葉さんを」

「俺のモノにしたいです」

熱に浮かされたような目で、声で、草太が囁く。
さっきから初めて体験する事ばかりで、全く余裕の無い若葉には、それが草太の最後の確認であることに気付けない。

「……わ、わたしは」

「それを聞いて、どうしたらいいんですか……?」

行き場の分からない幼子のように、草太を見上げる。それが、ますます草太の衝動を加速させていくとも知らずに。

「わたし、わたし新堂せんせいと、こ、婚約してるのに」
「あなたと、こんなことして」
「もう、どうしたらいいのか、わかんないです」

涙が止まらない。どうして?新堂先生に申し訳ないから?こんなことをしていることに対して、罪悪感を感じているから?

「……泣かないでください」

「泣いてなんかないです!ただ、」

「……涙が、と、とまらないんです……!」

「……若葉さん」

「俺のこと、嫌いでしょう?無理矢理こんなことして」
「若葉さんが嫌だ嫌だって言うのも聞かないで」

最低ですよね、と薄く笑う草太の顔がぼやける。

最低、さいてい。それなら、私だって最低だ。
婚約しているのに、散々、この人にも素直にならずに酷い言葉を、仕打ちを沢山、沢山してきて。

「でも、もう止められないんです」
「このまま、最後まで行くのが嫌なら――」

「……手を」

「え……?」

「手を、離して下さい」

そうだ、私は最低の女なんだ。
こんな優しい人をいっぱい傷付けて、気持ちを踏みにじって。

両手首にかかっていた力が消えて、ようやく両手が自由になる。

「……」

草太は、先ほどとは別人のように静かな表情で若葉を見つめていた。
まだ燃え足りないような、酷く傷付いているような、そんな表情だった。

そんな表情の目の前で、若葉は静かに左手の薬指に光る指輪を抜き取った。
草太が目を見開く。

「……若葉さ」

草太が何かを言いかける前に、若葉はついこの間のように両腕を彼の背中に回した。
Tシャツの、その下にある皮膚を、筋肉を、骨を、全身を。懸命に慈しむように優しく。

「……最低なのは、私も同じです」

「……」

「だけど、」

「さっきも言ったでしょう、あなたに、触れたいって」

いつものように、出来る限りの平静を装って。
それが若葉に出来る、精一杯の返事だった。

――

「……綺麗です。若葉さん」

「……そんなじろじろ見ないでください!」

ベッドの上で一糸纏わぬ姿になった若葉は、窓ガラスを通り抜けて差し込む月明かりの優しく、神秘的な光に包まれて座っていた。
すらりと長い手足。女性らしいしなやかな曲線。瑞々しく白い、肌理の細やかな滑らかな肌。
スーツ姿の時よりもずっと華奢で、力を込めたら簡単に壊れてしまいそうな。

その姿をただ純粋に、本当に美しいと思った。

「あの、やっぱ電気つけていいっすか……」

「絶っっ対だめ!つけたら、追い出しますから!」

調子がいつもの若葉に戻ったことに、草太は少し安心して笑った。
それから、ゆっくりと優しく、若葉に覆いかぶさる。
間近に草太の昂りを感じてぴくりと反応する彼女は、けれどもう抵抗しようとはしなかった。

目をきゅっと瞑って、身体の反射的な反応に戸惑いながらも草太を受け入れようとしていた。

先ほどと同じ箇所を一通り愛撫し終えて、未だ強張らせたように膝を立ててしっかりと閉じている両足を優しく解くように開かせる。
少しむずがった彼女の頭を撫でて落ち着かせる。そのまま軽いキスをしたが、相変わらず唇はしっかりと閉じたままで、それが何だか無性に可愛らしくて、自然と笑みがこぼれた。

「……こんな時にそんなへらへら笑わないでください!」

「いや、これはその、違うんです」

「私はこんなに必死なのに……何だか、私だけ、余裕ないみたいで」

拗ねたような表情の彼女は、いつもよりずっと幼く見えた。まるで、子供のように。
ああ、好きだなぁと、思う。心臓が温かな血液を送り出しているかのような、そんな感覚を覚える。

滑らせるようにして手を、綻びかけた花弁に届かせる。ぬるりとした感触と、火傷しそうなくらいに熱くなったソコに、指を這わせる。
若葉が息を飲んで、一気に顔に緊張が張り詰めた。

「……大丈夫です」

「若葉さんが辛くないよう、ちゃんと優しくしますから」

当然です!と上ずった声が頭の上から飛んできて、また笑ってしまった。

時間をかけて、徐々に触れる面積を広げて行く。
一番敏感な、小さな芽に指を沿わせる。つるんと、溢れた大量の蜜で滑る。

「……あ!」

両腕で顔を覆うように隠していた若葉が、一際大きく反応する。
全身を得体の知れない快感に犯されて、逃げ場を失ったように身じろぎする。

「……ここ、気持ちいいですか」
「や、なんか、そこ、」

「気持ちいいんですね」
「いやぁ!……」

重点的にソコを刺激し出すと、恥ずかしいのか声を漏らさないように手で口をしっかりと押さえてしまった。
その手を無理矢理剥ぎ取って、隠さないでください、と告げる。

「若葉さんの表情も、声も、全部俺に……俺だけに見せて、聞かせて」

――

わからない。どうしてこんなにきもちがいいの。

草太にその部分を刺激される度に、声が漏れてしまう。身体が動いてしまう。
『女性の身体で一番敏感な部分』であると、勿論知識では知っていたけど、まさか、

「だめ……だめです……」
「どうしてだめなんですか……?」

好きな人に触れられると、こんなになってしまうなんて。

「だめなの……それ、いじょうさわったらぁ……」

だめ、だめ、

「わ、わたし」

おかしくなっちゃう。

「……〜っ゙!!!」

昇りつめた快感が一気に崩れて、押し寄せてくる。
今までと比べものにならないほどの大声を出してしまいそうになって、慌てて手の甲で抑える。
シーツを握り締めて、体験したことのないその怖ろしいほどの快感の波にひたすら耐えた。
頭が真っ白に塗り潰される。

「っ、は、はぁっ」

呼吸をようやく取り戻したものの、身体はぐったりとしてまるで身動きが取れない。
じんわりと気持ちよさが全身に広がっていく。

「……若葉さん、イっちゃいました?」

「ふぇ?い、イく?」

ああ、これがいつぞや本で読んだオルガスムスというやつか、と気付いた時には、草太の指が再び秘部に宛がわれていた。
触られる度に、動かされる度に、身体がびくびくと動いてしまうのが、溶けた声を上げてしまうことが、若葉には堪らなく恥ずかしかった。

「ま、まだ、さわらないで」

絶頂を迎えたばかりのそこは、敏感過ぎるから。

「すっげぇ、ぬるぬるです、ここ」

余りにも直接的なその物言いに抗議せんと喉から出かけた声が、再び飲みこまれる。
草太の指は、若葉の最奥へと通じるその入り口に触れていたから。

「……キツ」

指が、彼の、草太の指が中に入ってくる。狭い、秘密の道をこじ開けて。
声すら出ない。痛い。助けて。

両腕で必死で草太にしがみ付く。助けを求めるように。許しを乞うように。
自分の身体に他人の身体の一部が入ってくるその恐ろしさと、それが草太である嬉しさと、安心と、不安と、
全てが混ぜこぜになって若葉の脳内を支配していく。

こわい、たすけて、

「……そうた、さん」

――

彼女に初めて名前で呼ばれた驚きと、嬉しさで進めていた指を止めた。
そうか、彼女に名前で呼ばれると、こんな感じなのか。

しがみ付いてくる若葉にそっとキスをする。深く深く。繋がれるような。

「ぅん……ふ、ぅ」

歯を舌でなぞって、熱く小さな舌を弄んで。
唇を優しく噛む。唾液を混ぜ合う。
艶めかしい声が漏れる度に、ゾクゾクする。
下半身の昂りは、もう抑えようのないほどになっていた。

力が抜けたことを確認して、指をもう一度進め始める。
外側は十分すぎるほどとろとろに濡れていたが、恐らく"初めて"である若葉の内側は、狭くて、きつくて、溶けてしまいそうなくらい熱かった。
強張らせる身体を包みこんで、出来るだけ安心させる。

「ん……はぁ」

二人の唇を唾液の糸がつないだ時には、指は一番深くにまで辿り着いていた。

「ちょっとずつ……動かします。痛かったら言って下さい」

微かに頷いたのを確認して、少しずつ指を動かす。
慎重に、コワレモノを扱うように。傷付けないように。
草太にとってもこんなセックスは初めてだった。

「……ッ!」
「痛いですか……?」

「へ、へいき、です」

涙をぽろぽろとこぼしながら、痛みに耐えるその表情がたまらなかった。
うっすらと汗ばんだ額に、髪の毛が張り付いている。長い睫毛は涙で濡れて、頬は熟れたように真っ赤に、可憐な唇は濡れて。

彼女の痛みを何とか誤魔化せないだろうか。
ふと思い付いた草太は、優しく指を引き抜いてから身体を少し移動させて、彼女の足の間に身体ごと入り込んだ。

「な、なにしてる、んです、か」

顔をソコに近付けると、見ないでくださいと思い切り足を閉じられた。
薄闇の中でもはっきりと分かるほどに濡れて光る薔薇色の、これが、彼女の。

「大丈夫ですから、安心して下さい」
「できないです!」

両手で優しく左右に広げる。若葉がひ、と息をのむのが分かった。
先ほど激しく刺激した小さな芽に、口を近付ける。
舌で撫で付ける。溢れ出た沢山の蜜を、自身の唾液を擦り付けるように、何度も何度も。

「!あ、ソコ、ソコはだめだってばぁ……!」

先ほどまでの苦しそうな声と一変して、また鼻にかかった甲高い嬌声が漏れだす。
余りの羞恥と快感で次から次へと溢れ出す彼女の蜜の、その出口にもう一度指を這わせる。
先ほどよりもスムーズに挿入出来た指で、彼女の内側を擦る。

ぬち、くちゅ、

彼女の微かな、熱い吐息の音と、粘った水音が部屋を満たしていく。

二人きりの世界。月明かりが差し込む、深海のような部屋。

――

草太が服を脱いでいくその時、横たわったままの若葉は目のやり場に困っていた。
じっと見つめているのも、だけど、つい見てしまう。

が、下着に手を掛けた時には、さすがに目を背けた。
信じられないくらい顔が熱くなっていて、口に持ってきていた手で頬を抑える。

(……ど、どうしよう。何考えてたらいいんだろう。ああ、もう、どうしたら)

「……不安な時、人間は唇を触ると落ち着くんです」

「え?」

急に声を掛けられ、素っ頓狂な声で返してしまう。

「若葉さん、さっきからずっと唇触ってます」

ぎしり、とベッドが軋む。二人で使うには、余りにも狭く、小さなベッド。
だけど、今の二人が現実から逃げ込むには、十分すぎるほど幸せな。

服を脱いだ草太が覆いかぶさってくる。思わず、また口に手をやってしまう。

「子供が泣き止まない時とか、口を触ってあげると落ち着いて、泣き止むんですよ」

「……私は子供じゃありません」

「でも」

キスすると、さっきから若葉さん泣き止んでくれます。
そう言ってから、またキスをする。
知らなかった、キスってこんなに気持ちいいものだったなんて、

「……本には書いてなかったことばっか……」

「何ですか?」

「……何でもないですっ」

そうですか、と笑う草太を見ると、胸が温かく満たされていく。
好き、好きって、こんな感じなんだ。思いが通じあうって、こんな気持ちになるんだ。
これから行う事への不安、嬉しさ、全てが混ぜこぜになって、若葉の胸の中をこそばゆく駆け回る。
怖いけど、どうしたらいいかもよく分かんないけど、でも、とぐるぐるする。

だが、草太の身体を見た瞬間。

さっきから赤くしてばかりいた若葉の顔が、一気に青ざめた。

――

「無理無理無理!!!!!絶っっ対無理です!!!!」

そんなおっきいの入るわけありません!と、涙目で喚かれて喜ぶべきなのか、困るべきなのか。
宥めても、「……だって日本人の平均サイズって8センチって……」「……8センチってこのくらいの筈じゃあ……」
と何か一人であたふたと自問自答している。それ、平常時の平均なんじゃあ……。

「……ごめんなさい」

ようやく若葉がこちらを向いてくれた。

「待ってあげたいんですけど、俺、もう限界です」

入口に先を擦り付ける。ぬるぬるして、熱くて、今すぐにでも一番奥まで突き込んでしまいたくなる。
がむしゃらに、自分の欲望を満たせたらどんなに楽だろうと思う。けれど、

「はいらないですよ……絶対……」

「大丈夫です」
「若葉さんが俺のこと受け入れてくれたら、必ず入ります」

大きな目を不安と涙でいっぱいにした彼女と、本当に一つになりたいから。

――

「う、ああ。い、た……!」

「息、吐いて、大きく呼吸して、なるべく楽にして下さい」

彼が入ってくる。

「できな……です……っ」
「腕、しっかり背中に回して」

私の中に。

「いたい、いたいよ」
「ごめんね、若葉さん」

草太さんが入ってくる。


暑くて、熱くて、
わたし、どうなっちゃうのかな。

怖いよ、草太さん。

――

彼女の中は、想像していたよりもっと狭かった。無理矢理にこじ開けて、押し込めて行く。
泣きながらしがみ付いてくる彼女に口付ける。彼女が安心するように、落ち着くように。

「……ッ、若葉さん、」

内側は吸い付くように纏わりついてくる。
気持ちよくて、それとずっと我慢していたのもあって、今すぐにでも果ててしまいそうになるのを何とか堪える。

「すげ、若葉さんの中、あっつい……!」

もっと激しく揺り動かしたくなる衝動に駆られる。ようやく半分まで沈んだ自身にドクドクと大きく血が通う。
今までにしたどんなセックスよりも、興奮している。と、草太は余裕の無い頭で思った。

「大丈夫、じゃないですよね……」

問いかけると、首を何度も縦に振る。余程痛くて、苦しいのだろう。
出来るだけ、ゆっくりと時間をかけて彼女の中に侵入する。

ふと、若葉が小声で囁く。

「あ、う……ふぁ……おっきい、よぉ……」

……それは、逆効果だ。若葉さん。

――

想像以上に、痛い。苦しい。辛い。

「ゔぅ……」

体が引き裂かれるみたいな、きっと今、血が沢山出ている筈だ。
さっき何か切れるような感じが、した、もの。

だけど。

物凄く痛くて、苦しくて、辛い筈なのに。
草太を何とか受け入れることが出来た喜びの方が大きいことが何だか、色々と恥ずかしかった。

そんなにまで思っていた草太と、今一つになっている。
涙は止まらないし、入ってるトコは痛くてたまらないけど、余裕なんて欠片さえ無いけれど。
子孫繁栄の為に、昔々そのまた昔からずっとやってる営みなのに。こんなのただの、ただの生殖行為なのに。

背中に回した腕に力を込める。触れてみると思ってたよりずっと筋肉質で、男の人なんだなぁと思った体。

――

「……動かします、よ」

呼吸を整える若葉をたっぷりと待ってから、声を掛ける。小さく頷いたのを見てから、動き出す。
ゆっくり、ゆっくりと、少しずつ。彼女に気持ちを伝えるように。
せまい所にあるせいか、中が熱いせいか、何だか自身が麻痺したようになって。

「若葉さんの、なか、すごい気持ちいいです……」

余裕なく伝えると、答える代りに彼女から口付けてきた。
ぎこちなく、拙いけれど、懸命に。
それに答えながら、彼女が今唯一快感を得られる場所をまた刺激する。
少しでも、彼女が気持ちよくなれますように。

「あ、ぅ、ふ、んぅ」

「声、すごくエロい」

「やだ、きかないで、ぇ、あ!」

「いやです、聞きたいです」

若葉さん、もう、あなたを絶対に誰にも触れさせたくないから。

「う……っ……」

「はぁ、ん、あ」

ぎこちなくて、思うようにいかない、本能だけに突き動かされたセックスは、今の二人そのものだった。
快楽と、苦痛に歪んで絡まって、互いの熱で溶けだしてしまうような。
何て余裕のない。二人の精一杯の。

「好きだ、若葉さん、」

「あ、あ」

言葉にならない思いを、引き絞られるような心の叫びを体で伝えあうような。

「……ッ、あなたのことが」

「うぅ……っ、は、」

そうして、

――――最後の時は、また深いキスをしながら迎えた。

――――

「……若葉さん……」

慣れないことばかりで疲れてしまったのか、若葉は気を失うように眠ってしまった。
その寝顔は泣き疲れた子供のようにも見えて、思わず目蓋に優しくキスをした。

「……今日一日で、何回俺達、キスしたんでしょうね」

二人きりの深海の世界。朝になったら、また煩わしい現実が朝日と共に流れ込んでくるんだろう。
机の上で忌々しいほどに美しく光る指輪が、この人を遠くに連れて行ってしまうんだろう。

「……」

草太は若葉を起こさないように優しく、それでも力を込めて抱き締めた。

せめて今だけでも。この人は俺だけのものだから。

いや、出来ることならば、この夜だけでなく――――

草太が眠りに就くまで、月明かりは優しく二人を包んでいた。






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